第165話 兎と温泉と中条さん
ホワイトデーという事で、スキー場のある温泉に来た村上たち九人。
貸しスキーでゲレンデを満喫した後、温泉街を歩く。
お土産屋を巡る中、中条は小さな兎のストラップに目が行く。
口元を緩めて「可愛い」と呟く中条。
「買ってあげるよ」と言って村上は財布を出す。
その後、和菓子屋に行き、雪兎を模った饅頭を買う。
神社があり、境内に薬師堂と兎の真新しい石像がある。
「ここのマスコットは兎って訳か」と村上が言った。
「兎って可愛いよね」と中条。
「あっちの方も盛んな動物らしいよ」と佐竹。
「交尾の事?」と秋葉。
「くっつくのも出すのも早い」と佐竹。
「ハリセン持ってくれば良かった」と戸田があきれ顔で言う。
すると桜木が「いや、兎は天敵が多いから、どんどん獲物として殺されるのを、繁殖力で補うんだよ」
芦沼も「人工子宮もね、マウスが小さくて限界があるから、新しい実験動物を・・・って話があるの。それで兎なんか、いいんじゃないかって」
戸田は思った。
(下ネタもそっちの話と絡むと、怒る気が失せるのって、何故なんだろう)
そんな話を聞きながら、中条はふと、小学校でクラスの子供たちが飼っていた兎を思い出した。
まだ父親が生きていた時の話だ。
先生が連れてきたその小動物に、生徒達は夢中になった。
もふもふした背中をみんなが撫でるのを、中条は遠巻きに見る。
技術員さんが飼育小屋を建ててくれて、みんなは当番で餌をあげた。
だが、やがてみんなは兎に飽きた。
誰も寄り付かなくなった飼育小屋に恐る恐る入る。隅に蹲る兎をそっと撫でる。
その、おとなしい小動物に寄り添うと、寂しさが癒えていくのを感じた。
それから中条は一人で兎の世話をしたが、次第に億劫になって、餌をあげ忘れる事が増えた。
ある日、兎が死んでいるのを技術員さんが見つけた。クラスの誰かが言った。
「兎って、誰かとくっついていないと寂しくて死んじゃうんだって」
中条は家に帰ると、どうしようもない悲しさに囚われ、居間の隅で膝を抱えた。
夕方になって父親が帰宅すると、中条は玄関に走って父親に抱き付き、その胸で泣いた。
父親が「どうした、里子」と言って娘を抱きしめる。
「あのね、学校でね、兎が死んじゃったの。兎って、寂しいと死ぬの。里子も死んじゃうのかな?」と中条。
「大丈夫だよ。里子にはお父さんが居るから」と父親。
その後、しばらくして、父親は病死した。
「行くよ、里子ちゃん」という村上の声で、中条は我に返る。
仲間たちが移動を始め、村上が中条の肩に手を置いている。
中条が周りを見回すと、そこにみんなの笑顔があった。
中条はいきなり村上に抱き付いて泣いた。
「どうした? 里子ちゃん」と村上が心配そうに言う。
「あのね、思い出したの。兎って、寂しいと死んじゃうんだよね」と中条は言った。
村上は芝田と顔を見合わせる。そして村上は言った。
「大丈夫だよ。俺が居るから」
「俺も居るぞ、里子」と芝田。
「俺達も居るよ」と桜木も佐藤も佐竹も言った。
みんなで喫茶店に入る。
桜木が店員に「何かお勧めってあります?」
「雪兎大福と雪兎フロートが名物ですよ」と店員。
「フロートって冷たいんじゃ・・・」と佐竹が言う。
すると芝田が「いや、寒い時に冷たいもので体を引き締めるっていうのも・・・」
それを聞いて秋葉が楽しそうに「じゃ、拓真君だけ雪兎フロートで、他は雪兎大福で」
「いや、ちょっと、睦月」と芝田が慌てる。
そんな芝田に構わず「飲み物は全員コーヒーでいいよね?」と秋葉。
「戸田さんは紅茶だよね」と桜木。
目の前の冷たそうなフロートと睨めっこする芝田を見て、村上は笑って言った。
「芝田も懲りないなぁ」
中条は「大丈夫だよ、お店は暖房が効いてて暖かいから」と言って笑った。
喫茶店を出て少し歩くと足湯があった。
「入っていく?」と秋葉。
「暖かそう」と戸田。
「けど出ると急速に冷えると思う」と村上。
「何事もチャレンジだぞ」と芝田が言う。
村上は「芝田一人でやれよ。俺はパスだ」
夕方になり、旅館に入る。ロビーで手続き。
「部屋は一・・・いや、二部屋で」と、手続きを任された佐藤は頭を掻きながら旅館の人と受け答えする。
「一部屋で良かったんじゃないの?」と秋葉が言う。
「さすがに九人用の部屋は無いだろ。それに、この人数で男女一緒とか言うと、何想像されるか解ったもんじゃないよ」
「別にいいじゃん」と芦沼が涼しい顔で言った。
「だったら芦沼さんが手続きしてよ」
男部屋でお茶を飲みなが一息つく。村上が胡坐をかいて座ると、中条がその足の上に座る。
桜木がそれを見ていると戸田が「桜木君、うらやましい?」
「いや、そんな事は無いから」
「私は羨ましいけどなぁ」と戸田。
「え? もしかして戸田さん、村上の事・・・」と驚く芝田。
「真言君って桜木君と似てる所、あるからね」と秋葉が笑う。
戸田は慌てて「ち・・・違うわよ。私もあんな風に桜木君の足の上に座りたいな・・・って思ったのよ」
「あ・・・そーいう事ね。いや、遠慮無く」
戸田が桜木の膝の上に座る。
戸田は「ところで桜木君、さっき、中条さんに足の上に座って欲しいとか思って無かった?」
「いや、そんな事は」と桜木。
「私は桜木君の所にも座りたいけど」と中条が言う。
「中条さんも少しは遠慮しなさいよ」と戸田が溜息をつく。
「けど、桜木のそれ、重くないか?」と芝田が言う。
戸田が「誰かハリセン持って無い?」
芝田は「いや、里子って軽そうだから、比較するとそうなるよ」と冷や汗を流して弁解。
「そういう時は、これね」と芦沼は言って、自分の膝を指さす。
「いや、男が女の膝の上に座るってのも」
「山本君ならそれもアリだろうけど、膝枕よ。これなら二人同時でも出来るでしょ?」
佐藤と佐竹が芦沼に膝枕。秋葉が芝田に膝枕。そして緩い時間が流れる。
「何なんだろう。この緩さは・・・」と村上がぽつり。
「それより温泉行こうよ」と秋葉。
九人で浴場に行き、男湯と女湯に分れる。
戸田が中条・秋葉・芦沼と女湯で浴槽に浸かる。
戸田が「秋葉さんって高校の時からあの二人を中条さんとシェアしてるんだよね?」
「そうなるかな?」と秋葉。
「秋葉さんほどのルックスがあれば、もっといい男を独占できるんじゃない?」と戸田。
「そのいい男が自分をどう扱ってくれるかって問題もあるけどね」と秋葉。
「けど、独占して頑張って自分に尽くすよう仕向けるのが恋愛じゃない?」と戸田。
秋葉はたとえ話を始める。
「例えば、ケーキ屋に美味しそうなケーキが二つあったとするよね? 友達と二人で行って、両方とも一個分しかお金が無いとする。どうする?」
「友達と一個づつ買って、半分づつ食べるって言うんでしょ? 私はどっちか選ぶわよ」と戸田。
「私だったらその場は諦めて、後で貯金降ろして両方買って一人で食べるけどね」と芦沼。
「二つは食べきれなかったら?」と秋葉。
「私、胃袋の容量には自信があるの」と芦沼がドヤ顔。
「よくそれで、その体形維持できるわね?」と戸田。
「セックスってカロリー使うのよ」と芦沼。
「最初の話から離れてない?」と戸田が物言い。
秋葉が例え話に戻って、言った。
「ケーキだよね? けど、ケーキにも色々あって、チョコは重いけどコクがあって、フルーツ系はあっさりして酸味があるけどちょっと軽い。あとクリーム系とかチーズ系とか、いろんなの食べてみたいと思わない?」
「芝田君と村上君って対照的だからね」と芦沼が笑う。
「真言君って桜木君と似てるよね? 戸田さんは、ああいうタイプが好み?」と秋葉。
「けど桜木君、戸田さんにとって最初自分は冴えないモブに見えてたんだろ?・・・って言ってたのよね?」と芦沼。
「って事は、元は拓真君みたいなのが好みだったのかな? 前は早渡君とも付き合ってたし」と秋葉。
「早渡君って桜木君と逆で、俺はモブじゃないぞって自己主張するタイプよね?」と芦沼。
戸田は「私、自分の好みが何なのかよく解らなかったのかも。今は桜木君が大好きだよ」
「ま、男をシェアって・・・。ケーキだと二人で分けると、どっちが多くとったかって、喧嘩になったりしない?」と芦沼が言う。
「私は多い少ないに意味無いと思う。どんな味か試せればいいんだから」と秋葉。
「何だか、女をヤリ捨てるヤリチンみたい」と戸田が笑う。
「私達にとっては自分達が客で男性がケーキだけど、男性にとっては私達がケーキなのよね?」と中条が口を挟む。
戸田は「だから主導権取るのよ。あなた達ケーキは客に食べて貰うのが幸せなんでしょ? だから精一杯媚びて美味しく食べて貰えるよう努力しろって」
「桜木君が聞いたら、思いっきり引くと思う」と中条が顔を曇らす。
「いいのよ。男だって同じ事考えてるんだから」と戸田。
「そうなのかなぁ」と中条。
戸田は「ま、男子には聞かせられない話だけどね。中条さん、絶対言っちゃ駄目だからね」
「聞こえてるんだけど」と男湯側に居る村上があきれ顔で呟く。
女湯の彼女達の会話は、男湯と女湯の間を仕切る壁の上を通って、男湯に筒抜けだ。
「聞いてないと思って言いたい放題言ってるよ」と佐藤がひそひそ声。
「何だかなぁ」と芝田もあきれ顔。
佐竹は桜木に「言わせておいていいのか?」
「口には出さなくても、みんな思ってはいる訳だし、そういうのに応えようと頑張ってる奴等も居るし・・・」と桜木。
「けどやっぱり、ちょっと引くよね」と佐藤が言った。
夕食を男部屋で九人で食べる。
天ぷらに魚料理に山菜に・・・
芝田が「この揚げ出汁豆腐は絶品だな」と料理を褒める。
「このあたりは昔は米より大豆でしたから」と宿の人は嬉しそうに解説。
芦沼と秋葉は酒が強い。男子で張り合って飲めるのは佐藤だけだ。
調子に乗った芦沼と秋葉は、佐藤にどんどん注いで飲ませようとする。
閉口した佐藤は「お前等も手伝えよ」と他の男子達に言う。
「適材適所って奴だな」と他の男子は笑った。
食べ終わると男子部屋に敷かれた布団の上で雑談。
そのうち、この後どうするか・・・の話題になる。
「このあと、二部屋に分れるの?」と秋葉が言い出す。
「どうせなら全員ここで寝ない?」と芦沼も言う。
「で、9Pで?」と戸田。
「駄目?」と芦沼。
戸田は「私と桜木君は女部屋で寝るから」
「じゃ、二人っきりで、人目を憚る事無く存分に」と秋葉。
「最初からやるって決めつけないでよ。ああいうのは雰囲気で自然とそうなるものでしょ? それに布団は4組あるんだし、他は来ないの?」と戸田。
「4組ったって、どうせ一つで一緒に寝るでしょ?」と芦沼。
中条が戸田と桜木の方を気にしているのに気付く村上。
「里子ちゃん、どうする?」と村上。
「戸田さんの方に行っても、いいかな」と中条。
「中条さん、9Pは嫌? 村上君も?」と芦沼。
中条は「そうじゃないけど・・・」
村上も「俺も、抱いて寝るだけでもいいかな、と」
「いつもやってるからな」と芝田が笑う。
秋葉が不審顔で「まさか拓真君、私の体に飽きたとか言わないわよね?」
隣り合った布団で戸田と桜木、村上と中条が一緒の布団に入る。
「向こうは盛り上がってるんだろうな」と桜木が言う。
「芦沼さんが居るからね」と村上が笑う。
「秋葉さんもね」と桜木。
中条が村上にじゃれながら、隣の布団の桜木に手を伸ばす。
「中条さんのそういうのって・・・」と、戸田の戸惑ったような声。
中条は「気持ちいいよ。戸田さんも桜木君に触りたいでしょ?」
「オキシトシンってやつ?」と戸田。
中条は「あれは恋人だけじゃなくて、家族とか友達でも出るから」と言った。




