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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
159/343

第159話 お正月だよ芦沼さん

大晦日が迫る中、佐竹がアパートに居候している芦沼に言った。

「芦沼さん、正月はどうする?」

芦沼は「勘当されてるから実家には帰れないわね」

「じゃ、俺も実家に戻るのは止そうか?」と佐竹。


その時、佐竹の携帯が鳴った。実家の母親からだ。

佐竹が「今年は帰るのは止めるよ」と携帯で母親に言う。

すると「そうなの? 秋葉さんと二人きりのお正月という訳ね」と電波の向こうで母親がはしゃぐ。

「違うってば」と佐竹が慌てる。

母親は「結婚に向けた大きな一歩よ。来年はいよいよ挙式ね」

佐竹は溜息をついて「あーもう解ったよ。正月は帰るから」


電話を切って溜息をつく佐竹。

そして佐竹は「やれやれ。ごめんね、芦沼さん。俺、実家に帰るよ。留守番頼める?」

「って言っても、部屋の主が居ない所で居候が一人ってのもなぁ。どうしようかな」と芦沼。



村上が暮れに向けてアパートの大掃除をしている最中、芦沼からの携帯が鳴った。

「佐竹君が正月で実家に帰るんだけど、その間、村上君のアパートに行っていいかな?」と芦沼。

「そうだな」と何も考えず返事を返す村上。

「それともお父さん、帰ってくるの?」と芦沼。

「多分ね」と村上。

芦沼は「じゃ、迷惑よね?」

「別に迷惑でもないと思うが」と村上。


「ってか、村上君って暮れはどうやって過ごすの? お父さんと二人で?」と芦沼が言い出す。

「去年は里子ちゃんの家で年明けを迎えたけどね」と村上。

「それじゃ、ますます迷惑じゃない」と芦沼。

すると村上は「いや、もしかして芦沼さんも参加する?」

「いいの?」と芦沼。

村上は「聞いてみるよ」



村上から連絡を受けた中条が祖父に芦沼の参加を打診。


「どんな人なんだい?」と祖父が問う。

中条は答えて「女の子で、すごく研究熱心な人なの」

「まさか村上君、その人の事を好きになったり、しないよね?」と祖父は心配そう。


「そうはならないよ。芦沼さん、別の佐竹君という男の子と暮らしてるから」と中条。

「だったらその佐竹君も呼んだらどうだい?」と中条祖父。

「佐竹君は自分の実家に帰らなきゃだから」と中条。

祖父は「芦沼さんが佐竹君のお嫁さんになる人なら、彼の実家で一緒にお正月を迎えた方がいいと思うよ」


「佐竹君の実家、別な人がお嫁さんになると思ってるの」と中条。

その中条の言葉に祖父は唖然。そして言った。

「芦沼さんはその人と佐竹君を取り合っているのかい?」

「佐竹君はその人と結婚するつもりはなくて、親にそう言ってるんだけど、親は解ってくれないみたい」と中条。

「大変なんだね。いいよ。一緒にお正月を迎える人が増えるのは嬉しい事だ」と祖父は憂い顔で言った。



「・・・ってお祖父ちゃん言ってるよ。芦沼さんも一緒にお正月しようって」と、中条はその場で携帯で村上に電話。


その電話が終わると、祖父は中条に重ねて聞いた。

「ところで、その別の女性って、知ってる人かい?」

「睦月さんだよ」と中条は答える。

「でも秋葉さんは芝田君の・・・」と中条祖父。

「そうだけど・・・」と中条。

中条祖父は「秋葉さんは佐竹君と結婚するつもりなのかい?」

「そんなつもりは無いと思うよ」と中条。


中条祖父は、脳内で組み上がる複雑で悲惨な人間関係に、暗澹たるものを感じ、若者たちの苦悩を案じた。

(互いに好きな人が居るのに、本人たちの気の進まない結婚を親が強制するなんて・・・どうにか助けてあげたい)


祖父は重ねて孫に問う。

「その芦沼さんは、正月に自分の実家には帰らないのかい?」

「勘当されてるから帰れないの」と中条。


中条祖父は涙ながらに思った。

(親に別の女性との結婚を強いられた男性を愛してしまったから勘当とは・・・どうにか助けてあげたい)

中条祖父のそれが、壮大な勘違いである事を、彼は知る由も無い。



暮れが迫り、佐竹は実家に帰り、芦沼は村上のアパートに来た。

アパートの掃除を終えた村上は、芦沼と一緒に中条家の大掃除の手伝いに行った。

「君が芦沼さんだね?」と中条祖父は精一杯の労りの気持ちで芦沼を迎えた。

「初めまして」と芦沼。

中条祖父は「話は聞いたよ。大変だったねぇ。親御さんも悪気は無いと思う。何とか理解して貰えるといいね」

「はぁ・・・」と芦沼。



大晦日の朝、村上父が帰還。続いて芝田到着。

まもなく秋葉母が迎えに来て中条家へ。

彼女は村上・芝田・芦沼を中条家に置いて、村上父と一緒におせちの材料の買い出しに出た。

村上父を荷物持ちに使って、ウキウキ気分で買い物をする秋葉母。


中条家では、中条祖父の指示で正月飾り。買い出し部隊が戻り、昼食を食べるとお節作り開始。夕方には完成した。

夕食となり、神棚から御神酒を下ろし、年越し蕎麦に鮭に年越しのおかずが並ぶ。

三人の大人と五人の大学生は御神酒を注ぎ合い、それが無くなると一升瓶を開ける。

村上父にベタベタする秋葉母。村上に寄り添う中条、秋葉と芦沼は吞み比べを始める。



その時、中条祖父が改まった声で口を開き、秋葉母に言った。

「奈緒さん、少し話があるんだが」

「何でしょうか?」と秋葉母。

「女性でも男性でも、結婚は一生に関わる問題だよ。それはその家の問題である以上に、本人自身の問題なんだ。だから、本人が本当に好きな人と結ばれなければいけないと思うんだ」と中条祖父。


「それって・・・」

そう言いながら秋葉母の表情が曇り、彼女は村上父を見て、言った。

「もしかして、倫也さん。私なんかが付きまとって、無理やり結婚を迫るのって、迷惑だったですか?」

村上父は慌てて「いや、そんな事は」


だが、秋葉母はさらに拗ねる。

「そうですよね。男性って若い子が相手じゃなきゃ嫌ですよね?」と秋葉母。

「いや、だから、そんなことは・・・」と村上父。

「私、バアサンですから、バアサンはしつこいですよね? バアサンは嫌いですよね?」と、どこかで聞いたような言葉で拗ね続ける秋葉母。

「いや、俺、奈緒さんは嫌いじゃないから」と村上父。

「でも、嫌いじゃないと好きは違いますよね?」と秋葉母。



村上父は「いや、俺は奈緒さんの事はす・・・ってお祖父さん、俺、奈緒さんの事で何か言いましたっけ?」

中条祖父は「いや、私が言ったのは奈緒さんの事じゃなくて、娘さんの睦月さんの事なんだが・・・」

秋葉母は「睦月?・・・芝田君か村上君と結婚するんじゃ・・・」

「別の男性との結婚話があると聞いたんだが」と中条祖父。


「そうなの? 睦月。この二人以外にもお婿さん候補? もしかしてその人ってお金持ち? イケメン? 経済学部? 将来有望? もしかして大企業の御曹司?」とウキウキ気分で秋葉母がはしゃぎ出す。

困惑した秋葉は「な・・・何の事かなぁ?」

秋葉の脳内で妄想力が発動。経済学部で彼女を取り巻く男子達の顔が次々に浮かぶ。

「もしかして時島君? 栃尾君? それとも寺田君? 村上君、何か聞いてる? もしかして経済学部の誰かが私の事、好きになって、暴走してどこかで宣言しちゃったとか?」とウキウキし出す秋葉。



だが、村上と芝田が声を揃えて「それって佐竹の事じゃないの?」

「あ・・・」

「佐竹君って言うの?」と秋葉母。


村上が説明する。

「睦月さんが冗談言って、佐竹の親が本気にしちゃっただけだから。結婚話なんて無いですよ」

残念な視線が秋葉に集中。

「睦月、あんた・・・」と秋葉母。

秋葉は「わ・・・私が悪いの? 拓真君だって真言君だって面白がってたじゃない」


「あの・・・」と中条が済まなそうに口を開く。そして言った。

「私がお祖父ちゃんに説明する仕方が悪くて誤解させちゃったんだと思うの。ごめんなさい」

「けど、芦沼さんが男性と一緒に居て勘当されてるってのは本当なんだよね?」と、心配を続ける中条祖父。

芦沼は困り顔で「それはまあ・・・」



「芦沼さん。親御さんの連絡先を教えてくれないだろうか。私が説得したい」と中条祖父のお節介モードは続く。

「いや、家庭の事情ですし、気にしないで下さい」と芦沼。


村上父は「芦沼さん、こういう時は大人を頼ったほうがいいと思うよ」

秋葉母も「そうよ。勘当なんて双方にとって不幸だわ」


結局芦沼は、親を説得したいという中条祖父の申し出を固辞し、この話は有耶無耶になった。



「ところで倫也さん、さっき何って言おうとしたんですか?」

芦沼の話が終わると、秋葉母は一転して大はしゃぎで村上父に詰め寄る。


「さっきって?」と村上父。

「私が、嫌いじゃないと好きは違いますよね・・・って言った後ですよ」と秋葉母。

「お祖父さん、俺、何か言いましたっけ・・・って」と村上父。

「その前、俺は奈緒さんの事はす・・・まで言いましたよね?」と秋葉母。

村上父は「いや、何でしたっけ、忘れちゃったなぁ。あは、あははははは」と必死にすっ呆ける。

「倫也さんってば!」と秋葉母。



芦沼が酔って人工子宮について語り出す。

芝田と村上がアニメについて語り出す。

村上父と中条祖父が自分の若い頃について語り出す。


やがて夜の十二時が近づく。年明けへのカウントダウン。

みんなで「明けましておめでとう」

「中条家の未来のために」と村上父。

「村上家と芝田家と秋葉家と芦沼家の未来のために」と中条祖父。

「芦沼さんの勘当が解けますように」と中条。

「私が村上さんと良縁で結ばれますように」と秋葉母。

「奈緒さん、それは・・・」と村上父。

「いいじゃない」と秋葉母。

「それと、人工子宮が完成しますように」と村上。



年が明けて、寝ようという事になる。

村上父は秋葉母に昨年泊まった部屋に引っ張っていかれた。

二階は五人で自由に・・・という事になった。中条の部屋と隣の畳部屋がある。


「どうする?」と秋葉。

「畳部屋で五人で寝ようか」と芦沼がはしゃぐ。

「で、5Pになると?」と困り顔の村上。

「駄目?」と芦沼。

「里子ちゃんの部屋はベットだから、そこで真言君と二人でって事でどう?」と秋葉が提案。


芝田が「ちょっと待て、俺は?」

秋葉と芦沼が「私達二人相手に・・・って事になるわね」

「まあ頑張れ」と村上が笑った。



翌朝、村上が目を覚ます。日の出がもうすぐだ。

寄り添って寝ている中条を起こす。

「真言君、おはよう」と寝惚け眼の中条。

「もうすぐ初日の出だよ」と村上。

部屋を暖めようと暖房を付け、寒い中を手早く着替えて隣の部屋へ。

秋葉と芦沼は起きたが、芝田は布団から出たがらない。


「おい芝田、初日の出だ。さっさと支度しろ」と村上。

「黄色い初日の出は嫌だ」と芝田。

「節操無くやるからだろ」と村上。

「そっちの二人に言ってくれ」と芝田。

「そういうのを女のせいにする気?」と秋葉が笑う。

芝田は「ってか何でそんなに元気なんだよ」

秋葉は「二対一だし」

芦沼は「女は出す方じゃないし」

「勘弁してくれ」と芝田は言って布団をかぶった。


芝田をせっついて外に出ると、まもなく日が登った。日の出に向かって拍手を打つ。

みんなで「良い年になりますように」

大人たちはまだ寝ている。2階の畳部屋でわいわいやっていると、ようやく起きた秋葉母からの号令。



朝食を用意する。お雑煮を温め、餅を煮てお節を並べる。

神棚から御神酒を下ろし、各自の盃に注ぐ。


みんなで「あけましておめでとうございます」

「これ、夕べも言ったよね?」と秋葉。

「正式な年明けは正月の日の出だよ。だから今のが本番」と村上父が言った。


芦沼は「じゃ、初夢も?・・・」

「今夜これから見るのが初夢だよ」と村上。

「違うのかぁ。珍しく憶えてるのに」と芦沼は残念そう。

「どんな夢?」と秋葉。

「蛇が出て来るの」と芦沼。

中条が「それって・・・」

「里子ちゃん。フロイトは時代遅れだから」と村上。

「そうだったね」と中条。

秋葉母は「あら、蛇は縁起がいいのよ。お金が溜まるの」と言って笑った。



食事が終わって上坂神社に初詣に行く。

「いつものパターンだと七五三の3人組が居るんだよね」と歩きながら村上が笑う。

「小島と山本と水沢さんだろ?」と芝田。

「山本君、また会えるかな?」と芦沼はわくわく顔。

「多分また和服だと思う」と中条。

芦沼が「それ見たい」



鳥居の所で4人の男女に出会う。牧村とその恋人の堀江。そして坂井と柿崎。堀江と坂井は和服だ。

「よう、牧村。あけおめ」と芝田。

「芝田に村上に秋葉さんに、そっちは芦沼さん?」と牧村。

「牧村君ね。学会以来だわね」と芦沼。


堀江が村上達に「あなた達、牧村君のお友達?」

「この人は?」と芦沼。

「堀江さん。牧村の彼女だよ」と村上が紹介する。

「学会で発表してた人だ」と中条が思い出したように言った。

「柿崎と坂井さんも久しぶ・・・って、クリスマスぶりか」と芝田は間の抜けた事を言って頭を掻く。


坂井は「牧村君には堀江さんと二人っきりで来ればいいのに・・・って言ったんだけど」

「あなた達が二人っきりになりたかったんでしょ?」と堀江が言って笑う。

「いや、牧村は東京に帰るから」と柿崎は言って頭を掻く。

「しばらく居るのよね? 牧村君?」と堀江は牧村に念を押した。


芝田はそっと牧村に耳打ちした。

「黄色い初日の出は拝めたか?」

「何だそりゃ?」と牧村。


「そちらの人達は誰かの親御さんね?」と坂井が言う。

「意外と大家族なんだな」と牧村が笑った。

「里子の祖父です」と中条の祖父。

「真言の父です」と村上父。

秋葉母は「睦月の母です。私達、これから大家族になるのよ」と言って村上父の腕を掴んで笑った。



彼らと別れて石段を登り、八人で拝殿で柏手を打つ。

中条は手を合わせて(お祖父ちゃんが元気でいますように、真言君とちゃんと結ばれますように)

そして、隣に居る村上と芦沼をちらっと見て(人工子宮が完成しますように)

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