第156話 年の瀬にて
年の瀬が近づいた。
各研究室では、そこに集まる学生達が教授や助手を囲んでの忘年会のシーズンとなり、それぞれ学生の中で幹事を決めて企画する。
各サークルでも忘年会が開かれるが、かち合わないように研究室は20日、サークルは22日というのが標準だ。
12月20日。
湯山教授の生化学研に出入りする学生達、坂口教授の心理学研に出入りする学生達、犀川教授のコンピュータ研に出入りする学生達、須賀教授の経営技術研に出入りする学生達が、春月市繁華街の居酒屋でそれぞれ会場を設定する。
生化学研究室の忘年会には村上・芦沼・関沢・笹尾・小宮が参加している。
ビールを飲みつつ、上級生の牛沢が芦沼に話しかける。
「芦沼さん、イブはどうするの?」
「特に用事は無いけど」と芦沼。
「俺達とデートしない?」と牛沢。
「複数で?」と芦沼。
「彼女の居ない奴が何人か居るから」と牛沢。
「いいわよ」と芦沼は了承。
上級生の能勢が村上に話しかける。
「村上、飲んでるか?」
「俺、あまり飲めないんで」と村上。
「ノリの悪い奴だな」と能勢。
村上は「ノリで腎臓が強くはなりませんよ」
能勢は話題を変えて「ところで合コンはもうやらないのか?」
「合コンなら関沢がやってますよ」と村上が答える。
「関沢、合コンの予定はあるか?」と能勢は関沢に・・・。
「もう定員締め切ったんで」と関沢が答える。
能勢は「何だ残念」
そんな中、酔いの回った芦沼は上級生を相手に人工子宮談義を始める。
調子に乗った芦沼は一気コールを受けてジョッキを次々に開けている。
そんな様子を見て心配になった村上は、鮫島助手に「鮫島さん、そろそろ止めなくていいんですか?」
「彼ら、乗りだしたら止まらないからなぁ」と鮫島も困り顔。
一次会が終わった頃には芦沼は酔い潰れ、村上が彼女を背負って佐竹のアパートへ向かった。
経営技術研の忘年会では秋葉と津川が参加している。
同じクラスで、よく秋葉の周囲にいる時島と栃尾が話しかけた。
「秋葉さんは、イブは彼氏と二人で?」
「二人でって予定は無いけど、仲間内で出かけようかと」と秋葉。
「良かったらクラスから来てる奴等とでデートってのはどう?」と時島。
秋葉は「イブで逆ハーレムってのもいいわね。考えておくわ」
「津川も来るだろ?」と栃尾は津川に話を振る。
津川は「俺は彼女居るから」
そんな津川に斐川助手が話しかける。
「彼女って福原社長の所に居る人?」
「春月テキスタイルですか? 違いますよ。それは坂井さん。俺の彼女は杉原さんで、公務員やってます」と津川。
「親方日の丸って訳? 志小さいわね」と斐川。
「地方公務員だから日の丸じゃないですけどね」と津川。
斐川は「女なら福原先輩みたいに会社の一つも創ってみなさいよ・・・ってなもんよ」
「女なら・・・って、ってか斐川さん、相当酔ってますよね?」と津川。
「助手ってのは学生のお守りが仕事ですからね。酒飲めてナンボな職業なの」と斐川。
津川は「福原社長って斐川さんの・・・」
斐川は既に酔い潰れて寝ていた。
コンピュータ研の忘年会。
「芝田君、イブはどうするの?」と泉野が隣に居る芝田に言った。
「ま、仲間とわいわいやるとか」と芝田。
「仲間ってあの村上って人とか?」と泉野。
「泉野さんは乙女ゲーのショタキャラとエアデートだろ?」と榊が笑って言う。
泉野は「そーいう暗い青春送ってるあんた達と一緒にしないでよ。それよりバイトの人達と集まりたい」
「バイトの人達ってここに居るじゃん」と小宮が言う。
「小島って奴だろ?」と刈部。
「違うわよ。山本君とか」と泉野。
「あいつ彼女居るって知ってるじゃん」と芝田。
泉野は「聞いてみてよ」
「まあ聞いてみるけどさ」と芝田。
「俺達は・・・」と刈部と榊。
「しょうがないな。来ていいわよ」と泉野。
「いや、行かなくていいよね?って言おうとしたんだが」と刈部と榊。
「来なさいよ。バイトのメンバーで集まるっていう名目がつかないじゃない」と泉野。
「けど、山本が来るかどうか解らんぞ」と芝田。
「だって、あんな合法ショタ、滅多に居ないわよ。あんた達だって水沢さんに会いたいでしょ?」と泉野は刈部と榊に言う。
「そりゃそーだが、どーせ見せつけられて終わりだよ」と榊があきれ顔で言う。
「いいのよ、ゲームキャラだって眺めてるだけなんだし」と泉野。
「とりあえず俺は先約があるからパス」と小宮。
泉野は「小宮君はまた合コンでしょ? ご自由に」
心理学研の忘年会では島本が愛想を振りまいて、先輩達に次々にジョッキを開けさせている。
片隅では中条と、その両側に佐藤と佐竹。
島本が佐藤の隣に来て話しかける。
「飲んでる? 盛り上がりに欠けるなぁ」
「俺、そんなに飲めないよ」と尻込みする佐藤。
「そういうのモテないぞ」
そう言うと、島本は先輩達に向かって手を上げて声を出した。
「佐藤君が一気行きまーす」
一気コールが響き、佐藤が観念してジョッキを飲み干すと、島本は素早く次のジョッキを佐藤の目の前に置く。
「御馳走様って言ってないよね?」
そう言って島本は更に先輩達に向かって「佐藤君が一気二杯目行きまーす」
一気コールが響き、佐藤がジョッキを開ける。これを何度か繰り返す。辛そうな佐藤。
そんな佐藤を見かねて中条が言った。「私が代わりに飲みます」
「中条さん、大丈夫だから・・・」と辛そうに佐藤が言う。
島本は中条を見て「ふーん、そう?」
そして中条の対面に移動すると「中条さんが一気行きまーす」
中条がジョッキを持った時、佐竹が島本に向かって声を上げた。
「島本さん、もしかして中条さんに対抗してる?」
島本は不意を突かれたような顔で「対抗って?」
「横に居るのは親近感を表現、対面に居るのは対抗心を表現。これ、スティンザー効果だよね?」と佐竹が言った。
場がしーんとなる。島本の表情が曇る。
「佐竹、よく勉強してるな」と割って入ったのは船山助手だ。
そして坂口教授が宴会の場をネタにした心理学の蘊蓄を学生達に語って見せた。
巧みにモテ効果の解説を織り込む教授の話に、学生達は盛り上がる。
一次会が終わると、酔い潰れた佐藤を背負った佐竹と中条が、佐竹のアパートへ向かった。
中条達がアパートに戻ると、芦沼が酔い潰れて寝ている。
「そっちは佐藤が潰れたか」と村上があきれ顔で言う。
佐竹が「島本さんに一気責めされたんだよ。それを中条さんが止めて、私が代わりに飲みますって・・・」
「里子ちゃん、俺より飲めないじゃん」と村上。
「佐竹君が助けてくれたの」と中条が笑った。
村上が「島本さんって・・・」
「佐藤、まだあの人の控えみたいになってるだろ?」と佐竹。
「何だかなぁ」と村上。
「ところでお前等、イブはどうするよ」と佐竹が村上に言った。
村上は「仲間内で遊ぼうかと。お前等も一緒するか?」
翌朝、佐藤と芦沼が二日酔いに苦しむ中、佐藤のスマホに島本からメールが届いた。
「昨日はごめんね。島本が謝ってたって、中条さんにも伝えて」
12月22日。
8人の部員と顧問の森沢が文芸部の忘年会で、大学近くの居酒屋に繰り出した。
「おとといはどうだったんだ?」と森沢が笑いながら学生達に言う。
「それより先生、原稿は大丈夫なんですか?」と斎藤が怪訝顔で森沢に言った。
「今月分のはようやく終わったよ」と森沢。
「心理学研では島本さんと一波乱あったって聞いたぞ」と住田が聞く。
「一気コールって奴でね」と村上が答えた。
「とにかく何でもいいから盛り上がりたいってのは昨今の風潮だもんな」と桜木はあきれ顔で言った。
森沢の昔語りが始まる。
「昔からあったぞ。俺達の頃なんか、とにかく酔い潰れて一人前とか言って、合宿の時には一年生が、前の席に並ばされて一升瓶が置かれてノルマになってて、死人部屋とか言って酔い潰れた奴専門の部屋が用意されて」
「怖ぇー。どこの部活ですか?」と芝田。
「文芸部だよ」と森沢。
「大学は?」と村上。
「ここ」と森沢。
「先生、OBだったんですか?」と桜木。
森沢は「だから顧問やってるんだよ」
「じゃ、俺達もその時代に居たら」と村上。
「死人部屋でのたうち回ってたと思うぞ」と森沢は笑った。
「今の時代に生まれて良かったぁ」と村上は言った。
すると斎藤が笑って言った。
「私の時も似たようなものだったわよ。そうならないのは、在校生二人の弱小サークルだからよ」
そして文芸部の先輩達の武勇伝に花が咲いた。
「そういえばイブはどうするの?」と秋葉が仲間たちに聞いた。
「高校のみんながまた渡辺君の所でパーティするんじゃ・・・」と中条。
「あれ、延期になったんだよ。イブはみんな予定があるからって」と村上
「延期ったってクリスマスは動かないけどな」と芝田。
「翌日の25日だよ。24日はあくまでイブだから。本番のクリスマスはそもそも25日だ」と村上。
「それぞれ相手が居るからなぁ」と芝田が言った。
秋葉は「拓真君は何かある?」
「前にバイトやった奴等が集まりたいって。工学部の他に専門学校に行ってた小島が居てな、あと山本と水沢さんが来る」と芝田。
「私は経済学部の人達に誘われてて」と秋葉。
「俺と里子ちゃんはとりあえず佐藤と佐竹と一緒に遊ぶ」と村上。
「普通は彼氏彼女の二人でデートとかじゃないの? 先輩達もそうでしょ」と戸田が言った。
「そうね。住田君、放っとくとまた女の所を梯子するから、ちゃんと首に縄付けとかなきゃ」と斎藤。
「佐竹っていえば、奴の所に居る芦沼さんも一緒?」と桜木。
「生化学研の人達と逆ハーレムデートだそーだ」と村上が笑った。
秋葉は少し気まずそうな顔で「さすが人気女子は違うわね。あは、あはははは」




