第153話 控えの品格
佐竹が実家に呼び出された。
どうせ秋葉絡みの事だろうと予想がついたが、無視する訳にいかず、実家に行くと、庭に新品の自動車。
自動車を買ってやったから使えと言う。
「今日からこれがお前の足だ」と得意顔の父親。
その趣旨の見当のついた佐竹は、いささかうんざり顔で言った。
「いや、大学から歩いて10分のアパートに住んでる俺に通学車は不要なんだが」
「何を言ってる。お嫁さんが自動車持って乗り回してるのに、お前がそれじゃ恰好がつかないだろ。それとも秋葉さんをアッシーさんにするつもりか?」と佐竹父。
「何だよアッシーさんって」と佐竹。
「お前の世代は知らないでいい」と佐竹父。
佐竹は「ってか俺、秋葉さんは芝田の彼女で、俺の嫁じゃないって言ったよね?」
「だからライバルの芝田さんに負けないために、武器が必要なんじゃない?」とノリノリの母親。
「だからライバルじゃないってば。俺の話を聞けよ」と佐竹。
「俺の頃は自動車はモテの必需品でな」と父親は若い頃自慢モードに入る。
「そういう昔話は要らないから」と佐竹は言った。
大学で昼食中にその話題が出た。
「田舎の結婚圧力怖ぇー」と村上も芝田も笑う。
「お前等、面白がってるだろ」と佐竹。
秋葉も笑いながら「で、結局その自動車、貰ったんだよね?」
「仕方ないだろ。受け取らないなら新品のまま中古車に出すってんだから、そんな勿体ない事出来るかよ」と佐竹。
「けど、これで大勢で温泉巡り、行けるね」と中条は嬉しそう。
「紅葉の季節だし」と佐藤が乗り気になる。
秋葉が「だったら、あそこに行かない? 青場温泉」と言い出した。
「秋葉さんが地図間違えて遭難しかけたっていう、もう一方の所だね?」と桜木も乗り気になる。
「登山道みたいな道を半日歩くんだよね? 素泊まりだと安い山小屋みたいな旅館があって」と佐竹。
秋が深まり、気候も寒さを増す一方で、山々は美しい赤に彩られている。
秋葉はネットで場所を確認し、旅館の管理者に連絡した。芝田達は山に入る装備を整え、食事を作る準備だ。
村上たちと桜木と戸田、そして佐藤と佐竹と芦沼を含めた九人が、部室で計画を練る。
「またカレーでいい?」と秋葉。
「イワナとかいるかな?」と中条。
「当てにしない方がいいと思う」と村上。
「水着は要るよね?」と戸田が言った。
「川で泳ぐには寒いと思うよ」と桜木。
「じゃなくて、温泉に入る時よ。どうせ混浴なんでしょ?」と戸田。
「青湯温泉の時は普通に裸で入ったけどね」と秋葉が笑いながら言う。
戸田は「私は嫌だからね」
村上は「戸田さんは水着持っていきなよ。ってか是非持って行って欲しい。出来れば他の女子も」
「まさか、お前等の裸なんて見たくも無い・・・なーんて寂しい事言わないわよね?」と秋葉が冗談めかす。
村上は疲れた表情で「ただの生理現象だからとか毎度フォローされる破目になるのはもうお腹いっぱい」
「生理現象って何の話?」と戸田が訊ねた。
「行けば解る」と村上。
温泉に行く直前、佐藤に島本から連絡があった。
「彼氏と別れたの。慰めてよ。明日、一緒に遊ばない?」と島本。
「明日と明後日は都合が悪いんだ」と佐藤。
「何か予定? まさか芦沼さんとか中条さんじゃないわよね?」と島本。
「ち・・・違うよ。親が急病で外せないんだよ」と佐藤。
温泉行きの朝、暗いうちから二台の自動車に分乗して出発。
秋葉の車には村上達四人、佐竹の車には佐藤・芦沼・桜木と戸田。上坂市から南に三時間ほどバイパスを走る。青湯温泉と反対方向だ。
「あの時、何で気付かなかったんだろ」と芝田が笑う。
秋葉は「それは言わない約束よ」
バイパスは大きな河川の河岸段丘を走る。景色を見ながら車内でわいわいやりつつ、彼らは朝食の弁当を食べた。
「そーいや、水沢さんとダブルデートやったんだけど、あの人、山本が色々恥ずかしがってやってくれない事を、俺達の真似でやらせようとしたんだよな」と芝田が話題を振った。
「やってくれない事って?」と秋葉。
村上が「あーんとか」
秋葉が「水沢さんらしくて笑える」
「駄目かな?」と中条が物欲しそうに言う。
中条の隣に居る芝田が「そんな事無いぞ、ほら、里子、あーん」
「真言君、私にもやってよ」と秋葉がねだる。
村上は「睦月さんの柄じゃないと思うけど」
「運転で手が離せないのよ。ソーセージお願い」と秋葉。
村上はソーセージをとって「はい、あーん」
「次は卵焼き」と秋葉。
車は支流沿いの道路に入る。眼下は既に険しい渓谷となっていて、紅葉が美しい。
路は林道となり、やがてダムが見えた。聳える岩峰を彩る紅葉が湖面に映える。
駐車場に二台の自動車を止め、それぞれリュックを背負い、青場温泉の表示に従って登山道に入った。
ダム湖の景色は渓谷を見下ろすものに変わり、谷側も木々に遮られて紅葉のトンネルになる。
しばしば支流を渡る橋を通る。階段状の岩場をロープを伝って登り、崖下を見下ろす細道を越える。
景色が開けると美しい岩峰が谷の対岸に聳えるのを目の当りにする。
だが、足元の崖を見下ろす細道を歩く高所恐怖症の村上に、それを楽しむ余力は少ない。
谷を渡る橋では、紅葉に染まった渓谷の景色に彼らは息を呑んだ。
「来て良かったね」と中条はうっとりして言う。
そうした特徴ある場所で、村上は地図上のポイントを確認する。
「地図が正確だと安心して歩けるよね」と村上。
秋葉は「いい加減、時効にしてよ」と口を尖らせた。
四時間ほど歩くと景色が開け、広くなった渓谷の川底と、その上に小さな民家のような建物が見える。
青場温泉だ。
管理人の所で手続きを終え、部屋に通される。他に客は居ないとの事で、男部屋と女部屋を宛がわれた。
全員男部屋で一休みする。
「とりあえず周囲を見て歩こうか」と秋葉。
村上は地図を確認し、「登山道に続く川沿いの道がいくつかあるね」
地図を見ながら山道を歩く。あちこちに川岸に降りる道がある。川の水は既に冷たい。
夕方近くになる。
「そろそろ温泉に入ろうよ」と秋葉が提案する。
川原に降りると、川岸の一画に川原石をコンクリで固めた浴槽。造りは青湯温泉と同じだが、浴槽は大きい。
川底に湧く湯が川水で薄まって適温となり、湯の湧く所に近付くとかなり熱い。高い所に女湯がある。
「戸田さん、女湯に入る?」と秋葉。
「みんな男湯でしょ? 一人はつまらないもの」と戸田。
水着姿の戸田、上下にタオルを巻く中条、下だけタオルを巻く秋葉、全裸の芦沼。
「秋葉さん、上も隠しなよ」と戸田が口を尖らす。
秋葉は自慢げな顔で「タオルの長さが足りないのよ」
戸田は「はいはい胸が大きいんだよね? 良かったね。芦沼さんはせめて下くらい隠しなさいよ。上だってタオル巻けるでしょうに」
「何で?」と平然と言う芦沼。
男子は全員タオルを腰に巻く。
それを見て芦沼は笑いながら「芝田君たち、何度もやってるんでしょ? もうタオル要らないんじゃ・・・」
芝田は困り顔で「戸田さんが嫌がるだろ」
男子の股間の前に目のやり場に困る様子の戸田。
秋葉の胸に目のやり場に困る様子の桜木たち。
村上たちも芦沼の前にはさすがに目のやり場に困った。
そろそろ暗くなる。
野菜とソーセージを刻み、携帯コンロでカレーを煮る。
九人でわいわいやりながらのキャンプ食。食べ終わると、月明りの下でコーヒーを飲む。
夜が深まり、冷え込みが増す。
「そろそろ部屋に入ろうよ」と桜木が言い出す。
男部屋で九人で雑談。
中条が村上の布団で、秋葉が芝田の布団で、芦沼は佐竹の布団で、戸田が桜木の布団で、それぞれ隣に居る男子とじゃれる。
そんな彼らを見て佐藤は思う。
(島本さんを誘ったら、来てくれたかな?)
「そろそろ寝ようか」と芦沼が言い出す。
「寝るだけよね?」と戸田が不審顔で言う。
秋葉が笑いながら「何か期待してる?」
「してないわよ」と戸田。
そんな戸田を見て芦沼が笑うと「それじゃ、避妊具はみんなの分も持ってきたから」
戸田はあきれ顔で「結局やるんじゃない。私、女部屋で寝るから」
「じゃ、また明日」と男子達。
「桜木君は来ないの?」と恨めしそうな顔で桜木を睨む。
桜木は「あ・・・」
戸田は残念そうな表情で、桜木の手を引っ張る。
芦沼は、部屋を出て行く桜木にそっと避妊具を渡した。
真夜中、桜木は戸田に揺り起こされた。
「温泉に入ろうよ」と戸田が誘った。
月が雲に隠れて外はかなり暗い。星明りの下、辛うじて川原に降りる石段が見える。足元を注意しながら川原に降りる。
川の中に設置された浴槽はひっそりとしている。
浴槽脇の大きな川原石の上に服を脱ぎ、全裸になる戸田と桜木。寄り添って暖かい湯に体を浸す。
「気持ちいいね」と桜木。
「やっぱり温泉は水着とか無い方がいいな」と戸田。
「そうだね」と桜木。
「ここも大きくなってるし。さっきあんなに出したのにね」と戸田が笑う。
「それは言わない約束だろ」と桜木。
「いいじゃん。気持ちよかったんだから」と戸田。
月が雲から顔を出す。月明りに照らされた浴槽の水面に九人の男女が居た。
「いらっしゃい」と声を揃える秋葉と芦沼が楽しそう。
苦笑する中条と村上。残念そうに頭を抱える佐藤・佐竹・芝田。
戸田が叫んだ。
「何であんた達がここに居るのよ!」
「ま、考える事はみな同じって事かな?」と芝田。
「けど、暗いから居ない振りしようって言ったのは睦月さんだからね。俺達は止そうって言ったんだが・・・」と村上。
「面白いじゃん」と秋葉が笑う。
戸田は焦り全開の顔で「どーすんのよ。裸で入っちゃったじゃん」
「私達も裸だけど」と芦沼。
男子達は「なるべく戸田さんは見ないようにするから」
戸田は「なるべくじゃなくて絶対だからね!」
だが、次第に慣れと開き直りからか、戸田も胸を隠さなくなる。
目のやり場に困る様子の男子達。
翌朝彼らは、朝食用に残しておいたパンを食べ、河原で遊んだ後、温泉を辞して登山道を帰路についた。
週が明けて大学へ。
佐藤の所に島本が来た。かなり怒っている。
「何が親の重病よ。芦沼さん達と温泉でお泊りってどういう事よ」と島本。
「お前等、バラしたのかよ」と佐藤は佐竹と桜木を見る。
「俺じゃないぞ」と佐竹。
「結局佐藤君、私よりそっちを優先って事なの?」と島本。
すると戸田が「普通は先約を優先するのが礼儀だと思うわよ」と言った。
「私達の関係に口を挟まないでくれる?」と島本が口を尖らせる。
「関係ったって、結局控えよね? それに、やらせてもいないんでしょ?」と戸田。
佐藤は慌てて「いや、そういうのはいいから」
「良くないと思うわよ。素振りだけ見せて、馬の鼻先に人参ぶら下げるみたいに扱うとか」と戸田は反論した。
島本は「男ってそういうものでしょ?」
佐藤はうんざりした顔で「もういいよ。島本さんがそう思ってるなら、俺って島本さんにとって、その程度の存在なんだよね? ごめんね」
「佐藤君・・・」と寂しそうな島本。
六限の授業が終わると、島本が佐藤の所に来て、言った。
「佐藤君、この後は先約、無いんだよね?」
佐藤は「まあ・・・」
「飲みに行くの、付き合ってよ」と島本。
居酒屋で、別れた彼氏の愚痴を延々と続ける島本。頷きながら聞く佐藤。
店を出ると、島本はほろ酔い気分で佐藤を連れて歩く。
歩きながら佐藤は(こっちの方向って)
ラブホテルの前に出る。
「入ろうか?」と島本が誘う。
「戸田さんにああ言われたから?」と佐藤。
島本は「この前誘った時、抱いて貰うつもりだったの」
「・・・」
「嘘だと思ってるでしょ?」と島本。
「いや、何も言ってないが」と佐藤。
「とにかく入ろうよ。一名様お持ち帰りぃ」
島本はそう言って気勢を上げながら入口に入り、手続きを済ませて部屋へと佐藤を誘う。
歩きながら島本は「男はチョロいとか思ってないからね」
「いいよ。男はチョロくてナンボだ」と佐藤。
「佐藤君、優しい」と島本。
その後しばらく佐藤は、島本との恋人気分を満喫した。
講義室では隣に座って互いに甘え、二人で昼食を食べ、二人で街を歩き、互いの部屋を行き来した。
だが、やがて島本には新しい彼氏が出来て、二人は別れた。
「結局俺って、控えなんだよね」と佐藤は島本に不平を言う。
島本は「彼と別れたら、またお願いね」
「思いっきり都合のいい男になってるんだが」と佐藤。
島本は言った。
「戸田さんの時、桜木君が言ってた事、憶えてる? やる事やると主導権も責任も男に移るって。だから今、私達の関係に責任持つのは佐藤君よね?」
「これ、主導権持ってるって言える?」と佐藤は諦め顔で言う。
講義室の出口で島本と別れた佐藤に、中条が話しかける。
「島本さん、ずるいよね?」と、落ち込んだ様子の佐藤に中条は言った。
「まあ、仕方ないさ」と佐藤。
中条は「授業が終わったら、一緒に飲みにいこうか」
あの中条が・・・と佐藤は驚いて、確認する。
「村上達と?」
「真言君は実験があるから、私達二人で」と中条。
「けど・・・」と佐藤。
中条は言った。
「佐藤君が島本さんと一緒に居るのって、誰かを独占したいからだよね? 私は真言君が居るからずっとは出来ないけど、今日くらいはいいかな・・・って」
「中条さんがそんな事で頑張らなくていいよ」と佐藤。
「頑張ってなんかいないよ。そうしたいの」と中条。
「どうして中条さんはそんなに優しいの?」と佐藤。
中条は「佐藤君が好きだから、は駄目?」
「村上よりもって訳じゃないんでしょ?」と佐藤。
「一番でなきゃ駄目? それに佐藤君は私に優しいでしょ? それは優しくしたいから、だよね? 私も同じなの」と中条は言った。
「ありがとう。中条さん」と佐藤。
居酒屋で延々と話す佐藤。
口下手な中条が相手だと、佐藤の口が止まる事は会話が途切れる事を意味する。
だが、女の興味を引く話題を要求しそうにない中条を相手に、佐藤は話題の不足は感じなかった。
ほろ酔い気分で店を出た二人。中条は言った。
「これからラブホテルに行こうか?」
「そんなに頑張らなくても」と佐藤。
「佐藤君とのエッチ、気持ちいいよ」と中条。
ラブホ街に着き、中条は彼を建物の中に誘った。
一時間ほどして二人はそこを出た。中条は携帯で連絡する。
そして佐藤に「真言君は佐竹君のアパートに居るって。私達も行く?」
佐藤は「そうだね。やっぱり、みんなと一緒が一番楽しい」と言った。




