第152話 メジャーへの一歩
その日、六限の授業が終わり、村上が中条の講義室に迎えに行くと、桜木が二人に言った。
「村上と中条さん、これから時間あるかな?」
「今日は実験の当番も無いが」と村上。
「デビューに向けて新作を書き始めたんで、二人に見て欲しいんだ」と桜木。
桜木は出版社からのメジャーデビューの誘いに応じる条件として、次の作品を書いて、評価されるか否かで自分の実力を試す・・・という事になっていた。
中条は「いよいよだね。桜木君」
村上は「文芸部の評論会には出さないのか?」
「批評して欲しいんじゃない。実力を試すんだから、それを計るのはあくまでネットでの評価さ。意見は求めない。けど中条さんには見て欲しい。ついでに村上にも」と桜木。
「俺はついでかよ」と村上は笑った。
すると横から戸田が「私も行っちゃ駄目?」
佐藤と佐竹も「俺も見たい」
桜木は「あまり大勢でってのもなぁ。中条さんの小説の時もこの三人だったし」
「まあいいわ。村上君も居る事だし、変な事にはならないと思うけど、中条さん、桜木君は私のだからね」と牽制する戸田。
「解ってる」と中条。
三人で桜木のアパートに上がる。
お茶を飲んで一息つくと、桜木がプリントアウトした小説を二人に見せた。
出だしを読んで村上がぽつり・・・。
「題名は・・・異空荒野のマムルーク・・・か」
「やっぱり異世界転生なんだよね?」と中条。
「するとかなりハード系かな?」と村上。
「何で?」と中条。
「マムルークって奴隷だよね?」と村上。
桜木が「そうだよ。昔のイスラム世界で活躍した奴隷戦士さ」と説明する。
「って事はイスラム風な世界にするの?」と中条。
「そう。そしてその転生ってのが、実は異世界の魔導司令が魔法でこの世界に干渉して仕組んだ奴隷狩りだった・・・って設定でね」と桜木。
村上と中条が作品を読む。
あるネトゲで、上位ランカー対象の特別イベントが行われた。
それに参加した36名のユーザーが集団で、そのゲームとそっくりな世界に転移し、そこに居た謎の敵軍と戦う。
敵を撃退すると味方の軍の司令部を名乗る一団が現れ、彼らが奴隷戦士として召喚された事を告げる。そして自分達の国のために敵勢力と戦え・・・と。
奴隷扱いに反発する者は短い呪文で身動きを封じられ、抵抗が不可能である事を知る。
呪文は彼らがネトゲユーザーになった時に登録されたアクセスパスワードだった。
途中まで読み終えて三人で話す。
「ゲーム運営会社が異世界の魔導司令に支配されていたって訳かな?」と村上。
「創業者が魔法で操られてシステムを造らされていたって事さ」と桜木。
「それで主人公は?」と中条。
「36人の中で唯一の女性なんだが、転移する時に携帯端末を持ち込んでいたんだ」と桜木。
「その端末で支配する側の魔法システムにハッキングするって訳ね?」と中条。
「よく現代魔法とか言って、呪文の仕組みを情報化してコンピュータで操るみたいなパターンかな?」と村上。
「コンピュータみたいな機械がある世界なの?」と中条が訊ねる。
桜木は「見るからに機械ってのは無いんだが、魔道石の石板に魔道回路を刻んで魔法をシステム化しているんだよね」と説明する。
村上は「それと携帯端末コンピュータが繋がるって訳ね? じゃ、ハッキングするのは?」
「主人公を助けるヒロメンの一人が凄腕のハッカーって訳さ」と桜木。
「一人って事は・・・」と中条が訊ねる。
「もう一人は、主人公が反発して現地人を怒らせてレイプされそうになった所を助ける凄腕のゲーマー。この二人の男性含めてメインキャラって事になるね」と桜木。
「他にサブヒロインは?」と村上。
「姫が出て来るよ。あと正規軍の女戦士とか世話係の女性とか民間人の女の子とか」と桜木。
「敵は戦ってる相手勢力と、彼らを魔法で支配してる魔導司令の両方って事になるかな?」と村上。
村上と中条が続きを読む。
敵勢力との戦いに駆り出された彼ら36人のマムルークは、圧倒的に不利だった状況を逆転させる。
そしてその国の姫が、功労者に褒賞を与えよう・・・という事になるが、何が欲しいかと言われて仲間の一人が自由を求め、姫はそれは出来ないと言う。そして、自由を求めた仲間が鞭打たれる。
その後、呪法システムのハッキングに成功してパスワードを書き換え、彼らは反乱を起こして王宮を占領する。36人を召喚し支配した魔導司令は逃亡し、敵勢力へ寝返る。
そして姫は王宮を占領した元マムルーク達を新しい王として認め、自分が全責任をとるから他の者の命を助けて欲しいと懇願する。
彼らは新しい王として秩序を維持するために姫の協力が必要だとしてそれを承諾して、姫による統治を続けさせ、元の世界への帰還を実現するまで、自由戦士団として敵勢力との戦いを続ける。
そして敵に寝返った魔導司令は、新しいマムルークを召喚して戦争を続ける。
読み終えて三人で話す。
「つまり、これからは転移者どうしの戦いって事になる訳だ」と村上。
「彼らも魔法で縛られているからね、戦いを続ける中で、次第に解り合う動きが出るのさ」と桜木。
「その後、どうなるの?」と中条。
「敵の魔導司令が別の異世界から魔物を召喚して戦場に放つのさ。今度は人間を依り代に使ってね。けど依り代になった人間は魔物に意識を乗っ取られて、敵味方関係無く殺しまくる。それで敵の配下に居た魔術師が魔道司令を見限って、こちらに寝返る。その人達の協力で、また敵の呪法システムをハッキングして、敵のマムルークを呪縛から解放する」
「そうやって魔導司令が無理するのって、理由があるの?」と村上。
「実は姫を愛していたとか?」と中条。
「そう。姫が主人公たちに囚われている・・・と思って、それを救い出すつもりなのさ。最後は最も強力な魔物を、自らを依り代として召喚して、最後の土壇場で、姫が彼の精神に呼び掛けて止め、魔導司令は姫の腕に抱かれて死ぬ・・・と」と桜木。
「それで戦争が終わるんだね? 主人公たちはどうなるの?」と中条。
「殆どの転移者は現世に未練は無いって事で、異世界に留まって、マムルーク軍団が王室になる国を作る」と桜木。
「現世でドロップアウトしたネトゲ廃人だからね」と村上。
「けど、主人公たち3人は、力を合わせてやり直そうと、現世に戻ってリアルで再会する」と桜木。
村上は言った。
「マムルーク軍団が王室になるって、エジプトの中世にあったマムルーク朝がモデル?」
「そうだよ」と桜木。
一通りのストーリーを消化した所で、村上が言った。
「異世界転生って、現世で失敗人生送ってる奴が異世界で魔力に恵まれて・・・それで無双するってのが定番だよね?」
「それを逆転させて厳しい境遇に放り込まれてそれに立ち向かう・・・ってのも、よくあるけどね」と桜木。
「立ち向かうのを集団で・・・ってのと、厳しい境遇の中身を奴隷身分って形にまとめる・・・って所かな」と村上。
「面白いと思う」と中条。
「評価されるといいね」と村上。
桜木が「それで、今日は二人とも泊まっていける?」と言う。
中条が「私、泊まりたい」
中条が夕食を作る。
桜木が「やっぱり中条さんの豚バラ炒めは美味しいよ」と料理を褒める。
村上も「味噌汁も絶品だな」
「それは俺が作った残りなんだが・・・」と残念そうに桜木が言う。
「俺の感動を返せよ。男の料理を褒める趣味は無いぞ」と村上が笑う。
「知るかよ」と桜木。
中条は「でも、本当に美味しいよ。具が柔らかくて」
「一人暮らしで何日も保つから繰り返し煮る」と桜木。
「出汁の元大目に入れてる?」と中条。
「多いのか? 加減が解らないから適当に入れてるんだが」と桜木。
「真言君の料理みたい」と中条が笑った。
食べ終わったら、3人で入浴する。
浴槽の中で二人に甘える中条。中条は二人の背中を流し、村上は中条の背中を流した。桜木は中条の髪を洗ってあげた。
「布団は二枚でいいか?」と桜木。
「1枚で良くない?」と中条。
中条は布団の中で二人に甘え、やがて・・・。
行為を終えて、中条を真ん中に全裸で身を寄せる。
中条が悲しそうに言った。
「戸田さんには悪い事してるんだよね?」
「桜木はあの人を捨てる気は無いんだろ?」と村上が言う。
桜木は「彼女が俺を好きでいてくれる限りは、な。けど俺、やっぱり中条さんが好きだ」
「そうか」
桜木が悲しそうに言った。
「ごめんな、村上」
村上は「お前は俺からこの人を奪うつもりは無いんだろ?」
桜木は言った。
「もちろんさ。けど、思い出があれば生きていけるって言ったよな? どのくらいの思い出があれば、そうなれる?」
「友達として一緒に遊んだりする思い出じゃ、駄目?」と中条が言った。
桜木は「もしこの小説が売れたら、俺はプロになって、出版社のある東京に行く事になると思う。中条さんとも村上とも会えなくなる」
「それは寂しいな」と村上。
桜木は「中条さんが?」
「俺だって寂しいさ。俺だけじゃない。芝田だって睦月さんだって寂しいと思うぞ」と村上。
中条は「戸田さんとも会えなくなるの?」
「あの人は俺と契約する出版社に就職するつもりらしい」と桜木。
「戸田さんとの思い出をいっぱい作れば、戸田さんが居ればいいって思えるんじゃないかな?」と村上。
中条は「みんなで温泉に行こうよ。桜木君も戸田さんも混ぜて」と言った。




