第151話 競ってこそ華
大学祭で秋葉や芝田たちが企画した、工学部と経済学部合同の、ロボットとアイドルのコラボイベント。
ロボットの実演終了のアナウンス。
間を置かず「続いて八上美園ライブ、始まるよー」と八上の、精一杯の元気を演出した声が響いた。
それはツインピンクスのライブが始まる時間でもあり、多くの来客が移動し始める。
だが八上は、彼らを逃がすまいとステージに上がり、マイクを持って来客たちに呼びかけた。
「こんにちは、八上美園です。二年前、ツインピンクスから独立して、一人で歌ってきました。ちょっと寂しかったけど、今日は素敵なバックダンサーが来てくれました。紹介します。ハウンド君です」
再びロボットが立ち上がる。
メインの持ち歌の曲が流れ、八上は歌い始める。そして八上の背後で踊るロボット。
それは八上の振り付けを簡素化したものだが、不格好なロボのダンスがユーモラスだ。
体育館に去ろうとした来客たちが振り返り、もうすこし見ていこうと、ステージの回りの人垣に戻った。
踊るロボットを見て村上が工学部の榊に聞く。
「さっきと違って動きがやたらスムーズなんだが」
「振り付けをプログラムしたのを使ってフルオートで動かしてるからね」と榊。
「中の芝田はどうなってるんだ?」と村上。
「手足に固定したセンサーユニットが同期して動くから、奴は今、操り人形状態さ」榊。
「大丈夫か?」と村上。
「アイドル本人がぶわっとしたマントみたいなコスプレ衣装だから、振り付けは動きを押えてあるんだ」と榊。
「それは今のうちだけだろ。そのうち脱いで身軽になると、振り付けはどうなる?」と村上。
「あ・・・」
続いてアニソンメドレー。歌いながらコスプレ衣装を脱ぐと、下に別のコスプレ衣装。
軽装になるに従って振り付けは激しくなる。
最後のミリアネスエンディング曲の頃には、パイロットスーツ姿で踊る八上に合わせたセンサーユニットの激しい動きに、芝田のあちこちの関節が悲鳴を上げる。
(勘弁してくれ)と芝田は呟く。
その後は八上とロボとのコント。ロボの大袈裟な身振り手振りに子供たちが笑う。
そしてまた八上の持ち歌。
芝田は呟いた。
(またダンスかよ。もーどーにでもしてくれ)
ライブを終えて来客が引き上げる。
「あれだけ集まればツインピンクスに負けてないよね?」
秋葉も八上も大塚も、その他経済学部の面々も満足気だ。
その時、校内放送が鳴った。
「ツインピンクスのライブは好評に付き、30分延長します。まだ御覧になっていない方も、ぜひ体育館会場へ」
それを聞いて村上は笑った。
「やられたな。こっちが終わって引き上げる客を呼び込んで観客数を稼ごうって訳か」
結局、観客数はツインピンクス側が八上側の倍。だがその半分は延長時間になって増えた分だった。
ツインピンクスライブの後、体育館脇で対峙するツインピンクスの月代佳奈芽と八上美園。
「つまり、双方がぶつかり合った時間の客は五分五分って事よね?」と、八上は負けを認めない。
「そうは言っても、勝負は勝負よ」と月代はあくまで勝利を主張。
「延長時間で客数稼ぐなんて反則だわ」と八上。
「そっちだって、前座のロボで集めた客の水増しですよね? 先輩」と月代。
火花が散るアイドルの闘いに、ツインピンクスのもう一人は月代の陰で怯えている。
「月代さんだって、もうすぐ卒業よね?」と八上。
「アイドルは続けるわよ。音楽専門学校に入って、また同じ土俵で差を見せつけてあげるわ」と月代。
「負けないわよ。アイドルは競ってこそ華だもの」と八上。
グランドの会場では。実演後の片付けが進む。向こうではサッカー部によるサッカー教室が始まっていた。
サッカーをやらない子供たちがロボットの回りに集まる。
はしゃぐ子供たちが口々に「かっこいー」「マジで動くんだものな」
そのうち、ごっこ遊び始める男子小学生たち。
「黒幣団のハウンドめ。これでも喰らえ」と子供がロボの脛を蹴ると、ペラペラの装甲はあっさり折れた。
親が飛んできて平謝り。
小学生は不思議そうに、親を宥めている学生に聞いた。
「ハウンドって本当は弱いの?」
「ザコロボだからね」と学生は笑って答えた。
とりあえずの後片づけが終わり、芝田達四人は文芸部室に戻った。
部室は、現在の部員の作品とともに、過去の部員の作品の中でも評判の良かった作品の即売会場となっている。
桜木と戸田が店番をやっており、三人ほどの客が居る。
「店番、代わるよ?」と芝田が申し出る。
秋葉は「真言君は午後から人工子宮の実演で、里子ちゃんも心理学研でマウスの行動実験があったよね?」
村上・中条・桜木・戸田で文化祭を廻る。あちこちの食べ物屋を食べ歩く。様々な研究室での研究展示、遊び系サークルのパフォーマンス。
心理分析研究会で心理テストをやっている。
「寄っていかない?」と島本が声をかけてきた。
村上は「時間があったらね」と、中条の一件を思い出して苦笑しながら答えた。
動物触れ合いコーナーをやっているブースがある。農学部の畜産部門の奴等だ。
子豚や子ヤギ、兎などが居て、子供たちが抱いてはしゃいでいる。
「ちょっと寄って行こうよ」と戸田が仲間たちを促した。
見知った顔が居る。農学部の増殖技術研究室の奴だ。
「景気はどうよ」と村上が言った。
「上々だよ。なんせモフリはブームだからね」と農学部生。
「マウスは使わないのか?」と村上。
「ネズミは客が逃げるだろ。中条さんの所ではこれから使ってもらう訳だし」と農学部生。
心理学研の行動実験では、これからマウスを使った迷路の実験が行われる。そのマウスは農学部の畜産部門から調達している。
生化学研の人工子宮研究の実験動物も同様だ。
そうした実験動物のやり取りで、彼らは様々な研究室の研究と関わっている。
「村上の所の公開はもうすぐじゃないのか?」と桜木。
「そうだな。準備もあるし、そろそろ行くわ」と、村上は仲間たちに移動を告げた。
戸田は「私達はもう少し居るわ。中条さんも、まだ時間、あるわよね?」
「じゃ、里子ちゃんは任せた」と村上。
「真言君、また後でね。打ち上げは睦月さん達の所に行くんだよね?」と中条は言って、村上に手を振った。
生化学研究室では人工子宮の実験設備を公開する。準備をしていると鹿島が見に来た。
「学会以来だな」と村上。
「あの時は派手にやったみたいだな?」と鹿島が笑った。
「まあな」と村上。
「その反人工子宮派なんだが、ここのボランティア研とも関係があるらしい」と鹿島。
「何かやらかす可能性があると?」と村上。
鹿島は「それで探りに来た」
公開が始まった。
無菌ケースの窓に取り付けた手袋での作業を実演するのは鮫島助手、顕微鏡カメラを操作するのは上級生の牛沢。
湯山教授がカメラの映像を見せながら解説する。
そんな様子を横目に、来客たちに目を配る鹿島。
「居るな」と鹿島が声をひそめる。
「奴等か?」と村上も声をひそめる。
「怪しいのが三人。何か企んでいるのが最低一人は居ると思う。人気の無い所を見計らって何かやらかすだろうな」と鹿島。
鹿島は目星をつけた三人にそっと近づき、次々に発信機を仕掛ける。
実演後、鹿島は湯山教授にその旨を伝え、張り込んだ。
学園祭が終わると、各企画は有志で打ち上げを行う。
工学部と経済学部の合同チームは大学近くの居酒屋で、八上を囲んで祝杯を上げた。秋葉を手伝った村上と中条も参加した。
アルコールが入る中、次第に地を出す八上。
元々アイドル特有の我儘気質で、周囲の学生への傍若無人な振る舞いに拍車がかかる。
「八上美園って、あんなの?」と経済学部の寺田。
「アイドルって、みんなああなんじゃね?」と工学部の榊。
「ドルオタの憧れを何だと思ってる」とメカトロニクス研の一年。
「知らねーよ」と榊。
「上坂でもああだったの?と刈部。」
「入学二週間でクラスの奴は完全に引いたらしい」と芝田が笑って答えた。
「俺、ファン止めようかな」とコンピュータ研の一年。
「ってか俺、ドルオタ辞めたい」と経済学部の一年。
「辞めればいいじゃん」と村上が言った。
その時、村上の携帯が鳴った。
出ると芦沼だ。
「人工子宮の展示室に賊が入ったって、鹿島君が取り押さえたんだって。今、生化学研の打ち上げに居るんだけど、すぐ学校に戻ろうと思うの。教授も行くって言ってるけど」
「俺も大学に戻るよ」と村上。
学校に戻ると、現場には鹿島と数人の警官。犯人は既に護送されたとの事。
隣に居る芦沼が怒りに震えているのが解る。
鹿島に様子を聞く村上。
「暗くなった所を窓ガラスを割って展示室に侵入しようとしたんだ」と鹿島。
「犯人はうちの生徒か?」と村上。
「外部の奴らしい」と鹿島。
湯山教授も生徒の犯行ではないと知って安心した様子だ。
鹿島は続けて言った。
「けど、手引きはしているだろうな。夏の件で頭に血が上った奴等が暴走したらしくて、うちの大学祭がもうすぐなんだが、そこで騒ぎを計画しているらしいって話があって、もしかしたら・・・って思って、来てみたら案の定って訳だ。こんな騒ぎを起こせば、当分また動けなくなるだろうが、用心に越した事は無いからな」
「ありがとうな、鹿島」と村上。
「いや、この騒ぎで、うちの大学祭が安全になったんだからな。念のために警察も警備を回すって言うし。けど、そのうちまた何かやらかすかも知らん。気を付けろよ」と鹿島。
「そっちもな」と村上。
「ねえ、村上君」と芦沼が悲しそうな顔で言った。
「何?」
芦沼は「私が学会で奴等に噛み付いちゃったせいかな?」
村上は笑って言った。
「ああいう奴らは、何も言わなければ、認めさせたと勘違いして調子に乗るのさ。それでもっと酷い事になる。反撃すれば反発は来る。けど、それを乗り越えて初めて、人は先に進めるんだよ。抵抗しても無抵抗でも殴りかかって来るってんなら、血を流してでも抵抗して前に進むのが正しいよ。芦沼さんは、絶対に間違っていない」




