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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第15話 女子達の糾弾会

 体育祭の後、中条は杉原・秋葉と次第に打ち解けるようになった。

 外出では相変わらず、村上や芝田に同行を求める傾向は続いたが、体育など男女別の授業では、中条との対話の仕方が解ってきた事もあり、それなりに3人で会話が成立するようになってきた。


 その中で杉原は、村上達との馴れ初めについて知りたいと、さかんに追求するようになった。

「何も見なかった事に」という約束もあり、中条は話す事を拒み続けたが、けして気の強くない中条のこと、次第に押しの強い杉原の追求に抗えなくなり、ついに体育の後の更衣室で中条は、学校に持ち込んだエロ本を二人で見ているのを目撃した口止め料として奢ってもらった事を、白状してしまった。

 これを聞いた杉原が大笑いして口に出してしまい、その場にいる女子全員の知る所となった。


 水上は、女子全員でこのエロ本持ち込みを糾弾しようと言い出し、泣きながら止めて欲しいと懇願する中条は、村上芝田との絶交を要求されてしまう。

 大事になった事に困惑して止めようとする杉原も、周囲の圧力で沈黙を強いられた。


 この様子を盗聴器で聞いていた鹿島は、事の次第を村上と芝田に告げた。

 芝田は激怒したが、何人かの男子は「女子全員敵かよ」と弱気の声を上げ、佐川も「御愁傷様だが、俺関係ねーし」と言ってみせた。

 だが清水が「中条さん泣いてたね」と言うと、村上は「敵とか味方とか関係無いよ。正しいものは正しいし、悪いものは悪い。そんだけだろ」と言い、芝田に親指で合図した。

 何より、約束を破った自分自身を責めているであろう中条の心痛が、気がかりだった。



 そうこうしている中で、女子達が着替えを終えて教室に戻った。

 次々に入室しながら、村上と芝田に冷たい視線を向ける女子達に、「言いたい事があるんなら、ちゃんと言ったらどうだよ」と芝田は怒りを表して立ち上がった。

 それを制しながら村上は大声で、教室に入れないでいる中条に呼びかけた。

「中条さん、そこに居るだろ。事情は全部知ってるし、中条さんは悪くないって知ってるから、気にしないでいいよ。無理矢理吐かされただけの被害者なんだから」


 押し潰されそうにこわばっていた中条の表情は、それを聞いて一気に緩み、篠田の制止を振りほどいて教室に駆け込み、村上と芝田に抱き付いた。

「ごめんね、約束守れなくて、ごめんね」と泣きじゃくる中条の頭を、芝田は笑顔で撫でながら、今更ながら彼女にこんな思いをさせた人達への怒りが込み上げるのを感じた。

 そして中条を後ろに庇うと、怒りの表情で教室内の女子を見回し、怒鳴った。

「女だからって容赦しない。里子を泣かせた奴は前に出ろ!」


 これには女子達の強気はすっかり萎み、一部は牧村や大谷に無言で介入を促した。

 だが芝田はさらに「男でも文句のあるバカマはかかって来い。五人でも十人でも相手になってやる」と畳みかけた。



 意を決した七尾が発言した。

「暴力に訴えようというなら、こちらにも考えがあるけど。それに不要物持ち込み禁止って校則に反しているって事は自覚してるわよね?」


 これに対して芝田が声を出そうとした矢先に、佐川が口を開く。

「委員長こそ、自分達がやってる集団外しが、いじめ案件だって自覚してる?」

 さらに「さすがに不要物といじめじゃ重み違いすぎと思われ」と小島。

「どうせエロ本ったって水着の写真集とかだろ」と山本。



 だが七尾の発言で勢いを取り戻した水上は「どうせって何? こういうのが女子を不快にさせるって事解ってる? つまりこれはセクハラなの。自覚してる?」


「何がセクハラだ」と怒鳴る芝田を制して、村上が語り出した。

「水上さん、セクハラって言葉の意味、知ってるのかな? 日本語で性的嫌がらせ。昔ね、ある会社のOLが、上司から食事に誘われたんだ。OLはそれを断った。そしたらその上司が彼女を恨んで、あいつは淫乱だとか周囲に噂を流して、OLは退社に追い込まれた。それで裁判になったんだけど、これ、セクハラって言葉が生まれた始まりの話なんだよね。この上司がやった事って、つまり特定の異性を大勢の前で性的に貶める行為だよね。それって今、水上さん達が僕達にやってる事と同じじゃないのかな?」


 これに対して水上は「セクハラというのは、男性が女性に対してするもので、その逆は無いの。あなた達がやったのが、女子全員に対するセクハラなの」

 だが、水上の下に居るつもりの無い岸本は「私は別に賛同してないけどね」と笑って見せた。

 そして村上は「水上さん、それは違うよ。嫌がらせに男も女も関係無い。女性の上司が男性の部下にやる事だって、セクハラになるんだよ。そもそも僕達は、女子に見つからないようにしてた訳で、それがどうして嫌がらせになるのかな?」


 これに篠田が口を挟んだ。

「それは女子に嫌われたくなかったからでしょ?」

「じゃ、人はどういう時に嫌われるのかな?」と村上。

「そりゃ、相手が嫌がる事をした時でしょ?」と篠田。

「そうだよ。つまり僕達は女子が嫌な思いをしないよう、見つからない所でやったんだよ。そういう配慮をしても、まだ嫌がらせになるのかな?」と村上。


 篠田は反論できず沈黙したが、水上は続ける。

「それって、カンニングしてもバレなければ問題無いって言ってるのと同じじゃないかしら」

「カンニングとセクハラは同じって訳? じゃ、セクハラの定義は?」と村上。

「女性が嫌だと思えばセクハラって、そんな事も知らないの?」と水上。

「つまり、カンニングが悪いのは他の人が嫌だから、不公平感を持たれるから悪いって、そういう理屈だよね。違うだろ。誰かが不公平を感じようが感じまいが、事実としてカンニングは悪いんじゃないの?」と村上。

「だから何?」と水上。

「つまりさ、セクハラと水上さんが呼んでいる、僕らが女子と無関係にやってた事は、カンニングみたいに、見つかって嫌な思いをさせようがそうで無かろうが、事実として悪い、って要素はあるのか?・・・って言ってるんだよ」と村上。

「それは・・・」


 もしyesなら、見つからず嫌な思いをさせていない場合もセクハラとする事になって、定義と矛盾する。noならカンニングと同じでない。ようやく自分が言った事の間違いに気付いた水上は、不利を感じてたじろいだが、なおも食い下がった。

「とにかく持ってくる事自体が女子にとって不快なんだから、やるべきじゃないって事よ」

 ここまで来ると、他の男子も次々に追求に参加した。

「学校は女子のためにある・・・ってか?」と佐川。

「無理矢理ほじくり出しといて、それは無いと思われ」と小島。

「原告が裁判官を兼ねて勝手に判決決めるようなもん?」と鹿島。



 さすがにここまで来ると誰も反論できず、女子は沈黙した。

 牧村は「俺は水上さんの事嫌いじゃないけど、さすがにこれは引くよ」と水上を窘める。

 薙沢も「水上さん、もうこんな事止めようよ」と言うに及んで、水上はようやく孤立を悟って慌て出した。

「な・・・何よ。まるで私が悪者みたいじゃないの?」

 佐川は「いや、実際悪者だし」

 坂井も「水上、あんたの負けだよ」



 この状況に、杉原は意を決し、そして言った。

「ごめんね村上君、芝田君。中条さんから無理矢理聞き出したのは私なんだ。面白半分で喋らせちゃって、こんな事になって、ほんとごめん。けど私、あんた達の事で納得できない所があって、中条さんが二股かけてるとか、私は思ってない。けど2対1で付き合うって・・・」

 芝田はこれを遮り、「いや、付き合ってる訳じゃなくて」と言ったが、杉原は「傍から見ればそう見えるよ。それって中条さんが孤立してるのをいいことに、引き込んで都合のいい彼女として物みたいに共有してるって事じゃないの?」


「共有って何だよ」と芝田が声を荒げた。

 側にいた秋葉も「杉原、それはちょっと・・・」とブレーキをかけようとした。

 だが杉原は「男が多い場にいると、男の感覚で主導権握られるでしょ。それで彼氏彼女みたいになったら、支配されて嫌な事をやらせたり、男の感覚に合わせて自分を削らされたり・・・」

 それまでおろおろしていた中条だったが、それを聞くと「私、嫌な事なんてやらされていない」と村上の腕にしがみついて言った。


 清水が「主導権とか・・・リアル女ってすぐそういう面倒臭い事言うのな」と言う。

 岸本は笑いながら「私は逆ハーレムって、むしろ男を侍らせて楽しいけどね。普通そうじゃない?」

「つまり逆に言うと、ハーレム日常系は女に支配されて嫌な事させられてる糞なイジメ世界って事になるな。だそーだぞ八木?」と鹿島。

 話を振られた八木は「ええ? いや、そうかも知れないけどさ」と苦笑した。


 だが杉原は「男は女を支配しようとするの。支配欲ってのがあるの。女と違ってね」

「支配欲全開の女なんてゴロゴロいると思われ。誰とは言わないけど、藁」と小島。

「ってか支配欲ってよーするに独占だろ。一人で独占しないのが支配ってどーなん?」と山本が言った。

 それに対して杉原は一言「男の行動原理って性欲でしょ?」



 これに場が一気に凍り付いた。男子全員がため息をつくと、柿崎が言った。

「杉原さんさぁ、男を何だと思ってるの?」

 ここまで来ると大野も「いや、男は性欲? それがいいんじゃん」


 この時、津川が席を立つと、「もういい」と怒りに満ちた声で言った。

「俺、できれば杉原さんの味方でいたかったよ。杉原さんの事、好きだったし、いつか告ろうと思ってた。けどさ、俺のそういう気持ちも、杉原さんに言わせると汚い性欲なんだよね。ごめん、もう無理。見損なった。告白しなくて本当に良かった」

 そう言って教室を出て行く津川の後ろ姿を悲しそうに見る杉原は、教室の戸を勢いよく閉める音にピクリと反応した。

「だって・・・本当のことじゃん」と呟く杉原の肩に、秋葉は手を置いて「杉原・・・」と宥めるように言うと、杉原は涙を手で押さえて教室を駆け出た。



 後を追って秋葉が教室を出るのを見ながら、佐川は「ほんっと女って泣けばいいと思ってんのな」と言うと、鹿島は「あまり追い打ちかけるなよ」と窘めた。

 佐川はクラスメート達を一瞥すると、席を立って教室を出た。ドアに向かう途中で水上の側を通りがてらに「良かったじゃん水上さん。杉原さんが憎まれ役引き受けてくれてさ」と皮肉っぽく言った。

 水上は佐川を睨んだが、何も言えず、やがて悔しそうに俯いた。

 佐川が教室を出ると、水上の周りを篠田ら数人が集まって、ひそひそと話しながら教室を出た。


 やがて杉原が秋葉に慰められながら生徒玄関を出る様子を、村上は窓から眺めながら「大丈夫かな、あれ」と呟いた。

 その隣に芝田が居る。その後ろから中条が二人に抱き付き、その間に嬉しそうに顔を埋めた。村上は中条の頭を撫で、芝田は村上の肩に手を置いて「お前って時々すげぇのな」と言った。

 それを離れた所から見ていた藤河は(ちょっと絵になるかも)と心の中で呟いて、にやりと笑った。

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