第149話 機械仕掛けのアイドル
話は大学祭の企画が一斉にスタートした時期に遡る。
学生自治会執行部では、大学祭の企画としてアイドルを呼ぼうという事になった。
ところが、そのための予算を確保するのに失敗。
そんな時に売り込みに来たのが、音楽専門学校に入学してアイドル活動を続けていた八上美園だ。
作曲のできない彼女は、上坂高パソコン部の支援を受け、上坂高軽音部が作った曲を譲ってもらい、ブログでの宣伝、上坂商店街のイメージガールとしての活動もあって、ご当地アイドルとしてそれなりに知名度も上がってきた所であった。
出演料無料という話に飛びついた自治会だったが、まもなくこの話は自治会側の都合でキャンセルになった。
後から売り込みに来た紅峰学園のツインピンクスに乗り変えたのだ。
「で、小島の所に泣き付いて来たって訳か?」と村上。
文芸部の部室に芝田達四人と向き合う小島と大塚。八上ファンクラブ会長の大塚が、パソコン部の先輩として小島を頼ったのだ。
芝田は「けど、泣き付くったって、何をしろと?」
「自治会執行部に話してみてくれって言うんだが、どーにかなるん?」と、小島もいささかうんざり気味。
「あそこに知り合いとか居ないからね」と、脇で聞いていた斎藤部長。
「それに、知名度も人気も実力も向こうが上。普通は乗り変えるわな」と事もなげな住田。
「けど、これって契約違反ですよね? 裁判になれば勝てる案件だと思いません?」と、納得できないという体の大塚。
「契約書とか、まだなんだよね?」と桜木。
「互いの合意があったと証明できれば契約と見なせるって聞きました」と大塚。
「裁判って、いくら費用がかかるか知ってるか?」と村上。
「それに、こんなので裁判沙汰にしたら、ファンがドン引くぞ」と芝田。
大塚は「だって・・・」
「それにうちには法学部が無い。そんなに言うなら国立大の佐川の所にでも行ったらどうよ」と村上。
「行ったけど一笑に付された」と小島がうんざり顔で言った。
「行ったのかよ!」と芝田があきれ顔。
その時、「面白いじゃない?」と秋葉が言い出した。そして・・・。
「不利な状況をマネジメントで逆転するのも経営者の手腕よ。私が経済学部のみんなに話してみるわ」
一般教養の講義の後、クラスの男子達とわいわいやってる時、秋葉がこの話を出した。
案の定、彼らの反応は否定的だ。口々に反対意見が出る。
「どう見てもツインピンクスの子の方が上だよ」
「俺、ピンクスのファンだし」
「月代ちゃん、可愛いよな」
「紅峰は俺の母校だし」
「どう見ても状況不利だよ」
そんな彼らに秋葉は笑顔を向けて、言った。
「だからこそよ。その不利な状況を逆転させるのが、私達実業家の腕の見せ所じゃないの? チャレンジ精神あっての実業家よ」
「秋葉さん。それは違うよ」と窘めるように言ったのは津川だ。
「アイドルとしてのレベルに差がある以上、良質なエンターテイメントを選んで、みんなに高い満足を提供するのが、事業家の役目なんじゃないの? わざわざ質の劣るアイドルに固執するのは、ただの自己満足だよ」
だが秋葉は更に続ける。
「そうね。だけどアイドルによる満足って、本人に依るものだけじゃないと思うわよ。彼女らにどんなパフォーマンスをやらせるかも、重要だと思うの。確かに彼女自身は劣るかも知れない。けど、それをどう使って、どうやって最高のエンターテイメントにするかは、彼女達を使うマネジメント側の腕の見せ所よ。違う?」
「なるほどね、確かにそうだな」と頷く津川。場の雰囲気が変わった。
「やってみようか?」と言ったのは時島という学生。
「何事も経験だもんな」と言ったのは栃尾という学生だ。
「けど、何をするんだ? 自治会は方針を変えないと思うよ」
それに対して秋葉は「私達が自主イベントとして、八上ライブを実行するのよ」
小島と大塚に連絡する。喜ぶ大塚。
話がまとまる中、津川は秋葉に言った。
「で、その実業家の腕の見せ所ってのはいいんだが、誰の腕の事?」
秋葉は笑って「大学は教育機関よ。それを教わるために、私達はここに居るんじゃない?」
秋葉と津川が出入りしている経営技術研究室の須賀教授に数名で相談に行く。
教授は「要するに、自治会主催のイベントと張り合いたい訳だね?」
「そうなりますね」と秋葉。
「その勝敗の基準は?」と教授。
「来客数という事になりますね」と津川。
「という事は、先ず宣伝だな。だが、宣伝でアピールするには売り物が必要だ。正面から張り合って勝ち目がないなら、特徴を持たせて、それに関心のある人を集めるのも手だろうね」と教授。
「アイドルそのものじゃなくて・・・ですか?」と秋葉。
「アイドルにやらせる事も色々あるだろう。とにかく見る人が面白かったとか、面白そうだとか、そう思える何かのイベントの仕掛けを探してみるのが早道だと思うよ」と教授。
「何かとコラボするとか?」と寺田という学生が声を出す。
「それも手だろうね。それとイベント全体を経営するための必要項目は解るかい? そういう事を知ってる人、経験のある人の協力はあった方がいい」
教授の話を聞いた彼らは、一様に呟いた。
「コラボったって、一体何と・・・」
そんな事で頭を悩ませていた時、秋葉は文芸部室で、芝田のロボ実演の話を聞いた。
そしてそれをロボットアニメのイベントの性質を持たせてコラボ相手にしようと・・・。
「工学部の巨大ロボ実演をミリアネスのショーに?」と村上が聞き返す。
「面白そうじゃん」と住田が言った。
戸田が「そういや八上さん、柴野あかりのコスプレやってたよね?」
中条が「ミリアネスの主題歌歌ってたし」
村上が「あの衣装とか作ったの吉江さんだったよね?」
「協力頼めないかな?」と秋葉が呟く。
「連絡してみようよ」と村上。
「面白くなってきたぞ」と芝田が乗り気になる。
村上は「その前に芝田は工学部の人達に了解貰ってこい」
芝田は「そうだった」
工学部のロボットチームは芝田の話を聞いて乗り気になる。
工業デザイン研究室に依頼していたロボットの外装は、ハウンドを真似たものに変更してもらった。
そしてイベントのノウハウを持つ協力者として、スポーツイベントの会社に就職した内海に連絡して協力を求めた。
内海は上司に話してみると言う。
吉江も連絡すると乗り気になり、先輩に話してみると言った
翌日、内海が来校した。
「会社員が平日にこんな所に来ていいのかよ」と芝田が笑う。
内海は「会社が全面協力していいって言ったんだ。但し、何か商売のネタ貰ってこいと言うんだが・・・」
「商売のネタって言っても、スポーツだろ?」と村上。
「体育会系のサークルもあるだろ?」と内海。
「大学祭って文化祭だぞ」と芝田。
「そういえば上坂の文化祭で、バスケ部が子供集めてバスケ教室やってたよな?」と村上が言い出す。
「サッカー部とか同じ事出来ないかな? サッカー教室とかさ。そこで地元プロチームのグッズの即売とか」と内海。
サッカー部の部室に村上・秋葉・内海が行って交渉するが、乗り気になる様子は無い。
「子供の相手とか、めんどくさいよなぁ」と、サッカー部の部長は、事もなげに言う。
「地元への貢献は必要だと思いますよ」と村上が言う。
「貢献ってのは、試合に勝って知名度を上げる事だ」と部長。
「殆ど勝った事無いけどね」と、脇で聞いていた部員の一人が言った。
「それは言ったら駄目な奴だから」と別の部員が言った。
「そういえば近所に女子小学生のサッカーチームが出来たそうだな」と別の部員の一人が何気なく言った。
「そこの子たち、サッカー教室やれば来るんじゃないかな?」と、さらに別の部員。
それを聞いてサッカー部部長はいきなり乗り気になる。そして・・・。
「やるぞ、サッカー教室。地元への貢献は必要だ」
秋葉は不審顔で「もしかして部長って、ロリコン?」と部員の一人に訊ねた。
「それは言ったら駄目な奴だから」と別の部員が言った。
大塚と田畑に連れられて八上が来校。方針を伝え、ライブの中身について話し合う。
有志のイベントとして八上美園ライブとサッカー部のサッカー教室を登録。
併せて須賀教授に工学部のイベントとのコラボの計画を報告した。
「著作権については考慮しているかい?」と教授。
「問題あるでしょうか?」と津川。
「一応、著作物を利用する訳だからね。まあ、無料ならパテント料は発生しないから、難しい事は無いと思う。心配なら権利者側に一筆書けばいいんじゃないかな? 学生にファンが居て宣伝のつもりでやりたいって言えば、断る所は無いだろうね。何なら私の名前を出してもいい」と教授。
イベントはコンピュータ研、メカトロニクス研、経営技術研の協力体制となった。
三人の教授と助手が打ち合わせを重ね、それぞれの学生に助言する。
ライブはツインピンクスが午後の予定なので、被らないよう予定時間として午前を登録した。
だが、まもなくツインピンクス側が予定を午前に変更。
「真向からぶつけてくる気かよ」と栃尾があきれ顔。
「アイドル側が要求したらしいわよ」と秋葉。
「ピンクスの月代さんって、意外とえげつないのな」と寺田。
「八上さんとの間に何があったんだ?」と時島。
「こうなったら、とことんやってやろうじゃん」と、秋葉が言った。




