第147話 芝田君の電脳軍団
学生生活でアルバイトは、ある意味付き物とも言える。
単にお金を稼ぐ手段というだけではなく、何かの分野で経験を積む・・・という場合も多い。
先輩から研究室での研究分野に関わる企業でのアルバイトを紹介される、というのはその典型だ。
芝田が犀川研究室の先輩の紹介で、コンピュータ会社で友達と一緒にバイト・・・というのも、それだった。
春月コンピュータシステム。様々な企業の業務システム構築を請け負う。
こうした業界では、大きなシステムを組む時、人手が必要になる。そういう時に技術提携等で縁のある大学に声がかかるのだ。
芝田がアルバイトで参加したのは、電力調整システムの入れ替え作業だった。
一緒に参加した芝田の友人は4人。
小宮は以前、芝田に文学部との合コンを要求した奴で、以降も文学部の梅田と連絡を取り合って、頻繁に合コンを企画している。
刈部は芝田のアニメ評論にイラストを描いた、漫研所属の学生だ。
榊はかなり気合の入ったパソコンマニアで、パソコン部に所属し、中高生の頃から自作パソコンにも手を付けている。
泉野は眼鏡をかけた女子で、BLにも乙女ゲームにも手を出すが、低年齢男子キャラが大好物の、所謂ショタ属性の女オタクを自認する。
バイト初日、彼らは連れ立ってバイト先に向かった。事務の窓口に要件を告げると、担当者が出てきてデータセンターに案内された。
担当者が歩きながら説明する。
「社員が数名と、あと、別の所から2名、バイトとして参加して貰っています」
「別の所って?・・・」と小宮が問う。
「春月コンピュータ専門学校です」と担当者。
データセンターに入ると、専門学校の生徒は既に来ていた。二人のうち一人は小島だった。
「専門学校生って小島かよ」と芝田が言った。小島が答える。
「芝田じゃん。そっちは友達ぞな?」
芝田は「小宮に刈部に榊に泉野さんだ」と友人たちを紹介。
「よろしく」と小宮たち。
芝田はもう一人の専門学校生を見て「小島も友達と来てたのな?」
「園田です」と小島の友人が自己紹介。
小島は園田を「彼はロりオタの同志ぞ」と紹介。
園田は慌てて「いや、違うから。中学校の時に好きだった子が子供みたいだって、そう言われた事があるだけで」
それを聞いて芝田は「何だか水沢さんの同級生みたいな話だな」
すると園田は「それ、俺です」
泉野は小島を見て「自分でロリコン名乗るとか、女の敵じゃん」とあきれたように呟いた。
担当者は「後、電力調整なんで、電力機器の調整でクライアントの関連会社から人が派遣されます」
まもなく派遣された関連会社員が来た。
「春月電力サービスから来た山本です」と関連会社員。
担当者は山本と名詞を交換して「よろくしお願いします」
そんな山本を見ながら、小宮たちはひそひそ。
「小学生だよね」
「労働基準法的に問題あるんじゃ・・・」
そんな仲間たちを見て芝田は「こいつは背は低いけど高卒だよ」と彼らに言う。
「芝田の知り合いか?」と小宮。
「高校の同級生だ」と芝田。
そして芝田は山本に向き直ると「派遣されたって山本かよ」
「芝田、お前等の友達か?」と山本。
「小宮に刈部に榊に泉野さんだ」と芝田は四人を紹介。
「よろしく」と小宮たち。
「で、何でみんな同じ事言うんだよ?」と芝田の耳元で小言を言う山本。
「そりゃ言うだろ」と芝田は苦笑した。
そして山本は小島たちを見て「小島と園田も居るのかよ」
「山本、園田って人、知り合い?」と芝田。
「一昨年の夏期講習で一緒になってな。小島と専門学校が一緒で、時々水沢と四人で遊んでるよ」と山本。
泉野は山本に興味津々だ。
「山本君って、可愛いって言われない?」と泉野。
山本は「そういうの間に合ってるから」と迷惑そう。
「恋愛に興味無い? お姉さんと遊ばない?」と泉野。
「芝田、この人どーにかしてくれ」と山本は、隣に居た芝田に苦言を言った。
作業開始。
仕様書に従い、アルファベットのコマンドやデータのアドレス番号を延々と打ち込む。この作業が何日か続く。
プログラミングの基本は数学だ。そしてコマンドは英語。芝田は数学は得意。だが英語は苦手だ。
アルファベットの暗号のようなコマンドの打ち込みに次第に嫌気がさす。
「プログラムは何で英語なんだろうな」と芝田は口を尖らす。
小宮は「合理的でコンピュータに合ってるって、情報の先生が言ってた」
榊も「アルファベットは文字数が少ないし、表音文字だし、キー打ちはみんなローマ字入力だろ」
「村上はかな文字入力だけどな。奴は父親からパソコン教わったんだよ」と芝田。
「村上ってそうなん?」と小島。
「それに字形が簡単で解りやすくて数字と一緒に使えて間違いにくいんだ、って情報の先生が言ってた」と小宮が続けた。
「本当かなぁ?」と芝田。
打ち終えた所をデバッグ作業。打ち込みミスを洗い出す。
榊が「おい、大量のミスがあるぞ。誰の担当だよ」
作業分担表を見て刈部が「小宮、お前かよ」
「おかしいなぁ。どこが間違えた?」と小宮が不思議そうに言う。
「お前、数字の0とОの小文字がごっちゃになってるぞ」と榊。
「本当だ」と小宮。
「また大量のミス。今度は誰だよ」と、今度は小宮がバグを見つけた。
「刈部じゃん」
「おかしいなぁ。どこが間違えた?」と刈部が不思議そうに言う。
「お前、数字の9とQの小文字がごっちゃになってるぞ」と小宮。
「本当だ」と刈部。
泉野は「男ってこれだから。神経が雑なのよ」とドヤ顔。
今度は刈部が「また大量のミス。今度は・・・泉野さんの所だ」
「そんな筈無いわよ」と泉野が口を尖らせる。
「数字の1とLの小文字がごっちゃになってる」と刈部。
「本当だ」と泉野。
「男の神経がどーとか言ってなかった?」と小宮が笑う。
「うるさいわね。誰にだって間違いはあるわよ」と泉野。
「ってかローマ字って合理的で間違いにくいんじゃなかったっけ?」と芝田が笑う。
「情報の先生に言えよ」と小宮が口を尖らせた。
ようやく入力が終わる。
「いよいよシステムの構築に入ります」と担当者は言った。
「終わりじゃないんですか?」と芝田が言った。
「あれはシステムの部品ですから、それを組み合わせて全体を構築します」と担当者。
システムの流れ図の構造をビジョアル化した画面に、プログラム部品の入出力を引き込む仕組みになっている。
そのやり方の説明を受けて、作業開始。
芝田は「組み込み手順が今一理解出来んのだが」と困り顔。
榊が「これがプログラム部品で、これが変数入力部分、これが出力データ部分だろ」と説明する。
「解ったような、解らないような」と芝田。
「要は慣れだ」と榊。
作業しながら、榊がぽつりと言った。
「これがタロスシステムなら、解りやすいんだろうな」
「何だそれ」と芝田が訊ねる。
「二十年以上前に、学校にパソコンを導入しようって時に、取り入れようって話のあったОSだよ」と榊。
「パソコン授業が始まる時の話だろ?」と芝田。
「パソコンを教えるだけじゃなくて、理科とか社会とか、いろんな授業をパソコンで教えようって話だったらしい。ファイルの扱い方が全然違って、学校の先生が簡単にパソコン教材作れるような代物だったそうだが、ОS売り込みたい外国の圧力で中止になったらしい」と榊。
「闇に葬られたのか?」と芝田。
榊は言った。
「その後一時期、一部で搭載されたれたパソコンも発売されたんだよ。親が若い頃使ってて、何しろフロッピーディスクとか使ってた頃の代物だから、とっくに使える代物じゃなくなってるんだが、まだ動くんで、中学の時に親から貰って色々と遊んだよ」
「ゲームとか?」と芝田。
「あの上で動くソフトなんて作るメーカー無かったけど、自作したよ。アドベンチャーゲームとかさ」と榊。
「中学生がスクリプト組んでゲーム制作かよ」と芝田は目を丸くした。
それに対して榊の説明が続く。
「スクリプトなんて要らないんだよ。画像や文章のデータ上にタグ張り込むだけで、ゲームになるのさ。今はガラクタの山に埋もれて、どこに行ったか・・・」
その後、プロジェクトが終わって、彼らは報酬を受け取り、チームは解散となった。
打ち上げをやろうという事で、県立大工学部の五名と専門学校の二名、そして山本とその彼女の水沢が参加した。
春月市繁華街の居酒屋で盛り上がる九人。
水沢をちやほやする刈部と榊。
その二人をロリコン同志扱いする小島に、泉野があきれつつ、泉野は山本にベタベタする。迷惑がる山本。
そんな泉野を水沢が牽制して「泉野ちゃん。山本君は小依のだからね」
「こいつら、犯罪に走る前に、どうにかならんのか?」と小宮が笑う。
「そのために二次元があるんだけどな」と芝田が笑う。
「そういうの、気持ち悪すぎなんだけど」と泉野が顔をしかめる。
「表現の自由って奴があるんだからさ」と刈部。
「ま、自由があっても絵心ってものが無くちゃぞな」と小島が笑った。
「そのために芝田が、誰でもアニメ絵を描くシステムを、って構想立ててるんだよな」と刈部が笑って言った。
小宮は「お前、そんな事考えてるのかよ。俺も欲しいよ」
榊も「俺達の研究課題にしようよ」
小島は「それがあれば萌え絵だろうがエッチ絵だろうが・・・」
泉野は顔をしかめて「ほんと男ってこれだから」と文句を言い出す。
すると小島は「けどさ、それがあればショタ絵だって描けるんじゃね?」
「あ・・・」
泉野の表情はガラリと変わって「芝田君、頑張ってね。応援してるから」と言って、芝田の手をとった。
更に宴は続く。
水沢が園田に甘える。そんな水沢に対して遠慮がちな園田を見て、泉野は気になりだす。
泉野は思った。
(この人は萌え~とか言わないのかな?)
大学に戻り、芝田・小宮・榊が犀川研究室にいる時、小宮が何気なく教授に質問した。
「プログラムが英語なのは、アルファベットが合理的でそういうのに向いてるから・・・なんですよね?」
「そんな事は無いぞ。単にコンピュータがアメリカで発展したから・・・ってだけだ」と犀川は事もなげに言った。
「じゃ、日本語でプログラム言語作る事も可能なんですか?」と芝田が訊ねる。
「そういうのもあるぞ。それに、文字数が多いとか少ないとか言う奴も居るが、かな文字にすればいいだけだからな」と犀川。
「やっぱりそうじゃん」と芝田がドヤ顔で小宮に言う。
「ただ、そういうのは結局は慣れ、だからな。本当の大変なのは、どの命令をどう組み合わせてどう動かすかっていうロジックの問題だ。つまりコマンドを憶えてからが問題なのさ。それで悩んでいる側から見れば、日本語じゃない、なんてのはただの言い訳に聞こえるだろうな」と犀川。
「結局、そうじゃん」と榊がドヤ顔で芝田に言う。
「けど、みんながローマ字入力なのは何で・・・でしようか?」と芝田。
すると犀川は「俺は実はかな入力で文章打ってるぞ。パソコン授業でローマ字入力やらされる前の世代だったからな」
その週の日曜。榊は実家に居た。
押し入れに雑然と積まれた段ボールの中に、古くなったり故障したりして使えなくなった周辺機器や自作パソコンの部品。
それを見ながら榊は先日の芝田との会話を思い出す。
(そういえばタロスの入ったパソコンの事、最近忘れていたな)
ふと、いつくかの箱の一つの片隅に頭を出しているフロッピーディスクドライブが目についた。
「フロッピーディスクとか使ってた頃の代物」という言葉が頭をよぎる。
もしかして・・・。
その箱を引っ張り出して中を漁る。
箱の底に埋もれていた小型のノートパソコンに、タロスОSと書かれたシール。
「やっと見つけた」と榊は呟いた。
電源を繋いで機動スイッチ。懐かしい画面に、いくつものファイルタグ。
村上の部屋でゴロゴロしていた芝田のケータイが鳴る。
出てみると榊だった。
「どうした?」と芝田。
「見つけたよ、この前話した、昔のタロスОS入りのパソコン」と榊の声。
芝田は「じゃ、お前が中学時代に作ったっていうゲームも・・・」
「明日、学校に持っていくよ。きっと驚くと思うぞ」と榊。
電話を切ると、榊は「暗黒魔王」と書かれたファイルタグをクリックして立ち上げた。
テキストデータに張り付けたイラスト画像はかなり下手だ。
懐かしさを噛みしめながら、榊は過去の自分の作品をプレイする。
ゲームのテキスト文章が画面を流れる。
「俺は榊雄一。一見、平凡な中学生だが、実は魔界から神に復讐するために、時空を渡ってこの世界を訪れた闇の皇子だ。10年後に恐怖の大王として世界を滅ぼす事が、運命として定められている。その前に、新たな人類の祖先となるべき十二人の美女を・・・」
榊は居たたまれなくなってファイルを閉じた。暗澹たる気持ちで頭を抱える。
そして「俺、中学の時、こんなの書いてたんだっけ」と呟く榊。
「中二病」という言葉が脳裏を過った。
翌日、一時間目の授業のため榊が講義室に入ると、芝田が彼を見つけて駆け寄った。
「待ってたぞ、榊。持ってきたんだよな? タロスОS」と芝田は言った。
榊は一言「忘れてくれ」




