第146話 五人目のスタッフ
村上のアパートに中条・芝田・秋葉が来てわいわいやっていると、玄関のブザーが鳴った。
村上がドアを開けると、立っていたのは芦沼だ。大きな荷物を持っている。
芦沼は言った。
「アパート出てきちゃった。泊めてくれない?」
「何でまた」と村上。
「親に勘当されちゃって、仕送りが来なくなるから、家賃払えなくなっちゃったの」と芦沼。
村上は「まあ入りなよ」・・と言って部屋に入れてお茶を出す。
「何やらかしたの?」と秋葉が問う。
「男出入りが激し過ぎたんじゃない?」と芝田が笑って言う。
「それはいいの」と芦沼。
「いいのか?」と一同怪訝な表情。
「この前、実家に行った時、弟襲っちゃって」と芦沼。
「それはさすがにまずいよな」と村上が言った。
だが「それもいいの」と芦沼。
「いいのかよ?!」と一同、あきれ顔で声を上げた。
「それで弟に、避妊は? って聞かれて、不妊手術したから大丈夫だって言ったら、後で親に伝わって」と芦沼。
村上は「そりゃ親は怒るわな。孫の顔見せる気ありません宣言したようなものだものな」
芦沼は「それで、当面居座っちゃっていいかしら?」
芝田が「けど、理学部には、泊めてくれそうな男子はいくらでも居るんじゃね?」
「それでもいいんだけど、彼らのうちの誰かの所に行くと、その人が彼氏みたいになっちゃうでしょ? 私、特定の彼を作らない主義なの」と芦沼。
「じゃ、芦沼さんも秘密基地のスタッフって事で、いいんじゃない?」と秋葉。
村上は芦沼に部屋の鍵を渡す。
中条は嬉しそうに「また、楽しくなるね」
秋葉は「これから夕食なんだけど、芦沼さんって料理は?」
「得意よ。まかせて」と芦沼。
「何が得意?」と秋葉。
「煮物でしょ。味噌汁でしょ。それと温泉卵」と芦沼は得意顔。
村上が怪訝顔で「温泉卵?」
芦沼は「の、ようなもの・・・ね」
「もしかして、割って湯飲みに落として出汁醤油垂らしてレンジで加熱?」と秋葉が問う。
「何で知ってるの?」と芦沼。
芝田が笑って「村上と同じじゃん」
秋葉はまた怪訝顔で「煮物って一回作ったら・・・」
「何日か食べるわよ。一人暮らしだったからね」と芦沼。
「食べ終わったら同じような煮物を?」と芝田。
芦沼は「失礼ね。入れる野菜は季節ごとに違うわよ」
「やっぱり村上の男料理と同じ」と芝田が笑った。
「うちに来た男子はみんな美味しいって言って食べてるわよ。それに男料理って、カップラーメンかコンビニ弁当じゃないの?」と芦沼。
四人は口を揃えて「それ、料理じゃないから」
秋葉と中条で夕食を作る。テーブルに並べて、みんなで食べる。
何やら、うるうるした目で食べている芦沼を見て、村上は「芦沼さん、もしかして感動してる?」
秋葉はドヤ顔で「こういうのを女子力っていうのよ」
「秋葉師匠、弟子にして」と芦沼が言った。
「そういうのはいいから」と秋葉。
入浴しようという事になる。
「みんな、普段は一緒に入ってるんでしょ?」と芦沼が聞いた。
「さすがに五人は狭いわよね」と秋葉が言う。
「じゃ、私はこの二人と」と言って芦沼は芝田と村上の腕を掴む。
「一人はこっちに回してよ」と秋葉と中条が声を揃えた。
村上と浴槽につかる芦沼。彼の膝の上に乗って上体にもたれかかり、両手をとって自分の腹部に回す。
「このまま、しちゃおうか?」と芦沼が悪戯っぽく誘う。
「お湯が汚れるから、止めとく」と村上。
二人が風呂から上がり、入れ替わりに芝田・中条・秋葉が浴室に消える。
布団を敷こうという事になる。
村上は「布団は三組あるから」
「もしかして、私だけ一人寝?」と芦沼は口を尖らせる。
二組敷いて、枕元にお菓子とジュース。五人で寝転んでわいわいやる。
夜も更けて、寝ようという事になった時、芦沼が言った。
「今日から毎晩5Pで・・・って訳ね?」
「いや、そう言われても・・・」と村上は困り顔。
「いつも4Pでやってるんでしょ?」と芦沼。
「みんな毎日泊まりに来てる訳でも無いし、泊まったからって毎回やってる訳じゃ無いから」と村上。
芦沼は「でも今日は、するんでしょ?」
村上は観念して灯りを消した。
金曜日の午後、大学に一人の男子中学生が訪れた。
「理学部の生化学研究室って、こちらですか?」と中学生。
「そうですけど」と、鮫島助手が応対。数人の学生も顔を出した。
中学生は「あの、芦沼静紅は居ますか?」
「君、芦沼さんの・・・」と鮫島が問う。
「もしかして、若い燕って奴?」と学生の一人が興味深げに笑って言う。
「先輩、私を何だと思ってるんですか? その子は私の弟です」と彼の背後で芦沼が言った。
「姉さん」と芦沼弟。
「幹彦、どうしてここに」と芦沼。
「僕のせいで勘当されちゃって、ごめんね。様子を見に来たんだ」と芦沼弟。
「芦沼さん、そんな事になってたんだ」と学生の一人が言った。
「今、どうしてるの?」と芦沼弟。
芦沼は「家賃払えなくなったんで、友達の所に居るわよ」と話す。
その場に居た男子学生たちは口々に言う。
「俺のアパートに来ればいいのに」
「いや、俺の所に来てよ」
芦沼は頭を掻きながら「けど、ここの誰かの所に行くと、その人が彼氏みたいになっちゃうでしょ?」
「そんなに嫌?」と学生の一人が残念そうに言う。
「そうじゃないけど、他の人が遠慮しちゃうじゃない」と芦沼。
芦沼弟は怪訝そうな顔で「あの、皆さんにとって、うちの姉って・・・」
「いわゆる女ヒーローって奴? 政治運動で研究妨害して来る奴等が居てさ、学会の時、そいつらに食って掛かったんだよ。かっこよかったよ」
芦沼は調子に乗って・・・。
「魔法少女シズクン参上。悪者退治はお任せよ」
「いや、女子大生は少女じゃないから」と男子学生たち。
学生達は寄ってたかって芦沼弟を甘やかす。
「お菓子食べる?」
「彼女とか居るの?」
「俺の事、兄貴って呼んでいいから」
芦沼弟は不安顔で姉に耳打ちした。
「この人達、そっち系じゃないよね?」
芦沼は笑って否定すると、彼らに訊ねた。
「ところで村上君って・・・」
「今日は来ないよ。文芸部の方に行くって言ってた」
芦沼は携帯で村上に、弟が来た事を伝えた。
芦沼はその日の実験を終え、弟と電車に乗って上坂市へ。そして村上のアパートに着く。
「姉さん、今ここに居候してるの?」と芦沼弟。
「そうよ。私の友達よ」と芦沼。
二階に上がってドアを開ける。
「村上君、来たわよ」と芦沼は中に声をかける。
村上は「いらっしゃい。君が芦沼さんの弟さんだね」と芦沼の後ろに居る彼女の弟に声をかけた。
そして「上がってお茶でも飲みなよ」と村上。
芦沼弟は村上を見て、思った。
(女性じゃなかったんだ・・・って事は、同棲?)
「今、お茶、入れるね」
そう言って笑顔を見せる村上に、芦沼弟は「あの、村上さんって、姉の・・・」
その時ドアが開いて、中条が入って来た。
「真言君、芦沼さんの弟さんが来るんだって?」と中条。
「もう来てるよ」と村上が答える。
中条は芦沼弟を見て「あなたがが芦沼さんの弟さん?」
「あなたは村上さんの・・・」と問う芦沼弟。
「彼女だよ」
芦沼弟はそう答えた中条を見て、思った。
(姉さんと同棲して他に彼女って、もしかして二又?)
「どう、中条さん。うちの弟可愛いでしょ?」と芦沼は自慢げに言う。
それを聞いた芦沼弟は「中条さんって、あの亜人探偵団を書いた・・・」
中条は嬉しそうに「読んでくれたの?」
「姉から借りて読みました。面白かったです」と芦沼弟。
その時、玄関ドアが開いて「村上君、芦沼さんの弟さんが来るんだって?」と言いながら入ってきたのは秋葉である。
秋葉は芦沼弟を見て「あら、あなたが芦沼さんの弟さん?」
「秋葉さん。うちの弟可愛いでしょ?」と芦沼がキッチンから声を出す。
心配になって芦沼弟が秋葉に聞く。
「あの、秋葉さんって村上さんの・・・」
「彼女よ」と秋葉は悪戯っぽい笑顔で答えた。
芦沼弟は驚いて「もしかして村上さんって三又?」
「まだ居るわよ。彼、性欲魔人だから。同じクラスの女子とか研究室の人とか」
芦沼弟唖然。
またドアが開いて「村上、芦沼さんの弟が来るんだって?」と言いながら入って来たのは芝田である。
「もう来てるぞ」と村上。
「君か。俺、芝田。よろしくな。それでな、村上・・・」と芝田は居間の芦沼弟に声をかけると、キッチンに居る村上の方に行った。
「もしかしてあの人も?」と芦沼弟は秋葉に聞く。
「そうよ。真言君。両刀使いなの」と秋葉。
「村上さんって、何で・・・」と芦沼弟。
秋葉は語り出した。
「あなた、インキュバスって知ってる?」
「サキュバスの男性版ですよね?」と芦沼弟。
「実はああいう伝説上の魔物って、人間の中でごく希に現れる異能体質が伝説化したものなの。最近、うちの研究室でその事実を発見してね、防衛省の援助で極秘裏に研究してるの。村上君はそのサンプルとして。名目上学生として保護して研究対象になってるって訳」と秋葉。
「じゃ、中条さんの、あの小説って・・・」と芦沼弟。
秋葉は「実話よ」
「じゃ、村上さんも異能とか使えたりするんですか?」と芦沼弟。
秋葉は「そうよ。彼の場合はね・・・」
そう言いかけた秋葉の背後で「聞こえてるよ、秋葉さん!」
いつの間にか秋葉の後ろで腕組みの四人が、彼女に怖い目つきを向けている。
「誰が性欲魔神でインキュバスだって? 俺、普通の人間なんだが・・・」と村上。
「睦月さんは拓真君の彼女だよね?」と中条。
「俺と村上の関係が何だって? 俺達、ホモじゃないぞ!」と芝田。
「うちの弟に変なデマ吹き込むの、止めてくれる?」と芦沼。
「秋葉さんっ!」と四人が声を揃える。
「えーっと・・・てへ」と誤魔化し笑いを見せる秋葉を見て、唖然とする芦沼弟。
(てへ、とかやる人、初めて見た)と彼は心の中で呟いた。
秋葉が仲間たちから文句を言われ終わると、芦沼弟は彼女に言った。
「それで、村上さんって、どんな異能を?・・・」
「あれは嘘だから」と芦沼は弟に念を押す。そして言った。
「今日、泊まって行くんだよね?」
夕食を食べて入浴。
「六人で・・・は無理だよね」と芦沼。
「中学生に何をさせる気だよ」と村上は笑った。
「じゃ、あなた達で入ってよ。私はこの子と入るから」と芦沼は弟の肩を掴んで言った。
浴室に弟を引っ張り込む芦沼。
浴槽で中学生男子を膝の上に乗せて、後ろから抱きしめる。
「この前みたいな事は、もうしないからね」と弟が言う。
芦沼は「残念だなぁ。ま、童貞は貰ったし・・・」
二人が風呂から出て、入れ替わりに男女四人が入ってわいわいやる。
それを見ながら芦沼弟は(さっきの話って、全部が嘘って訳でもないのかも)と思った。
布団を三組敷いて、枕元にお菓子とジュース。6人でわいわいやる。
姉弟での互いの曝露話を、笑いながら聞く村上達。
灯を消して姉の腕の中で、弟は思った。(楽しそうだな。けど、親には言えないな)
翌日、芦沼弟は電車で家に帰った。
芦沼はしばらく村上のアパートに居座ったが、実験室に入り浸るのが日課の彼女は、次第に大学との距離の遠さに不自由を感じた。
やがて芦沼は村上のアパートを出て、大学近くの佐竹のアパートに住み着いた。
佐竹も芦沼も、互いをただの同居人として見ているつもりだったが、手軽な相手として芦沼は頻繁に佐竹の体を求め、佐竹も彼女の相手にエネルギーを費やすようになった。
その結果、それまで佐藤と佐竹を控えとして扱ってきた島本の相手をするのが、佐竹には重荷になった。
島本が彼氏との関係が不調になり、彼らを呼び出して遊び相手になるよう求めると、次第に佐藤一人で相手をする羽目になる。
島本は、身近に居た彼らが「都合のいい男友達」ではなくなる事に焦燥を感じ始めたが、だからといって、佐藤を控えとして扱う事は止める事はなかった。




