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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第143話 僕達が創る未来

夏休みは九月半ばまでだが、九月になると村上にとって大きなイベントがある。

生化学研究室が参加する学会が春月国立大学で行われるのだ。性殖医学の学会で、そのテーマが人工子宮。

国立大の医学部との共同研究を続けてきた県立大生化学研は幹事団の一員を務め、湯山教授も成果を発表する。


「他にどんな所から参加するの?」と中条が訊ねた。

文芸部で学会の話題が出て、村上が持ち込んだ資料をネタにわいわいやっている。

「全国から来るよ。大学だけじゃなくて民間企業の研究室とかもね」と村上。

「米上製薬春月研究所の志村忠二って、岸本さんの元カレだよね?」と秋葉。

「2年の時の結婚式の婿の人かぁ」と芝田。

「共同発表者の堀江由香って牧村の彼女じゃん」と村上。

「もしかして牧村も来るかな?」と芝田。

「東都大学生物学部って牧村君が行った所だよね?」と秋葉。


期日が迫り、生化学研究室の面々が国立大に打ち合わせに行く。

湯山教授が助手の鮫島と、芦沼・村上を含めた数人の学生とともに、大学のマイクロバスで国立大へ。

国立大の布部教授と湯山教授が内容について打ち合わせる。

向こうでは鮫島助手が先方の助手と日程や発表者の順番、交通手段について打ち合わせ中だ。


芦沼は向こうの男子学生二人と親しげに話をしている。

そのうち芦沼は村上を呼んで、その二人の学生を紹介した。

「土田さんと繁沢さん。三年生で、産婦人科医の卵よ」

「村上です」と自己紹介。

「よろしく」と土田・繁沢。

芦沼は「将来、中条さんのお産を見てもらうといいわ。未来の名医って言われてるんだから」

「人工子宮が完成すれば、俺らも無用になっちゃうけどね」と土田は笑いながら言った。


やがて教授どうしの打ち合わせが終わり、布部教授は県立大の学生達に言った。

「実験室を見ていくかい?」



アクリル製のケースはかなり大きく、外部から切り離された無菌状態の中で中で作業をするロボットハンドがある。

いくつかの透明容器が床から突き出た可動台座の上に据えられている。

「あれがここの人工子宮だよ。透明樹脂で出来ていて、人工羊水を漏らさないように針を通すよう造られているんだ」と布部教授。

「凄いですね」と芦沼。

「あの素材は県立大で開発されたんだよ」と土田が説明する。


繁沢が可動台座を操作して方向を合わせ、ロボットハンドが胎児に極細の検査針を刺す。

国立大の助手が説明する。

「あの針の先端のセンサーが胎児の状態を調べるのさ。成長ホルモンも計測できるようになっている」

「そうだ。これを渡してませんでしたね?」

鮫島がそう言って、大型封筒入りのファイルを説明中の助手に手渡して言った。。

「自然出産胎児の各段階のホルモンバランスの成分表です。うちの設備の精度ではこれが限界なんで」

「助かるよ。早速対比してみよう」と国立大の助手。



「じゃ、当日は村上も発表会の参加者として行く訳だな?」と佐竹。

文芸部の集まりの後の学食でわいわいやりながら、その話題が出る。佐藤と佐竹も一緒だ。


「研究者村上の晴れ舞台って訳だ」と佐藤。

「いや、発表するのは湯山教授だから」と村上。

「客席で応援してるから頑張ってね」と秋葉。

「だから俺は発表者でも何でも・・・ってお前等来るのかよ?」

「駄目?」と秋葉。

「いや、駄目じゃないけど」と村上。


「芦沼さんも来るんでしょ?」と中条。

「来るけど裏方だから」と村上。

「プロジェクター操作したりとか」と芝田。

「それは助手の鮫島さんの仕事だ」と村上。

芝田は「ま、いいじゃん、俺達暇なんだしさ、国立大の学食は美味いらしいぞ」

「俺達が何しに行くと思ってんだよ」と村上。



当日、村上と芦沼・関沢たちを含む湯山研究室のチームは大学のマイクロバスに乗り込む。

芝田達と桜木・佐竹は秋葉が運転する車に乗る。佐藤は家が近いので現地で合流だ。

マイクロバスが国立大の駐車場に着く。


一同関連資料と機材を持ってバスを降り、大講堂のある建物の入り口に向かう。


入口周辺は騒然とした雰囲気になっていた。

人工子宮に反対する一団が陣取って、プラカードを振りかざしてスローガンを叫んでいるのだ。

活動家として知られたウーマニストも居て、低レベルなアジ演説を叫んでいた。


芦沼は彼女達を睨み、怒りに震えていた。

そして彼女を気遣う上級生たちは言った。

「芦沼さん、おちついてね」

「あんなの犬が吠えてるのと同じだよ」

芦沼は「ありがとう。大丈夫だから」



ロビーに行くと芝田・中条・秋葉と桜木・佐竹が居た。

「村上、これから裏方の仕事か?」と芝田。

「まあな」と村上。


湯山について講師控室に入ると、鮫島助手は上級生2名を残して、残りの学生達に言った。

「後は俺達でやるから、君等は客席で聞いていなさい」

「俺達何しに来たんですか?」と村上。

「勉強しに来たに決まってるだろ。先進的な研究についてたくさん聞けるんだから、しっかり学んでおきなさい」

そう言って教授ら4人は控室を出た。

「俺達、裏方でさえ無かったんだな」と村上は芦沼に言って笑った。



その時、背後から「村上じゃないか」と聞き覚えのある声。

村上は懐かしそうに「牧村じゃん。東都大の生物学部の発表チームに居たんだな? 発表を手伝いに?」

「いや、勉強しろって言われてね」と牧村。

「ってか、堀江さんに会いに来たんじゃないのか?」と村上。

牧村は「俺を何だと思ってる。学問と恋愛をごっちゃにするつもりは無いぞ」


「あら、寂しい事を言うのね?」と背後から女性の声。堀江だ。

「堀江さん。いや、これは・・・」と牧村は慌てる。

「そもそもお前がそこの大学に入ったのも、彼女の母校だからだろ?」と村上が笑った。

堀江は村上を見て「あなた、牧村君のお友達?」

「村上です」

「どこかで会ってなかったかしら」と牧村。


「もしかして、僕の結婚式に出てなかったかい?」と、背後から男性の声。結婚式で花婿だった志村だ。

牧村と村上は「志村さんですね? 僕もあそこに出てましたが、よく覚えてますね?」

「人の顔を覚えるのは得意なんだ。そうでなきゃ権力者の婿は務まらんからね」と志村。

「米沢の親戚付き合いって大変ですか?」と村上。

志村は「人工子宮完成させるほうが、よっぽど簡単だよ(笑)」



ひとしきり雑談で盛り上がる。堀江と志村が準備のため控室を出ると、牧村が言った。

「ロビーに行こう。水上さんと直江も来てるよ」

「芝田達も来てるんだ」と村上。


ロビーに行くと既に芝田達と直江・水上は合流していた。既に紹介は済んでいるらしく、桜木たち3人も馴染んでいる。

「東京ではどうしてる?」と村上が聞く。

「三人でシェアハウスに住んでるよ」と直江。

「水上さんのお父さんが借りてくれて、そこに住めって強引にね」と牧村。

「まあ、アパート探しもこれからだったし」と直江。

中条はそっと村上に「もしかして、水上さんって牧村君にまだ未練があるのかな?」と耳打ちした。


向こうでは水上が秋葉に愚痴を言っている。

「秋葉さん、聞いてよ、牧村君の所にひっきりなしに女が押しかけて来るのよ」



「そういや国立大には米沢さんや鹿島達も居たよね」と芝田が思い出したように言う。

「法学部と経済学部だよ。大学が同じってだけで、そうそう会えないって」と牧村が笑った。


その時、背後から「あれ、牧村に村上達じゃん」

そこに居たのは渡辺と米沢だ。

更に「あれ、牧村に村上達じゃん」

法学部組の鹿島と矢吹・佐川が居る。


「お前等、どうしてここに居るんだよ」と渡辺が言う。

「発表者について来たんじゃない?」と米沢。

「お前等こそ、何でここに居るんだよ。法学部と経済学部だろ?」と村上が言った。

「うちの教授が発表者でさ」と渡辺が笑って答えた。

村上達は改めてプログラムを見ると、演題項目に「人工子宮の事業化の可能性について」「人工子宮実用化に向けた法制度の整備について」



「お前等、国立大はどうよ」と村上が聞く。

「俺は暴力犯罪対策の研究室に出入りしてるよ。兼任講師で千字会の件に関わった弁護士が面倒見てくれてね」と佐川。

「俺達は・・・」と鹿島と矢吹が言いかけると、村上は「違法潜入工作のために法の網の目を潜る専門の研究室に出入りしてると?」

「そんな研究室は無い。産業スパイ対策をやってる教授の研究室に居るんだ」


「ところで片桐さんは?」と秋葉が聞く。

「企業法務専門の研究室に出入りしてるよ」と佐川が言った。

「今日は来ないの?」と秋葉。

「司法試験の勉強が大変でな」と佐川。

「うちの顧問弁護士のアドバイス受けて勉強してるんだが、とにかく、頭に入れる事が大量にあるんだよ」と渡辺が言った。

「彼女は渡辺が会社創る時に即戦力になるために、やってる訳だからな」と佐川が笑う。

「佐川も弁護士になるんだろ?」と村上。

「俺は学部四年で受かるとは思ってないから」と佐川。

「そんなにお気楽で、卒業後に受かるのかよ」と芝田が笑った。


「経済学部はどう?」と秋葉は米沢に聞く。

「楽しいわよ。渡辺君といつも一緒で」と米沢。

渡辺は「起業活動を研究してる教授の所に居るんだけどね、俺は最初からそれが目的で来たんだが、米沢さんは・・・」

「私は銀行家の娘ですからね。出資する起業家の成功の可能性を見極める目を持つのは、大事な事よ」と米沢。


「それより、昼はどうするんだ?」と鹿島が村上達に言った。

「教授と助手は弁当手配されてるけどね」と村上。

「だったら学食に行こう ここの定食は美味いぞ」と鹿島。



芦沼達が呼びに来る。

「村上君、もうすぐ始まるわよ・・・ってその人達、友達?」と芦沼。

「同じ高校の奴等だよ」と村上。

「県立大の人?」と芦沼たちを見て牧村が聞く。

初対面どうしの自己紹介で「芦沼です」

「関沢です」

「笹尾です」

「宮田です」

牧村が芦沼に言った。

「君が芦沼さんか。県立大の次世代のホープって有名だよ」

照れる芦沼。


東都大の上級生が呼びに来て言った。

「おい、牧村、そろそろ始まるぞ」

「あ、先輩、彼女が芦沼さんですよ」と牧村は芦沼を指して自校の先輩に紹介。

「芦沼です」と照れながら芦沼が自己紹介。

「君が春月県大の女アルキメデスか」と牧村の先輩。

「芦沼さんって、そんなに有名人なの?」と桜木は牧村に聞いた。

「この研究に対する熱意は誰にも負けない人だからね」と牧村。


大講堂に向かいながら、桜木はそっと村上に耳打ちした。

「アルキメデスって有名な逸話があるんだが」

「どんな?」と村上。

桜木は語った。

「アルキメデスの原理って、彼が風呂に入ってる時に着想を得たんだよね。それで抱えてる難問を解決できるぞ、って喜んだ彼は、入浴中で裸なのを忘れて家を飛び出して、裸で町中走り回ったんだそうだ」



発表者達は演目を次々とこなす。

最初に法制度に関するもので、片桐が出入りする研究室の教授の発表。そして事業化に関する発表。

各地の大学の人工子宮研究に関する発表。芝田や秋葉達が知らない単語が次々に飛び出す。殆ど理解できない芝田は既に居眠り状態だ。


昼休憩の時間となる。

県立大の面々は上坂高卒業生たちと合流して学食に行き、鹿島お勧めの定食を食べつつ、わいわいやりながら高校時代の暴露話に興じた。

「そういや、温泉紹介サイトで、青湯温泉で男女四人のグループと出くわしたんだが、そこに行く地図持ち込んだ女子高生が、間違えて青場温泉の地図持ってきて、全員遭難しそうになってた・・・って書いてあったけど、あれって秋葉さんの事だったんだ」

「あの温泉巡りのおじさん、それをネットに書いた訳?」


芦沼が隣に居る牧村に「これ、終わったら、どこかでエッチしない?」

「いや、止めておくよ」と牧村。

「白昼堂々、そういうの止めてくれるかしら」と水上が芦沼に物言い。

芦沼は平然と「何で水上さんが怒るの? 彼女の堀江さんが怒るなら解るけど」

周囲の男子が必死に水上を宥める。


関沢が水上にお世辞を言う。

「水上さんくらい綺麗な人ってそうそう居ないと思うよ。東京でもモテるでしょ? 今度上京する用事があるんだけど、案内して貰えると嬉しいな」

「私、安くないわよ」と水上は冷淡に言い放つ。

「関沢、水上さんは春月出版の重役の娘だ」と村上が関沢に耳打ち。

関沢は「そりゃ俺じゃ釣り合いとれないわ。ごめんね。それで米沢さん・・・」

「米沢さんは北東銀行の頭取の娘だ」と村上が関沢に耳打ち。

「何かしら」と笑いながら米沢が反応。

「ごめんなさい、何でもないです」と関沢。


「おい、村上、何で上坂高って、こんなにお嬢様だらけなんだよ」と関沢は不機嫌そうに言う。

村上は「知らないけど、関沢お前、まさかお嬢様とか言うのに、妙な幻想持って無いよな?」


 

午後は県立大、米上製薬、国立大と地元勢の発表が続き、閉幕となる。片付けを終えて各チームは撤収。

ロビーで湯山教授たちは国立大のスタッフに挨拶した。


そして、そこを辞して玄関を出た所で待ち構えていたのは反人工子宮派の女性運動員たちだ。

プラカードを振りかざし、スローガンを叫び、女性研究員を見つけると、彼女達はマイクを突き付けて詰問し返事を強要する。

県立大の学生達は芦沼の回りに人垣作ってそれを防ごうとしたが、その間を縫って芦沼にマイクを突き付けた女性運動員は怒鳴った。

「神が女性に与えた神聖な摂理に手を付けるこのような行為を女性としてどう思いますか?」


ついに芦沼がキレた。

彼女はマイクを払いのけると、怒りを込めて叫んだ。

「ここは学問の城だ。あなた達みたいなのが来る所じゃない。今すぐ出て行け!」

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