第141話 集いし趣味たち
春月市で行われているコミケに出店した文芸部。
一年生六名で会場を廻る。
コスプレ会場では八上美園がミニライブをやっている。それを見て芝田が言った。
「八上さんが着てるのって、亜空歩兵ミリアネスの柴野あかりのコスプレだな」
「歌ってるのはその主題歌だな」と村上。
「あそこに居るの、パソコン部の大塚と田畑じゃん」と芝田。
近付いて声をかける。
「芝田先輩達も来てたんですか?」と大塚。
「そうか、パソコン部は八上さんのファンクラブだったからな」と村上。
大塚は「ブースもありますよ。一年が入ったんで、店番やってもらってます。それと、あっちに清水先輩達が居ますよ」
大塚が指した方を見ると、コスプレイヤー達に混じって、一般客向けのコスプレ体験をやっている。
そこで試着して化粧と髪型を整えてもらった女性が、カメラの前でポーズをとる。
彼女達に誉め言葉を連発しつつ、ポーズと表情を注文してシャッターを切っているのは、清水だ。
村上達を見つけて、懐かしそうに声をかける清水。
「村上と芝田も来てたのかよ」
「文芸部に入ったんでな」と村上。
「清水君、久しぶり」と中条。
「中条さんだ。綺麗になったね。見違えたよ」と清水。
「そうかな?」と中条は嬉しそう。
清水は「やっぱり女子大生になると違うもんだなぁ」
「清水君、私は?」と秋葉。
「秋葉さんは相変わらずの女神っぶりだね。何でミスコンに出なかったのか不思議だったよ。岸本さんなんか目じゃないっていうか」と清水。
「お前もお世辞がレベルアップしたよな」と芝田が笑う。
「失礼よ、拓真君」と秋葉が口を尖らすが、清水は笑いながら言った。
「いや、女の子撮影してるうちに癖がついちゃってさ」
撮影用のお世辞だったんだ・・・と中条はがっかりする。
「村上君達の友達?」と戸田が興味深々といった表情で口を挟む。
すると清水は「おい村上に芝田、お前等、大学でこんな美人と知り合ったのかよ。羨まし過ぎるぞ」
「そういうのは撮影用のお世辞とかネタバレする前に言って貰えると嬉しいんだけど」と戸田は溜息をついた。
「それでお前は何やってんだ?」と芝田が清水に聞く。
清水は「グラビア写真研究会っていうサークルでね、美術大の写真科の奴等が入ってるよ」
「コスプレ衣装貸してる人達もか?」と芝田。
「あれは理美容専門学校のコスプレ研究会だよ」と清水。
そう言うと清水は、コスプレ体験者のメイクをしている大型テントに向かって呼びかけた。
「吉江さん。村上達が来てるよ」
吉江がSF物の宇宙戦艦クルーのコスプレ姿で出てきて言った。
「村上君、芝田君、秋葉さんに中条さんも、久しぶり」
「吉江さんはコスプレに嵌ったんだ」と芝田。
吉江は「キャラに合わせたメイクも美容師の腕だからね。八上さんのコスプレも私達がやったのよ」
そして吉江は村上の左腕に抱き付いている中条を見て、言った。
「中条さんは相変わらず仲良しだね。コスプレやらない?」
「それはちょっと・・・」と中条。
「秋葉さん、やらない?」と吉江。
「後で時間があったらね」と秋葉。
吉江は「芝田君たちはどう? 男性用もあるのよ」
「遠慮しとくよ」と芝田・村上。
吉江は知らない顔の二人を見つけて「そっちの彼は友達?」
自己紹介となって「桜木って言います」
「戸田です」
「コスプレやらない?」と吉江。
「遠慮します」と戸田・桜木。
ゲームソフトコーナーに向かう。
コンピューター専門学校のパソコン部のブースに小島が居た。山本と水沢も居る。
「お前等も同人ゲーム売ってるのかよ」と芝田。
「買わない? エッチなゲームだよ」と水沢が無邪気な笑顔で言う。
「そういうのを大っぴらに言うんじゃない」と山本が困り顔で窘めた。
「お前等、お宝同人誌は買わないん?」と小島が笑って言う。
「女連れで買えるかよ」と芝田が思わず本音を吐いた。
「小島君たち、こんなに買ったよ」と水沢が紙袋を指さす。
「だから、そういうのを大っぴらに言うんじゃない」と山本はさらに困り顔。
「そっちの人達は芝田君たちのお友達だよね?」と水沢が言うと、桜木達が自己紹介。
自己紹介となって「桜木です」
「戸田です」
「小島だお」
「で、そっちの二人は小島君の弟さんと妹さん?」と戸田は言うと、芝田に「こういう所に小学生連れて来るって、どうなの?」と耳打ちした。
「俺、こいつらの同級生で社会人なんだが」と山本が口を尖らす。
水沢も「小依も専門学校生だよ」
戸田は慌てて「ごめんなさい。つまり所謂合法ロりって・・・」
「戸田さん、失礼だよ」と桜木が窘める。
水沢は笑って「大丈夫だよ。もうロリコン認定が怖いって言って小依のこと避ける人居ないから」
周囲の空気が澱み、戸田は水沢への同情と自分への非難を含んだような視線を感じて、慌てた。
「私、すごく悪い事言っちゃった気がするんだけど、気のせい?」と戸田。
「気のせいじゃないと思うよ」と仲間たちは声をそろえた。
六人は会場を一周して文芸部のブースに戻る。
「どうだった?」と住田。
村上は「いろんなのがあるんですね? で、売れ行きはどうです?」
住田は「芝田のが、かなり売れたぞ。後は桜木と中条さんと俺のが、それなりに。斎藤さんと戸田さんと秋葉さんのが、少々。村上のは・・・」
「言わなくていいです。全然売れなかったんですよね?」と村上。
「いや、三冊売れたぞ」と住田。
その後、住田と斎藤が会場を廻り、昼食は女子が用意した弁当。男子はお菓子と飲み物を持参した。
弁当は中条がお握り。戸田がサンドイッチ。秋葉が重箱におかずを詰めたもの。斎藤はパンケーキを焼いてきた。
「パンケーキは真言君も得意よね?」と秋葉が悪戯っぽく言う。
「勘弁してよ」と村上。
「食パンにクリーム塗った奴」と秋葉は続ける。
「それ、ただのクリームパンでしょ?」と斎藤が笑った。
午後は全員で店番をするが、男子は時々、トイレに行くと言って、しばらく消える。
「そろそろ終了時間だけど、住田先輩、どこに行ったんだか」と戸田が言い出す。
「私が探してくるわ」と斎藤が言う。
「会場、広いですよ」と桜木。
「大丈夫、どうせいつもの所よ」とあきれ顔で言った。
斎藤はまっすぐコスプレ会場に向かう。
コスプレ体験の所で女性の人だかりが出来ている。
女性達の黄色い歓声が響き、盛んにシャッターを押している中に、コスプレ衣装を着て得意顔でポーズを決める住田が居た。
吉江が彼にメルアドの交換をねだり、住田がスマホを出した時、斎藤が住田の後頭部をハリセンで思い切り叩く。
「何やってるのよ住田君、もうすぐ終了時間よ!」と斎藤は言った。
やがて終了となり、売れ残りを車に積み、長机と椅子を返却して撤収。
八人連れ立って駐車場に向かって歩く。
「コミケ初体験、どうだった?」と住田が後輩達に聞く。
「面白かったです。高校の同級生にも遭ったし」と秋葉。
「吉江さんがコスプレとは・・・」と芝田。
「考えて見りゃ、そうなり兼ねないキャラだよね」と村上。
「コスプレと言えば、会場で住田君にメルアド交換ねだってた子が居たわよね?」と斎藤が不審顔で言った。
「それ、多分吉江さんです」と秋葉。
「惚れられちゃったかな?」と住田が嬉しそうに言う。
「大丈夫、吉江さんにも彼氏、居ますから」と村上が笑った。
「ところであなた達、そのお腹、どうしたの?」と斎藤が男子達に聞く。
男子四人の腹部が異様に膨らんでいる。
「妊娠でもしちゃった?」と秋葉が笑う。
「ま・・・まあ、男女平等の御時世ですから、そういう事もありますよ」と村上が誤魔化し笑い。
「それにしちゃ、随分と四角い赤ちゃんだこと」と戸田が笑う。
村上は「誰に似たんでしょうね? あは、あはははははは」
会場近くのバス停に、大きな紙袋を下げた一団がバスに乗り込む。
その中に一人の留学生が居た。
日本のアニメが好きな祖国の友人たちへの土産として買った多数の同人誌の中から、一冊の小冊子を取り出す。
その表紙に曰く。
「正義の偽物 著者 村上真言 春月県立大学文芸部」
彼はそれを読みながら、祖国と隣国との対立を思い出した。




