第140話 オタクの祭典
春月市で毎年開かれるコミックマーケット。
県内各地から多くのオタク系サークルが一堂に会する大イベントだ。
個人サークルや各高校・大学の漫画部・パソコン部などが作る漫画誌・同人ソフト等が盛大に売り買いされる。小説サークルも同様だ。
県立大学の漫研や映像研、パソコン研、そして文芸部も例年、ここに作品を出品している。
部室で部員たちが出展の準備に追われる。
例年、視覚的要素の無い文芸部の作品は、必ずしも売れ行きは良くない。
「けど、ポトマック氏の小説なら売れるんじゃね?」と芝田。
「ネット以外であまり名前を出したくないんだが」と桜木。
文芸部の八名、秋葉の車と住田の車に分乗して会場に向かう。会場に到着し、駐車場で車から降りる。
「ここが会場だ。春月コミックマーケット、略して春コミ」と住田が言った。
「夏なのに春コミかよ」と芝田が笑う。
「それは言わない約束だろ」と村上が笑う。
「いや、みんな盛大に突っ込んでるみたい」と秋葉が笑った。
あちこにに貼られたポスターに曰く
「夏なのに春コミ、季節外れのオタクの祭典。春月コミックマーケットにようこそ」
一般客用入口の前に既に多くの人が居る。
「まだ時間あるのに」と芝田。
「並ぶのがステータスみたいになってるんだろ?」と村上。
「情報交換って目的もあるみたいだよ」と桜木。
準備のための出展者用入口から入る。あちこちからの参加者で会場はすでに騒然としている。
見覚えのある顔に出くわした。
「あれ、藤河さんだ」と中条。
「そりゃ来るわな。プロの漫画家目指して美術大学に入ったんだから」と芝田。
藤河が彼らを見つけて声をかけた。
「何で村上君と芝田君が? もしかして作品のモデルとして応援に来てくれたの?」
村上と芝田は憮然として「んな訳無いだろ、ってかまだ俺達をモデル扱いする気かよ」
「マッキー&タッキーも売るの?」と中条が聞く。
「当然でしょ。私の代表作よ」と藤河。
「八木は応援に来ないの?」と村上が聞く。
藤河は「自分のサークルで参加するわよ。彼、実業短大の漫研に居るの」
背後で八木の声がした。
「あれ、村上と芝田じゃん。マッキー&タッキーのモデルとして応援に来たのか?」
「な訳無いだろ」と村上・芝田。
八木は「で、村上と芝田は何しに来たんだよ。県立大学だったよね?」
「文芸部に入ったんだよ」と村上。
「なるほど、小説コーナーもあったからな。けど、お前等、小説なんて書くのか?」と八木。
「私が書くの」と中条が恥ずかしそうに言った。
八木は「中条さんが? そりゃ楽しみだ」
「あ、芝田君達だ。やっほー」
水沢である。小島と山本も一緒だ。
「小島君が同人ソフト売るの、お手伝いに来たの」と、はしゃぐ水沢。
「ま、暇だったんでな」と、やる気の無い風を見せる山本。
「山本君、有給取ったんだよ」と水沢が山本にじゃれながら言う。
「お前の会社、有給なんてあったのかよ」と芝田が笑う。
「うちを何だと思ってるんだ。れっきとしたホワイト企業だぞ」と山本は口を尖らせた。
「で、芝田に村上に藤河さんに八木? どーいう取り合わせだ? もしかしてマッキー&タッキーのモデルとして応援に?」と山本。
「な訳無いだろ」と村上・芝田。
そんなやり取りを遠巻きに見ていた桜木は、村上達が彼等と別れると、興味深そうに尋ねた。
「さっきの人達って?」
「高校の同級生だよ」と村上。
広い会場に無数のブース。文芸部のブースは小説コーナーにある。
会場案内図で春月県立大学文芸部の場所を探す。
長机と椅子が用意されている。表示を貼って持ち込んだ冊子を積む。
桜木の異世界ものの短編、戸田と斎藤の恋愛小説、中条の亜人探偵団、住田・村上・秋葉の評論。そして芝田のアニメ評論。
開場とともにどっと人の波がなだれ込む。客が集中するのは漫画コーナーで、小説コーナーはそれほど多くない。
そんな様子を見ながら住田は一年生たちに言った。
「初めてなんだし、今のうちに廻ってくるといいよ。俺達が店番してるから」
六人の一年生は、わくわくしながら会場を巡った。
漫画のコーナーに並ぶサークルに積まれた同人誌。
「これ、著作権的に問題あるんじゃ?」と桜木。
「これ猥褻罪的に問題あるんじゃ?」と戸田。
「お宝本として買ったりしないの?」と秋葉が意味深な笑顔を浮かべて男子達の顔を覗き込む。
「必要無いだろ?」と村上はしらじらしく否定してみせる。
「こんないい女が彼女なんだもんね?」と秋葉が笑い、隣に居る戸田に、わざと聞こえるような声で耳打ちした。
「きっと、後でこっそり買いに来るつもりだよ」
春月女子短大漫画研究会のブースがある。
「ここはパス」と芝田はみんなに移動を促す。
「見ていかないの?」と戸田が怪訝な顔で尋ねる。
「もしかして興味ある?」と桜木。
戸田は並んでいるのが全部BL本なのを見て、慌てて否定した。
「それより美術大学の藤河さんはどこかな?」と秋葉が周りを見渡す。
「あそこに八木が居るよ」と村上が実業短大漫研のブースを指さした。
「お前等、もう廻ってるのかよ」と、八木が村上達を見つけて笑った。
「売上はどうよ」と村上。
「先輩達のはかなり売れてる」と八木。
「芝田の同級生?」と桜木が興味深そうに聞いた。
初対面どうしの自己紹介で「八木です」
「桜木です」
「戸田です」
「桜木君は萌え日常系は興味ある?」と八木は布教に乗り出す。
「あまり見て無いんだが」と桜木。
「少し読んでみてよ」と八木。
少し読んでみた桜木は「こういう感覚はちょっと・・・」
「そう? 解らなくは無いけど」と戸田はわりと肯定的。
「そうだよね」と八木が嬉しそう。
「けど、ちょっと退屈かな」と戸田はダメ出し。
「女子の感覚が表に出るから、俺には合わないわな」と村上は言った。
「元々男子向けなんだけどな」と八木。
「女の子眺めているだけでいい・・・って奴ら向けって事だろうさ」と芝田が笑った。
そして八木は「他の人のも見てよ。ギャグにアクションにホラーに・・・」
しばらく芝田達が何冊かの冊子を見て、ブースに居る他の人も交えて、わいわいやる。
「そういや、あっちに上坂高のブースがあるよ」と八木は向こうにあるブースを指さした。
「お前等も例年、来てたのかよ」と村上。
「当然だろ?」と八木。
上坂高のブースに行くと、漫研の後輩達が居た。
「あ、村上先輩達だ。いらっしゃい」と鈴木。
芝田が桜木と彼らを紹介する。
「鈴木・田中・高梨に秋谷と豊橋。で、こいつらが一年・・・だよな?」
一年生は男子一名に女子二名。
「彼等、ジャンルは?」と芝田は一年生たちに訊ねた。
後輩達が自分の漫画について簡単に説明する中で、桜木が鈴木の転生物に興味を示した。
しばらく鈴木の作品を読む桜木は言った。
「里見八犬伝がベースだね?」
「ネットで読んだ小説の影響受けまして」と鈴木が答えた。
「それって、もしかして・・・」と戸田。
鈴木は「ポトマックって人の作品なんですが・・・」
村上以下が唖然とする中、桜木が漫画を評して言った。
「ストーリーに独自の要素が見えない。キャラが定番過ぎでドラマに盛り上がりが欠ける。それと主人公の無双を強調し過ぎてない?」
鈴木はそっと村上に耳打ちした。
「先輩、この人、厳し過ぎません? 俺、こういう人、苦手です」
そんな鈴木を他所に、桜木の評は続いた。
「けど絵は悪くない。コマの構成がしっかりしてる。構図が印象的だ」
鈴木は「ありがとうございます。村上先輩達の友達って、凄い人ですね」
「鈴木君、調子良すぎじゃない?」と秋葉が笑った。
「これ、俺が書いた短編なんだが」と桜木が自分の作品を出して鈴木に渡した。
「桜木さん、小説書くんですか?」と鈴木。
桜木は「文芸部だからね」
鈴木がしばらく読む。
「面白いです。ポトマックの作品に似てるっていうか」と鈴木。
すると桜木は「これを漫画にしてみないか?」
「いいんですか?」と鈴木。
「短編はいくつも書いてる」と桜木。
鈴木は大喜びで「ありがとうございます」
「桜木君、リアルバレは御法度?」と秋葉は悪戯っぽく言った。
「勘弁してくれ」と桜木。
「大丈夫、彼、口は固いわよ」と秋葉。
「睦月さんの基準で口が堅いって言っても」と村上が笑う。
「何の話ですか?」と鈴木が怪訝そうに聞く。
秋葉は「口外厳禁だけどね、彼、ポトマック本人よ」
「えーっ?」と鈴木が上げた大声で、 周囲の視線が集中し、鈴木は慌てて口を押えた。
「先輩達、そんな凄い人と・・・」
鈴木は村上達を見て、そう言うと、桜木に向き直って、嬉しそうに言った。
「あの、俺、決めました。県立大学受けます。受かったら文芸部に入りたいです」
「楽しみにしてるよ」と桜木。
「けど、文芸部で漫画ってアリなのかな?」と芝田が首を傾げた。
「ところでそっちのは高梨さんと田中君の・・・」と、村上は二人の作品に目が行く。
田中と高梨は「合作で書きました」
「ホラーバトル物か。陰陽師が妖怪と戦って街を守るって奴だね」と村上。
しばらく他の部員達の作品を読み、わいわいやる。
「そうだ。向こうに藤河先輩が居ますよ」と田中が美術大の方向を指した。
美術大学漫研のブースに行く。
「藤河さん、来たよ」と秋葉が言った。
「いらっしゃい。そっちは文芸部の友達ね?」と藤河。
「ここが美大の漫研ねぇ」と芝田。
「人数多いから作品も豊富よ。そっちは友達?」と藤河。
初対面どうしの自己紹介で「桜木です」
「戸田です」
「藤河です。で、これが私の作品なんだけど」
戸田がそれをざっと読んで「BL?」と聞く。
「そうよ」と藤河。
戸田は「あまり興味は無いけど、もしかして、これって村上君と芝田君をモデルにしてるの?」
「そうよ」と藤河。
「って事は二人、そういう関係だったの?」と戸田。
「違うから」と村上と芝田は声を揃えた。
「ほら、こういう目で見られるんだよ。だからモデル扱いは止めてくれって」と膨れっ面の村上と芝田。
「ごめんね。けど、面白いからいいじゃん」と藤河。
「藤河さん、こういうの、風評被害って言うんだよ」と村上。
「そういえば清水君も同じ大学だよね」と中条が言った。
藤河は「来てるわよ。コスプレ会場で撮影やってるわ」
コスプレ会場に向おうと漫画コーナーを出ようと外に向かう途中のブースで、芝田が店番をやっている友人を見つけた。
「刈部じゃん。お前等も来てたのかよ」と芝田が声をかける。
「当然だろ。俺達だって漫研だぞ」と芝田の友人。
「どこのブース?」と秋葉が怪訝な顔で芝田に聞く。
芝田は「何言ってんだ。うちの大学の漫研だよ」
「工学部の刈部です」と芝田の友人の自己紹介。
「こっちが中条さんでこっちが秋葉さん、それと桜木に戸田さんだ」と村上が刈部に仲間たちを紹介する。
「真言君、知ってるの?」と秋葉。
村上は「理学部と工学部は一般教養が一緒だからね。あと、芝田の作品にイラスト書いたの、彼だから」
「芝田の作品、売れてるらしいぞ」と刈部が言った。
「イラスト付きだから? ずるいよ。私のにも描いて欲しかったなぁ」と戸田が言った。
「今度描いてあげるよ」と刈部。
「真言君のは描いてもらわなかったの?」と中条が聞く。
「思想評論にキャラは出ないから。あと、芝田のが売れたのは、アニメファンが大勢来るからでしょ?」と村上。
「そうか、アニメ評論だものね」と中条。




