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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
140/343

第140話 オタクの祭典

春月市で毎年開かれるコミックマーケット。

県内各地から多くのオタク系サークルが一堂に会する大イベントだ。

個人サークルや各高校・大学の漫画部・パソコン部などが作る漫画誌・同人ソフト等が盛大に売り買いされる。小説サークルも同様だ。

県立大学の漫研や映像研、パソコン研、そして文芸部も例年、ここに作品を出品している。


部室で部員たちが出展の準備に追われる。

例年、視覚的要素の無い文芸部の作品は、必ずしも売れ行きは良くない。

「けど、ポトマック氏の小説なら売れるんじゃね?」と芝田。

「ネット以外であまり名前を出したくないんだが」と桜木。



文芸部の八名、秋葉の車と住田の車に分乗して会場に向かう。会場に到着し、駐車場で車から降りる。

「ここが会場だ。春月コミックマーケット、略して春コミ」と住田が言った。

「夏なのに春コミかよ」と芝田が笑う。

「それは言わない約束だろ」と村上が笑う。

「いや、みんな盛大に突っ込んでるみたい」と秋葉が笑った。

あちこにに貼られたポスターに曰く

「夏なのに春コミ、季節外れのオタクの祭典。春月コミックマーケットにようこそ」


一般客用入口の前に既に多くの人が居る。

「まだ時間あるのに」と芝田。

「並ぶのがステータスみたいになってるんだろ?」と村上。

「情報交換って目的もあるみたいだよ」と桜木。



準備のための出展者用入口から入る。あちこちからの参加者で会場はすでに騒然としている。

見覚えのある顔に出くわした。

「あれ、藤河さんだ」と中条。

「そりゃ来るわな。プロの漫画家目指して美術大学に入ったんだから」と芝田。


藤河が彼らを見つけて声をかけた。

「何で村上君と芝田君が? もしかして作品のモデルとして応援に来てくれたの?」

村上と芝田は憮然として「んな訳無いだろ、ってかまだ俺達をモデル扱いする気かよ」

「マッキー&タッキーも売るの?」と中条が聞く。

「当然でしょ。私の代表作よ」と藤河。

「八木は応援に来ないの?」と村上が聞く。

藤河は「自分のサークルで参加するわよ。彼、実業短大の漫研に居るの」



背後で八木の声がした。

「あれ、村上と芝田じゃん。マッキー&タッキーのモデルとして応援に来たのか?」

「な訳無いだろ」と村上・芝田。


八木は「で、村上と芝田は何しに来たんだよ。県立大学だったよね?」

「文芸部に入ったんだよ」と村上。

「なるほど、小説コーナーもあったからな。けど、お前等、小説なんて書くのか?」と八木。

「私が書くの」と中条が恥ずかしそうに言った。

八木は「中条さんが? そりゃ楽しみだ」



「あ、芝田君達だ。やっほー」

水沢である。小島と山本も一緒だ。


「小島君が同人ソフト売るの、お手伝いに来たの」と、はしゃぐ水沢。

「ま、暇だったんでな」と、やる気の無い風を見せる山本。

「山本君、有給取ったんだよ」と水沢が山本にじゃれながら言う。

「お前の会社、有給なんてあったのかよ」と芝田が笑う。

「うちを何だと思ってるんだ。れっきとしたホワイト企業だぞ」と山本は口を尖らせた。


「で、芝田に村上に藤河さんに八木? どーいう取り合わせだ? もしかしてマッキー&タッキーのモデルとして応援に?」と山本。

「な訳無いだろ」と村上・芝田。


そんなやり取りを遠巻きに見ていた桜木は、村上達が彼等と別れると、興味深そうに尋ねた。

「さっきの人達って?」

「高校の同級生だよ」と村上。



広い会場に無数のブース。文芸部のブースは小説コーナーにある。

会場案内図で春月県立大学文芸部の場所を探す。

長机と椅子が用意されている。表示を貼って持ち込んだ冊子を積む。

桜木の異世界ものの短編、戸田と斎藤の恋愛小説、中条の亜人探偵団、住田・村上・秋葉の評論。そして芝田のアニメ評論。


開場とともにどっと人の波がなだれ込む。客が集中するのは漫画コーナーで、小説コーナーはそれほど多くない。

そんな様子を見ながら住田は一年生たちに言った。

「初めてなんだし、今のうちに廻ってくるといいよ。俺達が店番してるから」



六人の一年生は、わくわくしながら会場を巡った。

漫画のコーナーに並ぶサークルに積まれた同人誌。

「これ、著作権的に問題あるんじゃ?」と桜木。

「これ猥褻罪的に問題あるんじゃ?」と戸田。

「お宝本として買ったりしないの?」と秋葉が意味深な笑顔を浮かべて男子達の顔を覗き込む。

「必要無いだろ?」と村上はしらじらしく否定してみせる。

「こんないい女が彼女なんだもんね?」と秋葉が笑い、隣に居る戸田に、わざと聞こえるような声で耳打ちした。

「きっと、後でこっそり買いに来るつもりだよ」


春月女子短大漫画研究会のブースがある。

「ここはパス」と芝田はみんなに移動を促す。

「見ていかないの?」と戸田が怪訝な顔で尋ねる。

「もしかして興味ある?」と桜木。

戸田は並んでいるのが全部BL本なのを見て、慌てて否定した。



「それより美術大学の藤河さんはどこかな?」と秋葉が周りを見渡す。

「あそこに八木が居るよ」と村上が実業短大漫研のブースを指さした。

「お前等、もう廻ってるのかよ」と、八木が村上達を見つけて笑った。

「売上はどうよ」と村上。

「先輩達のはかなり売れてる」と八木。


「芝田の同級生?」と桜木が興味深そうに聞いた。

初対面どうしの自己紹介で「八木です」

「桜木です」

「戸田です」


「桜木君は萌え日常系は興味ある?」と八木は布教に乗り出す。

「あまり見て無いんだが」と桜木。

「少し読んでみてよ」と八木。


少し読んでみた桜木は「こういう感覚はちょっと・・・」

「そう? 解らなくは無いけど」と戸田はわりと肯定的。

「そうだよね」と八木が嬉しそう。

「けど、ちょっと退屈かな」と戸田はダメ出し。

「女子の感覚が表に出るから、俺には合わないわな」と村上は言った。

「元々男子向けなんだけどな」と八木。

「女の子眺めているだけでいい・・・って奴ら向けって事だろうさ」と芝田が笑った。


そして八木は「他の人のも見てよ。ギャグにアクションにホラーに・・・」

しばらく芝田達が何冊かの冊子を見て、ブースに居る他の人も交えて、わいわいやる。

「そういや、あっちに上坂高のブースがあるよ」と八木は向こうにあるブースを指さした。

「お前等も例年、来てたのかよ」と村上。

「当然だろ?」と八木。



上坂高のブースに行くと、漫研の後輩達が居た。

「あ、村上先輩達だ。いらっしゃい」と鈴木。

芝田が桜木と彼らを紹介する。

「鈴木・田中・高梨に秋谷と豊橋。で、こいつらが一年・・・だよな?」

一年生は男子一名に女子二名。

「彼等、ジャンルは?」と芝田は一年生たちに訊ねた。


後輩達が自分の漫画について簡単に説明する中で、桜木が鈴木の転生物に興味を示した。

しばらく鈴木の作品を読む桜木は言った。

「里見八犬伝がベースだね?」

「ネットで読んだ小説の影響受けまして」と鈴木が答えた。

「それって、もしかして・・・」と戸田。

鈴木は「ポトマックって人の作品なんですが・・・」



村上以下が唖然とする中、桜木が漫画を評して言った。

「ストーリーに独自の要素が見えない。キャラが定番過ぎでドラマに盛り上がりが欠ける。それと主人公の無双を強調し過ぎてない?」

鈴木はそっと村上に耳打ちした。

「先輩、この人、厳し過ぎません? 俺、こういう人、苦手です」


そんな鈴木を他所に、桜木の評は続いた。

「けど絵は悪くない。コマの構成がしっかりしてる。構図が印象的だ」

鈴木は「ありがとうございます。村上先輩達の友達って、凄い人ですね」

「鈴木君、調子良すぎじゃない?」と秋葉が笑った。


「これ、俺が書いた短編なんだが」と桜木が自分の作品を出して鈴木に渡した。

「桜木さん、小説書くんですか?」と鈴木。

桜木は「文芸部だからね」

鈴木がしばらく読む。


「面白いです。ポトマックの作品に似てるっていうか」と鈴木。

すると桜木は「これを漫画にしてみないか?」

「いいんですか?」と鈴木。

「短編はいくつも書いてる」と桜木。

鈴木は大喜びで「ありがとうございます」



「桜木君、リアルバレは御法度?」と秋葉は悪戯っぽく言った。

「勘弁してくれ」と桜木。

「大丈夫、彼、口は固いわよ」と秋葉。

「睦月さんの基準で口が堅いって言っても」と村上が笑う。

「何の話ですか?」と鈴木が怪訝そうに聞く。

秋葉は「口外厳禁だけどね、彼、ポトマック本人よ」


「えーっ?」と鈴木が上げた大声で、 周囲の視線が集中し、鈴木は慌てて口を押えた。

「先輩達、そんな凄い人と・・・」

鈴木は村上達を見て、そう言うと、桜木に向き直って、嬉しそうに言った。

「あの、俺、決めました。県立大学受けます。受かったら文芸部に入りたいです」

「楽しみにしてるよ」と桜木。

「けど、文芸部で漫画ってアリなのかな?」と芝田が首を傾げた。


「ところでそっちのは高梨さんと田中君の・・・」と、村上は二人の作品に目が行く。

田中と高梨は「合作で書きました」

「ホラーバトル物か。陰陽師が妖怪と戦って街を守るって奴だね」と村上。

しばらく他の部員達の作品を読み、わいわいやる。

「そうだ。向こうに藤河先輩が居ますよ」と田中が美術大の方向を指した。



美術大学漫研のブースに行く。


「藤河さん、来たよ」と秋葉が言った。

「いらっしゃい。そっちは文芸部の友達ね?」と藤河。

「ここが美大の漫研ねぇ」と芝田。

「人数多いから作品も豊富よ。そっちは友達?」と藤河。

初対面どうしの自己紹介で「桜木です」

「戸田です」

「藤河です。で、これが私の作品なんだけど」


戸田がそれをざっと読んで「BL?」と聞く。

「そうよ」と藤河。

戸田は「あまり興味は無いけど、もしかして、これって村上君と芝田君をモデルにしてるの?」

「そうよ」と藤河。


「って事は二人、そういう関係だったの?」と戸田。

「違うから」と村上と芝田は声を揃えた。


「ほら、こういう目で見られるんだよ。だからモデル扱いは止めてくれって」と膨れっ面の村上と芝田。

「ごめんね。けど、面白いからいいじゃん」と藤河。

「藤河さん、こういうの、風評被害って言うんだよ」と村上。


「そういえば清水君も同じ大学だよね」と中条が言った。

藤河は「来てるわよ。コスプレ会場で撮影やってるわ」



コスプレ会場に向おうと漫画コーナーを出ようと外に向かう途中のブースで、芝田が店番をやっている友人を見つけた。


「刈部じゃん。お前等も来てたのかよ」と芝田が声をかける。

「当然だろ。俺達だって漫研だぞ」と芝田の友人。

「どこのブース?」と秋葉が怪訝な顔で芝田に聞く。

芝田は「何言ってんだ。うちの大学の漫研だよ」


「工学部の刈部です」と芝田の友人の自己紹介。

「こっちが中条さんでこっちが秋葉さん、それと桜木に戸田さんだ」と村上が刈部に仲間たちを紹介する。

「真言君、知ってるの?」と秋葉。

村上は「理学部と工学部は一般教養が一緒だからね。あと、芝田の作品にイラスト書いたの、彼だから」


「芝田の作品、売れてるらしいぞ」と刈部が言った。

「イラスト付きだから? ずるいよ。私のにも描いて欲しかったなぁ」と戸田が言った。

「今度描いてあげるよ」と刈部。

「真言君のは描いてもらわなかったの?」と中条が聞く。

「思想評論にキャラは出ないから。あと、芝田のが売れたのは、アニメファンが大勢来るからでしょ?」と村上。

「そうか、アニメ評論だものね」と中条。

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