第135話 海辺の文人
7月、前期末の試験があるが、かなりの数の授業はレポート提出でそれに代えた。
各学部の授業の試験対策やレポートは、学部内の仲間と相談する者が多い。
村上は関沢達や芦沼と、中条は桜木・佐藤・佐竹や戸田と。経済学部の秋葉は津川や周囲の男子達を頼った。
また理学部と工学部は共通する一般教養も多く、そういう科目では芝田は村上を頼った。
文芸部の部室に佐藤と佐竹が来て、レポート対策で中条たちと相談。
「レポートはネットからのコピペに走らないように・・・って、先生はみんな言ってるね」と戸田。
「コピペだって解るのかな?」と佐藤。
「けっこうバレるらしいぞ」と住田。
「どうやって調べるのかな」と佐竹。
「レポートの文章の一部を何か所か抜き出して検索にかけるとか?」と桜木。
「じゃ、文体変えれば大丈夫なのかな?」と佐竹。
「実験してみるか?」と住田。
「怖いから止めておきます」と佐竹。
筆記試験がある教科では、特に数学と外国語が彼等の頭を悩ませた。
第二外国語は全員ドイツ語で合わせたが、村上も芝田も本気でマスターする気などさらさら無い。彼等は経験者の住田から対策を聞いた。
「住田先輩はドイツ語はかなり出来るんですよね?」と村上。
「原書とか要求されるからね。カントやヘーゲルの信者とか、批判されると反論できなくて、代わりに原書婿に走るんだよ」と住田。
「原書婿って?」と中条。
「駄目な教授ほど原書読めって連呼するだろ?」と住田。
「なるほど原書嫁だから原書婿ね」と村上。
試験が終われば夏休み。7月末から9月半ばまで、1か月半の期間がある。
もちろん大学に来ない訳ではない。文芸部の仲間はしばしば会合を開いた。
村上は芦沼や関沢たちとともに、理学部の湯山研究室の人工子宮の実験の手伝いで頻繁に足を運んだ。
文芸部で合宿をしようという話になる。
「講師の森沢先生は来るの?」と桜木が気にする。
「いや、顧問が来たらガチな合宿になるだろ?」と住田。
「要するに、合宿を口実にした遊びって訳ね?」と秋葉が笑った。
「というより、先生は原稿の締め切りが迫ってるんだけどね」と斎藤。
「文芸部らしい事もやるぞ。地元出身の文人の史跡に、夜は批評会も」と住田。
「昼は?」と芝田。
「海に行って泳がない訳無いわな」と住田が真顔で言う。
「やっぱり遊びですか」と村上が笑った。
「で、どんな所に?」と秋葉。
「海岸の温泉宿だよ」と住田。
「温泉巡りですか。やったー」と喜ぶ秋葉。
村上が「いや、合宿だってば」
当日。
上坂市からは、秋葉が母親から借りた車で四人が乗って現地に向かう。
住田の車には斎藤・桜木・戸田が乗る。そして宿のある漁村の海水浴場で合流。
「住田先輩って車、持ってるんですか?」と村上が聞いた。
「あると女の子誘うのに便利だぞ」と住田。
「そういうの要りませんけどね」と村上は笑う。
住田は「何言ってんだ。男の価値は落とした女の数で決まるんだぞ」
「斎藤先輩、彼氏があんな事言ってますけど」と秋葉があきれ顔で言う。
「住田君は元々そういう人だもの。だって岸本さんの元カレよ」と斎藤。
「そういや斎藤先輩、岸本さんとはどんな関係なんですか?」と村上。
斎藤は「一人の男を取り合った仲・・・っていった所ね」
現地では、とりあえず史跡巡り。
最初に行った所はその小山氏という文人一族の屋敷跡だ。何も無い所に句碑が一つと解説板。
小山家はこの漁村の庄屋の家柄で、江戸末期の三代に渡って当主は俳人として活躍した。
といっても江戸末期の庄屋は大抵、文人として学問や文芸を学び、ひとかどの文化人として名を遺す者は多い。そんな時代でも二代目は近郷の村々の若者を集めた私塾を開き、俳諧の指導者としても画家としても多くの作品を残した。
だが、文人としての才と政治的な才覚は別物だった。隣の漁村と漁場を争って裁判となり、そんな中で庄屋を継いだ三代目は、裁判で負け、村は没落に瀕した。
彼は産物を広く売り出す事で村を立て直そうと、海産物の加工業を興そうとするとともに、地域の風俗と海産物を紹介する書物を出版したが、その完成間際に別の裁判で罪に問われ、彼は追放されて病死し、家は没落した。
屋敷跡の句碑は三人の当主が詠んだ句を刻んだものだ。
「子孫は死に絶えちゃったんですか?」と戸田が聞いた。
「しっかり生きてるよ。その子供の代に家を建て直したんだ」と住田。
「今、何やってるんですか?」と村上。
「温泉旅館、やってるよ」と住田。
「それってもしかして」と秋葉。
住田は「今夜泊まる宿だよ」
その後、小山家の墓地のある寺に行き、小山家が代々神官を務めた神社に行く。神社の境内に小さな薬師堂がある。
温泉はこの境内から出ていたが、今は枯れて別の所で掘ったものを引いているとの事。
温泉宿に行って荷物を置き、小山家に関する資料を見せてもらう。
古文書に遺品、俳句を書いた短冊、あの三代目の死後に出版されたという著作。
古文書を見て「これ、何て書いてあるんだ?」と村上。
「全然読めない」と秋葉。
「そりゃ、昔の崩し字だからな」と住田。
住田がいくつか読んでみせる。
「先輩、歴史に詳しいんですか?」と桜木。
「俺は歴史哲学コースだぞ」と住田。
「住田君は元々歴史は好きよね」と斎藤。
「好きだから歴史を知ってるとは限らないけどな」と住田は笑った。
中条は吉江を思い出して、少し笑った。
(吉江さんなら、この資料も戦国時代だと思っちゃうんだろうなぁ)
三代目が書いた自画像があった。
「屋敷跡の解説板に印刷していた奴よね」と秋葉。
そこに描かれた丸顔の人物を、案内している宿の当主の丸顔と見比べて、やはり子孫だな・・・と中条は思った。
部屋に荷物を置いた後、水着に着替えて上着を着て海へ。
海の家で昼食を食べよう・・・という事になる。
海の家に入り、八人で席に陣取って、住田が後輩達に「粉っぽいカレーと具の少ないラーメン、どっちがいい?」
「じゃ、粉っぽいカレーで」と芝田。
みんな賛同して、店の人が注文を取りに来ると、その脇に居た芝田が「お姉さん、粉っぽいカレーを八人前」
「そんなメニューはありません」と店の人。
斎藤が笑いながら「何かのアニメに出てきた台詞でしょ?」とネタを明かす。
各自、本物のメニューを見て注文を出す。
店の人が行くと、芝田が膨れっ面で「先輩、こういう所でアニメのネタで冗談とか、止めてくれません?」
村上は笑って「文芸部で書いてるのがアニメ評論で、アニメ絵描くためのコンピュータ作るとか言ってる奴が、何言ってるんだか」と言った。
食べ終わると、彼等は海岸に出た。




