第134話 バスケのお兄さん
ダブルデートの山本・水沢・村上・芝田・中条の五人が羽子板温泉を出た。
その後、近くの森林公園を歩き、昼食でファミレスに行き、その他2か所ほど巡った頃には午後もかなり回っていた。
「あと、行きたい所、あるか?」と山本は水沢に聞く。
水沢は「小依の学校を見て欲しいの」と言った。
春月保育専門学校の近くの駐車場に車を止めて、建物の周囲を歩く。隣には保育所があるが、週末なので園児は居ない。
無人の保育園の前で水沢は「ここで実習するの。子供たちと居ると楽しいよ」
「精神年齢が近いからな」と山本が言って笑った。
「山本も人の事は言えないと思うが」と芝田が笑う。
「お前も保父さんになれば良かったじゃん」と村上も笑った。
「俺はガキは嫌いだ」と山本は憮然と言った。
一休みしようと、近くの公園に行く。
砂場があり、滑り台や鉄棒、そしてバスケのゴール。
砂場に誰かの忘れ物らしいバスケ用のボールがあった。ゴミも散らかっている。
五人が公園のベンチに座って雑談していると、数人の保育園児が公園に来て、水沢を見つけ、はしゃいで言った。
「あ、実習生の先生だ」
「小依ちゃんだ」
「こんにちわ」
子供たちを見て、水沢は村上たちに「この子達、実習してる保育園の子供たちだよ」
「おじさん達、先生のお友達?」と園児たちがはしゃぐ。
「お兄さん・・・ね」と芝田は無理に作り笑いしてみせた。
村上は笑って「この子達にしてみれば大学生なんておじさんだよ」
その時、一人の女の子が「もしかして小依ちゃんの彼氏、この中に居るの?」
「この人がそうだよ」と水沢は山本を指さした。
「小学生じゃん」と園児たちが口を揃える。
「これだからガキは嫌いだ」と膨れっ面の山本。
水沢は笑いながら「小依と同じで背は低いけど大人だよ。お仕事だってしてるし」
「お兄さん、何のお仕事?」と園児。
「電気工事の人だよ。停電の時みんな困るでしょ。そんな時このお兄さんが助けてくれるの」と水沢。
「知ってる。3Kって言うんでしょ?」と園児の一人が言った。
「底辺労働者の人だ」と、もう一人の園児。
「これだからガキは嫌いだ」と、更に膨れっ面の山本。
「最近の子供って、どこからそんな言葉憶えてくるんだ?」と芝田も笑う。
「けど山本君はお兄さんなのね?」と中条が笑う。
「園児から見れば小学生はお兄さんだから」と村上も笑った。
「だから俺は子供じゃないって」と膨れっ面の山本。
「それとこの人、小依のために働いてるんだよ」と水沢は嬉しそうに言った。
「お金貯めて小依ちゃんを専業主婦にしてくれるんだよね?」と小さな女の子が言った。
「だから進学したくなかっただけだってば」と山本が抗弁。
「女ってのはこんなふうにして図々しくなっていくんだよな」と芝田が笑った。
「ごめんなさい」と中条が申し訳無さそうに言う。
「いや、里子ちゃんは違うから」と村上と芝田が口を揃えた。
子供たちが忘れ物のボールでバスケをやろうと言い出す。だがゴールに投げても、ボールは届かない。
山本はゴール目掛けて投げようとしている男の子をひょいと抱え上げて「ほら、投げてみろ」
ボールが入ると他の子供が「僕もやって」「私も」
そのうち山本は子供たちにドリブルを教え、パスを教え・・・
そんな山本を見ながら、村上は笑って言った。
「山本ってガキは嫌いとか言ってる割に・・・」
芝田も「精神年齢が近いからだろうな」
子供たちは山本に「お兄さん、バスケ強いの?」
「強いぞ。見てろ」とドヤ顔の山本。
そして山本は離れた所に居た芝田に「おい芝田、ゲームやるぞ」
「小依もやる」と水沢も参加する。
芝田を翻弄する山本と水沢。食い下がる芝田。園児たちが歓声を上げる。
調子が出てくると、山本は近くで見ている男の子にパス。
芝田がガードするフリをし、まごつく男の子は後ろに居る水沢にパス。
そんな彼等の遊びを村上と中条が笑って見ていると、ひとりの女の子が寄って来て、村上に言った。
「おじさん達はバスケやらないの?」
「お兄さんは体より頭を使うのが得意なんだよ」と村上。
「おじさんは頭がいいの?」と女の子。
「何でも知ってるよ」と村上は園児相手にドヤ顔してみせる。
すると女の子は「じゃ、沙友里のパパとママはどうして仲が悪いの? どうすれば仲よくなれる?」
「・・・・・・」
さすがに知らない男女の喧嘩の原因までは・・・と村上は頭を抱えた。
女の子が涙目になると、中条は言った。
「沙友里ちゃんのパパとママはけんかするの?」
「いつもしてるよ」
そう言って女の子は中条のスカートにしがみ付く。その頭を撫でながら、中条は村上を縋るような目で見た。
村上は言った。
「それはパパとママに会ってみないと解らないな。けど、お兄さんのパパとママも仲が悪くてね、それはママが無駄遣いしたからだったよ」
「無駄遣いって?」と女の子。
村上は言った。
「沙友里ちゃんもおもちゃ、買ってもらうでしょ? 欲しいおもちゃがあって、ねだって買ってもらったとするよね? けどすぐ飽きて、あまり遊ばないうちに捨てて、また別のおもちゃをねだって買ってもらう、そんな人って居るよね? そんなふうに、使いもしないものをどんどん買うのは、お金の無駄だよね?」
「ふーん。おじさんのママみたいな大人も、おもちゃ買うんだ」と女の子。
「まあ、おもちゃ以外にもいろいろ買うよね?」と村上。
女の子は「それで、どうすれば仲よくなれるの?」
「子はかすがい、っていう言葉があってね」と村上。
「かすがいって何?」と女の子。
「たとえばこんなふうに・・・」
村上はそう言うと、そこに落ちていたスポンジの欠片を2つ、そして細い針金の切れ端を拾ってコの字型に曲げる。
そして「このスポンジって、こうするとくっつくよね。けど、こうすると離れる。そこでこの針金を両方に刺すのさ。そうすると離れない。これが、かすがいだよ」
「それでパパとママをくっつけるんだね? けど、そんなので刺したら血が出るよ」と女の子。
村上は「だから、その代わりに、沙友里ちゃんがパパとママをくっつけるのさ。両手で手を繋いだりしてね」
子供たちと別れて、山本の車に乗り、上坂市へ。そして3人を村上のアパートに降ろす。
「ここが例の秘密基地って訳かよ」と山本は笑った。
「今度、小依達も来ていい?」
「いいよ。いつでも来なよ」と村上が笑って言った。
山本の車を見送ると、中条は呟いた。
「保育士ってのも、いいなぁ」
水沢の家に向かって車を走らせながら、山本は言った。
「お前、もしかして中条さんがしてもらってる事を真似させるために、ダブルデートとか言い出したのか?」
「うん」と水沢。
「そんな事しなくても、して欲しい事はやってやるよ」と山本。
水沢は「本当? じゃ、あーんして」
山本は車を運転しながらポケットから飴玉を出すと、袋を破って左手でそれを水沢の口元へ運んだ。そして・・・。
「ほら、あーん」
公園で水沢達と遊んだ幼い女の子が、友達と別れて家に帰る。あの沙友里という子だった。
玄関の前でしばらく俯くと、顔を上げて「ただいま」と言いながらドアを開けた。
娘の帰りを聞いた母親が奥から駆け寄って、彼女を抱きしめて言った。
「お帰り、沙友里ちゃん。沙友里ちゃんはずっとママと一緒だよね?」
女の子は言った。
「あのね、ママ。子はかすがいって知ってる?」
「え?」
「こうするの」
女の子はそう言うと、右手で母親の手を引いて、居間の奥で背を向けている父親の片手を左手で握った。
そして女の子は両親に訴えた。
「こうすればパパとママが一緒にいられるって、沙友里が居れば仲良くできるって、実習生の先生のお友達が教えてくれたの。沙友里、パパとママと3人がいい」
母親は悲しそうに俯いた。
更に女の子は「沙友里、いい子になるから、もう、おもちゃなんてねだったりしないから、だから・・・沙友里のお願い、聞いてよ」
父親は娘を抱きしめて言った。
「沙友里、お前を置いてどこかに行ったりするもんか。ずっと一緒だ」
「パパ、嬉しい」と女の子。
「けど・・・」と母親は辛そうな顔を見せる。それを見て父親は言った。
「あの女とは別れる」
「あなた・・・」
子供を挟んで抱きしめ合う夫婦。両親に抱きしめられつつ、女の子は言った。
「それとね、ママ。無駄遣いは止めてね」
「そうね。もう着もしない服を買ったりしないわ」と母親。
「大人のおもちゃとか、すぐ飽きて捨てるのも、止めてね」と女の子。
母親は唖然として「へ?・・・・・・・」
父親は言った。
「お前、そんなものを」
「し・・・知らないわよ」と母親は真っ赤になる。
父親は「俺がもっと、ちゃんとお前の相手をしていれば・・・」
母親は「だから知らないってば。何言ってるのかしら、この子。あは、あははははは」




