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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
134/343

第134話 バスケのお兄さん

ダブルデートの山本・水沢・村上・芝田・中条の五人が羽子板温泉を出た。

その後、近くの森林公園を歩き、昼食でファミレスに行き、その他2か所ほど巡った頃には午後もかなり回っていた。

「あと、行きたい所、あるか?」と山本は水沢に聞く。

水沢は「小依の学校を見て欲しいの」と言った。


春月保育専門学校の近くの駐車場に車を止めて、建物の周囲を歩く。隣には保育所があるが、週末なので園児は居ない。

無人の保育園の前で水沢は「ここで実習するの。子供たちと居ると楽しいよ」

「精神年齢が近いからな」と山本が言って笑った。

「山本も人の事は言えないと思うが」と芝田が笑う。

「お前も保父さんになれば良かったじゃん」と村上も笑った。

「俺はガキは嫌いだ」と山本は憮然と言った。



一休みしようと、近くの公園に行く。

砂場があり、滑り台や鉄棒、そしてバスケのゴール。

砂場に誰かの忘れ物らしいバスケ用のボールがあった。ゴミも散らかっている。

五人が公園のベンチに座って雑談していると、数人の保育園児が公園に来て、水沢を見つけ、はしゃいで言った。

「あ、実習生の先生だ」

「小依ちゃんだ」

「こんにちわ」


子供たちを見て、水沢は村上たちに「この子達、実習してる保育園の子供たちだよ」

「おじさん達、先生のお友達?」と園児たちがはしゃぐ。

「お兄さん・・・ね」と芝田は無理に作り笑いしてみせた。

村上は笑って「この子達にしてみれば大学生なんておじさんだよ」


その時、一人の女の子が「もしかして小依ちゃんの彼氏、この中に居るの?」

「この人がそうだよ」と水沢は山本を指さした。

「小学生じゃん」と園児たちが口を揃える。

「これだからガキは嫌いだ」と膨れっ面の山本。


水沢は笑いながら「小依と同じで背は低いけど大人だよ。お仕事だってしてるし」

「お兄さん、何のお仕事?」と園児。

「電気工事の人だよ。停電の時みんな困るでしょ。そんな時このお兄さんが助けてくれるの」と水沢。

「知ってる。3Kって言うんでしょ?」と園児の一人が言った。

「底辺労働者の人だ」と、もう一人の園児。


「これだからガキは嫌いだ」と、更に膨れっ面の山本。

「最近の子供って、どこからそんな言葉憶えてくるんだ?」と芝田も笑う。

「けど山本君はお兄さんなのね?」と中条が笑う。

「園児から見れば小学生はお兄さんだから」と村上も笑った。

「だから俺は子供じゃないって」と膨れっ面の山本。


「それとこの人、小依のために働いてるんだよ」と水沢は嬉しそうに言った。

「お金貯めて小依ちゃんを専業主婦にしてくれるんだよね?」と小さな女の子が言った。

「だから進学したくなかっただけだってば」と山本が抗弁。

「女ってのはこんなふうにして図々しくなっていくんだよな」と芝田が笑った。

「ごめんなさい」と中条が申し訳無さそうに言う。

「いや、里子ちゃんは違うから」と村上と芝田が口を揃えた。



子供たちが忘れ物のボールでバスケをやろうと言い出す。だがゴールに投げても、ボールは届かない。

山本はゴール目掛けて投げようとしている男の子をひょいと抱え上げて「ほら、投げてみろ」

ボールが入ると他の子供が「僕もやって」「私も」

そのうち山本は子供たちにドリブルを教え、パスを教え・・・


そんな山本を見ながら、村上は笑って言った。

「山本ってガキは嫌いとか言ってる割に・・・」

芝田も「精神年齢が近いからだろうな」


子供たちは山本に「お兄さん、バスケ強いの?」

「強いぞ。見てろ」とドヤ顔の山本。

そして山本は離れた所に居た芝田に「おい芝田、ゲームやるぞ」

「小依もやる」と水沢も参加する。


芝田を翻弄する山本と水沢。食い下がる芝田。園児たちが歓声を上げる。

調子が出てくると、山本は近くで見ている男の子にパス。

芝田がガードするフリをし、まごつく男の子は後ろに居る水沢にパス。



そんな彼等の遊びを村上と中条が笑って見ていると、ひとりの女の子が寄って来て、村上に言った。

「おじさん達はバスケやらないの?」

「お兄さんは体より頭を使うのが得意なんだよ」と村上。

「おじさんは頭がいいの?」と女の子。

「何でも知ってるよ」と村上は園児相手にドヤ顔してみせる。

すると女の子は「じゃ、沙友里のパパとママはどうして仲が悪いの? どうすれば仲よくなれる?」

「・・・・・・」


さすがに知らない男女の喧嘩の原因までは・・・と村上は頭を抱えた。

女の子が涙目になると、中条は言った。

「沙友里ちゃんのパパとママはけんかするの?」

「いつもしてるよ」

そう言って女の子は中条のスカートにしがみ付く。その頭を撫でながら、中条は村上を縋るような目で見た。


村上は言った。

「それはパパとママに会ってみないと解らないな。けど、お兄さんのパパとママも仲が悪くてね、それはママが無駄遣いしたからだったよ」

「無駄遣いって?」と女の子。

村上は言った。

「沙友里ちゃんもおもちゃ、買ってもらうでしょ? 欲しいおもちゃがあって、ねだって買ってもらったとするよね? けどすぐ飽きて、あまり遊ばないうちに捨てて、また別のおもちゃをねだって買ってもらう、そんな人って居るよね? そんなふうに、使いもしないものをどんどん買うのは、お金の無駄だよね?」

「ふーん。おじさんのママみたいな大人も、おもちゃ買うんだ」と女の子。

「まあ、おもちゃ以外にもいろいろ買うよね?」と村上。


女の子は「それで、どうすれば仲よくなれるの?」

「子はかすがい、っていう言葉があってね」と村上。

「かすがいって何?」と女の子。

「たとえばこんなふうに・・・」

村上はそう言うと、そこに落ちていたスポンジの欠片を2つ、そして細い針金の切れ端を拾ってコの字型に曲げる。

そして「このスポンジって、こうするとくっつくよね。けど、こうすると離れる。そこでこの針金を両方に刺すのさ。そうすると離れない。これが、かすがいだよ」

「それでパパとママをくっつけるんだね? けど、そんなので刺したら血が出るよ」と女の子。

村上は「だから、その代わりに、沙友里ちゃんがパパとママをくっつけるのさ。両手で手を繋いだりしてね」



子供たちと別れて、山本の車に乗り、上坂市へ。そして3人を村上のアパートに降ろす。

「ここが例の秘密基地って訳かよ」と山本は笑った。

「今度、小依達も来ていい?」

「いいよ。いつでも来なよ」と村上が笑って言った。

山本の車を見送ると、中条は呟いた。

「保育士ってのも、いいなぁ」


水沢の家に向かって車を走らせながら、山本は言った。

「お前、もしかして中条さんがしてもらってる事を真似させるために、ダブルデートとか言い出したのか?」

「うん」と水沢。

「そんな事しなくても、して欲しい事はやってやるよ」と山本。

水沢は「本当? じゃ、あーんして」

山本は車を運転しながらポケットから飴玉を出すと、袋を破って左手でそれを水沢の口元へ運んだ。そして・・・。

「ほら、あーん」



公園で水沢達と遊んだ幼い女の子が、友達と別れて家に帰る。あの沙友里という子だった。

玄関の前でしばらく俯くと、顔を上げて「ただいま」と言いながらドアを開けた。


娘の帰りを聞いた母親が奥から駆け寄って、彼女を抱きしめて言った。

「お帰り、沙友里ちゃん。沙友里ちゃんはずっとママと一緒だよね?」

女の子は言った。

「あのね、ママ。子はかすがいって知ってる?」

「え?」

「こうするの」


女の子はそう言うと、右手で母親の手を引いて、居間の奥で背を向けている父親の片手を左手で握った。

そして女の子は両親に訴えた。

「こうすればパパとママが一緒にいられるって、沙友里が居れば仲良くできるって、実習生の先生のお友達が教えてくれたの。沙友里、パパとママと3人がいい」

母親は悲しそうに俯いた。

更に女の子は「沙友里、いい子になるから、もう、おもちゃなんてねだったりしないから、だから・・・沙友里のお願い、聞いてよ」


父親は娘を抱きしめて言った。

「沙友里、お前を置いてどこかに行ったりするもんか。ずっと一緒だ」

「パパ、嬉しい」と女の子。

「けど・・・」と母親は辛そうな顔を見せる。それを見て父親は言った。

「あの女とは別れる」

「あなた・・・」


子供を挟んで抱きしめ合う夫婦。両親に抱きしめられつつ、女の子は言った。

「それとね、ママ。無駄遣いは止めてね」

「そうね。もう着もしない服を買ったりしないわ」と母親。

「大人のおもちゃとか、すぐ飽きて捨てるのも、止めてね」と女の子。


母親は唖然として「へ?・・・・・・・」


父親は言った。

「お前、そんなものを」

「し・・・知らないわよ」と母親は真っ赤になる。

父親は「俺がもっと、ちゃんとお前の相手をしていれば・・・」

母親は「だから知らないってば。何言ってるのかしら、この子。あは、あははははは」

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