第131話 隠れた名湯
桜木が戸田と付き合うようになると、桜木は以前のようには中条を構えなくなった。
戸田は休日や昼休みには桜木に「二人っきり」を求め、講義室でも桜木の隣に座って甘え、彼を独占した。
その分、中条は講義室では佐藤と佐竹の間に座り、二人に甘えた。
昼の学食では佐藤と佐竹が村上達五人と混ざって七人で昼食を食べる事が増えた。
そんな中で、秋葉が「そろそろまた温泉巡り、したいね」と言い出す。
「前はどこに行ったの?」と佐藤が聞く。
「宝野温泉だよ」と秋葉。
「あの時は桜木君が居たよね」と中条。
「あそこは混浴でね」と芝田。
佐藤と佐竹は「えーっ?」
「言っとくが、水着は着る所だからな」と村上。
「そりゃそうか」と佐藤・佐竹。
「けど、せっかく温泉に行っても、真言君たちと別々だとなぁ」と秋葉が笑った。
「温泉ってそういうものだけどね」と村上が苦笑。
すると佐竹が「俺の地元に、混浴って訳じゃないんだが・・・」
秋葉が目を輝かせて「詳しく聞かせて」
佐竹が説明する。
「お寺の境内にあって、昔、偉い坊さんの法力で湧いたって伝説があるんだ。効能があるとかで古くから地元では知られてて、けど浴槽は一つで、男女時間を決めて入ってたそうだ。けど集落も過疎化して寺も無住になって、村の人達が当番で鍵の管理と定期的な掃除で維持してるんだが、今じゃ入る人もあまり居なくて、村の人もあまり入らないし、あと観光客がたまに来るくらい。電話で予約すれば開けてもらえる。鍵を借りたらご自由に・・・って訳だ」
秋葉が「いいね、それ」と言うと、仲間たちも賛同した。
週末、秋葉が母親から借りた車で上坂市を出発。春月駅で佐藤を拾って現地に向かう。
佐竹は前もって帰郷して管理者と交渉し、鍵を借りて現地で合流の手筈だ。
佐竹の実家は北に二時間ほどの農村地帯にある。
温泉のある寺の境内は雑草が多く、朽ち始めた本堂と風化した多数の石仏。荒廃し始めた様子が痛々しい。
それを眺める村上たちに、佐竹は説明した。
「文化財として貴重らしくて、申請はしているそうだけど、市長が補助金ケチって指定が下りないんだそうだ」
「雑草で風通しが悪いと建物の傷みが早いだろうね」と村上。
「建物廻りだけでも草刈りしてあげたいね」と中条。
「道具が無いだろ」と芝田。
「鎌とかは物置にあるよ。地元の人が定期的にやってるけど、老齢化が進んで動ける人が少ないんだ」と佐竹。
佐竹が物置から鎌を出して、全員で30分ほど雑草を刈る。
地元の老人が二人、通りかかって声をかけた。
「こんにちは」と佐竹が返事を返す。
老人の一人が「佐竹さんの所の坊ちゃんじゃないですか」
「お友達ですか?」ともう一人の老人。
「温泉巡りが趣味の友達が居て、入りに来たんですよ」と佐竹。
「もしかして坊っちゃんの彼女さん?」と老人の一人。
「違いますよ」と佐竹は慌てて否定したが、老人の耳に入らない。
そして「そうですか。それで、どちらが坊っちゃんの彼女さんですか?」と老人は続ける。
「だから違いますって」と佐竹。
その時「二人とも、そうなんです」と、秋葉がノリノリで悪ふざけを始める。
「それはまた、おモテになって、さすがは佐竹さんの所の・・・」と楽しそうに答える老人。
「秋葉さんってば」と佐竹は慌てた。
「だって面白いじゃない」と完全に悪乗りモードの秋葉。
老人は「それで、どちらが本命ですか?」
「それを決めるために草刈り勝負を・・・」と秋葉の冗談は続く。
「この村にお嫁さんが来てくれるなんて、何年ぶりかねぇ」と、感慨深げに勝手に盛り上がる老人の一人。
「佐竹さんが大師様にお百度踏んだご利益かねぇ。ありがたやありがたや」と、もう一人の老人。
「由緒のあるお寺なんですか?」と中条が聞く。
「大師様が刻んだご本尊を祀る有難いお寺ですから、きっと仏様のご利益がありますよ」
老人たちはそう言うと、今日はお祝いだと、意気揚々と歩いて行った。
「勘弁してくれよ」と佐竹がぼやく。
「まあそう言うなよ。爺さんたち、喜んでたじゃん」と芝田が笑った。
「そういうの、ヌカ喜びって言わないか?」と佐藤があきれ顔。
秋葉が「そのうち本物の彼女作ればいい話じゃん」
「話、ややこしくした人が言う? それに彼女なんてそう簡単に出来ないよ」と佐竹。
「それより、さっきからあちこち痒いんだけど」と村上が言い出した。
彼等は蚊に集られている事に気付く。
「刺されまくってるじゃん」と芝田。
「これが仏様のご利益かよ」と佐藤。
「とりあえず温泉に入ろうよ」と秋葉。
「ここの温泉は虫刺されにも効くらしいよ」と佐竹。
「ありがたい効能だよね」と中条。
芝田は「そもそもお寺で刺されたんだけどね」
預かった鍵で温泉の戸口を開ける。
コンクリ製の小型の建物。中は玄関と脱衣場と浴室で、小型の公衆浴場程度の浴槽と狭い洗い場がある。
六人で入るには十分な大きさだ。奥に小さな石仏が祀られている。
「そういえば水着とか持って来なかったが」と佐藤が心配そうに言う。
「男子はタオル巻けばいいし、女子はバスタオル巻くだろ」とお気楽な芝田。
「バスタオルって濡れると後で絞るのが大変なのよね」と中条。
「上と下にタオルを巻けばいいんじゃない?」と秋葉が笑いながら言った。
男女反対側を向いて服を脱ぎ、腰にタオルを巻く。
問題は女子の胸だ。中条は余裕で巻けたが、秋葉はタオルの長さが足りない。
タオルで適当に胸を隠して浴室に入る秋葉。佐藤と佐竹は思わぬ目の保養に「悪くないな、うん」
そんな彼等を見ながら「お前等、そんな事言っていられるのも、今のうちだぞ」と村上が言って笑った。
六人で浴槽に入る。
浴槽の底に砂利が敷かれている。
「湯口はどこだ?」と芝田。
「この底から湧いてるんだよ」と佐竹。
中条が底に敷かれた砂利に手をかざすと、お湯の流れを感じる。
そして「本当だ」と・・・。
村上が「本物のかけ流しだな」と言って笑った。
そのうち佐藤と佐竹は浴槽から出られなくなるが、村上達は洗い場に出て体を洗い、蚊に刺されて痒い所をゴシゴシやる。
村上と芝田はタオルを巻いた股間の前を胡麻化そうともしない。秋葉も中条も、そのうち胸を隠さなくなる。
浴槽の中でもじもじする佐藤と佐竹に、秋葉は笑って言った。
「気にしなくていいのよ。アレが大きくなるのは、ただの生理現象だから」
秋葉は浴槽に入って気持ち良さそうに伸びをする。中条は浴槽の中で村上と芝田の膝の上で甘える。
やがて彼等は温泉から上がって体を拭き、服を着て痒み止めを塗った。
建物を出て鍵を閉め、佐竹が鍵を返しに行くと、管理者の老人が彼に言った。
「佐竹さんが、坊っちゃんに、お友達を家に連れてこいって言ってるよ」
「予定があるんで、このまま帰ります」と困り顔の佐竹。
「まあそう言わずに」とその老人は言うと、奥に向かって「友代ちゃん。お兄ちゃんが来たよ」
小学生ほどの女の子が駆けてきた。
「な・・・何でお前がここに居るんだよ」と慌てる佐竹。
「お父さんが兄ちゃん達連れてこいって」
妹に引っ張られて玄関を出る佐竹。
「お前、妹がいたのかよ」と芝田が目を丸くした。
「おいくつ?」と興味深々な顔で秋葉が佐竹妹に聞く。
「それより、草刈り勝負はどっちが勝ったのよ?」と佐竹妹は興味深々な顔で言った。
秋葉の車で佐竹家に向かう。
定員オーバーだが取り締まりは来ないからと、無理やり七人を詰め込んで佐竹家に向かう車中で、佐竹は妹に「あれは冗談だから」と冷や汗を流して力説した。
中条が思い出したように佐竹に聞く。
「坊っちゃんって言ってたけど、佐竹君の実家ってお金持ちなの?」
「普通の農家だよ」と佐竹。
佐竹家に着くと、佐竹の妹は玄関に駆け込んで「兄ちゃんのお嫁さん連れてきたよ」
「人の話を聞けよ」とうんざり顔で言う佐竹。
佐竹の両親が足音高く玄関に駆け出て来る。
「でかしたぞ、敏行」と佐竹父。
「これで佐竹家も安泰ね」と佐竹母。
佐竹は「いや、あれは友達が冗談で言った事で、デマだから」
すると秋葉は玄関先で佐竹の両親に向かって正座しで三つ指をつき、「秋葉睦月と申します。ふつつか者ですが」
「秋葉さん、いい加減、そういう冗談は止めてくれ。芝田も何とか言えよ。秋葉さんはお前の彼女だろーが」
「冗談祭りは終わりか?」と笑う芝田。
「そんな祭りは無い」と困り顔の佐竹。
だが、相変らずの佐竹妹は、芝田を見て「つまりこの人、兄ちゃんのライバルだね?」
佐竹は「違うってば。だから人の話を聞けって」
居間に上げられ、お茶を出される。
佐竹の子供時代の曝露話に花が咲き、佐竹が慌てる。
母親はそっと佐竹に耳打ちする。
「女性はね、好きな人に想いを伝える時、冗談に見せかけるものよ」
佐竹は「秋葉さんは人をからかって遊ぶのが好きなだけだよ」
「あら、私達の若いころもそうだったんだから。この人ったらね・・・」と佐竹母。
調子に乗って、夫との、のろけ話を始める母親。佐竹はうんざりしながら聞く。
そして「その話、何回目だよ」と佐竹は言った。
やがてお茶請けとして、得体の知れない漬物のようなものがいくつも出て来る。
おっかなびっくり箸をつける村上達。
「これ、美味しいですね」と秋葉。
「塩加減が何とも」と村上。
「これなんか食感がくにくにして」と芝田。
そう言いながら秋葉は、口の中の細くて固目のものに気付く。
出して見ると昆虫の足だ。
「これ、何ですか?」とおそるおそる聞く秋葉。
「イナゴの佃煮だよ。食べた事、無い?」と佐竹は涼しい顔で答えた。
「普通、無いと思うよ」と佐藤。
秋葉は「昆虫系はちょっと」
「あら、蜂の子も駄目だったかしら」と母親は涼しい顔で言った。
「蜂の子?」と秋葉が聞き返す。
「スズメバチの幼虫だよ。さっき美味そうに食べてたじゃん」と佐竹は涼しい顔で言った。




