第13話 村上君ちの今日の食卓
中条が村上のアパートに出入りし、しばしば夕食を食べて行くようになった。食材やお菓子はよく芝田が買ってくる。
「自分達で食べてる分を、それで補ってるんだ」と彼女は気付いた。
そして、自分がいつも二人から奢ってもらっているのを思い出し、これからは自分も何か差し入れを買って来よう・・・と考えるようになった。
そのうち中条は、ある事に気付いた。村上のメニューは常に同じなのだ。
夕食には肉と野菜の入った煮物で、醤油とみりんで出汁をとる。そして味噌汁とサラダと、あの「世界一簡単な卵料理」だ。
不味くはない、むしろ美味しいと中条は思った。だが毎日同じで飽きないのだろうか・・・。
「一人暮らしだから一度作ったら食べるのに数日」と村上は言う。何度も煮るから具がとろけるように柔らかい。
だが、食べ終わったらまた同じものを作るのだ。季節ごとに野菜は違っても、基本は変わらない。村上はそれで不満を感じないという。
「ずっとそれで飽きたりしないの?」と聞くと芝田が「時々カレーとかも作るけどね」と口を挟む。
すると村上は「なんせみりんや醤油の代わりにルーを入れればいいだけ」
「しかも味噌汁もサラダもいらない」と芝田。
この人と結婚したら、さぞかし楽なのだろうな・・・と中条は思った。けどそれでいいのか?。
(何か作ってあげたい)と思うようになった中条は、祖父に「料理を教えて欲しい」と頼んだ。彼女はこの時初めて、炊事を祖父に任せっきりである事に引け目を感じた。
祖父は孫娘の申し出を嬉しいと思ったが、もちろん自分に・・・という訳ではない事も知っていた。
「友達に作ってあげたいのかい?」と中条祖父。
「うん」と中条。
「だったら、私の知ってる料理なんてたかが知れてる。料理の本か何かで勉強した方がいいと思うよ」と中条祖父。
次の週末。中条は本屋に行って料理の本を買い、とりあえず肉じゃがを・・・と、材料を買ったものの、うまく作る自信が無い。
とりあえず家で練習を・・・と、祖父に「自分が夕食を作ってあげる」と言って、台所で本の通りにじゃがいもを剥き、玉ねぎを刻み・・・。だが、鍋の底で油で炒める時、どうしても焦がしてしまう。
悩んだ末に、祖父に焦がさないコツは無いか相談し、「油は十分に、後で煮るのだから芯まで火を通さずとも」と教えられて、ようやく成功した。
その夕食で祖父と一緒に食べ、祖父に褒めてもらうのが嬉しかった。
次の日、中条は村上に「今度、何か夕食を作ってあげる」と言った。
「そりゃ楽しみだ」と隣に居た芝田。
「お前が言うかよ」と笑いながら村上が言った。
だが、その夜祖父と前日の肉じゃがの残りを食べながら中条は、最近村上のアパートで食べた、豚肉・ジャガイモ・玉ねぎ・人参の入った煮物を思い出して「あの煮物と大きな違いはあるのだろうか」という疑問を感じた。
そして・・・。
スーパーで食材を買う中条。肉、野菜、そして調味料。何を作るか、まだ迷っていた。
ふと棚に並んだ品物のひとつが目に入った。
「これだ!」
レジを済ませ、村上のアパートに向かった。
台所でエプロンを付け、ジャガイモを剥き、玉ねぎを刻み、豚肉と一緒に鍋で茹で、最後に白いルーを入れて・・・。
村上・芝田と三人で食卓を囲む。
中条が作ったクリームシチューを食べながら村上は「いつもと違うおかずを食べるってのもいいね」と笑顔で言った。
中条は恥ずかしそうに「ただシチューのルーを入れただけだけどね」
すると芝田が「何よりのおかずは里子のエプロン姿だよな」
「それは下ネタか?」と村上。
芝田は飲んでいた味噌汁を盛大に吹いた。
そして「いや、そういう意味のおかずじゃないから」と弁解する芝田の声と、村上・中条の笑い声が室内に響いた。