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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第128話 秋葉さんヒーローになる

その日、村上のアパートに秋葉が来ていた。

夕食を食べ終わった後、秋葉は出し抜けに言った。

「真言君、経済教えてよ」


「いや、俺、理学部だし」と芦沼。

「社会、得意だったんだから、経済だって解るでしょ? 私、元々社会科不得意で、経済もあまり知らないし」と秋葉。

「じゃ、何で経済学部に行ったの?」と村上。

秋葉は「言ったじゃん。ビジネスウーマンってかっこいいかな・・・って」

「それが理由でとか・・・。だいたい津川が居るだろ」と村上。

「津川君だって一般企業で仕事するために、って理由で来たんで、そんなに詳しくないのよ。けど私の周りに本気で経済勉強したい男子が集まって、レベルの高い会話になるのよ。そういう話題についていけなくて」と秋葉。


村上は溜息をつくと「で、何が聞きたいの?」

「需要供給曲線って何なの?」と秋葉。

「だから、需要と供給のバランスで価格と流通量がどう決まるかってグラフで、買う側の都合を示すのが需要曲線で、売る側の都合を示すのが供給曲線だろ」と村上。

「それで交わった所が価格と流通量になるんでしょ? それで決まったなら点でよくない?」と秋葉。


村上は「どちらの線も動くからね。交わる所が変るんだよ」と、説明を始めた。

「そうなの?」と秋葉。

「コストダウンで製造原価が下がれば、供給曲線は低価格方向に移動するでしょ?」と村上。

「それで新しく交わった所の価格と流通量になる。それを基準に生産を増やしたりするのね? で、あの線ってどうやって引くの? そもそも何で曲線?」と秋葉。


「例えば需要曲線だったら、100円下がれば需要が千個づつ、みたいに規則的に増えるんなら直線だけど、そうならないでしょ?」と村上。

「どこかでぐんと増えたりするの?」と秋葉。

村上は言った。

「値ごろ感ってのがあるでしょ? 例えば、あるスーパーで買い物に来た主婦が、オレンジジュースが牛乳と同じ値段だったら毎日飲むのに、って売り場で独り言言ったんだそうだ。それをお忍びで来てた経営者が聞いて、パック百円で売ったら売り上げがぐんと伸びた。つまりその部分で急傾斜になるようなカーブになるのさ」


「なるほどね。真言君、何で経済学部にしなかったのよ」と秋葉。

村上は「それは言わない約束だろ。それに睦月さんだって、ああいう事が無かったら・・・」



話は半月ほど前に遡る。


基本が選択科目の大学ではクラスの意味は殆ど無い。

だが、一年次は一般教養が多く、クラスの人達と一緒に受ける授業も多い。


秋葉の居る経済学部の必修授業にジェンダー論があった。

講師は、マスコミでも知られたウーマニズム運動の活動家で、大学教授だった事もある中年女性だ。

男性に対する偏見とご都合主義に満ちた講義に男子生徒達はうんざりしていた。



講師は授業の中で言った。

「社会は男性に支配され、女性を虐げる仕組みが組み込まれているのです。例えば、女性が髪を伸ばす文化が世界中にあるのは、男性が女性を追いかけ、後ろから髪を掴んでレイプするためです」


その時、秋葉が質問に立って言った。

「私がロングなのもレイプされるためという訳でしょうか?」

「そういう風にするよう強いる文化があるという事です。そんなものに従うのを止めようという話です」と講師。

「疑問があります。男性の髪が短いのは、外で働くために長髪だと邪魔だからではないのでしょうか? 一方、家に居る女性は邪魔にならないという事なのでは?」と秋葉。

「そういう事もあるかも知れませんが、物事にはいろんな要因があります」と講師は焦り顔で言う。

「要因とするにも根拠が必要ではないのですか? 他にも生理的に女性は頭髪が伸びやすく、男性は髭や体毛が伸びやすくて、髪は元々女性が伸びる傾向があるとか」と秋葉。

講師は「私が指摘した要因だって根拠はあります。男は女性をレイプする生き物だという・・・」


男子生徒たちは唖然。そして秋葉はあきれ顔で言った。

「それはただの偏見です」

「偏見じゃありません。全てのセックスはレイプです。結婚制度だって実質レイプみたいなものです」と講師。

「先生みたいな人がそう言ってるだけですよね? それに、たとえ夫婦のセックスをそう呼ぶとしても、後ろから追いかけて髪を掴んで引き倒すような事はしません。そもそもレイプが罪にならない文化なんてありますか?」と秋葉。


「もういいです。あなたのような学ぶ気の無い人に教える事はありません」

そう云い捨てて講師は足音を荒立てて講義室を出て行った。



学生たち唖然。そして口々に言った。

「大学講師が学生に論破されて逃げた」

「秋葉さん、スゲー」

場は盛り上がり、快哉を叫ぶ男子学生たちは秋葉の所に集まって口々に褒めた。照れる秋葉。


「あんなの、みんな解ってる事だと思ってたけど」と秋葉が顔を綻ばせながら言う。

「いや、単位とか気にせず講師を問い詰める所がさ」と男子生徒達。

「あ・・・」

「けど、そういうのを女子に頼っちやうあたり、うちの男子って・・・」と、女子達はあきれ顔で言う。

「けどさ、これがもし男子だったら、本気で逆ギレて仕返しに走ると思うよ」と、一人の男子が言う。

「まあ私もこの授業でいい成績取ろうとか思ってないけどね」と秋葉は笑った。


元々ルックスで他の女子に引けを取らない秋葉であるが、工学部に彼氏が居る事は誰もが知っていたため、恋愛目的で近付く男子は居なかった。

だが、同じクラスに津川が居て、互いに相談し合う中、彼を通じて男子達とも打ち解け、女子達ともそれなりに良好な関係を保っていた秋葉であった。

そんな秋葉は、この一件で男子達に一目置かれるようになり、彼等の輪の中でちやほやされるようになった。



その日の昼休み、村上達と桜木達も含めた九人で学食で昼食を食べていた時、その話が出た。

「秋葉さん、凄かったんだよ。大学教授までやった講師を論破する女子大生とか」と津川が褒める。

「漫画に出て来る女の子ヒーローみたい」と中条が言った。

秋葉は調子に乗って魔法少女物のポーズを真似る。

「魔法少女ムツキン参上。悪者退治はお任せよ」

「いや、女子大生は少女じゃないから」と村上が笑った。


「けど大丈夫かよ。単位貰えないとかって話にならないよな?」と芝田が心配そうに言った。

「拓真君ってそんな事心配するキャラだっけ?」と秋葉が笑う。

「お前の事だから心配なんだよ」と芝田。

「まるでヒーローが恋人人質に取られたみたい」と中条も笑う。

「そうよね。私って罪な女よね」と、更に調子に乗る秋葉。

芝田は「あーもう勝手に言ってろ」


「まあ、講師も反論されたってだけなら無茶な仕返しは出来ないだろうけど、授業妨害とか言い出すかもだぞ」と桜木が心配そうに言った。

「まさか」と仲間たちの間で不安の空気が流れる。

「内容の録音とかあればいいんだけど」と村上。


すると「録音ならあるよ」と津川が言い、ボイスレコーダーを取り出して言った。

「居眠りとかで聞きそびれるかも知れないから、講義の内容は記録してるんだよ」

「津川君、ありがとう。頼りにしてるわ」と秋葉は津川の手を取る。

「まかせて」と津川。

秋葉は「他の授業もお願いね」

「へ?」

「だから試験対策のノート」と秋葉。

「秋葉さん。自分の成績は自分で責任持とうね」と津川はあきれ顔で言った。


「まあ、講師もだけど、他の女子生徒が何か言ったりはしないよね?」と桜木。

「もしかしたら面白くないかも知れない。男子達から、ちやほやされてるから」と津川が言う。

「恋愛脳な女なら妬むって事も?」と戸田が心配顔で言う。

それを聞いて村上は少し真顔になった。そして言った。

「例えばさ、将来経営者として成功するかも知れない有望株に唾つけとこう・・・なんて目的で経済学部に入った女とか居たら・・・」



村上の懸念はやがて現実となった。その日の第一外国語の講義が終わっると、数人の女子が秋葉を取り囲んだ。

「あなた、最近男子にちやほやされて調子にのってるみたいだけど、男に媚びる女って周りに迷惑だって解ってる?」と一人の女子が言った。

「何のことかしら?」と秋葉は、やはり来たか・・・という顔で彼女達に言った。

「授業中に、男の立場を代弁して、授業を妨害した話よ」と別の女子が言った。

「秋葉さんは疑問があるから質問して先生が答えられなかっただけだろ?」と津川が反論した。

もう一人の女子が声を荒立てて「これは女子の問題よ。男は黙ってるべきよ」


これに周囲の男子達が次々に反論した。

「授業を受けてる男子全員の問題でもあると思うよ」

「そうだよな。秋葉さんは悪くないよ」

「むしろ、間違った事を教わらずに済んだのは秋葉さんのおかげだろ」



彼女達に呼応するように、講師が授業妨害として教授会で問題にし、秋葉はクラス担任に呼び出された。

付き添いとしてついていった津川が反論したが、クラス担任は言い放った。

「それを判断するのは授業を担当する教官だ」



話を聞いた村上達は文芸部室に集まった。

「録音データを聞く限り、秋葉さんに非は無いよ」と住田が言う。

「むしろ大学であんなデタラメを教える講師が問題だよ。あれで元大学教授とか、おかしいだろ」と桜木。

「学生の側にこそ、まともな質の授業を受ける権利がある」と芝田。

「高い授業料を払ってるんだから。あれじゃ授業料泥棒よね?」と戸田。

「何かで訴える?」と斎藤。

「文芸部の作品として、批判する評論を書いたらどうかな?」と村上が言った。


津川が保存していた音声データを文章化し、秋葉が批判文を書き、批判の論法について村上と住田がアドバイスした。

図書館やラウンジなど各所に、文芸部の作品を置く場所がある。

秋葉が書いた批判評論を、そこに陳列するとともに、伝手を通じて学生達に配布した。

必修として授業を受けている経済学部の、特に男子生徒は講師に反感を持っていたため、彼等はこぞって賛同し、友人関係を通じて他の学部にも広まった。

講師に対する激しい批判が起こり、教授会も耳を貸さざるを得なくなった。

秋葉の行為を授業妨害とする話は撤回され、問題の講師の雇用は今年度限りとなった。



こうして秋葉は男子の中でヒーローになり、やる気のある男子が回りに集まった。

彼等は秋葉の周囲で経済談義で盛り上がり、元々社会が不得意で経済を知らない秋葉は話題についていけない事態が発生したのだ。


「けどさ、そもそも無理にそいつらの話に付き合う必要無くね?」と芝田は笑った。

「そうはいかないわよ。だって男子にちやほやされるのって、気持ちいいじゃん」と秋葉。

「それが理由かよ」と村上も笑った。

そして秋葉は「それに、おこぼれ狙いで頼って来る子も居るから、引っ込みつかないのよ」


「おい芝田、うかうかしてると秋葉さん取られちゃうぞ」と佐藤が笑った。

「そうよ。大人気女子の彼氏として、少しは危機感持たなきゃ」と秋葉も笑う。

芝田はうんざりした表情で「危機感って、具体的に何するんだよ」

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