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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
127/343

第127話 おどり場の芦沼さん

理学部にも多くはないが女子は居る。芦沼静紅はそうした女子の一人だ。

そういう女子は同性で固まって噂話に耽る事が多い。

内容は大抵他人、特にクラスの男子の悪口だ。


女子の一人が先日の合コンをネタにし、数人で噂話が盛り上がる。

「男子が文学部の女子と合コンだってさ」

「誰がセッティング?」

「村上だよ。あいつ文学部に彼女がいるからって」

「サークルも彼女と一緒に文芸部だってさ」

「何しに大学来てるんだか」

「だよね」


「芦沼はサークルって何に入ってたっけ?」と、女子の一人が、近くに居た芦沼に話を振る。

「私は研究室通いがサークルみたいなものかな」と芦沼。

「ちゃんと勉強しに大学来てるんだものね」と女子。

「学生たるもの、そうでなくっちゃ。みんなも研究室に来ない? 実験楽しいよ」と、話を振られた芦沼は勧誘に走る。

「遠慮しとく。元々理科ってそんなに得意じゃないし」と女子。

「じゃ、何しに理学部に来たのよ」と芦沼。

「経験値少なくて扱いやすい割に将来有望な理系男子捕まえに来たに決まってるじゃん」と女子の一人。

「だよね。ここって男子多いから、よりどりみどりだよね」と別の女子。

「あんたらねぇ・・・」と芦沼はあきれ顔で言った。



そんな陰口の肴になっていたとは露知らぬ村上も、具体的に大学で何を研究するか決めていた訳ではない。

二年になる前にコースを選択し、三年でいずれかの教員のゼミを選択する事になっている。

そんな中で昼食中、出し抜けに芝田が言った。


「ところで村上はコース選択とかゼミとか、どうするんだ?」

「まあ、おいおい探すさ」と村上。

「どうせなら電子物理コースにしたらどうだ?」と芝田。

「お前はもう決めたのかよ」と村上。

「当然だ。大学は勉強しに来る所だ」と芝田。

「拓真君じゃないみたい」と秋葉が笑った。

「雪でも降るんじゃ・・・」と村上も笑った。

「お前等俺を何だと思ってんだよ」と芝田は口を尖らす。


「で、どこに決めたんだ?」と村上が芝田に聞く。

「電子工学コースだよ。コンピュータ作りを目指す」と芝田。

「で、ゲーム三昧の日々を・・・と」と村上。

「画像制作に特化したコンピュータを作るんだ。で、誰でも簡単にアニメ絵を描けるシステムを作るのが夢だ」と芝田。

「なるほど、芝田らしいや」と村上が言って笑う。

「昨日、友達に誘われて研究室廻ったんだよ。犀川教授のコンピュータ研あたりが面白そうかな・・・ってね」と芝田。



村上は中条・秋葉とともに、芝田に連れられて工学部棟に行き、犀川研究室で話を聞いた。

学部の壁を越えた共同研究が盛んだという。

一緒に研究するのに、理学部では電子物理コースだろうという事で、どの研究室なら・・・と聞いたら先端半導体研究室の木村教授あたりが面白いとの事。


理学部棟に行き、木村研究室に行って話を聞く。

「ここでは、いろんなコンピュータに特化した半導体デバイスを研究しているよ。そんな中で、新しい半導体素材がどんどん必要になるんだ」と葉山教授。

「すると、新物質の研究ですか?」と村上。

「そうだね。そうなると物質化学コースとの協力が必要になるね。特に次世代コンピュータの場合はね」と葉山。


「次世代のコンピュータというと、量子コンピュータみたいな?」と村上。

「そういうのもあるけど、もっと先の事を言うと生体コンピュータとか」と葉山。

「大脳の機能に迫る訳ですか?」と村上。

「そうなると、生化学の知識が必要になるね」と葉山。

「いくら何でも、そこまでSFになると、さすがに・・・」と村上。


「例えば、人間の神経に直接接続して、視覚や聴覚、触覚のデータを送り込んで手足を動かす指令信号を受け取り、人間の思考を情報処理と直結させるとかね」と葉山。

「フルダイブRPGみたいな事をやっちゃおうって訳ですか?」と村上。

「まだ基礎研究の段階だけど、湯山教授の生化学研究室だと、そんな所まで手を付けているよ」と葉山。

「面白そうだな」と村上。

「行ってみるか?」と芝田。

「アニメ絵作りからは離れちゃうけどね」と村上。



生化学研究室に行き、湯山教授に話を聞く。

「生体コンピュータか。それは基礎研究の段階で、実用化は遠いかな」と湯山教授。

「将来的には可能なんですよね?」と村上。

「もちろん、いつか実用化させるつもりだ」と湯山。


「今はどんな研究が主なんですか?」と村上。

「人工子宮だよ。かなり実証実験が進んでいるが、課題はいろいろあって、あと10年くらいは・・・といった所かな。けど実用化すれば社会は大きく変わる」と湯山。



その時、一人の女子学生が研究室に入ってきた。芦沼だ。

「あら、村上君じゃない。ここには合コン相手なんて居ないわよ」と芦沼。

「合コン?」と書棚の奥に居た二人の上級生男子が顔を出す。

「この村上君は理学部一年の合コンマスターで、文学部に彼女が居て、あそこの女子を連れてきてはセッティングするんだそうよ」と芦沼。

「是非参加させてよ。君が文学部の窓口だね」と秋葉に迫る上級生。

「私、経済学部ですけど」と秋葉は苦笑する。

彼は中条を見て「すると君が文学部側の? 合コンクィーンにしちゃ大人しそうな」と怪訝な顔。


それを聞きながら芦沼は「文学部なんて大学に恋愛しに来てるようなものだからね」と言い放つ。

中条は申し訳無さそうな顔で「ごめんなさい」

それを見て上級生は「芦沼さん、失礼だよ」と芦沼を窘めた。

村上は「ってか、おかしな尾鰭がついてるようだけど、セッティングしてるのは他の人で、俺達一回話通しただけなんだが」と苦笑した。

もう一人の上級生も「それに文学部だってちゃんと研究テーマがあってやってるんだからね」と芦沼を窘める。

そして二人の上級生は、村上と中条に「ごめんね、村上君たち。芦沼さん、ちょっと特殊でね、別に性嫌悪で言ってる訳じゃないんだ。悪く思わないであげてね」



村上と芝田は、一般教養の選択授業に湯山教授の分子生物学基礎を受けている。

単位が取りやすい、というのが履修した理由だった。

講義が終わると芦沼が教授の所に質問に行く。それが終わって教授が講義室から出ると、村上と芝田は芦沼に話しかけた。

「熱心だね」


「昨日はごめんね。変な誤解しちゃって」と芦沼は先日の非礼を詫びた。

村上は苦笑して「いいさ。男ってのは誤解されてナンボだ」

「中条さんにも、芦沼が謝ってたって伝えておいてね」と芦沼。

「解った」と村上。

だが芝田は「いや、それは自分で伝えるべきだと思うぞ」

「芝田君の方が中条さんの彼氏みたい」と芦沼が笑う。

「あれは俺の妹・・・みたいなものだからな」と芝田。

「何? 芝田君って、妹萌えゲームマニア?」と芦沼は笑った。


そして芦沼は「これから時間ある?」と二人に言った。

「空き時間だからね」と村上。

「見て欲しいものがあるの」と芦沼。


3人で講義室を出て研究棟に向かう。途中で二人の男子上級生が芦沼に声をかけた。

「芦沼さん、またヤラせてよ」

「今日はそんな気分じゃないの」と芦沼はにべもない。

「いいじゃん、何なら、そいつらも含めて5Pでさ」と上級生。

強引に迫ろうとした男性の前に、芝田が割り込んだ。

「すみませんが先輩、そこらへんで撤退してくれませんか?」

「何だと」と一人の上級生が凄むが、もう一人が「よせ」と彼を制した。

そして苦笑しながら芦沼に言う。

「ごめんね、芦沼さん。俺達嫌われちゃったみたいだから、行くわ」


彼らが去ると、芦沼も苦笑しながら芝田達に言った。

「居るのよね。一回やらせちゃうと調子に乗る奴って」



三人は研究棟に入り、生化学実験室に入る。

壁際にいくつもの保温庫。

中央手前側に作業机があり、その脇にアクリルケースの乗った台。傍にある電子機器から何本もの線が伸びている。

アクリルケースの側面に、物を出し入れする窓部分と、二つの窓からは袖の長いゴム手袋が内側に突き出す。

中には液体で膨らんだいくつかのビニール袋に、何本もの管が繋がり、袋の中に虫のような小さな生き物が管で繋がっている。


芦沼は言った。

「ケースの中は無菌状態で、あの手袋をはめて作業するの。そしてこれが人工子宮よ。人工子宮内膜に人工胎盤。あのチューブから酸素と栄養素を送るの。素材とか構造とか色々工夫してるけど、出産段階まで活かし続けるものを作るのが難しいの。外側から酸素を送る赤血球とかも人工なのよ」

「あの中で受精卵からここまで成長したの?」と村上。

「この人工子宮の中に居るのは、母親の胎内から移植した胎児ね。一貫して、というのは難しいから、何段階かに分けて並行して実験しているわ」

「何の胎児?」と村上。

「マウスよ。外国じゃ羊がある程度成功した例なんかも報告されてるけど、種によってどう条件が変わるかも課題ね」


「芦沼さんは前からここに出入りしてたの?」と村上。

「入学したすぐ後からね」と芦沼。

「目標があって大学に来たんだね」と村上は敬意を込めた声で言った。

「凄いや」と芝田も頷く。



芦沼は「こっちに来て」と二人の手を引いて実験室を出た。

階段を登る芦沼。屋上に出る扉の前の小さな空間がある。

芦沼は出し抜けに、二人を誘った。

「ねえ、エッチしない?」


二人は慌てて「いや、避妊具持ってないし」

芦沼は「大丈夫、私、不妊手術受けてるから。それとも彼女が居るから駄目? 私、人に言ったりしないよ」

「いや、そういう問題でもないが・・・」と村上。

芦沼は服を脱ぎ、二人の手を胸に誘う。



屋上に向かう扉の曇りガラスから差し込む緩い陽射しの中で、行為を終えて全裸で寄り添う三人の男女。

「芦沼さん、どうして不妊手術なんて」と村上が訊ねる。

「子供、作りたくないとか?」と芝田も尋ねる。

「作るわよ、子供。人工子宮でね」と芦沼。

「解るよ。子供作るのって大変だからね」と村上は頷いたが、芦沼は言葉を続けた。

「そうね。私、人工子宮の話を聞いた時、凄いと思った。けどね、それを禁止しようって主張があるの、知ってる?」


「神の摂理を汚すとか言ってる女性団体の主張でしょ?」と村上は以前聞いた反対運動の話を思い出して、言った。

芦沼は真剣な眼差しになる。こころなしか震えているように聞こえる、そんな声で芦沼は言った。

「許せないと思った。そんなの生殖の役割を独占したいだけだろ、って。そんな事のために科学の進歩を妨害して、しかもそれが、この私も含めた女性の立場だなんて。だから私は、そいつらと戦うの。私だって子供は欲しい。だから不妊手術で、女として背水の陣を敷いたの。人工子宮は絶対成功させる。どんな困難だって乗り越えてみせる」



村上と芝田は研究棟を出た所で芦沼と別れた。


別れ際に芝田は言った。

「芦沼さんって、ああいう事って、よくやるの?」

「芝田君はそういうの、駄目な人?」と芦沼。

「いや、そうだったらやる前に断るし、野暮な事は言わない主義だけど、さっきの奴等みたいなのも居るから」と芝田。

「避妊手術受けた後ね、もう望まない妊娠は無いって事で、開放的な気分になっちゃったのね。だったら気持ちのいい事やらなきゃ損だって」と芦沼。

「なるほどね。いや、悪くないと思うよ。うん」と芝田。


芦沼と別れた後、歩きながら村上はぽつりと言った。

「俺、物質科学コースに行くよ。そして湯山教授のゼミに入って人工子宮研究を手伝う」

「だったら、それを制御するコンピュータは必要だよな。俺がそれを作ってやる」と芝田は笑って親指を立てた。



翌日の昼休み、村上達が学食でわいわいやっている所に、芦沼が出くわした。


「あら、村上君と芝田君、それに中条さんも」と芦沼が笑う。

芝田と村上はバツが悪そうに「芦沼さん、昨日は・・・」

「中条さん、この前研究室で失礼な事を言った事、謝るわ。ごめんなさいね」と芦沼。

「何かあったの?」と、そこに居合わせた佐藤と佐竹が興味を示す。

「いや、大した話じゃないんだ」と村上がお茶を濁そうとしたが、芦沼は言った。

「文学部なんて大学に恋愛しに来てるようなものだ・・・なんて言っちゃったの。偏見よね」

「いいの。私は気にしてないから」と中条は照れたように笑う。

「けど、文学部全体に関わる問題よ」と芦沼はなお続けた。


「いや、そういう奴が居ない訳じゃないから」と佐藤が笑って言った。

「だよな。気にするだけ野暮ってもんだ」と佐竹も笑って言った。

「あなた達はどうなの?」と芦沼も笑う。

「まあ、三割くらいは・・・かな?」と佐藤。

「控え扱いされて引っ張り回されてるけどね」と佐竹。

「それは言わない約束だろ」と佐藤が笑う。



「ねぇ、あなた達、童貞でしょ?」と芦沼は出し抜けに佐藤と佐竹に言う。

「あえて否定はしないけど」と佐藤。

「今日、六限が終わったら、私のアパートに来ない?」と芦沼。

「行きます」と佐藤と佐竹は声を揃えた。

「即答かよ」と桜木が笑った。

「いや、即答するだろ」と佐藤と佐竹。

「これだから男って」と秋葉が苦笑した。


「というか、芦沼さん自身は大学、何しに来てるのよ」と戸田が怪訝な顔をして言う。

「まあ、この人にも色々あるんだよ」と村上と芝田が芦沼を庇う。

「って、もしかして真言君と拓真君も?」と秋葉が怪訝な顔で言う。

村上と芝田は「さて、何の事かなぁ。あは、あははははは」

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