第123話 上坂市へようこそ
村上たちが桜木を誘って、五人で宝野温泉に行った、その後日。
大学の昼休みに、村上達四人と桜木で学食で昼食を食べながら、出し抜けに秋葉が言った。
「桜木君、上坂市に来ない?」
「どうせなら秘密基地に泊まるか?」と芝田も乗り気だ。
「そんな所があるんだ」と、桜木は懐かしそうな表情で反応した。
農村に育った桜木は子供の頃、一人で付近の山を探検して、山に入った所にある廃屋を見つけた。
ドアの鍵が壊れて内部に雑然と木材が積まれていた。長いこと人が入った形跡は無い。
彼は木材の陰を片付けて小さなスペースを作り、秘密基地と呼んで遊び場にした。
学校帰りにそこに入り浸って空想に耽り、河原で見つけた鈍く光る石や工作の時間に作った石膏粘土の作品、友達と遊んで拾ったおもちゃのメダルなどを宝物と称してそこに隠した。
やがてその建物は取り壊され、彼の一人遊びは終わった。
「で、秘密基地ってどんな所?」と桜木が興味深々な顔で聞く。
「真言君のアパートだよ。お父さんが遠くに居るから、真言君、中学の頃から一人で住んでるの」と中条が答えた。
「秘密基地ってそういう事かよ」と、桜木は拍子抜けしたように言った。
「もしかして、山の中にある廃屋とか想像した?」と芝田が笑う。
「木材の陰にスペース作って宝物隠すとか」と村上も笑う。
桜木は「いや、そんな事・・・」
約束の当日。
電車に乗って上坂に向かう桜木。駅で四人が出迎える。
「とりあえず、市内を廻ろうよ」と芝田。
上坂川の両岸に渡した十数本のロープに取り付けた大量の鯉のぼりが、河川敷公園を飾っている。
「あそこで三人で川に落ちてずぶ濡れになって、真言君のアパートでお風呂に入って乾かしたの」と中条が懐かしそうに言った。
「漫画だとお風呂で裸で鉢合わせ、みたいなラッキースケベパターンとかあるよね」と桜木が何気なく言う。
「漫画ならね。リアルでは先ず無い話だわな。あは、あははははは」と村上が焦り顔で笑ってみせた。
神社に行き、公園を歩く。露店が出ている。
「この上の桜、まだ咲いてるかな?」と村上。
「そういや今年はお花見、やってなかったね」と秋葉。
「このまま花見と行こうか」と芝田。
「賛成」と仲間たち。
神社前のコンビニでお菓子と飲み物を買って、公園脇の尾根道を登る。
「意外と咲いてるね」と中条。
「今年は遅咲きかな?」と芝田。
「もしかして、前に花見をした時、来てみたら咲き具合が全然だったとか?」と桜木が笑いながら言った。
「・・・」
「それで、別の所に行けばもっと咲いてるかも、って、あちこち花見の名所を転々としたとか?」と、桜木がまた笑いながら言った。
「何で解るんだ?」と、芝田が驚き顔で聞く。
桜木も驚き顔で「本当にそんな事があったんだ。・・・いや、小説書いてるとね、このあとどうなるかな・・・って色んなパターンが浮かぶんだよ」
「それでさっきもお風呂の話で?・・・」と中条が言った。
「って、本当に風呂場で鉢合わせした?」と桜木。
「無い無い。そんな漫画みたいな話」と村上が慌てる。
「それに、裸見られたの、お風呂場じゃないし」と中条はフォローのつもりで・・・。
村上と芝田が慌てて「里子ちゃんってば」
中条は(しまった)という顔で村上と芝田に「ごめんなさい」
秋葉はあきれ顔で言った。
「ふぅーん? そんな事があったんだ。で、里子ちゃん、その時こいつら、思いっきりぶん殴ってやったでしょうね?」
「あの時は不用意に戸を開けたのも、バスタオル落としちゃったのも私だから」と中条は申し訳無さそうに言う。
「里子ちゃんは、そんな暴力ヒロインみたいな事、しないよ」と村上。
秋葉は「そうよね、あの頃の里子ちゃんって、自分の裸に価値なんか無いとか言っちゃう人だったものね。桜木君、そういうのってどう思うよ」
「まあ、人それぞれだし、何がいいとか悪いとか言えないと思うけどね、創作物の世界じゃ、女の性的価値を極限まで高く認識するために、男は徹底的に有難がり、女は徹底的に怒るべし・・・みたいな妙な雰囲気はあるね」と桜木は、話しながらあきれ顔になる。
「パンチラで鼻血吹くとか。外国人があれ見て、日本の男性って何であんなに純情なんだ?・・・って不思議がるらしいね」と村上もあきれ顔で言う。
「何だかなぁ・・・って話だよな」と芝田もあきれ顔で言った。
「暴力ヒロインなんかにも顰蹙を感じる向きってあるよね。けど、犬が人を噛むとニュースにならないけど、人が犬を噛むとニュースになる、ってよく聞くよね。暴力女ってのもそういうネタ的ノリで始まり、ウケてみんな真似して当たり前になっちゃった、って部分って無いかな? それがいいかどうかは別としてね」と桜木は話を続けた。
「睦月さんも色々やってくれたからね。俺らに・・・」と村上は秋葉に、少しは自重しろと言いたげな顔で言う。
すると秋葉は平然と「女はいいのよ。男女関係で絶対的な主導権持ってるんだから」
「桜木、こういうのどう思うよ」と芝田が笑って言う。
「ってか秋葉さん、一体村上に何やったの?」と桜木。
秋葉は「桜木君、世の中にはね、知らない方が身のため、って事もあるのよ」と、意味深な目つきで言い含めた。
あちこち遊び歩いて、夕方、アパートへ。
「秘密基地、ねぇ」と桜木が笑う。
「雰囲気あるでしょ?」と秋葉。
「普通のアパートだけど」と村上が笑う。
「それがいいのよ」と秋葉が笑った。
夕食の時間が近づく。秋葉と中条がエプロン姿で夕食を調理。
「中条さんのエプロン姿って絵になるね」と桜木が言うと、秋葉は悪戯っぽく口を尖らせて、言った。
「桜木君、そこは女子のエプロン姿は・・・って言わなきゃ。でないと、まるで私のは絵にならないみたいじゃない」
夕食を食べ終わり、お風呂に・・・という話になる。
すると秋葉が「五人で入る?」
「五人で・・・って」と桜木は慌てる。
「いや、ここの風呂で五人はさすがに狭いだろ」と村上が言った。
ほっとする桜木。
秋葉は「とりあえず三人で・・・って事でどう?」
「そうだよね」と安心した顔で言う桜木。
すると秋葉が「じゃ、そういう事で」と言って、桜木の右手を抱え、中条が左腕を抱えて風呂場へ引っ張る。
「え?・・・何?」と慌てる桜木。
「だから三人で入るんでしょ?」と秋葉が楽しそうに言う。
桜木は「いや、こういう時は同性どうしで・・・」
「俺達は男と風呂に入る趣味は無い」と芝田と村上が笑いながら声を揃えた。
「お前等の彼女だろ。自重させろよ」と桜木。
村上と芝田は「本人に言えよ」
三人が浴室に消え、やがて女子達がきゃっきゃとはしゃぐ声が響く。
「桜木、大丈夫かな?」と村上が笑って言った。
浴室から出て、ぐったりする桜木。そして・・・。
「ああ、疲れた」
「けど、あそこは大きくなってたよ」と中条は笑顔で言った。
「それはただの生理現象だから」と桜木はうんざりした顔で言った。
「疲れて寝るなら枕、使うよね」と中条は、眼をつぶって仰向けに横たわる桜木の頭を持ち上げて、何かの上に乗せた。
「何だか高い枕だけど」と桜木が言って目を開けると、それは中条の膝枕だった。
慌てて起きようとする桜木の頭を中条が抑える。
「何でそんなに遠慮するんだよ」と芝田が笑う。
「そりゃ遠慮するでしょ。彼氏の見てる前で里子ちゃん独占してる訳だし」と秋葉が笑って言った。
「しょうがないな」と言って村上は反対側から中条の太ももに頭を乗せた。
「桜木の小説にも、こんなシーンあるだろ?」と村上。
「まあ、パターンだからな。けどこれ、気持ちいいな」と桜木が緩い声で言う。
「オキシトシンってホルモンの作用だって言うけどね」と村上。
「恋愛ホルモンとかいう奴だろ」と桜木。
「恋愛だけじゃなくてね、オキシトシンは家族とかペットでも出るし、友達が下の名前で呼んでも出るらしい。さらに言うと、これの作用で同じ国の人を優遇したくなるって実験もあるんだ。つまり仲間として認識した相手に優しくしたい、近付きたいって気持ちに作用するって事らしい」と村上。
向こうでは秋葉が芝田の膝に頭を乗せている。
やがて村上と芝田が入浴を終えると、布団を三枚強いて、お菓子とジュースを枕元に5人で寝転んでわいわいやる。
やがて寝ようという事になり、右側の布団に中条と村上、左側の布団に芝田と秋葉。
真ん中の布団で桜木が仰向けになる。
両側で二組のカップルが布団の中でじゃれる。
(俺だけ一人寝か。当然だよな)
そんな寂しさが桜木には妙に心地よく感じた。
その時、左側の中条と右側の秋葉がそれぞれ片手を伸ばして桜木の手を握る。
桜木が驚いて左右をちらっと見る。二人とも自分の彼氏の上に覆いかぶさるような体制で気持ち良さそうな笑顔で目を閉じている。
悪くないな・・・と桜木は思った。
(まさか、このまま5Pに・・・なんて流れになったら、どうしよう)と、ちらっと桜木は思った。
だが、彼女達もその彼氏も、そのまま寝落ちした。桜木は頭が少し痒くなったが、両手が塞がっているので我慢した。
翌朝、秋葉と村上が調理した朝食を5人で食べる。
「桜木君、昨日は眠れた?」と秋葉が楽しそうに聞く。
「まあね」と桜木。
すると秋葉は「もしかして5Pとか期待してた?」
桜木は飲みかけた味噌汁を盛大に吹いた。




