第122話 水着と温泉と桜木君
大学の授業は一時間半続く。高校の授業のほぼ倍。集中力を保つのに一苦労だ。
そして授業は午後六時まで続く。だが、空き時間が随所にある。
そんな時は仲間内で示し合わせて街中で遊んだり、校内でも部室や図書館や学食・・・時間を潰せる所は随所にある。
中条と桜木、戸田、佐藤、佐竹、島本は文学部の選択をなるべく合わせた。
村上も芝田も気の合った仲間と学部の選択を合わせたが、学部をまたぐ授業もあり、理学部と工学部はそういう授業も多かった。
経済学部では秋葉と津川が授業を合わせ、学部内では行動をともにする事が多かった。
休講や授業変更は学生課前の掲示板でチェックするようになっているが、スマホを持っている生徒は校内サイトで確認する。
ガラケー派の村上と中条は、朝、大学に行くと、先ず掲示板で講義の変更をチェックした。
一時間目の授業は八時三十分。だが一時間目の授業が無い曜日もある。それを目掛けて登校時間を遅らせるようになると、次第にサボり癖がついて、ずるずると登校が遅れ、やがて授業に出なくなって単位を落とす・・・という話を、秋葉の母が小耳に挟んだ。
「睦月は授業をサボるとかしないわよね?」と秋葉母は娘に質す。
「自分の娘を何だと思ってるのよ」と秋葉。
「そうなる大学生って多いって言うわよ」と秋葉母。
「私達はならないわよ。五人で待ち合わせて電車に乗って大学行くから」と秋葉。
「乗り変えとか大変じゃない?」と秋葉母。
「家を出る時間が早いのは辛いけどね」と秋葉。
「何なら車、買ってあげようか? せっかく免許、貰ったんだから。通学が楽になるわよ」と秋葉母。
「いいわよ。学割で定期券買ったばかりだし。けど、温泉巡りとかに使うのはいいかも」と秋葉。
「温泉巡りなら、私の車貸してあげるわよ」と秋葉母。
翌日、秋葉は電車の中で、その話題を出した。
そして秋葉は「週末、日帰り温泉に行かない?」
「どこに行くの?」と村上。
「どこでも、母さんが車を貸してくれるって言うから、どこでも行けるわ」と秋葉。
「いいね」と中条。
「毎年行ってたものな、温泉」と芝田。
「これからは年一回とは言わず、何回でも行けるね」と秋葉が言った。
「津川君はどうする?」と秋葉は津川に振る。
「週末は大抵、杉原さんと出かけるからなぁ」と津川。
「あーはいはい御馳走様」と秋葉は笑う。
「いや、職場のストレスであの人、大変なんだよ」と津川。
「だったら杉原さんも一緒に六人で行けばいいじゃん」と芝田が笑った。
津川は「話はしてみるけどね、けど秋葉さんの車に六人は乗れないでしょ? とりあえずパスでいいよ」
「温泉なら二人で行けばいいと思うよ。そのうち杉原さんも車、買うんでしょ?」と村上が言う。
「睦月さんの車、五人は乗れるの?」と中条が言う。
「そうよ」と秋葉。
「だったら桜木君も誘えないかな?」と中条は楽しそうに言った。
秋葉は「いいね。話してみてよ」
その日の一限の授業前に、中条は桜木にその話を出した。桜木は深く考えずにОKした。
秋葉はネットで行き先を見繕った。見つけたのが宝野温泉だ。
上坂市と春月市の中間にあって、地域おこし事業で掘削した、日帰りの大型施設が一軒あるだけの場所だ。
大型のブールに近い大きさの浴槽で、混浴なので水着前提。
桜木は県内でも南端地域の、春月市からも上坂市からも離れた所に実家があって、大学近くにアパートを借りている。
当日は県立大前駅で桜木を拾う事になった。
当日朝、村上達三人で秋葉家に行き、秋葉の運転で桜木の待つ駅に向かう。
「睦月さん、安全運転で頼むよ」と村上。
「大丈夫よ。教習所では運転の才能があるって褒められたんだから」と秋葉。
順路は、上坂川の土手道を下流へ向かい、途中で水田地帯を走るバイパスに乗る予定。
だが、上坂川の土手道にさしかかると、秋葉はいきなり上流方向へ曲がった。
「睦月さん、反対だよ」と村上が叫ぶ。
慌てて秋葉がバックで戻ろうとするのを芝田が慌てて止めた。車のすぐ後ろを他の車が通り抜ける。
「後ろの安全を確認しなきゃ危ないよ」と芝田。
「仕方ないじゃん。初めてなんだから。それにこの車、カーナビついて無いし」と秋葉。
「ここはアナログナビの出番だな」と芝田が笑う。
村上が助手席に座って地図を見ながら方向を指示し、春月市へ向かう。県立大前駅で桜木を拾って、宝野温泉へ。
丘陵の麓に建つ大型のコンクリ建物。周囲に池と日本庭園が広がる。
駐車場に車を止めて受付ロビーへ。脱衣所は男女別で、浴場で一緒になる。
男子三人が水着に着替えて浴室に入ると、秋葉と中条の水着姿が待っていた。
「どうかしら」と秋葉。
「どうと言われても何度も見てるんだが」と芝田がそっけない返事。
村上は芝田に「桜木に言ってるんだよ」と耳打ちした。
桜木は「いろいろ対照的だなぁ・・・と」
「胸が?」と秋葉が笑う。
「何でそうだと解るんだよ」と芝田が怪訝そうに言う。
「男ってそうでしょ? 初めてプールに行った時もそうだったじゃない?」と秋葉は笑った。
桜木は「いや、キャラクター的にさ。控え目な中条さんと自信に満ちた秋葉さん・・・って」
「あら、私って意外と可哀想な子なのよ」と秋葉。
「いや、自信があるから、どうかしら・・・なんてコメント要求するんじゃないの?」と村上。
「そもそも可哀想をギャグにするって、余裕があるから出来るんだよね?」と桜木。
「ルックスとか女子力とかアピールするし」と芝田。
「だからそれ、冗談だってば」と秋葉。
「面白いでしょ? 睦月さんって」と中条が笑って言う。
「ってか、君等と居ると楽しいよ」と桜木。
「けど、キャラクターとして・・・っての、桜木君らしいね」と中条。
「小説家脳って奴だな」と芝田が言って笑った。
「そういえば桜木君の小説のメインヒロインって、どっちのタイプなの?」と中条が聞く。
「やっぱり姫様?」と秋葉。
「そうだよ。どちらかというと、最初自信が無かったのが、主人公たちを助けながら自信を得ていく・・・って感じかな?」と桜木。
「主人公たちって事は、逆ハーレム?」と村上。
「どんな話なの?」と中条。
桜木は語った。
「ヒロインは元々、小説を書いている女の子で、その作品というのが四人の男性勇者が姫を守って戦う・・・っていう話でね、現実でもヒロインが好きな四人の男友達が居るんだが、そのうちの一人が主人公で、ある日五人が一緒に事故で死んで異世界に転生するんだ。そして主人公は転生した異世界ってのが、ヒロインが書いた小説の世界とそっくりで、自分はそこに出て来る勇者の一人である事に気付く。そして小説と同じように旅の途中で魔物に襲われている姫を助けるんだが、助けた姫はヒロインとそっくりだけど、前世の記憶は残っていない。そして彼は思う訳さ。あの小説は彼女が異世界で遭遇する運命を無意識のうちに予知して書いたものだったんじゃないのか・・・ってね」
主人公は小説のストーリーは知っているから、その通りに行動すれば楽勝だと考えた。とりあえず、同じように前世での仲間の転生者である筈の他の勇者との合流を目指すが、彼の中で、むしろ合流せず姫を独占したい、という想いが芽生えてしまう。そして二人目と合流する筈の街に辿り着いた時、小説と異なり、街は魔物に襲われて全滅していた。そしてその場に居た魔軍司祭は、彼が転生者である事を指摘し、彼の姫に対する独占欲が運命を歪めてしまったと告げる。途方に暮れた彼だが、姫に励まされて安全な所へと脱出し、そこで他の冒険者と合流していた二人目と再会する。
「サブヒロインは居ないの?」と秋葉が聞く。
「その冒険者の中にサブヒロインも居るんだよ。彼女は二人目とは互いに好意を持ってるけど、主人公に興味示したり、姫に惹かれる二人目を見て嫉妬したり・・・って訳でね」と桜木。
「そんな調子で三人目と四人目も探す訳だね?」と中条。
「典型的な群像劇だな。里見八犬伝とか参考にした?」と村上。
「まあね。いろんな要素を盛り込みたくてね」
「どうせなら姫を主人公にして四人をヒロメンにしたら良かったかも」と秋葉。
「秋葉さん、ヒロメンって何?」と桜木が聞く。
「男主人公の相手役の女性がヒロインなら、女主人公の相手役の男性が必要な筈でしょ? だからヒロメン。ヒロインって語源的にはヒーローの女性形じゃない? けど今は女がヒーローになる時代だからね」
「つまりブレザームーンの燕尾服仮面みたいな立ち位置の奴だな」と芝田が笑った。
広い浴槽にはそれなりの数の客が居る。家族客とかカップルも。
五人で浴槽に浸かる。
「四月早々に水着回かよ」と芝田が冗談めかして言う。
「いや、これは温泉回だろ」と村上。
「桜木君はどっちだと思う?」と秋葉
「俺の小説にそういうのは無いから」と桜木。
中条は芝田と村上の間に入って、二人とじゃれる。秋葉は芝田の傍に寄り添って、彼の耳を引っ張る。
そんな彼等を桜木が笑って見ていると、中条は村上の膝に乗って、桜木に手を伸ばして傍らに引き寄せた。
村上は隣に来た桜木に言った。
「暖かくて気持ちいいのは、やっぱり温泉回かな」
昼になり、食堂コーナーに入る。
テーブルに着くと秋葉は「熱いラーメンでいい?」
「その意地悪は暑い季節じゃないと意味無いと思うよ」と村上が笑った。
「いや、そういう意図は無いから」
「意地悪って何の話?」と桜木が怪訝顔で聞く。
「さっき、最初にプールに行った時は・・・って言ったよね? あの時芝田が、胸の話で大きいのも小さいのも、それぞれの良さがあるって言ったんだよ。それを女子達に聞きとがめられて、食べ物の話にすり替えたんだよ。暑い時に熱いラーメンを食べるのもいいって。そしたら秋葉さん、芝田だけ熱いラーメン食べさせたんだ」と村上が説明した。
桜木は爆笑。そして中条と秋葉を見て言った。
「なるほど、それぞれの良さか。確かにそうだね」
秋葉はにっこり笑って言った。
「桜木君、激辛ラーメン、食べてみない?」




