第120話 住田先輩の超能力
村上たち新入生をサークル活動に勧誘する新歓祭。
文芸部ブースを訪れた村上たちと二人の先輩との会話が続く。
「住田さんも文学部なんですか?」と村上が聞く。
「そうよ。二年生。で、今の私の彼」と斎藤が答えた。
「って事は岸本さんの元彼の一人ですか?」と村上。
なるほど、イケメンな訳だと秋葉と中条は改めて住田を見る。
「で、君等はどうする? 文芸部、楽しいよ」と住田。
「って言っても、俺達の中で小説書いてるの、里子ちゃんだけだしなぁ」と村上。
「俺も小説は書いてない」と住田は平然と言った。
「え? じゃ、住田さんは何を書いてるんですか?」と村上。
「つまりさ、文字で表現するものなら、何でもありなんだよ。詩でもエッセイでも評論でも」と住田。
「アニメ評論とかも?」と言ったのは芝田だ。
「大有りだよ」と住田。
芝田は「俺、入ろうかな」
「社会評論は有りですよね?」と秋葉が言う。
「睦月が? そりゃ硬派だな」と芝田が笑った。
「いや私、経済学部だから。経済って社会全体を良くするためのものでしょ?」と秋葉。
住田が笑って言う。
「立派だと思うよ。女性が社会っていうと、女性のために・・・ってなっちゃう人は多いけど、男性も含めた社会全体に興味を持つって・・・。で、秋葉さんは例えば・・・」
秋葉は真顔で「ジェンダーとかウーマニズム運動論とか」
その場に居た男性が一斉に後ずさり。それを見て秋葉は慌てて言った。
「いや、そういうのにちょっとかぶれてる友達が居て、時々痛い発言するから、頭を冷やしてやろうかと」
「あ・・・批判する方ね?」と男子達はほっとする。
「けど誰だよ? そんなのにかぶれてる危ない友達って」と津川がすっとぼけた事を言う。
「何言ってんだよ。お前の彼女の事だろ」と村上が言って笑った。
「で、村上君はどうかな?」と斎藤。
「お前なら滅茶苦茶鋭いのを書けるんじゃ・・・」と芝田が笑う。
村上は「それより住田さんは何を書いてるんですか?」
「色々書くけど、例えば超能力とか」と住田が真顔で言う。
「オカルト系ですか?」と村上は目を丸くした。
「実は俺の研究分野のひとつでもあってね」と住田。
「けど念力とか透視とか・・・ってんなら、物理とかの延長なんじゃ?・・・。住田さん文系ですよね?」と村上。
「そういうのを学問でやってます、とか言っちゃう人達が、自分達がやってる事を何と言うかっていうと、超心理学って言うんだよ」と住田。
村上は「心理学の延長ですか? 確かに人の心の作用ですけど・・・。それじゃ住田さんは心理教育コース?」
「いや、歴史哲学コースだよ。超心理学は哲学の延長なんだよ」と住田。
「何でまた・・・」と村上。
住田は言った。
「例えば、あらゆる物の存在は人の認識によって確認される。故に存在は誰かがそれを認識する事で確定し、故に人がいかに認識するかが、あらゆる事象を支配するんだ・・・って主張があるんだよね」
「所謂"主観論"って奴ですけど、それってただの思い込みじゃないんですか?」と、納得できないという表情で村上が言う。
「思い込みだよ」と住田。
村上、唖然。
「いや、おかしいでしょ。それじゃ目の前に馬が居たとして、それを鹿だと認識したら本当に鹿になるって事じゃないですか?」と、納得できないという表情で村上が言う。
「そう。おかしいんだよ」と住田。
村上、唖然。
「じゃ、住田さん、超能力なんて本当は無いと・・・」と村上。
住田は大笑いして言った。
「ある訳無いじゃん。つまり超心理学ってのは、有り得ない事をある事にしちゃおう・・・ってのに哲学を応用する事から始まるんだよ」
「なるほどね、魔法の出て来るアニメで"術に大事なのはイメージだ"って言うのは、つまりそういう事なんだな」と芝田が口を挟む。
住田の話は続く。
「例えばデカルトの"我思う故に我有り"って、結局何のための論理だと思う?」
「確実に正しい事を見極めるための・・・って言いますよね? けどそれが、どういう意味で"正しい"って言ってるのか、よく解らない」と村上。
「デカルトが意図したのはね、神の存在証明だよ。つまり"確実に存在する自分自身"が認識した神なのだから、確実に存在すると・・・」と住田。
村上、唖然。
「いや、自分が存在するから"単なる思い込みじゃない"って事には、ならないでしょ?」と、納得できないという表情で村上が言う。
「ならないよ。けど、そういう主観主義的な認識論が、その後の哲学の主流になるんだよ。例えばカントのコペルニクス的転回なんてのは、その典型でしょ? 主観的な認識が客観的な存在を規定するとか」と住田。
「現社の授業で聞いたけど、さっぱり解らなかった(笑)」と村上。
「で、こいつ、先生に質問したんだよね。そしたら先生、俺にも解らんって」と芝田は笑いながら口を挟んだ。
「カント自身も主観論だって言われて否定したそうだよ。けど傍から見りゃ主観論だから」と住田は笑った。
「コペルニクスって宗教的な思い込みを科学で否定した人ですよね。その人の名前をそんなのに使うなと」と秋葉は笑った。
「いや、コペルニクスが180度回転させたのを、またカントが180度回転させて、一周回って元の位置に・・・って訳じゃない?」と斎藤が言って笑った。
「そういうのって弊害とかあるんですか?」と中条が神妙な顔で聞いた。
住田は答えた。
「例えば今、自分が嫌だと思ったら人権侵害だ・・・って事になってる。けど、人殺しが罪なのは嫌だと殺人犯が言ったら、法律は人権侵害だから殺人を合法にしろって事になるのか? そんな馬鹿な・・・って話になるでしょ?」
「そうですね」と中条。
「村上君も評論的な事、書いてみるかい?」と住田。
「いいですね。ただ、政治経済思想にアニメ、とか、いろんな分野で評論を書くとしても、それをみんなが評価するんですよね? それにはその分野での知識とか必要じゃありません?」と村上。
「確かにそうだね。書いてる人が何かの知識があって、それを前提で書いたとしたら、その知識の無い人は、そうか・・・って言うしか無い。けどね、その知識を前提に何か主張するとしても、論理ってのが必要なんだよね。その主張を本当に裏付けるものなのか、矛盾は無いのか・・・ってね。そもそも世の中にあるいろんな論説、運動家の演説やら新聞の社説やら、論理的に書いてると村上君は思うかい?」と住田。
「そうでない、単なる言い張りってのが殆どだと思います」と村上。
「だろ? 大学教授が書く論文だってそうだよ。だってあの人達って、何かで活躍して大学から教授の肩書貰った人って多いもん。で、何で活躍して・・・って言うと、変な政治運動だったりするんだよね。毎年提出する研究成果論文として、アジ演説みたいなの平気で提出して通ったりするんだよ。そんなのに論理性なんて無いからね」と住田。
「逆に、自分達が言った事に対して、誰かが事実を指摘して反論したとすると、それに対して、自分はその事実を知らない、認識していないから、それについて答えられない・・・とか言って、その事実を無かった事にして、平然と自分の主張を続ける・・・って人達が居るんですよね」と桜木。
「無いわぁ。それは単なる無知なんだから、むしろ知ってる相手に耳を貸すのが大人だろ、って話だよな。無責任の権化みたいなもんだ」と津川。
「ところが、そんなのが滅茶苦茶影響力持ったりするんだよ」と住田。
「世の中怖ぇー」と芝田が言って笑った。
「それにさ、もしその"書いてる人が前提にしている知識"が嘘だったら、いろんな所で矛盾が出るよね? 今日びネットで情報なんて、いくらでも検索できる。だから、歴史を捏造して他国を非難する人達って居るけど、どんどん嘘がバレてるでしょ?」と住田がダメ押しの指摘。
「確かに・・・」と村上。
「それで津川君はどうする?」と斎藤。
津川は「俺、経済学部のコンパで、経済活動研究会という所に誘われたんです。そこに入ろうかなと」
「あれかぁ。いろんな企業の活動に関わって実地を学びながら、就職でのコネを作ったりアルバイト先を紹介されたり、って所だね 俺の友達にも入ってる人、居るよ」と住田。
「ところでここの顧問って・・・」と中条が質問。
「小説家の森沢涼弥先生。兼任講師で週一回、先生の授業のある日に活動見てくれるよ。書いたものを見てくれたりするの」と斎藤が言った。
「ここの部員ってあと何人居るんですか?」と桜木が質問。
「在校生はこの二人だけ。弱小サークルもいいとこだろ?」と住田が笑う。
「先輩が卒業した後、四年生も居なくてね。昔はもっと居たんだけど、漫研とか映像研とか、文字だけのうちより、視覚的な表現の出来る所に流れちゃうんだよね。そこに新入部員が六名だから、もう雪でも降るんじゃないかと」と斎藤も笑った。
「六名って事は、ここに居るので津川除いて五名だから・・・」と村上。
「あと一人、戸田さんっていう文学部の女子が入ってくれたわよ」と斎藤が言った。




