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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
118/343

第118話 女子大生中条さん

高校は卒業させたのですが、あれこれ頭に湧くもので、結局大学編、書いてしまいました。四年まで気力が続くかどうか分りませんが、とりあえず一年次の前半(夏休み)まで書こうかと・・・。

県立大学の入学式の日。

村上・芝田・中条・秋葉・津川の五人は新入生として、示し合わせて電車で大学に向かった。


県立大学は県庁所在地の春月市にある。春月駅で乗り換えて県立大前駅で下車。徒歩15分の距離だ。

多くの入学生が入学式会場となる建物前の駐車場に集まっている。

入口では受付をやっているが、まだ時間があるからと、村上たち五人は他の入学生たちを眺めて雑談に耽る。


そんな中、黒塗りの車が正門から入り、係員に誘導されて指定駐車スペースに止まる。

車から降りたのは米沢老だ。文化祭での事を覚えていたらしく、村上を見つけて声をかけた。

「君は上坂高校の村上君だね。去年の文化祭以来かな」

「あの節はどうも」と村上は愛想を繕う。

「あの時は君の料理を食べそこなった・・・いや、食べそこなったのはそちらの中条さんの手料理だったな」と米沢老。

「あの節はどうも」と心なしか怯えた表情の中条。

「機会があったら、今度こそ君の料理を食べてみたいものだな」と米沢老。

「え・・・っと」と戸惑う中条。

村上はそっと「大丈夫だよ。この人は何を食べても美味しいって言う人だったでしょ」と中条に耳打ちした。



入学式が始まる。

五人が各学部の席で着席。

村上老は後援会長として演壇に立って挨拶の弁を述べた。


入学式が終わって五人が集まる。

「米沢さんのお父さん、ここの後援会長だったんだ」と芝田。

「元々この大学は戦前に米沢家が建てた大学だからね。戦後に各県の旧制高校が大学になったのと並行して私立として今の体制になって、県が引き取った後も援助は続けて今に至る・・・とか言ってたな」と津川。

「この後は全体オリエンテーションだよね」と村上。


全体オリエンテーションは大講堂で、新入生全員を一堂に集めて行う。

学生生活に必要な事や授業選択の仕組みを延々と説明。その後、大学の理念とか研究倫理とか、多くの学生にとっては退屈な講演も続いた。

それが終わると、学部ごとの部屋に分かれて英語テスト。その結果をもって習熟度別にクラスを編成するという。

県立大学では一学部一学科。二年からコース別に分かれるが、一年次は必修の一般教養が多く、実質クラス毎の授業も少なくない。



翌日から学部別のガイダンスが三日間続く。クラスが発表され、クラスごとに集めて学生証を配布。

学部の教授や准教授がクラス担任として付き、授業の説明と授業の選択・履修登録の出し方の説明。

それとともに校内の案内や健康診断なども行われる。

そしてこの期間の午後は在校生による新歓祭。各サークルで新入部員の獲得のため、体育館や大講堂での演説やパフォーマンスが行われ、校内各所ではサークルのブースが設置される。


中条は文学部文学科一年三組。四十名のクラスだ。

休憩ごとに周囲は互いに友達作りに励む。

基本が選択授業の大学では、本来クラスの意味はあまり無い。それが設置される最大の目的は友人を作るため。それによって互いに関わり合って学校生活に関する情報を共有し、何より授業のさぼりを防ぐためだ。

だが中条は他人と会話できるようになったとはいえ、やはり人と関わるのは得意ではなく、自分から話しかけるのはやはり敷居が高かった。



手持無沙汰の中条は小説を出して読む。すると一人の男子学生が中条に声をかけた。

「それ、森沢涼弥の本でしょ? 好きなの?」

「うん。この学校で講師やってる人だよね」と中条。

「兼任講師だからゼミとかは持ってないけどね」と男子学生。

「そうなんだ・・・」と中条。

「俺、桜木敦希(つるぎ)」と男子学生は名乗った。

「私、中条里子っていうの」

そう名乗りながら、相手の名前が気になる中条。


「あの、桜木君の名前のつるぎ・・・って、もしかして剣と魔法の・・・」と中条。

「親が、ああいうの、好きでね」と桜木。

何だか、桜木が何故文学部に居るのか、解ったような気がする中条であった。

桜木は「ところで中条さん、履修選択はどれにする?」



彼等の居る講義室の真ん中には、片っ端から女子に声をかけている、いかにも肉食系な男子が居た。

そんな彼が中条に声をかけた桜木を見ると、つかつかと桜木の前に来て、言った。

「お前、桜木って言ったっけ? いかにも陰キャそうな顔してるくせに、さっそく女子に声かけかよ。やるじゃん」

桜木は反発した。

「人の事は言えないと思うけど」

「俺はコミュ力が服着て歩いてるような奴だからな」

そう言うと、早渡は中条を見て「中条さんって言ったっけ? 俺、早渡。この後、一緒に新歓祭回らない?」

中条は戸惑った。(私を誘ってるのかな?)と、少し嬉しい気持ちと、目の前に居る桜木に迷惑をかけているような引け目がせめぎ合う。


その時、一人の女子生徒が早渡に言った。

「その子、彼氏居るわよ」

「そうなの?」と早渡は中条を見る。

「うん」と少し恥ずかしそうな中条。

「なーんだ。彼氏持ちかよ」と早渡は残念そうに退散し、今度は向こうに居る女子に声をかけた。



近くに居た二人の男子が早渡を見て、あきれたように溜息をついた。

「何だよあれ」と一人が言う。

もう一人も「彼女作るために女子の多い文学部に入りました・・・ってタイプだな」

「まあ自分が手を広げるのはいいとして、他の男子妨害するために声かけた女子にちょっかい出すとか」

「無いわー」


それを聞いて中条は少し落胆したように「早渡君、妨害のために私を誘ったの?」

「でしょ? でなきゃこんな地味な子誘ったりしないわよ」と、脇に居た派手なタイプの女子が言った。

「島本さん、それは失礼だよ」と桜木は口を尖らせる。

「まあ、桜木君にはお似合いかもね。けど、中条さんには彼氏が居るから」と言ったのは、先ほど中条の"彼氏"について指摘した女子だ。

「さっき聞いたよ。けど、そういうつもりで声かけた訳じゃないから」と桜木は更に口を尖らせる。


「まあ、そうよね。普通は大学って恋愛じゃなくて勉強しに来る所だものね。私は戸田。仲良くしましょ」とその女子。

二人の男子もそれぞれ名乗る。

「俺は佐藤」

「俺は佐竹。で、そっちは桜木君に中条さんに・・・それから島本さんだっけ?」

「仲良くしましょ。それでみんな、明日の五時からのクラスコンパには来るの?」と島本。

「俺は行くよ」と佐藤

「俺も」と佐竹

「中条さんは?」と戸田が確認する。

「どうしようかな・・・」と中条。

「ま、ゆっくり決めるといいわ」と島本。



彼等が散ると、桜木はまた中条に話しかけた。

「中条さんの彼氏って、他の学部の人?」

「うん。理学部だよ」と中条。

「彼氏、優しい?」と桜木。

「うん。とっても」と中条。

「そうか」と言って桜木が見せる自然な笑顔に、中条は少しだけ引け目を感じた。 


そして中条は「あのね、さっき早渡君が言ってた事だけど、桜木君、もしかして私のこと誘うつもりだった?」

「え?・・・いや、そういうつもりは・・・もしかして迷惑だった?」と桜木。

変な事を言ってしまったか、と中条は慌てて「いや、変な意味じゃなくてね、もしそうだったら嬉しいな、って」とフォローのつもりで言った。

「え? ・・・」

変なフォローだったか、と中条は慌てて「いや、変な意味じゃなくてね、私って地味だし、人と付き合うの苦手だし、けど一人は寂しくて、男の子が気にしてくれるって、高校までずっと無かったから、気にしてもらえただけでも嬉しくて」

 桜木は笑って言った。

「変な意味じゃなくて・・・って、どう変な意味?」


桜木も、どちらかというと人付き合いは苦手なタイプだ。

周囲が人付き合いに動き出す中、誰かに声をかける事に手間取っている自分と同じものを、桜木は中条に見たのだ。

もちろん恋愛対象としての期待が無かった訳ではない。地味な見かけの彼女は自分に釣り合うかも・・・とも感じた。

だが元々、桜木は恋愛などが自分に簡単に出来るとも思っていなかった。



そんな時、村上が迎えに来て、戸口で中条に呼び掛ける。 

「里子ちゃん」

中条は嬉しそうに駆けて行って村上に抱き付く。頭を撫でる村上。村上にじゃれ付く中条。

(子犬みたいだ)と桜木はそんな中条を見て感じ、これは割り込む隙は無いな・・・という、寂しさとも残念さともつかない感情が、何故か妙に心地よかった。


そんな桜木を他所に、中条は村上に言って桜木を見る。

「あのね真言君、友達が出来たの。桜木君って言うの」

「そうか。良かったね」と村上。

どうやら自分の事を紹介したいらしい・・・と察し、桜木は観念して彼等の所に行った。

「同じクラスの桜木君だよ」と中条が桜木を指して言う。

「君が中条さんの彼氏?」と言って桜木は村上を見る。

「理学部の村上です。クラスは四組。よろしく」と村上も自己紹介。



これから新歓祭が・・・という事で、あちこち回ろうかという話になる。

歩きながら三人で話す。

「その前に仲間と合流したいんだが、桜木君も一緒する?」と村上。

「そうだね。俺は仲間とか、居ないし。ところで村上君はサークルとか、当てはある?」と桜木。

「特に考えてないが、桜木君は何かあるの?」と村上。

「俺も、どこかいい所があれば・・・ってくらいだけどね、ただ、中条さん、兼任講師の森沢先生が目当てで来たって言ってたから。あの人、ゼミは持ってないけど、文芸部の顧問なんだよね」と桜木。

「文芸部か。最終日にブースに寄ってみようか」と村上。


歩きながら中条は言った。

「真言君の所はクラスコンパってやるの?」

「大抵のクラスはやるみたいだよ。俺も参加せざるを得なくなった」と村上。

「じゃ、私も出ようかな。ところで桜木君は出るの?」と中条。

いきなり話を振られて、桜木は思わず「中条さんが出るなら出るよ」

言ってから村上を見て、まずい事を言ったか・・・と口を押えたが、村上は笑顔で中条に言う。

「それじゃ、里子ちゃんも桜木君と一緒に文学部のコンパに出るんだね?」

「うん」と中条は村上に頭を撫でられて嬉しそうに頷く。



向こうで芝田・秋葉・津川が手を振っている。

村上は彼等に手を振ると、桜木に「同じ高校から来た仲間だ。紹介するよ」

芝田が村上と中条を呼ぶと、中条は今度は芝田に駆け寄って抱き付き、頭を撫でてもらう。それを見て、桜木は唖然。

(こいつらのって本当に恋愛なんだろうか)と桜木は呟きつつ、自分がイメージしていた恋愛像が少しだけ揺らぐのを感じた。 

中条は「あのね拓真君、友達が出来たの。桜木君って言うの」

「そうか。良かったな」と芝田。

 そして芝田は桜木を見て、笑顔で「工学部の芝田だ。クラスは五組。よろしくな」


中条は右手で村上の、左手で芝田の腕を掴み、楽しそうに笑う。恋人というより、桜木には両親に甘える子供みたいに見える。

「何だか三人で付き合ってるみたいでしょ?」と秋葉。

「君は?」と桜木。

「経済学部の秋葉よ。クラスは二組。一応拓真君は私の彼なんだけどね」と秋葉が自己紹介。

桜木が「けど芝田君って・・・」

「半分里子ちゃんに取られてるみたいでしょ? 私って可哀想な子なの」と楽しそうに笑う秋葉。

それを見て津川は「ってか、四人で付き合ってるみたいなものだろ」

「まあね」と言って笑う秋葉。

そして津川は「あ、俺、経済学部の津川。秋葉さんと同じクラスで、秋葉さんは俺の彼女の友達だよ」



翌日、文学部一年三組のクラスコンパ。

春月市繁華街の居酒屋の大部屋が会場だ。学生自治会の勧誘に応じた者が居て、彼が幹事を務めた。 

クラスの大半が参加し、学籍番号順に自己紹介。


中条に順番が回る。

「中条里子です。よろしくお願いします」

名前だけの自己紹介だが、何も言えなかった高校入学時の時を思い出して、中条は少しだけ感慨に浸った。 


次々に順番が回るクラスの人達。そしてあの早渡の番になる。

「早渡悟朗です。自分、彼女作るために女子の多い文学部に入りました。世界の女は俺のもの、がモットーです。特に女子の人、よろしく」

全員爆笑し、佐藤と佐竹は唖然とした。

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