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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
117/343

第117話 おどり場の中条さん

 3月初旬に卒業式。


 紅白幕を張った体育館。前半分に4クラス分の椅子が並び、その後ろには保護者席。

 中条の祖父や秋葉の母、芝田の兄の姿。秋葉母の矢の催促で戻った村上父も居る。

 卒業生入場、そして卒業証書授与で中村担任により一人づつ呼名される。

「中条里子さん」

「はい」と、以前の中条とは別人のような大きな声を響かせて起立した。

 (里子ちゃん、この3年間で随分変わったな)と感慨に耽る村上は、自分の番が来る事に気付かない。

「村上真言君」

「は、はい」と、村上は慌てて起立した。


 来賓祝辞でPTA会長の米沢老が祝辞を読む。卒業生答辞は元生徒会長の米沢だ。

 校歌を歌って卒業生退場。

 そして教室で卒業証書を受け取る。

 中村は生徒と保護者を前に最後の話をした。


「お前達はこの三年間で随分変われたと思う。俺は今までいろんなクラスを見てきたが、こんなに生徒が成長したクラスは初めて見た。だからこれは俺の手柄じゃなくて、お前達自身の努力と互いの繋がりの結果だ。人が変るというのは、古い自分が消えて無くなる事じゃない。古い自分に新しい自分がプラスされていく事だ。これからも良い方向に変わり続けて欲しい。卒業おめでとう」


 そう言いながら中村は、生徒達を見て、彼等のかつてを思い出す。

 女子に反発してスカートめくりをやっていた山本。友達なんか要らないと言っていた佐川。友達への依存で周囲に迷惑をかけていた松本。そして、誰とも会話できなかった中条・・・。


 最後のホームルームが終わって、三年二組は解散した。



 彼等が帰宅へと向かう中、岸本は牧村と矢吹に、針と糸、そして制服のボタンが多数入った袋を渡した。

「何? これ」と首を傾げる牧村と矢吹に、岸本は言った。

「第二ボタンの代えよ。下級生女子からねだられると思うから、あげたら次の人のために、ちゃんと付けてから外すのよ」

「このまま渡しちゃ駄目?」と矢吹。

「駄目よ。そんな手間を惜しむなんて、女性の恋心に失礼だわ」と岸本。


 二人の男子が廊下に出ると、たちまち下級生女子に取り囲まれた。

 観念してこれに応じる二人。ボタンを取って渡すと、矢吹のボタンは米沢が、牧村のボタンは水上が、次のものを縫い付けてあげた。


 この情景を微笑ましそうに眺めて、岸本は廊下に出ると、一人の下級生男子が岸本に言った。

「岸本先輩の第二ボタン、貰えますか?」

 上坂高校の制服は紺のブレザー。女子にも第二ボタンはある。

 岸本は笑顔でボタンを千切り、彼に渡した。



 彼が笑顔で礼を言って去ると、それを見ていた村上が岸本に笑いながら声をかける。


「自分の分の代えボタンも用意しておいた方が良かったんじゃないの? 何せミス上坂なんだから」と村上。

「そうね。そのミス上坂のエスコート役の分も必要だったかしら?」と岸本も笑う。

「俺は元々非モテだよ。それで、さっきの奴は知ってる人?」と村上。

「元カレの後輩。私は彼、嫌いじゃないわよ。可愛いもの(笑)」と岸本。


 それを聞いて村上は、岸本とこんな話をするのも最後なんだろうな・・・と思いながら、言った。

「なるほどね、ところで岸本さん。嫌いじゃないと好きは同じじゃない・・・ってよく言うけど、そういうのってどう思う?」

「確かに、同じじゃないけど、繋がってはいると思うわよ。嫌いじゃないなら恋人としてではなくても、一緒に居て触れ合う事は出来る。それで仲良くなって寄り添って、好きになっていく。そうやって恋は育つものじゃないかしら」と岸本。


「確かにそうだね。それで岸本さん、斎藤千鶴さんって人、知ってる?」と村上。

「知ってるわよ。今、私の元カレの一人と付き合ってるそうね。村上君、あの人とちょっとだけ付き合ったのよね?」と岸本。

「俺、あの人に、優し過ぎて恋愛に向かないって言われたんだよね。どういう意味だと思う?」と村上。

「受け身って事だと思うわよ」と岸本。

「なるほどね。けど女性って、主導権を欲しがるよね? それって、相手に受け身でいて欲しいって事だよね?」と村上。


「そうね。矛盾だと思うわよ。主導権って相手を支配して好き勝手できるけど、いろいろ決めるのは面倒だし、責任だってついて回るからね。都合のいい所だけ欲しがるって、どうかと思うわよね。けど、恋愛をゲームとしてやるっていうのは、つまり主導権の取り合いなの。そのために女はガードして男を焦らし、男はそれを突き破ろうと足掻くの。受け身な相手なら楽な勝負になるでしょうけど、わざと勝ちを譲ってくれる相手とチェスとかやっても、つまらないでしょ?」と岸本。

「つまり俺みたいなのは普通の女性に需要は無い訳だ(笑)」と村上。

「けど、最後に言われたでしょ? 自分が今みたいな恋愛に疲れたらまた付き合ってくれますか? って」と岸本。

「岸本さんの恋愛はどうなの?」と村上。

「私はそういう疲れる事を男性に求めたりしないわよ(笑)」と岸本。

「それじゃ、岸本さんにとって愛するって何? それは支配とは違うの?」と村上。


 岸本は笑った。

「そうね。例えば宗教で言う神の愛って、完全に支配欲なのよね。守ってやるってのも、だから言う事聞けって話になるけど、逆に自分はこの人の笑顔を守る存在なんだ、って思いつめちゃうと、その人が何に笑うかはその人次第なんだから、その求めに応じて何でもやれって話になって、逆に支配される立場になるわよね。何をもって支配と言うか・・・って事なんだろうけど、要は二人一緒に幸せになるって目的があるんだって自覚するのが大事だと思うの」

「何かを求められたら受け入れなきゃいけない、ってのが支配なんだろうけど、そうじゃなくて受け入れたい・・・ってのが恋愛なんだよね。けど、その求めて受け入れさせて・・・ってのを暗黙でやらせるのが忖度だよね。女が男に求める定番だそうだけど、それって支配じゃないのかな?」と村上。

「支配だと思うわよ。何も言わなくても素振りで察するようルール化して、進んでやりますと言わせるって拒否権無いもの。私を喜ばせたくないの? ってのが常套句だけど、それをやりたいのと、出来るか・実害的にどうかってのとは別次元の話だからね」と岸本。


「まあ、一方が他方のためにじゃなくて、して欲しい事をお互いに求め、お互いに受け入れ合うのが恋愛なんだよね。そしてそれを、何をどこまで・・・って事で、全てをとことん、ってなると苦しくなる。その一方で、相手の笑顔のためにとことん答えてあげたいって気持ちもあって、自分の中でも板挟みになるんだよね」と村上。

「だから追い詰めないよう、理解し合う必要があるのよ。相手も自分自身もね。逆に、それが解ってれば支配でいいじゃん、って考え方もある。お互いに相手を支配するのが恋愛だって考え方もね。そして、一緒に自然に幸せになれる関係じゃないな、って解ったら・・・」と岸本。

「さっさと別れて別の相手を探す・・・ってのが岸本さんのスタンスなんだよね。けど、それで割り切れる人ばかりじゃないと思うけど、恨まれたりしなかった?」と村上。

「男女が体の関係を持つとね、普通は男性が優位に立つものよ。そして優位に立つって事は、二人の関係に責任を持つって事よね。その段階で別れを恨むって、本来おかしな事だと思わない?」と岸本。



 教室では、清水が秋葉と中条に話しかける。


「これ、あげるよ」と清水から彼女達に渡されたのは、彼女達自身の写真だ。何とも言えない笑顔が二次元の中で微笑んでいる。

「これ、清水君が盗撮した二次元嫁ってやつ?」と秋葉。

「殆ど吉江さんにデータ消されちゃったけど、残ってたのがあったんで、このまま闇に葬るのも勿体ないから、本人に返そうかと・・・」と清水。

「けどこれ、リアル本人と無関係なコピーされた別人格なんでしょ?」と秋葉は悪戯っぽく笑う。

「まあ、そう思ってた時期もあったけどね」と清水は頭を掻いた。

 秋葉は「じゃ、貰っておくわ。将来、清水君が大写真家になった時、価値が出るかも知れないからね」と笑って受け取った。

「元データは消しちゃうの? 私は気にしないよ」と中条が言うと、秋葉も「私のも残しておいていいわよ。けどオカズにするのは止めてよね(笑)」


 戸口で吉江が清水を呼んでいた。

「何やってるの? 写真部の部室に行くわよ」



 芝田に水沢が話しかける。


「芝田君、元気でね」

「グランドで小島の奴を引っ張り回して遊ぶのも、終わりだな」と隣で山本も笑う。

 芝田は時々、小島のダイエットのためと称する山本達のサッカーやバスケに付き合わされていた。

「小島の奴、リバウンドしなきゃいいけどな」と芝田が笑う。

「暇があったら、また呼び出して鍛えてやるさ」と山本も笑って言った。

「その小島はどうした?」と芝田。

「パソコン部に顔出すって言ってたぞ」と山本。


 そして水沢は「芝田君も、また遊ぼうね。今度は村上君達も一緒に」



 生徒玄関前で八上美園がミニライブをやっている。バックバンドとして軽音部が演奏している。

 ライブが小休止し、何人かの在校生のファンが八上にサインをねだる。

 小島は両脇でオタ芸をやっていた大塚と田畑に声をかけた。後輩として寄せ書きを渡すからと、呼ばれたのだ。

 色紙には八上のサインと二人の書いた萌え絵。


「そういや彼女も卒業生だったっけ」と、嬉々として色紙にサインを書いている八上を見て、小島が笑う。

「音楽の専門学校に入って芸能プロ入りを目指すとの由」と大塚が言って笑った。

 アイドル活動に専念するという八上を担任の須藤が必死に説得したという。

 何しろアイドルという進路項目は無いため、統計上無職で卒業させる事になってしまう。

「おまいら押しを続けるん?」と小島。

「卒業生にアイドルとかレア故、パソコン部ある限りブログは受け継ぐ予定」と大塚。



 バスケ部員だった6人の男女が体育館に行く。彼等も後輩達から呼ばれていた。

 一人づつ寄せ書きを渡される。真ん中に太字マジックで大きく「卒おめ」と書かれている。

 わいわいやっていると、顧問の島田が「集まってるな」と声をかけた。


「先生、卒業する俺達がそんなに名残惜しいですか?」と大谷。

「いや、単に合わせたい人が居るから連れてきたんだが」と島田。

 入口から「久しぶりだな」と声がする方を見て、生徒一同「げ・・・」

 佐々木コーチだ。男子部員達に筋肉痛の日々の記憶がよぎる。


「たまたま、こっちの学校に赴任する事になったんでな」と佐々木。

「どこですか? その可哀想な生徒の居る学校は・・・」と武藤。

佐々木は「スポーツ専門学校だよ。お前等3人、入るんだろ?」

 大谷・武藤・高橋の3名唖然

「スポーツ選手は芽が出なければ悲惨だからな。お前等自身の一生がかかってるんだ。死ぬ気でついて来いよ」と佐々木は楽しそうに言った。

 (いや、芽が出ない時の事も考えてるんだが・・・)と三人は暗澹たる表情で呟いた。



 漫研でも下級生が寄せ書きを用意していた。

 八木と藤河が、鈴木部長から色紙を渡される。


 高梨以外の4人が小さくイラストを描く中で、高梨の怖そうな女性の絵がやたら大きい。

「もしかして、これって呪いの佐多子さん?」と八木がおそるおそる聞く。

「捨てたりしたら、呪われますよ」と高梨が真顔で怖い事を言った。



 村上達4人はそれぞれの親に卒業証書を預け、生徒玄関で別れる。村上父は秋葉母に連行された。

 そして四人は村上のアパートに向かった。


「結局、里子ちゃん、志望動機はどう答えたの?」と秋葉が何気なく話題を振る。

「まあ、適当に作ったさ。いろんな所から例文引っ張って、ある事無い事・・・」と村上が答えかけたが、中条は・・・。

「それがね、折角真言君が作ってくれたのを悪いんだけど、あれ、ボツにして、別なの作ったの」

「え?・・・で、どんな?」と村上。

「趣味で小説書いてますって」と中条。

「えーーっ?」


「そりゃ最強の方便だと思うよ」と村上が笑う。

「だよな。ふかし上等だ」と芝田も笑う。

「そうじゃなくて・・・」と、もじもじする中条。

「もしかして、本当に書いてるの?」と村上。

「まだ出だしだけなんだけどね」と中条。

「読みたい。見せてくれるよね?」と秋葉が目を輝かせる。

「そのうちにね」と中条。


「で、どんな小説?」と秋葉。

「ラブコメ。会話の出来ない女の子が、二人の男の子と出会って・・・」と中条。

「って、もしかして自分の事?」と村上が確認。

「うん」

「絶対読みたい」と秋葉はさらに目を輝かせた。

「あのさ・・・曝露祭りにならないよね?」と芝田と村上が心配そうに声を揃える。

「駄目?」と中条。

村上と芝田は目を見合わせて「それはちょっと・・・」

「後で真言君と拓真君に見てもらうから。それで駄目な所があったら直す」と中条。

「まあ、しゃーないか」と村上・芝田。



 翌日、中条は家に戻ると、自室で机に向かう。


 バレンタインデーの翌日から書き始めた原稿用紙を出す。

 登場人物はまだ実名だ。後で変えればいいや・・・と思い直して、そのまま続きを書く。


 (題名が要るよね)と呟く中条。

 鉛筆を置き、しばらく考える。

 (自分の名前にさん付けして・・・って変かな)

 登場人物の名前は後で変えるから、いいや・・・と思い直して、右側の余白に鉛筆を走らせ、題名を書いた。


「おどり場の中条さん」と・・・

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