第116話 みんなは一人のために
県立大学一般入試。中条は午前の学科試験を終えた。
だが、前回の推薦入試を失敗した最大の要因が面接だった中条にとって、午後の面接は最大の課題となっていた。
面接の順番を待つ中条に、ついに順番が回ってきた。
席を立ち、面接室をノックする。
「入りなさい」、中から面接官の声。
「失礼します」と言って中条はドアを開け、一礼して入室。
面接官の前に置かれた椅子の脇に立つ。
「県立上坂高校から参りました、中条里子です。よろしくお願いします」と一礼して椅子に座る中条。
「では先ず、本校を志望した理由を教えて下さい」と面接官。
「私は趣味で小説を書いているのですが、御校の講師として小説家の森沢涼弥先生が教鞭をとっておられると聞きました。先生の作品は私も好きで、特に様々な登場人物の心理描写とそれに伴うストーリー展開には毎度驚かされます。そんな教授陣を揃える御校の体制の中で学びたくて志望しました」と中条。
「すると君は将来、小説家を目指すのですか?」と面接官。
「いえ、あくまで趣味として書くつもりです。ただ、書いている中で、人の心の動きの面白さや、それを文字で表現する事の楽しさを知りました。そうした事をもっと体系的に学び、自分の人生を深めたいと思います」と中条。
「君は将来、どんな仕事に就きたいと思いますか?」と面接官。
「まだ決まっていませんが、人の心を知り、それを表現する事は、いろんな仕事に活かせると思います。それをより高く活かせる仕事に就きたいです」と中条。
質問はその後いくつか続き、面接は終わった。
会場から出て来る中条を入口前で祖父と村上が迎える。
「どうだった?」と村上。
「ちゃんと出来たと思う」と中条。
「そうか」
「けど、他の人との競争だからね」と中条。
村上のナビで中条の祖父が帰り道を運転する。
車中から芝田に電話をかける中条。そこには秋葉も居て、二人から質問責めにされる中条。
話しながら不安が薄れていく。
三日後、佐川の受験。
ついて行くという篠田の申し出を断って、一人電車に乗って会場に向かう佐川。
東京で受験する面々は、数日間ホテルに滞在し、複数の大学での受験を次々にこなした。
そして数日後、合格発表。
中村担任の所に次々に合格の報告が入る。
進路指導室に貼られた生徒一覧に、次々にチェックを入れる。
「後、何人かな?」と呟く中村。
やがて空欄は佐川と中条だけになる。
国立大の合格発表。一人で会場に向かう佐川。
目の前で貼り出される受験番号たちの中から自分の番号を探す佐川。
(あった)
「やったー」と佐川は叫び、小躍りしながら半回転した所で、後ろでスマホのカメラを向け、にやにやしながら見ている篠田と鹿島に気付いて、全身が固まった。
「お前等、何でここに居るんだよ」と顔を真っ赤にして叫ぶ。
「だって佐川君、自分の彼女を受験にも合格発表にも連れて行かないとか、酷くない?」と篠田が口を尖らせる。
「いや、実に面白い映像が撮れた」と、笑いの止まらない体の鹿島。
「どーするんだよ、それ」と佐川。
「いや、ネットに流したりしないから」と鹿島がふざける。
「当たり前だ!」と佐川。
そして篠田は「米沢さんがね、卒業式で3年間の私たちの学校生活を映した映像を流そうか・・・って計画して、それで大学入試の合格で喜ぶ人の映像が欲しいな・・・って言っててね」
「勘弁してくれよ」と佐川。
佐川は電話で中村に合格を報告した。
「そうか。よくやったな。後は中条だけだ」と中村教諭。
受験勉強からは解放された中条が抱える不安を紛らわそうと、4人で久しぶりに遊びに出た。
ゲーセンにファミレスにカラオケに・・・。
音楽をあまり知らない中条は、村上とデュエットしながら、知らない歌を隣に居る友人に合わせて歌う。
だが村上もあまり歌は上手くない。
次に秋葉とデュエットし、知らない歌を彼女に合わせて歌った。
そして県立大の合格発表。
中条の祖父の車で4人が会場に向かう。
助手席でナビ役をやりながら村上が後部座席に声をかける。
「里子ちゃん、心配?」
「大丈夫だよ」と笑顔で答える中条。
会場について4人で車を降り、発表の紙が貼り出されると、全員で受験番号156番を探した。
(あった)。
中条が反応する前に3人が同時に「やったー」と叫んだ。
村上が中条を抱き上げて頬ずり。芝田が両手で二人を頭をくしゃくしゃに撫で、秋葉が3人を抱きしめた。
中条は(まるで私の合格じゃないみたい)と心の中で呟きながら、幸せを噛み締める。
車に戻って祖父に報告し、中条は受付で手続きを終えると、電話で中村に報告。
「頑張ったな、中条」と中村。
「他の人はどうなりましたか?」と中条。
「お前が最後。全員合格だ」と中村。
中村は進路指導室で最後の空欄にチェックを入れ、ついに一覧表は埋まる。
万感の思いを込めた「やったー」の叫びが学校中に響いた。
教室で授業中の生徒たちがざわつく。
「今の、中村先生だよね」と渋谷が呟く。
「何があったんだ?」と鈴木が、隣の田中に話しかけた。




