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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
115/343

第115話 本当の自分に明日なろう

 年が明けて正月が終わっても、村上は中条家に泊まる日が続いた。

 中条が苦手な応用問題試験向けの勉強を見てあげるためだ。

 受験勉強は二人で深夜まで続き、どちらかが寝落ちしそうになると、ベットで二人で眠った。

 一応、二階の隣の部屋が村上のために用意されたが、あまり使われなかった。


 時々村上はアパートに帰ってパソコンで調べものをする。

 秋葉は時々来て英語の長文問題を教えた。芝田も時々、陣中見舞いに来る。

 一月末の年度末試験が近づくと、四人で試験対策。

 年度末試験が終わると中条の兄の命日。祖父・中条・村上の三人で墓前で手を合わせた。


 二月になると芝田と秋葉は自動車学校に通い始めた。中条の部屋で四人が集まった時、その話題で盛り上がった。

「免許を取ったらみんなで遊びに行けるね」と秋葉。

「自分の車を買うのはまだ先になるけどな」と芝田。



 志望動機については、なお中条は明確なイメージは持てなかった。

 村上はアパートでネットを検索し、使えそうなデータを探した。

 様々な大学の文学部の志望動機の例文、そして県立大に関する情報、そこで教鞭をとる教官たちの情報。

 そのデータを納めたパソコンを中条の家に持ち込み、中条とあれこれ話しながら、それらしい志望動機を作る。


形になったものを読んでみて「これくらい言えれば大丈夫じゃないかな?」と村上。

「そうだね」

 それは本当の自分じゃない・・・という歯痒さが中条にはあったが、その本当の自分が解らない、というより、自分というものは本当にあるのか・・・そんなもやもやで、心の隅が疼いた。



 学科試験の勉強は進んだ。

 資料を利用して解く問題を読み、その資料の意味は何か、設問とどう関連するかを理解し、どう使うかを考える。

「だいぶ出来るようになってきたね。これなら大丈夫かな?」

 そう村上が言った時、中条の表情が少しだけ曇った。

 この場所から村上が去ってしまうのでは・・・そんな不安がよぎる。

「まだ少し心配かな。もう少し教えて欲しい」

「解った」と村上は笑顔を見せた。


 だが中条は、やがてそれを引け目に感じる事が増えた。

 村上をここに釘付けにして負担をかけているのではないか。

「真言君も拓真君たちみたいに自動車学校に行きたい?」と中条。

「それは大学に入ってからでも出来るからね。自分の車を持つのは就職してからだと思うし」と村上。



 バレンタインデーが近づく。それが過ぎると本番は目前だ。

 陣中見舞いに来た秋葉が言った。

「今年もちゃんとしたパーティーとか出来ないけど、チョコケーキを焼いて来るわ」

「久しぶりに秘密基地に行きたいな。去年みたいにみんなで勉強して、みんなでお菓子食べて」と中条ははしゃぐ。

「去年は芝田の留年のかかった期末試験だったからな」と村上が笑いながら言うと、芝田が膨れっ面になって「うるせーよ」


 二月14日夕方、久しぶりに村上のアパートに行く。

 秋葉と村上が夕食を作り、食後に秋葉が持参したケーキを食べ、一息ついたら三人で中条の勉強を見る。

「里子ちゃん、ちゃんと解けるようになったね」と秋葉。

「これなら大丈夫だろ」と芝田。

「けど競争相手が居る中での話だからね」と中条。


 久しぶりに四人で入浴し、夜が更けると久しぶりに四人で寝た、

 布団の中で中条は、隣に横たわる村上の体に触れる。不安が和らぐ。



 中条は思った。


 この人にはちゃんと自分があるんだ。向こうに居る秋葉にも芝田にも・・・。けど、自分って何だ? その問いに答えられない自分が歯痒い。

 なら隣に居る村上は何だ? 彼は自分にとって大切な人だ。自分にとっての芝田。自分にとっての秋葉。

 同じように、誰かにとっての自分が居ると思った時、村上が言った一言を思い出す。

「中条さんの価値は一緒に居て楽しかった思い出だよ」

 自分にとっての村上も同じなんだ。なら、自分にとっての自分とは何だろう。

 それは自分が自分である事で楽しかった思い出ではないのか。


 人と会話できなかった頃の自分を思い出す。

 入学して二人と出会い、優しくされて仲良くなり、大好きな存在になり、その中で少しづつ自分も変わっていけたんだ。



 翌朝、目を覚ます。朝食を食べながら中条は言った。

「もう大丈夫だよ。後は自分でやれると思う。受験まで一人でコンディションを整えたいの。今までありがとう、真言君」

「何だか遠くに行っちゃうみたい」と言ってみんな笑った。

「寂しくなったら、また来るから」と中条。

「と言っても試験は来週すぐだけどね」と村上。


 中条は自分の家に帰り、一人で机に向かう。小論文の時に使った原稿用紙の残りを出した。そして鉛筆を走らせる。

 しばらく鉛筆を走らせるうち、入試の不安が膨らむ。

「後は試験が終わってからにしよう」

 参考書を読む。英単語を確認する。

 村上が作ってくれた日本史年表を見て、そこに載っている歴史用語を確認する。



 村上は久しぶりにアパートで時間を過ごしながら、本番に向けて集中している中条を想った。

 電話でもかけようか。けど何て言う? 大丈夫か、なんて言って逆にプレッシャーになるのではないか。

 芝田と秋葉はどう思っているのだろうか。


 そんな事を考えていると玄関から「村上居るかぁ」と芝田の声。

「入っていいよね?」と秋葉の声も聞こえた。

 返事をする間も無く、二人が入って来る。芝田は手にお菓子の袋を下げている。


「里子に距離をおかれて寂しい思いをしていると思ってな」と芝田。

「いや、試験本番まで何日も無いが・・・」と村上。

「久しぶりに二人とも独占するチャンスだからね」と秋葉は悪戯っぽく笑って言った。



 夕食を食べながら、三人でわいわいやる。三人で入浴し、秋葉は布団の中で二人に甘えた。

 そんな秋葉を見て、村上は、それまで疑問に思っていた事が、ふと口から洩れた。


「二年前に睦月さんが芝田を誘ったのって、芝田が俺と里子ちゃんに距離を置いたからなの?」

「そうだよ」と秋葉が答えた。

「やっぱりそうなんだ・・・」と村上。

「それがどうした?」と言う芝田に対して、村上は言った。

「もし、芝田が睦月さんに誘われて、それで距離を置いたってんなら、話は解るよ。けどそうじゃないなら、芝田は何がしたかったんだ?」

「真言君と里子ちゃんの仲を取り持ちたかったんでしょ? なのに里子ちゃんに誘われて自分が手を出した。だから距離を置いたのよね?」と秋葉が口を挟む。

 村上は「それって罪悪感か? 何に対して? 芝田には言ったよな。悪い事であってたまるか・・・って」


「あのままだったら、お前の中で里子は俺のものみたいになって、お前はずっとただの友達として手を出さないままだっただろ?」と芝田。

「それは俺の問題だ。俺達は里子ちゃんの居場所になってあげた。なってあげたいと思った。けど・・・」と村上。

「けど、その居場所を作った中心は拓真君だと?」と秋葉が言う。

「そんなの関係あるかよ。お前は里子が欲しかっただろ。俺だって同じだよ」と芝田。

「だから仲を取り持ちたかったと? 何でそこまで気にするんだよ。それとも俺がお前にとって弟分だから、ってか? お前がどういうつもりだったにせよ、里子ちゃんは芝田を選んだんだぞ」と村上。


芝田は言った。

「だから大きなお世話って訳か? けどさ、俺を選んだって言うが、お前を選ばなかった、って訳じゃないだろ? お前がそれまで里子に手を出さなかったのは、それが悪い事だって気持ちが心の中のどこかにあって、ブレーキになってたんじゃないのか? だから俺にも同じものがあるって知って、それを否定してくれたんだろ? そうやってその罪悪感からお前は俺を守ってくれたんだろ? だから俺も同じようにお前の里子に対する想いを、お前の中のブレーキから守ってやりたかった。それって変か?」


 秋葉は溜息をつくと「そういう罪悪感って正体不明だから厄介なのよね。だから人によっては闇雲に反抗心で突っ走って、不良になったり、下手すると犯罪に走ったり・・・」

「そうだよな。そういう、好きって気持ちの障害物って、誰の中にもあるんだよな」と村上も溜息をつく。

「だから友達を強引にせっついて、行動しろって煽ったのよね? そういうのって拓真君らしいね。私はそういう拓真君が大好き」と言って秋葉は笑って芝田を抱きしめた。

「つまり、お互い様って訳かよ」と村上が言う。

「人と人の関係って、基本はそれじゃないかしら」と秋葉は言って、右手で村上の頬を触った。


 翌日、三人で街に出て半日遊んだ。午後から芝田は自動車学校の教習がある。



 試験前日になる。夕方になり、夜になる。秋葉も芝田も居ない。

 中条に、いよいよ明日だね・・・くらいは言ってあげようか・・・。明日はどう現地に行くかも聞いていない。


 そんな事を村上が思っていたら、玄関のチャイムが鳴った。村上がドアを開けると、中条が立っていた。

 彼女の辛そうな表情を見て村上の脳裏に様々な言葉が一気に噴き出した。

 コンディション作りはうまくいってないのか。一人にしてはいけなかったのか。もしかして、問題を解けなくなってしまったのか。

 それらを村上は、心の中で強引に押し止めると「入りなよ。今お茶入れるから」と言って彼女の頭を撫でた。


 中条はおもむろに村上に抱き付いて言った。

「あれから、眠れていないの・・・」

「受験が心配?」と村上。

中条は「うん。それでね、真言君が欲しくなったの。自分でしちゃったけど何回やっても満足できなくて、それで来たの。あのね・・・エッチして」


 頬が紅潮している。目が潤んでいる。いたたまれなくなった村上の中条を抱きしめる腕に力がこもる。そして村上は言った。

「もういい。不安は俺が貰ってやるから、全部貰ってやるから、だから・・・」

 村上の腕の中で、中条の体からすーっと力が抜けていくのを村上は感じた。

 彼女の嬉しそうな笑顔。村上は、そのまま中条を布団に誘い、避妊具を手に取った。


 甘いひと時が過ぎ、布団の中で村上の上でしがみつくように、安らかな笑顔で泥のように眠る中条。

 どこかで見たようなシーンだと村上は思った。二年前、ここで中条を初めて抱いた時の事を思い出す。


 その夜、村上は眠れなかった。トイレに行きたくなったが、ようやく眠れた中条を起こしてしまう事を危惧し、我慢した。

 そして枕元を探って目覚まし時計をセットする。



 翌朝、中条は目を覚まして、二人はアパートで朝食を食べた。

「今日はどうやって会場に行くの?」と村上。

「お祖父ちゃんが車を出してくれるの」と中条。

「道に迷ったりしないといいけど」と村上。

「昨日も地図と睨めっこしてた」と中条。

 そう言って笑う中条を見て、もう大丈夫だと村上は思った。

「俺もついて行っていいかな?」と村上。

「お祖父ちゃん、喜ぶと思う」と中条。


 二人で中条家に行き、会場への同行を申し出る村上。

 そして助手席に乗った村上の「アナログナビ」を頼りに、祖父の車は会場に向かった。

 後部座席で単語帳を見ている中条の表情に、もう不安の陰は無い。



 会場に着くと、二人の励ましの言葉を背に、中条は建物に消えた。

 祖父の車は試験が終わるまでの時間を潰すため、付近にある図書館に向かう。

 二人で図書館に入り、祖父は書架を漁った。村上はラウンジのテーブルにうつ伏して、眠れなかった昨夜の睡眠不足を補った。



 中条は案内に沿って試験会場の部屋に入り、自分の受験番号を貼った座席に座る。

 午前中は学科。国語・英語・日本史と順次こなす。それなりに出来たであろう手応えは感じた。

 そして昼食。午後は面接だ。


 時間が来て、中条は面接室に向かう。

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