第114話 佐川君の鬼退治
1月末に三学年の期末試験があり、3学年の登校日はそれで終わって一・二年生だけの学校になる。
だが、いろんな理由で登校する三年生も居た。
佐川も一般入試の指導のためしばしば登校する。
その日、下校時間に校門前を他校の二人組の不良がうろついている事に佐川は気付いた。
三階の窓からそれを見て青くなっているのは、漫研の田中だ。見ると顔にかなり殴られた跡がある。
「もしかしてあれ、お前を待ち伏せてのか?」と佐川は訊ねる。
「そうです」と田中。
「何があった?」と佐川。
前日、田中は下校時に二人組の不良に絡まれている女生徒を見かけた。後輩の秋谷だった。
見捨てておけなくなった田中は秋谷の手を掴むと「すみまらん。俺の妹なんで」と不良に一礼して逃げようとした。
しかし「ちょっと待てコラ」と肩を掴まれた拍子に、ツッパリルックを封印していたカツラが落ちた。
「何だ、お前もツッパリかよ。それをズラで隠すとか、ダッセー」
そう言って彼等は笑うと、泣きじゃくる秋谷の前で田中を、焼きを入れると称して何度も殴り、田中は有り金を巻き上げられた。
そして不良は言った。
「明日までに親の財布から十万円抜いてこい。足りない分はチョロい店紹介してやるから万引きで埋めろ」
「それで十万円抜いて来たのか?」と佐川。
「出来る訳無いです」と田中。
「ま、そうだろうな。俺が何とかしてやる」と佐川。
佐川はそう言って携帯を出して110番通報した。
「まだ何も起きてませんけど」と田中。
「これから起きるだろ。同じ事だ」と佐川。
そう言って佐川は田中を連れて校門を出た。
「よう、ちゃんと金を持ってきたんだろうな?」と不良。
「金って親から盗めってこいつに要求した金のことか?」と佐川。
「お前、誰だよ?」と不良。
「こいつは俺の身内だが」と佐川。
「そうかよ。じゃ、お前が代わりに出してくれるって訳かよ」と不良。
「俺に金を出せって要求してるのか?」と佐川。
「そう聞こえなかったか?」と不良。
「で、出さなかったら?」と佐川。
「こいつの顔見りゃ解るだろ」と不良。
「つまり殴る蹴るされると?」と佐川。
「何ならタイマンでケリつけるか?」と不良。
「それは願い下げだ」と佐川。
「じゃ、払うもの払え。そいつが約束したんだからな」と不良。
「それは約束じゃなくてカツアゲって言うんだろ?」と佐川。
「だったらどーしたよ」と不良。
「これで成立だな。暴行未遂に恐喝。立派な凶悪犯罪だ」と佐川。
その時、パトカーのサイレンが聞こえた。
「サツにチクってたのかよ、きったねーぞ」と不良。
「市民の権利に何言ってんだ。頭ダイジョーブかよ」と佐川。
とにかくズラかろーぜ、と言って逃げようとする不良の腕を佐川が掴み・・・。
「どこに行くんだよ。話は終わってないぞ」
パトカーから二人の警官が降りた。胸に「島崎」と「楠本」のネームがついている。
佐川は言った。
「こいつらです。暴行未遂と恐喝・現金強要の現行犯。逮捕状は不要ですよね?」
だが「俺達、何もやってませんよ」と、不良は平然とシラを切った。
それを聞いて田中は言った。
「俺、昨日この人たちに殴られてお金を取られたんです。親から十万円盗んで来いって脅迫されました。それでここで待ち伏せされて・・・」
「証拠はあるのかよ」と不良たちは居直る。
田中唖然
その時、佐川は「証拠ってこれのことか?」とポケットからボイスレコーダーを出して音声を再生し、そして言った。
「金を出せとか殴る蹴るとか、はっきり言ってますよ。明白な証拠ですよね?」
「それ、お前が言ったんだろーが」と不良。
「お前等、それを明らかに肯定してるが?」と佐川。
そして警官に「市民の協力により凶悪犯罪を現行犯逮捕。令状は不要ですよね?」と佐川。
「解りました。ご協力感謝します」と警官は言い、二人の不良に手錠をかけて連行。
ボイスレコーダーは証拠品として引き渡された。
「ま、ざっとこんなもんだ」と佐川は笑う。
「ありがとうございます」と田中。
「まあさ、ツッパリなんて、いくら威張ったところで所詮出来るのは殴る蹴るだろ。そんなの戦車やミサイルがある時代に何の役に立つよって事だろ。脅されて言う事聞く奴だって、要は殴る蹴るされるのが怖いだけ。けど言う事聞いたところで、結局は焼き入れるとか言われて殴る蹴るされる。馬鹿かって話だろ」と佐川。
「俺、馬鹿ですから」と田中。
「知らないで馬鹿なのは仕方ないさ。けど、こんなの誰だって解る理屈だろ。馬鹿以前の問題だよ」と佐川。
だが翌日の放課時刻、前日逮捕された筈の二人の不良は再び校門付近に現れた。
青くなる田中。佐川は警察署に電話をかけた。
「はい。上坂警察署生活安全課です」
「昨日、上坂高校前で逮捕された凶悪犯がまた来てるんですけど、どうなってるんですか?」と佐川。
「未遂で証拠不十分という事で拘留期限が切れて釈放されました」と電話口の係員。
「証拠不十分って・・・証拠品としてボイスレコーダーが提出された筈ですが?」と佐川。
「そのようなものがあったとの記録はありません」と係員。
「島崎巡査か楠本巡査はいますか?」と佐川。
「どちらも非番です」と係員。
「・・・」
「暴行などがありましたら、ご連絡頂ければ対処します」
憮然として電話を切る佐川。
「先輩・・・」と田中は絶望を浮かべた目で佐川を見る。
とりあえず、誰か相談できる奴は居ないか・・・と漫研の部室に行く。
部員たちとともに、八木が顔を出していた。
「秋谷さんは?」と田中。
「昨日から学校に来てない」と鈴木。
八木に一部始終を話す。周囲に居る部員達も話を聞いた。
「なるほど、そんな事が」と八木。
「けど証拠品が消えるとか・・・」と鈴木。
「警察の上層部と繋がっているんじゃないのか?」と佐川。
「たかが高校生の不良グループだぞ」と八木。
「いや、バックに暴力団が控えている・・・って場合もあるんだよ」と佐川。
「どうするよ。頼みの証拠品も闇に葬られたし」と八木。
「証拠ならあるぞ」と佐川はポケットからボイスレコーダーを出して、昨日録音した音声を再生する。
「二つ用意してたのかよ」と八木。
「それを出して今度こそ、ちゃんと逮捕してもらいましょうよ」と田中。
「けど、また消されるんじゃないの?」と高梨。
「もっといい使い道があるぞ」と佐川。
佐川は一年生の時に加入したチャットルームに「ぼっちっちさん」のハンドルでこの件について書き込む。
一般生徒を暴行して金銭を奪った不良が逮捕されたが、簡単に釈放されて再び被害者に危害を加えようとしている。上坂警察署との闇の繋がりにより提出された証拠品は湮滅された・・・と。
そしてボイスレコーダーの音声データを添付。
「これで祭りになる。まあ、喰い付く奴が居ればだが・・・」と佐川。
「喰い付く奴、いるかな?」と八木。
「祭りが起きないなら、起こせばいいさ」と佐川。
八木はチャットルームに登録して、反応する書き込みを打った。その場に居た部員たちも登録して書き込む。
さらに彼等は学校に居たクラスメート達を誘い、十数名が登録して上坂署を非難する書き込みを行い、釣られて反応する者も現れて盛大な炎上が始まった。
彼等は様々な掲示板にリンクを貼り、この件を伝え、互いに反応する書き込みを交換する。
そして上坂署の電話番号を書き込んだ。
あちこちで炎上するのを見て、彼等はネットを見た一般人の風で立て続けに上坂署に抗議の電話をかける。
「そろそろかな」と佐川は110番通報し、田中を連れて校門を出た。
「昨日はよくもやってくれたな」
「この野郎、覚悟しろ」
そう息巻いた不良たちは、通路の両側から数人の生徒が歩いて来るのに気付いた。異常を察知し不安になる不良。
佐川は再びボイスレコーダーを出して、録音したばかりのデータを再生する。そして言った。
「凶悪犯が保釈中に再犯。終わりだな」
パトカーのサイレンが近づく。
その夜、佐川は鹿島に電話した。
「それは千字会だな」と鹿島。
「何だそりゃ」と佐川。
「元は上坂総合高校の不良グループがいくつかの高校の不良をまとめたのが始まりさ。そいつらが卒業してヤクザに入った後、後輩を使ってグループを広げて近隣の高校に勢力を伸ばし、今じゃでかい組織になってる。警察にも協力者が居て、どうやって潰すか・・・って矢吹とも話してた所さ。けど、ここまで騒ぎが大きくなったら、奴等も簡単には動けない。捕まった二人を辿れば構成員を洗い出す事も容易になる」と鹿島。
「そんな奴等だったのかよ」と佐川。
「あいつら、このあたりの高校生を脅して万引きとかやらせて資金源にしてるんだよ。田中も下手すりゃそうなる所だった」と鹿島。
「ひでーな」と佐川。
「後は俺達に任せろ」と鹿島は言った。
鹿島と矢吹は在学中に張り巡らせた人脈を辿って不良とその被害者の情報を集め、各校のサーバーに侵入して生活指導の情報を漁り、警察の補導歴を調べた。
そして数十人の不良メンバーとその被害者の名簿を各校と警察に突き付けた。
多人数の不良が逮捕され、奴隷のようになっていた被害者たちは救われた。
被害者たちの家族は鹿島光則探偵事務所に千字会組織の全容解明を正式依頼。
鹿島父の働きで千字会のリーダーは逮捕され、卒業・退学してその犯罪に加担していたメンバー達も捕まり、千字会は壊滅した。
なおも続くネットの炎上と警察への批判の中で、千字会と繋がりを持つ警察幹部への追及は続いた。
数日後、佐川の元を一人の弁護士が訪れた。
彼は被害者の保護者グループに依頼されて裁判の準備をしているという。事件について話を聞かれる佐川。
一通り聞き終わると弁護士は言った。
「佐川君は国立大の法学部を志望していると聞いたんだが、実は私はあそこで講師をしていてね、君のような人が入学してくれるのを楽しみにしているよ」
「一般試験ですから受かるとは限りませんけどね」と佐川。
「私は受かると信じているよ。それで君は弁護士を目指すのかね?」と弁護士。
「いえ、司法書士程度にしておこうかと」と佐川。
「裁判は君のような人が本当の意味で戦うための場所なんだけどね」と弁護士。
「だって悪い奴の弁護だってしなくちゃでしょ? それに弁護士の団体って、変な利権団体のための政治運動に加担しているじゃないですか。なので俺、ああいう人達を信じない事にしてるんですよ」と佐川。
彼は笑って言った。
「そんなの信じる必要は無い。弁護士は団体や偉い人の権威に基いて戦うんじゃないんだ。ただ法律だけを根拠とするのが我々の戦いだよ」
「けど、変な法律だってありますよね」と佐川。
弁護士は言った。
「確かに法律は政治家が作るから、変なのもある。外国に行くと、もっと酷いものもね。けど、そんな法の基になる法理論ってものがあるんだよ。ちゃんと正しい法律はこうでなければならない・・・って基準がね。それを破るから変な法律になり、それは法理論によって批判されるんだ。弁護士だって裁判官だって駄目な奴はたくさん居る。弁護士団体だってね。そういうのに対して、君が弁護士として自分の頭で考えて、君の言葉で駄目だって言えばいいんだよ。それが正しさのために戦うって事さ」
その後、田中はツッパリルックを止めた。
剃り込んだ所に毛が生え揃うには時間がかかるので、カツラと付け眉毛はしばらく必須だ。
そして彼は言った。
「俺、ツッパリ漫画、止めます。互いに喧嘩ふっかけて粋がるより、もっとかっこいい生き方ってあると思うから」
彼は、新しい分野としてギャング漫画を描き始めた。
暴力に満ちた殺伐とした作品世界。
彼が描き上げた短編漫画を読んだ周囲は一様に思った。
(病状、悪化したんじゃ・・・)




