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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
113/343

第113話 年越しin中条家

 期末試験以降も中条は村上のアパートで受験勉強を続ける事が多かった。


 時々家に帰るが、一人では寂しさを感じてあまり集中できない。

 日本史の資料を使った問題は村上が得意だ。

 国語の成績は中条は悪くないが、得意なのは漢字で、文章解釈はあまり得意ではない。国語の長文問題もまた村上から見てもらう事が多かった。

 英語の長文問題は秋葉が得意で、しばしば解らない所を彼女から教わった。


 そんな中でクリスマスが終わると、村上のアパートで「今年も秘密基地で年越し、する?」と秋葉が言った。

 すると芝田は「けど里子は、受験生としてどうなんだ? 合格した時が新年だって言う奴も居るが」

「芝田がそういうガンバリズムを気にするのかよ」と村上は笑って「里子ちゃんとしては、どう?」と確認する。

 中条は「今まで甘えていたけど、お祖父ちゃんが一人で年越しするのは寂しいと思うの」

「お爺さんは何て?」と村上。

「里子が友達と楽しく新年を迎えて欲しいって」と中条。

「本人がそう言うなら」と芝田。

「いや、そう言ってくれる人の事をこそ大事にすべきだと思う。たまには家族で正月を、ってのもいいかもね」と村上。



 その夜、娘から話を聞いた秋葉母が言った。

「だったら中条さんのお爺さんをみんなで囲んで年を越したらどうかしら。出来れば村上君のお父さんや芝田君のお兄さんも呼んで」

 秋葉は「あの家に大勢で押しかけるの? いくら何でも迷惑では?」と言う。

 だが母は「それはお爺さん本人が決める事よ」と、さっそく中条家に電話。

 受話器を置くと秋葉母は「お爺さん、喜んでいたわよ」


 翌日、秋葉母は娘を連れて中条家へ。中条と祖父が出迎えた。

「秋葉奈緒と申します。睦月の母です」と秋葉母。

 大勢で年を越すのは何年ぶりかと、祖父は喜んだ。

 中条はまもなく受験勉強のため自室に戻り、秋葉母は中条祖父からこの家での年越しの習慣について聞く。

 といっても中条家では年越しに大した拘りは無い。お節料理について打ち合わせ、食材は自分達が当日用意するからと念を押した。

 そして半日、中条家の大掃除を手伝って、秋葉母子は帰宅。


 その後、彼女は村上父に電話して、中条家での年越しに参加するよう話す。

「今年は帰るかどうか決めて無いんですが」と村上父。

「お子さんが結婚すれば、あのお爺さんは家族になるのよ」と秋葉母。

 その後も繰り返し電話して村上父の参加を了承させた。

 芝田兄は恋人の市川と大晦日を過ごすつもりでいて、どうせなら二人とも中条家に来ては・・・と秋葉母が言うと、半分その気になったものの、彼の恋人が遠慮した。


 秋葉は芝田と村上に、中条家での年越しの計画を伝える。

 電話で話を聞いた村上は、あのがらんとした家で四人がその家族とともに迎える新年を思い浮かべた。

 中条は大晦日の夕食を食べたら、また部屋に戻って勉強するのだろう。自分もあそこで勉強を見てあげる事になるのだろう。

 もしかしたら、中条にとってはそちらの方が集中できるのではないだろうか。



 それぞれの家で大掃除を終える。

 大晦日の前日、村上父が帰宅。

 翌朝、秋葉母が娘を連れて村上家に赴き、アパートに来ていた芝田とともに秋葉母の車で中条家に行く。

 中条の祖父が出迎え、村上達は中条の部屋へ。

 秋葉母と村上父は茶の間でしばらく中条祖父と茶飲み話。やがて秋葉母は村上父を連れて、食材の買い出しに出た。

 中条の部屋では、芝田の膝に座って机に向かう中条の左右に村上と秋葉が陣取って、国語の長文問題をあれこれアドバイスする。


 やがて秋葉母と村上父が戻ると、全員で昼食。

 秋葉は母親とともにおせち作り。村上父が手伝う。

 芝田は中条祖父と正月飾り。

 村上は中条の部屋に残って勉強を見た。



 夕方にはおせちが完成する。そして夕食。年越しそばと焼き鮭と雑煮と大晦日のおかず。大人たちは御神酒を注ぎ合う。

 四人の高校生も、ほんの少し盃に注いだ御神酒を口にした。


「有難い事です。こんな賑やかな年越しは何年ぶりだろう」と中条祖父は感無量な笑顔を見せた。

「里子ちゃんが結婚すれば、毎年こうなりますよ」と秋葉母。

「まるで里子の両親と兄が戻ってきたみたいで・・・」と中条祖父。

「しかもお兄ちゃんが二人になったみたい」と中条が言うと、秋葉が「お姉ちゃんも・・・でしょ?」と悪乗りする。

「芝田は里子ちゃんと義兄妹なんだろ?」と村上は笑う。


 すると秋葉母は「倫也さん、拓真君と里子ちゃんが兄弟なのに、真言君と睦月が赤の他人なんて不公平ですよね?」

「いや、それは・・・」と村上父がまごつく。

「でも、この二人も兄弟になれますよ。しかも正式に。私と倫也さんが結婚すれば・・・」と秋葉母。

 村上父は盛大に吹いた。

「嫌ですか?」と秋葉母は物欲しそうな目で村上父の顔を覗き込む。

「私、もしかして求婚されてます?」と村上父。

「そう聞こえませんでしたか?」と秋葉母。

 中条祖父は笑って「村上さん、受けてはどうですか? こんないい再婚相手、他に居ませんよ」



 秋葉はそんな自分の母親を見て爆笑。そして言った。

「なるほど、そういう事ね。お母さんがここで年越ししようって言い出したのって、里子ちゃんのお爺さんを味方につけて、真言君のお父さんを説得させるためだったのね」

「あら、おめでたい話よ。そうですよね? 宗次郎さん」。宗次郎は中条祖父の下の名前だ。

「そうですよ。村上さんは再婚する気は無いんですか? それとも他に好きな人でも?」と中条祖父。

「私、結婚は懲りてまして・・・」と村上父。

「前の奥さん、浪費家だったんですよね。けど、私はこれでも倹約家よ。貯金だってあるし、夫に迷惑かけたりしないわ」と秋葉母。



 中条祖父はなお続ける。

「村上さん、人は一人で居てはいけない。人間って、人と人の間って書きますよね。誰かと一緒に居てこその人間なんですよ。私も里子が生まれる少し前に妻を亡くしましてね」

「辛かったですか?」と秋葉母が悲しそうな声で言った。


「それはもう。だからその後すぐ里子が生まれた時、まるで妻の生まれ変わりのように思ってしまいまして、この子の父親に頼んだんです。あの人の名前から一文字とって、赤ん坊の名前をつけてくれと」と中条祖父。

「それで里子・・・ですか? いい名前じゃないですか」と村上父が言った。

「けど、この名前を"さとご"って読むと、生みの親の元を離れて育ての親に引き取られた子供、って意味になるんですよ。これではまるで、親に捨てられるべくして生まれたみたいじゃないですか。その因果か知りませんが、母親に捨てられてしまいました。里子には本当に申し訳ない事をした」と中条祖父。

「お祖父ちゃんのせいじゃないよ。私、大丈夫だよ」と、中条は身を乗り出し、悲しい顔で訴える。


 そんな中条を見て村上は言った。

「もしかして、それって豊臣秀吉が最初に生まれた子に棄丸って名付けたのと同じ意味で付けたんじゃないでしょうか?」

「どういう事?」と中条が興味深そうな顔で聞く。

「一度捨ててから拾って育てると丈夫に育つっていう考え方があるんだよ」と村上。

「いや、里子の父親は、単に"さとご"って言葉を知らなかったんです」と、祖父は笑って言った。



 夕食を食べ終わると、中条は部屋に戻って勉強再開。村上も一緒に行って勉強を見る。

 残った人達はテレビを見ながらわいわいやる。


「真言君は一緒にテレビ見なくていいの?」と中条。

「大晦日のテレビなんて、残念な歌番組くらいだからね」と村上。

 机の前の椅子に村上が座り、その膝の上に中条が座る。

 問題集を広げ、背後から村上があれこれ解説する。村上の膝の感触が中条の不安を和らげる。

 十時ころ、入浴の順番が回ってきた。



 年明け10分前に二人で茶の間に降りる。

 時計を見ながらカウントダウン


 年明けとともに一斉に「あけましておめでとうございます」

 中条の祖父は「部屋はいくつもあるので、好きな部屋を使って下さい」と言って、自分の部屋に入る。

 秋葉母は村上父を、かつて中条の両親の寝室だった部屋に引っ張り込む。

 芝田と秋葉は、二階の中条の部屋の隣の部屋に入った。かつて中条の兄が成長したら使う予定だった部屋だ。



 翌朝の元旦。


 全員で日の出た方角へ向けて柏手を打つ。

 お節の重箱を開けて朝食。御神酒を注ぎ、餡子餅と雑煮を盛り、焼き鮭を並べる。

そして全員で「明けましておめでとうございます」

「中条家の幸せな年のために」と村上父。

「村上家と秋葉家と芝田家の幸せのために」と中条祖父。

「それから里子ちゃんの合格のために」と村上。


 食べ終わったら初詣に行こうという事になる。

 大人三人と高校生四人で上坂神社へ。



 今年も和服完備の小島・山本・水沢に出くわす。

「芝田達は今年は家族連れかよ」と小島。

「里子の合格祈願だからな」と芝田。

「あら、お友達?」と秋葉母。

 水沢はクラスメートの親達に能天気な笑顔で「あけおめ」


 秋葉が母親に「クラスメートの小島君と・・・」と説明するが、言い終わらないうちに秋葉母は「弟さん妹さんのお世話をしてるのね。感心だわ」

「いや、あの二人も背は小さいけどクラスメートだよ」と秋葉が慌てて説明を付け足す。

「俺、子供じゃなくて高校生なんだけど」といじける山本。

 一方、小島は「で、誰の家族? 意外と大家族なのな」と村上に聞く。

 それを聞いて秋葉母は「あら、私たち夫婦に見えるかしら、ですってよ倫也さん」と喜び、村上父の腕を引っ張る。

「何? あのオバサン」と山本があきれ顔で秋葉に言う。

 秋葉は「気にしないでいいわよ。ただの結婚脳だから」と言って笑った。

 そして「里子の祖父です」と中条の祖父

「真言の父です」と村上父

「睦月の母です」と秋葉母


 小島達と別れ、石段を登って社前で七人並んで柏手を打つ。

「里子ちゃんが無事、合格できますように」と村上たちは祈る。

 そして秋葉母は隣に居る村上父をちらっと見て「幸せに結婚できますように」



 中条家に戻ると、祖父は来客たちに、おせちが片付くまでは滞在して欲しいと言った。

 彼等は了承し、一日の夜は中条家に泊まった。

 四人の高校生は中条の部屋で、問題集の長文問題で勉強会。



 村上父は二日に赴任先へ立った。


 別れ際に秋葉母は言った。

「今、私に、自分と再婚しないか、って言ってくれている人が居るの。素敵な人で経済力もあって、奥さんとは別居中で、いい話なんだけど、色々と拘る人でね。そこらへんがうまくいくか心配なの。だけど、倫也さんが私と再婚してくれるなら、それが一番うれしいの」

 村上父はかなり動揺したが、彼女に笑顔を向けて、言った。

「俺とその人の問題は別だと思う。俺はまだ再婚する気にはなれないし、今後そういう気持ちになる保証は無い。チャンスだと思うなら、無駄にする必要は無いと思う」


 その会話を聞いていた村上は、数日後、秋葉にその話題を振った。

 すると秋葉は「そんな話、無いわよ。村上パパを口説くための作り話に決まってるじゃない」と笑った。


 そして数日後、村上が父と連絡したついでに「奈緒さんにプロポーズしてる人が居るそうだが、どうなったか聞いてるか?」と父に聞かれた。

「それ、親父を釣るための作り話だってさ」と村上。

「そうだろうな。そんな所だと思った」と村上父。

 父は笑って電話を切った。


 携帯を切ると、村上父は溜息をついて呟いた。

「危なかったぁ」

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