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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
111/343

第111話 渋谷さんの後輩

 園芸部に男子が入部。

 一年生の中川誠也。文化祭の料亭を見て入部する気になったという。


 始めての後輩に、そして園芸部を引き継ぐ人材が現れた事を渋谷は喜んだ。

 季節的には花壇で野菜を育てる作業はそう多く無い。冬野菜の収穫くらいなものだ。

 大根にキャベツに白菜。渋谷は勇んで中川を花壇に連れて行き、作業を手伝わせる。


 だが、中川が畑仕事を楽しんでいるようには、渋谷には見えなかった。



「中川君、何がしたくて園芸部に入ったのかな?」

 三年二組の教室。片桐を前に、渋谷は悩みと疑問を言葉にした。。

「文化祭の料亭を見て・・・って事は、実は本当にやりたかったのは料理なんじゃないの?」と渡辺。

「だったら家庭科部に入ればいいのに」と薙沢が不満顔で言う。

 薙沢の脳裏に、昨年の文化祭のバザーで貴重な男手として協力してくれた津川と芝田の姿が過った。


「いや、男子が多い所で女子が一人、ってのは居心地いいらしいけど、女子が多い所で男子が一人ってのは居心地最悪だぞ」と佐川が言った。

「女だけで結束して男は仲間外れ・・・ってパターンな」と鹿島が言う。

「八木はどうだったんだよ。漫研に入った時は女集団だったんだろ?」と芝田が聞く。

「あの時は藤河さんのパートナーとして入った訳だし」と八木は言って頭を掻く。

「それに、八木の基準じゃ、周りに女子が居て勝手に仲良くしてれば、他に何もいらないんだろ?」と岩井が笑う。

「そうだよ。女の園って男の夢だろ?」と八木は真顔で言う。

「はいはい妄想乙」とあきれて笑う男子達を見て、宮下が口を尖らせた。

「妄想じゃないわよ。女子だけだと楽しいし、男が居ないからむさ苦しく無いし、世の中閉鎖的なのだって男社会だからだし、はっきり言って男は邪魔!」

「はいはいゲスレズ乙」とあきれて笑う男子達。


「まーさ、女権運動を学問だと思ってる、どこぞの肩書だけ教授の偏見学説はともかく、例えば八木の好きな百合日常系アニメ作ってる丹波アニメーションって会社、創業者から社員まで完全な女中心社会で、男性は露骨に差別される閉鎖集団らしい。作品のファンで入社したいって奴も居るけど、止めとけって言われるそうだ」と村上が解説。

「だって、ああいう作品って男性向けだろ?」と八木が反論。

 だが「そういう感覚で作った作品を有難がる奴が居るって事さ」と佐川が言うと、その場に居る全員の視線が八木に集中した。

「何で俺を見るんだよ」と言って八木は口を尖らす。

 すると村上が「まあ、個人の趣味は別として、少数派が快適に居続けられる場所か?・・・ってのは、その集団の価値を決める大事な基準の一つだとは思うけどね」

「ともあれ、中川が料理が好きかどうかは、やってみれば解るさ」と武藤が笑った。



 渋谷は収穫した冬野菜を使った料理を試作しようと、中川を伴って調理実習室に入った。武藤と松本が協力する。武藤の桂剥きの技が冴え、松本の指示で中川はキャベツを刻む。

「中川君、調理は楽しくない?」と乗り気の無さそうな中川を見て言う渋谷。

「あまり、やってなかったんで」と中川。


 その後、中川が一年の教室に戻ると、三年二組の教室で面々は頭を傾げた。

「調理でもないとすると、中川がやりたい事って何なのかな」と武藤が言う。

「もしかして、目当ては渋谷さん?」と言い出したのは吉江だ。

「え?・・・」

 渋谷の脳裏に、農家の婿・・・という言葉が過る。


 翌朝、渋谷が属する二年三組の教室。登校してきた渋谷を見てクラスメート達は唖然とした。

 渋谷のいかにもな厚化粧に男子達は引き、渋谷に一体何があったのかと誰もが訝った。

 放課後、園芸部で白菜の収穫の続きをやる。外側の部分を取り除いて野菜屑を発酵させる容器に入れながら、中川が言った。

「渋谷先輩、その化粧、どうしたんですか?」

「解る?」と嬉しそうに反応する渋谷に、中川は冷淡な口調で言った。

「あまり似合ってませんよ」



 三年二組の教室で片桐と渡辺を前に愚痴をこぼす渋谷。

「結局、渋谷さん狙いって訳でもなかったのかよ」と内海。

「結局あいつ何がしたいんだ?」と清水。

 そんな彼等を見ていた佐川は、席を立って教室を出る。そして数分後・・・

「連れてきたぞ」と言って教室に入って来た佐川の隣には中川が居た。

 渋谷唖然


「佐川、お前ってデリカシーってものが無いのかよ」と仲間達は声を揃えた。

 だが佐川は「こういう事は言葉ではっきりさせるのが一番なんだよ」

「そうね。口で言わないと解らない事ってあるわよね」と岸本も言った。


「それで、何なんですか?」と中川。

「要するに、君は何がしたくて園芸部に入ったのか・・・って事だよ」と佐川。

「もしかして、俺が入部するのって迷惑でした?」と中川。

 渋谷は慌てて叫んだ。

「どうしてそうなるのよ。やっと入った部員で、これで部も存続できて・・・。だけど中川君、畑仕事全然楽しそうじゃないし、文化祭でやったみたいな料理に惹かれたのかなって思ったけど、そうでもないみたいだし・・・」


「もしかして渋谷先輩目当てなのか・・・って? それであの化粧?」と中川。

「あのな、中川君、女性には二種類居るって知ってるか? 男性が自分を好きだと思った時、そいつを好きになる女性と、嫌いになる女性だ。どっちが可愛いと思う?」と津川。

 慌てて中川は「俺、渋谷先輩は可愛いと思う」

 渋谷は更に慌てて「わわわ私は別に、そそそんな事聞きたい訳じゃないんだからね、かか勘違いしないでよね」と顔を真っ赤にして言う。

「渋谷さん、そういう似合わないツンデレ小芝居は要らないから」と渡辺は困り顔で言った。

「小芝居じゃないんだけど」と渋谷は更に困り顔。



 中川は溜息をつくと、語り始めた。

「俺の家、農家なんです。それで俺が跡を継ぐ事も決まってるんですが、正直、農業ってあまり好きになれなくて、だけど渋谷先輩が楽しそうに野菜の世話してるの見て、もしかして渋谷先輩と一緒なら、農業が楽しいと思えるのかな? って」

 それを聞いて渋谷は力いっぱい断言した。

「楽しいと思えるわよ、絶対、根拠は無いけど」

「根拠は無いんだ」と残念そうに言う中川。


 その時、渡辺は言った。

「仮にだけどさ、もし中川が農家の跡継でなくてもいいとしたら、将来、何をしたい?」

「普通に会社に勤めますよ。で、出来ればその会社の経営に参加する立場になりたいです」と中川。

「君は会社経営に興味があるのか?」と渡辺。

「渡辺先輩は大学出たら会社を創るんですよね?」と中川。



「あのさ、中川君、渋谷さんは出来れば将来、農業会社を創るって夢があるんだそうだが、その会社の経営をやるってのはどうかな?」と渡辺。

「農業会社?」

「農業を辞める農家から農地を借り集めて大規模経営するの。けど私、農業は好きだけど経営ってよく解らなくて」と渋谷が言う。

 中川は思った。

 (そうか。農業に必要なのは作物を育てるスキルだけじゃないんだ)


「けど俺、実家の農家継がなきゃいけないし・・・」と中川は残念そうに言う。

「いや、だから中川君の家の農地もその会社で耕作すればいいだけだから」と渡辺。

「あ・・・・」

 中川は笑顔を取り戻して、言った。

「雇われ経営者って訳ですか。いいですね」と中川。

 渋谷にはその"雇われ"・・・という部分が少しだけ残念に思えた。

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