第110話 反撃の中条さん
期末試験が終わった直後、中条は進路指導室に呼ばれた。村上に付き添われた中条が入室する。
来客用のソファーに相馬教諭ともう一人。
「来たか中条・・・と村上は付き添いか。ちょうどいい。二人とも入りなさい」と相馬は二人に入室を促す。
二人は来客の男性に一礼し、相馬の隣に座る。
「こちらは県立大の入試課の方だ」と相馬は来客を紹介した。
「どうも」と村上・中条が一礼する。
「君が村上君だね。しっかりした生徒だと試験官の先生も褒めていたよ」と来客は言った。
「恐縮です」と村上。
「それで、中条ですが、どこらへんが足りなかったんでしょうか?」と相馬が切り出した。
「学科はそれなりに書けていたし、小論文もまあ及第点だったんですが、問題は面接でして・・・」と来客。
「やっぱり声が小さいとか?」と村上。
来客は言った。
「一番問題なのは志望動機が弱いって事なんですよ。中条さん、もしかして友達に合わせて学校選びました?」
「違うんです。ここに行きたいって言いだしたのは中条さんで、俺が合わせたんです」と村上が慌ててバレバレなフォロー。
来客は笑った
「いや、それが悪い訳じゃないんです。そういう人は他にも居ます。要はそれならそれで、それ以外にこの大学で無きゃって理由があるか?・・・って事なんです。それとね、何故文学部なのか、ここで何を学びたいか、自分の将来にどう生かしたいか、そういう具体的なビジョンがあるか?、っていう問題なんですよ」
「そうだったんですか・・・」
「それで君は一般試験を受けるつもりはありますか?」と来客は中条に訊ねた。
「受けたいです」と中条は即座に答えた。
「一般試験は学科と面接ですが、学科中心で競争も厳しくなりますよ」と来客。
彼は一般入試の傾向について語り、中条に励ましの言葉を与えて去った。
教室に戻ると、芝田と秋葉が「何の話だった?」と聞く。
県立大から来た来客が言った事を話す。
「結局、里子ちゃんは本番の面接で志望動機をどう答えたの?」と秋葉。
「例えば県立大を受けた理由とか聞かれた?」と芝田。
「卒業生の就職先がしっかりして、教授陣が活躍している人で・・・」と中条。
「卒業生の就職先って、自分もそういう所に入れるようにって事だよね。具体的に聞かれなかった?」と言ったのは村上だ。
「聞かれたけど、うまく答えられなかった」と中条が答えた。
「それで、教授陣って具体的には?」と芝田。
「上山教授とか下山准教授とか」と中条。
「その人達がどんな活躍してる所に惹かれたとかは?」と秋葉。
「聞かれたけど、うまく答えられなかった」と中条。
「文学部で何を学びたいかとか、聞かれた?」と村上。
「幅広い教養を身に付けたいと」と中条。
「例えばどんな教養を?」と芝田。
「聞かれたけど、うまく答えられなかった」と中条。
全員、溜息をつく
「将来どんな社会人になって、どんな仕事に就きたいって聞かれた?」
「英語が得意なのでコミュニケーション能力を生かせる仕事を・・・って」と中条。
「コミュニケーション能力は普通日本語前提だろ」と芝田。
「それにコミュニケーション能力っていっても、里子ちゃん見て、そういうのが得意な人じゃないってバレると思うよ」と村上。
「そもそも、文学部出て就く仕事って、何があるんだ?」と芝田。
「教師とか事務とか・・・かな?」と村上。
「事務なら、やれると思う」と中条。
「それ、面接でアピールできる事か?」と芝田。
放課後、四人で村上のアパートに行く。
村上のパソコンを開き、ネットで文学部の面接について検索し、志望動機に使えそうなネタを探す。
大学入試対策のホームページを見つけ、文学部の面接対策についての解説ページを開く。
「文学部の志望理由にはその特性をアピールしよう。語学の勉強やゼミナール型授業での議論でコミュニケーション能力が磨かれる。公務員、サービス、金融、広告、出版、小売、製造などに就職できる」
秋葉と芝田は溜息をついた。
「結局、里子が答えたような事しか書いてないじゃん」と芝田。
「まあ、一般的な話だと、そうなっちゃうよな」と村上。
「県立大学の情報案内に、文学部の教授や講師の紹介とか書いてなかった?」と秋葉。
「ピンと来る人が居なくて・・・」と中条。
「案内の情報量って限りがあるからね。他にどんな事をやってるか、ネットで検索してみたらどうかな」と村上。
県立大のホームページを開くと、教授・講師の一覧がある。一人づつ検索して活動内容を調べる。そして講師の一人を見て、中条が声を上げた。
「この人、小説家だ。作品も読んだ事がある」
村上・芝田との三人デートの時、読んでいる小説について聞かれた、その時の小説の作者の名前だった。別の作品がアニメの原作にもなっている。
「だったら使えるじゃん」と仲間達は喜んだ。中条は笑顔を見せつつ、心の中を疑問が過った。
(けど私、その人からどんな事を学びたいんだろう)
「後、一般入試の勉強が必要だよね」と秋葉の一言が現実に引き戻す。
「推薦の時とは違うのか?」と芝田。
「資料を使った問題や長文の意味を問うとか、応用力が試されるらしい」と村上が説明。
「私、そういうのって、あまり得意じゃないから」と中条は自信無げに言う。
「基礎はやってきたんだから、後は慣れ・・・だろうな」と村上。
借りてきた過去問を広げ、勉強を始める。中条が詰まると村上が解説しながら解いてみせる。
その後も中条は村上のアパートに入り浸り、一緒に問題集を解く日々が続いた。
そして、志望動機について考える。自分は何を学びたいのか。そして自分は大人になって何をしたいのか・・・。
指定校推薦の面々は軒並み合格した。準看護学校の篠田と薙沢にも合格通知が来た。
そして国立大組の合否通知が来る。殆どの者が合格したが、佐川は不合格だった。
「佐川君、大丈夫?」と中条が彼に声をかける。
自分一人だけ不合格だった寂しさが身に染みていた中条には、同じ痛みを受けているであろう佐川が気がかりだった。
だが佐川は平気そうな顔で「大丈夫か・・・って、何が?」
「何って、入試に落ちた事が・・・」と中条。
「ま、こうなる可能性は織り込み済みだからね。実は一般入試の試験勉強は並行して進めていたよ」と佐川は事も無げに言う。
「そうなんだ」
「ま、落ちたら落ちたで浪人でもすりゃいい話だし」と佐川。
「佐川君って強いね」
そんな会話を篠田は、少し離れた所で、寂しそうな表情で聞いていた。
放課後、佐川と篠田が連れ立って帰宅する。
篠田はぽつりと言った。
「佐川君って強いね」
「何が?」と聞き返す佐川に篠田は言った。
「落ちたら落ちたで浪人でもすりゃいい話だし・・だって?」と篠田。
「聞いてたのかよ」と佐川。
そして、篠田は悲しい目で佐川に訴えた。
「何でそんなに強がるのよ。そりゃ、中条さんの前で弱音吐きたくないだろうさ。同じ立場の中条さんに、ますます辛い状況なんだって思わせちゃうものね。だけど、私の前でくらい弱み見せてよ。何のための彼女だよ!」
「そうだな。薫子、合格おめでとう」と佐川。
「私の事はいいのよ!」と篠田。
佐川は軽く溜息をついて、言った。
「まあ、お前に弱み見せるのはいいさ。けど俺は自分自身に弱みを見せる訳にはいかないんだ」
「・・・」
「それにさ、泣いたって現実は変わらないだろ?」と佐川。
「ねえ、佐川君。こうなったのって、私が東京に行くな・・・って言ったからだよね。東京だったらこういう勉強出来る大学がたくさんあって、いくらでも滑り止めが受けられるものね」と言う篠田の声が涙を帯びる。
「今更何言ってるんだよ」と佐川。
篠田は佐川の目を見つめて「今からでも出願できるんでしょ? 東京に行ってもいいよ」
「行かないよ」と佐川。
そう言って佐川は篠田の両肩に手を置いて、言った。
「薫子、お前が好きだ」
篠田は「それ、今日まだ一回目だよ」




