第11話 女子会地獄
その日の放課後、中条達が三人で帰ろうと生徒玄関に来た所で、杉原に呼び止められた。
「ちょっと村上君に聞きたい事があるんだけど」
そう言うと杉原は玄関の外を指さして、隣に居た秋葉に一言、ここで待ってるように言った。他の人達も・・・という事なのだろうと、村上達は察した。
玄関を出て建物の蔭まで来ると、杉原は言った。
「あんた達のどっちが中条さんと付き合ってるの?」
「付き合って・・・はいないな。まあ、友達?」と村上。
「それにしては距離が近すぎに見えるんだけど。膝の上に乗るとかハグとか」と杉原。
「まあ、俺等もいろいろあって、ああなって居る訳なんだが、説明が必要?」と村上。
「いろいろ言う人がいるからね。あんたらにとっちゃ大きなお世話だろうけど」と杉原。
「言う人って女子だろ。自分達どうしでやってる事じゃん」と村上。
「同性と異性じゃ意味が違うだろうって事よ」と杉原。
「意味は他人が決める事じゃないと思うけどね。それに同性だからって簡単に友達作れない人もいるよ。俺達は異性だからじゃなくて、たまたまそうなったってだけなんだが」と村上。
「じゃ、中条さんには同性の友達は必要無いって事?」と杉原。
「もしかして杉原さん、中条さんと友達になりたいの? だったら誘うなり何なりすればいいだけの話じゃん」と村上。
村上にも、中条に同性の友達も居たほうがいいのでは・・・という考えはあった。ただ、他人に心を開くのが必ずしも上手ではない中条が、同性というだけで溶け込めるとも思えなかった。
何より中条の友達としてやっていくつもりの相手がいるか、肝心の中条自身はどうなのか・・・。
杉原は村上とともに生徒玄関に戻ると、中条に「これから三人で遊びに行かない?」と言った。芝田は怪訝な顔をして村上の方を見た。
村上が芝田にそっと耳打ちで「杉原さん、中条さんと友達になりたいんだってさ」と言うと芝田は「ああ」と言って、ますます怪訝な顔をした。
中条はその三人が自分と杉原と秋葉のことであると察すると、表情をこわばらせて半歩引き、村上と芝田の上着の裾を掴んだ。
状況を察した秋葉は「芝田君と村上君も一緒に行こうよ」と二人を誘い、杉原に「いいよね?」と確認した。
そして中条に「だったら中条さんも来るでしょ?」
五人は喫茶店に行き、神社の公園で遊び、少しだけゲームセンターに寄った。
杉原も芝田もあまり乗り気ではなかったが、秋葉が盛んに村上と芝田に話しかけ、最後に写真シールの撮影コーナーでは、男子二人が外で待とうとするのを、五人で撮ろうと言って撮影に引っ張り込んだのは秋葉だった。
翌日も五人で短時間だが寄り道し、その帰り道、杉原・秋葉と別れた後、中条は村上に「女子会ルールってどんなのがあるの?」と聞いた。
杉原から、女子の中で孤立しないために身に付ける必要がある、と言われたとの事だ。
村上も、そういうのがあると聞いた事はあるが、内容は知らないので、部屋に来て一緒に調べよう・・・という事になった。
村上の部屋のパソコンで検索すると、40項目ほどあるという。メールは何分以内に返事を出せとか、人気の男子を誘うのに抜け駆け禁止とか・・・。
とてもついて行けそうにないと弱音を吐く中条に、村上は「少しづつ身に付けていけば大丈夫」と元気づけた。
その週の金曜、中条は村上と芝田に「明日自分の家に来て欲しい」と頼んだ。
週明けに提出する宿題を一緒に・・・という事だが、どうもそれだけではない様子に、心配しつつも行く約束をした。
そして当日、村上と芝田が示し合わせて中条の家に行った。
中条に招き入れられて入ると、そこに居たのは杉原と秋葉だった。更に、間もなく来たのが水上と篠田。
「もしかして、これって女子会なの?」と村上が聞くと、杉原は「そうだけど、何であんた達がいるの?」
なるほどそういう事か・・・と村上は察した。
杉原は水上が仕切るクラスの女子集団に中条を招き入れるために、宿題会を口実にこの会合を企画したのだ。
そして、そこで孤立しない為に女子会ルールを・・・と。
だがその数と、守れそうにない項目の山に怯えた中条は、守って欲しくて村上達を呼んだと。
村上は数あるルール項目のひとつを思い出した。「女子会に男を引き込むべからず」
案の定、宿題会の雰囲気は最悪だった。
ことさら村上と芝田を無視する水上、わざと聞こえるように陰口を言う篠田。それに対抗するように水上達を無視する芝田。
秋葉だけは何とか雰囲気を保とうと、村上達に話しかけ、村上もそれに答えたものの、杉原に制されて秋葉は沈黙。
だが一番辛そうなのは中条だ。もし水上女王様の機嫌を損ねたら、知らないうちにルールに触れて糾弾されたら・・・、そんな恐怖から守って欲しくて村上と芝田に助けを求め、場違いな所に引っ張り込んで嫌な思いをさせてしまった。
そんな後悔で泣きそうになる中条を見かねて、村上が立ち上がった。
「何かおやつ作りたいんだけど、中条さん、電子ジャーにご飯とかある? 使って良ければ、あれを作ろうかと」と村上。
中条が「うん、いいよ。お願い」と言うと、村上は「じゃ、台所借りるね」と言って部屋を出た。
芝田は慌てて「ちょっと待て村上、この戦況で敵前逃亡かよ」
「後は任せたぞ芝田。健闘を祈る」と村上。
「お前なぁ・・・」
まもなく杉原がトイレに行くと言って席を立った。
廊下に出ると、台所の入口で村上が待っていた。手で合図して中に入るよう杉原に促す。台所に入ると杉原は、村上が書いた小さなメモ書きを見せて言った。
「責任を感じるなら付き合えって何よ」と杉原。
「今回の事を企画したの、杉原さんだよね。何でこうなったか解ってる?」と村上。
「中条さんが、あんた達を呼んだからでしょ?」と杉原。
「何で呼んだかだよ。水上さんが仕切ってるクラスの女子会が怖いからだろ」と村上。
「そうやって中条さんがクラスで孤立したままでいいのか? って言ってるの」と杉原。
「孤立って、クラスの女子の間で・・・だよね? それでクラスの女子全員と仲良くやるために、必死にあちこちの機嫌とってアップアップする方が、よっぽど中条さんにとっては怖いって事だろ」と村上。
「それは女子にとって必要な生存技術なの。それとも村上君は、中条さんを自分達だけのものにして独占したい訳?」と杉原。
「独占って・・・」村上は思わず笑い、言った。
「もしかして杉原さん、中条さんに百合的感情でもあるの?」
「そんな訳無いじゃない」と杉原。
「いや、あってもいいと思うよ。それを受け入れるかどうかは、中条さん次第なんだから。けど、同性の友達を・・・ってんなら、先ず自分達の仲間に入れて、仲良くなる方が先だろ。中条さんって、対人関係が苦手で、人に気後れする所があるけど、杉原さんがちゃんと自分を解ってくれる人なんだって認識させる、そういう手順が大事なんじゃないの?」と村上。
杉原は返す言葉も無く俯いた。
暫くして、村上と杉原が大皿を持って部屋に戻った。
「この地獄に俺達を置いてどこに行ってたんだよ」と芝田。
「何これ、いい匂い」と秋葉が、場を盛り上げようとはしゃいでみせた。
「五平餅だってさ。ご飯粒を小鉢で潰してラップで形を整えて串に刺して味噌を塗ってコンロで炙るの。村上君って意外な特技があるんだよね」
さっきとは打って変わった明るい声の杉原。芝田は(話がついたんだな)と察した。
皿を置きながら杉原は、水上にそっと耳打ちする。
了解した・・・と目配せした水上は、表情を繕って「美味しそうね、頂こうかしら」と皿に手を伸ばした。
一変した穏やかな雰囲気の中、宿題会は終わった。