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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第109話 受かる者落ちる者

 11月、杉原の二次試験の合否通知が来る。

 合格である。倍率の高い公務員はある意味最大の難関と思われていただけに、担任の、そして仲間たちの喜びは大きかった。


 村上達は歓声を上げ、クラスメート達も口々に杉原を讃えた。

「あの倍率で合格とか奇跡だろ」と八木が言った。

「大野さんが就職試験に受かるより奇跡だ」と清水が言った。

「どーいう意味よ」と憤慨する大野。


 それは多くの進学組が推薦入試を目前とする中で、幸先の良いスタートとなった。

 とは言え、指定校推薦の生徒に不合格の心配は少ない。

 問題は一般推薦の村上たち県立大学と、鹿島たち国立大学だ。


 県立大学組では、内申と学力に不安のある芝田が、周囲にせっ突かれて勉強の追い込みの最中。

 そしてそんな芝田の姿が、中条にとって「苦しいのは自分だけではない」と感じさせて、一種の救いだった。

 それが中条の救いとなっているのでは・・・と感じる村上は、安堵を感じつつも、実は一種の麻薬のようなものではないのか・・・という不安が脳裏に付きまとった。



 そして本番の日。

 津川を含む五人で電車に乗り、試験会場に向かう。

 プレッシャーなど無いかのように馬鹿話に花を咲かせる芝田。

 眠そうな津川。単語帳を見ている秋葉。

 会場に着くと学部ごとに分かれて、学科・小論文・そして面接。


 日程を終えて帰路に就く中で、やる事をやったという安堵が彼等の口を軽くした。

「どうだった?」と中条。

「ばっちり」と秋葉。

「小論文はちゃんと用紙埋めたぞ」と芝田。

「埋めりゃいいってものでもないが」と村上。

「後は天を運に任せるだけだ」と芝田。

「運を天に・・・だろ?」と津川。


 そんな中で村上は隣に居る中条を見る。

「面接はちゃんと出来た?」という言葉を、何故か口にしてはいけない気がして、村上はそれを無理やりに飲み込んだ。



 合否通知は12月に入ってからだ。

 通知が来るまでの間は不安な日々となる。

 その不安を振り払うかのように、残り少ない高校生活を満喫しようと企画を立てる。



 森林公園の紅葉を見に行こうと計画を立て、前日は村上のアパートに四人で泊まって弁当を調理し、休日の山に繰り出した。

 夏祭りの時に歩いた遊歩道を辿って谷沿いの道を歩く。谷を埋める紅葉が眩しい。


 谷から登る遊歩道の上の芝生広場にある東屋で弁当を食べ、会話が盛り上がる。

「そういえば、高梨さんが言ってた野外ステージって、どこにあるの?」

「行ってみる?」

 紅葉の谷を大回りすると、森に囲まれた広場とコンクリの建造物がある。

「幽霊が出るって雰囲気じゃないね」と芝田。


 山上の城跡に登り、展望台から街を見下ろす。一望する上坂市街の外側に広がる水田と、その中を突っ切る上坂川。向こうには学校とその背後の戦場ヶ峰とその向こうの丘陵もまた紅葉に彩られている。

「あの辺が真言君のアパートだよね」と中条が楽しそうに言った。



 気候が寒さを増す。寒さと不安から逃れようと、中条は村上の体温を求めた。

 芝田と秋葉も気持ちの行き場を求めて秘密基地に入り浸った。



 期末試験が近づく中、それに備えた勉強が始まる。


「どうせ二学期以降の成績は内申に響かないんだろ?」と相変らず呑気な芝田。

「赤点で卒業できなくて合格がパーって可能性だってあるんだぞ」と村上が窘める。

「そうだよ。拓真君は去年の騒ぎ、忘れたの?」と秋葉も笑って言う。

「それにまだ合格って決まってないけどね」


 その中条の、ふざけて言ったつもりの言葉で、みんなも、そして中条自身も現実に引き戻され、力の無い笑いはすぐに消えた。



 そして12月に入る頃、指定校組の合格通知が次々に届く。

 やがて期末試験直前、県立大学の合否通知が届いた。


 津川大輔 合格

 芝田拓真 合格

 村上真言 合格

 秋葉睦月 合格

 中条里子 不合格


 四人の合格者も喜ぶ気にはなれなかった。

 進路指導室で通知を貰って教室に戻る廊下で「みんな合格したね。おめでとう」と中条が精一杯の笑顔を見せた。


「おめでたくなんかねーよ」と怒鳴る芝田の声に中条の肩がピクリと反応する。

「おいこら芝田」と村上は、柄にもなく芝田の胸倉を掴む。

「里子ちゃんの気持ちも考えなよ」と秋葉も芝田を責める中、芝田は言った。

「俺の気持ちはどーなるんだよ。里子が痛いと俺も痛いんだよ」


 それを聞くと中条はわっと泣いて「ごめんね」と言って芝田と村上に抱き付き、二人の間に顔を埋めた。

「ごめんな、里子」と芝田が呟く。

「里子ちゃんは悪くないよ」と村上も呟く。呟きながら村上は思った。

 (いったい何が悪いっていうんだろう)



 五人が教室に戻り、クラスメート達は中条の不合格を知る。

「中条さん、大丈夫?」と清水。

「元気出しなよ」と篠田。

「次は絶対受かるから」と牧村。

 口々に彼女を励ます級友の言葉に、中条の笑顔が戻る。


「で、中条さん、これからどうするんだ?」と津川が訊ねた。

「一般試験で合格目指す」と中条は固い笑顔で言った。

「頑張ってね」と岸本。

「絶対大丈夫だから」と内山。



 その時、杉原が十個近いお守りの束を出した。

「中条さんにはこれをあげる。合格祈願のお守り」

「ありがとう、杉原さん」と中条が受け取ったお守りの束を、周囲の面々が覗き込む。

「けどこれ、ぼけ封じって書いてるよ」と村上。

「こっちは安産祈願」と津川。

「これは交通安全」と芝田。

「合格祈願じゃないじゃん!」三人声を揃える。


「何言ってるのよ。あんた達が買ってきて私にくれたお守りだよ。合格に効く神社をはしごしたって・・・」

 そう言われて、村上・中条・芝田・津川の四名唖然。

「あの時買ったお守りって、こんなのだったんだ」と芝田。

「買ってて誰も気付かなかったのかよ」と清水が言った。

「馬鹿ばっかだな」と佐川も言う。


「けど私、これであの倍率突破して合格したのよ。凄い御利益だと思わない?」

 杉原の言葉に全員爆笑


「確かにそうだな」と芝田。

「まあ、馬鹿と何とかは紙一重って言うからな」と村上。

「みんな、ありがとう。私、一般試験頑張るね」と中条は嬉しそうに笑った。

 すると佐川は「その前に期末試験があるんだが・・・」

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