第107話 開戦!受験戦争
九月、夏休みが終わり、二学期がスタートする。
三年生にとっては本格的な就職・進学の活動の始まりだ。
四名の就職者の面接指導が続く。内海と坂井は動機もしっかりしている。
山本は礼儀正しさに問題があり、敬語をきちんと使えと口を酸っぱくして相馬は言った。
大野は礼儀と服装がなかなか直らない。志望動機も明瞭とは言えない。
練習の度に、相馬はいくつも注意を重ねた。
「飲食店はサービス業だ。客への礼儀が出来なきゃ話にならん」
「清潔感の無い店員が居る所で食事したい奴は居ない」
そんな中で九月半ばの試験開始に向けて各社から案内が来る。
「一分たりとも遅刻厳禁。受付の人にも礼儀正しく。服装はきちんと。会場に足を踏み入れた時から試験開始だ」
相馬は生徒たちを前に、注意を繰り返した。
試験はいずれもその会社の本社で行われる。現地に自力で行く交通手段を確認。
終わったら登校して報告するようにと念押しした。
試験前日、担任は大野にきつく念を押した。
ネイルを塗るために伸ばした爪を指さして「それ、今日のうちに必ず切るように」
試験当日、各生徒の試験の成り行きを案じる担任と進路指導の元に、試験を終えた生徒が次々に登校して報告。
そして数日後に会社から次々に合否通知が届く。
内海重 合格
坂井恵子 合格
山本幸作 合格
大野零未 不合格
喜ぶ合格者達。
はしゃぐ水沢を前に「あんなの楽勝だぜ」とドヤ顔の山本。
高橋と柿崎はそれぞれの恋人の就職決定を喜び、彼等の周囲ではささやかな祝勝会を・・・と動いた。
担任は礼状と入社応諾書類の発送を急かす。
一方で不合格となった大野は進路指導室に呼ばれた。
進路指導の相馬が言う。
「先方の人事の方と合って話を聞いた。どこが駄目だったか・・・って。礼儀がちゃんとなって無い、ってのもあったが、一番駄目なのは爪だそうだ。見せてみろ」
案の定、長いままだ。大野は言った。
「ネイルはギャルのポリシーです。切るなんて出来ません」
「伸ばしたいんだったら社会人になってから自己責任で伸ばせ。今切っても時間が経てば延びるだろ」
そう言ってため息をつく相馬。不承顔の大野。
相馬は言った。
「十月に二次募集の求人票が来る。求人が埋まっていない所だから、有利な所はあまり期待できない。だが今度はその中でも、比較的有利な所での早い者勝ちになる。来たら速攻探して応募するよう、次の職種を考えておけ。これは俺の勝手な感想だが、お前は飲食みたいなサービス業には向かないと思う」
九月後半には杉原の地方公務員一次試験がある。
学力試験を伴う高い競争率の試験に向けて、杉原は受験勉強を続けてきた。
その結果を突き付けられる不安と、ようやく終わるという期待が頭の中でせめぎ合う。
試験前日の昼食で、秋葉は用意した弁当を杉原に渡す。弁当箱のご飯に揚げ物が乗っている。
「かつ丼弁当だよ。これを食べて明日の試験に勝って来てね」と秋葉。
「ありがとう、秋葉。頑張って来るね」と杉原は言い、仲間たちと一緒に、それを食べる。
汁の染みたご飯とともに揚げ物を齧りながら杉原は思った。
(豚肉を揚げたトンカツだからかつ丼だと思ってたけど、牛肉使ったのでもかつ丼って言うのかな?)
食べ終わると、津川が「これを持って行って。こういう時は数に頼るしか無いと思って・・・」
そう言って渡されたのは、十個近い数のお守りだ。
「中条さんのお爺さんが車を出してくれて、村上達と一緒に受験に効くっていう神社をはしごしたんだ」と津川。
杉原は、じーん・・・とした表情で「ありがとう、津川君、村上君達も」
見ると、ぼけ封じやら安産祈願やら交通安全やら・・・。
(同じ神社でも、いろんなお守り売ってるって知らなかったのかな?)
間抜けな面々を目の前に、笑いがこみ上げる杉原を見て、村上は思った。
(杉原さん笑ってる。気持ちに余裕が出たんだな。明日は大丈夫だ)
数日後、合格通知が届いた。
知らせを聞いた村上達は歓声を上げる。
「頑張ったね」と杉原の頭を撫でる津川。津川に抱き付く杉原。
「けど、まだ二次が残ってるから」と杉原は言った。二次試験は十月だ。
十月になると就職の二次募集が始まる。
相馬や中村の危惧を他所に、大野は早々に次の応募先を選んだ。だが、また飲食店だ。
「お前には合わないと思うが」と相馬教諭。
「あたし、ウェイトレスやりたいです」と大野。
相馬は大野が無駄に意地を張ってるのでは、とも思ったが、本人がそう言ってるからには、それなりの想いがあるのだろう。
相馬は会社に連絡し、大野は会社見学をこなし、入社試験の運びとなった。
だが数日後にはまた不合格通知。
大野は日に日にイライラが募り、男子にやたらキモ連呼を飛ばす。
「大野さん、大丈夫?」と心配顔の薙沢。
「面接したオヤジが見る眼無かっただけだし」と大野が口を尖らす。
「人手不足だから、ってのに期待しすぎじゃね?」と山本が言う。
「飲食店はバイトの経験だってあるんだから」と不機嫌そうな大野。
「バイトと正社員は違うぞ。高校生って事で甘やかされた経験で優しい職場期待すると、足元掬われるんだよ」と鹿島が突っ込む。
そんな会話を聞きながら、バイト先で本人が言った話を思い出した小島は、ふと疑問を感じた。
「そういや大野さん、今のバイト先に来る前、バイト先クビになったんだよね? 何やってたの?」
「飲食店だけど」と大野は答える。
小島は更に突っ込む。
「クビの理由とか言わなかった?」
「接客態度が悪いとか、厚化粧が清潔感に欠けるとか」と大野が答える。
周囲の面々唖然
「同じ事言われてたんじゃん。それで改めなきゃ何度でも落ちるよ。やっぱり向いてないんじゃね?」とクラスメイト達。
大野はドヤ顔で「うっせーな。ウェイトレスはギャルの天職だっつーの!」と言うと、クラスメイト達に、以前に受けた指導について語った。
夏休み、大野が進路指導室で求人票を前に就職先を決めかねていた中、中村担任と相馬進路担当は必死に大野を急かした。
「給料も休みも大して変わらないのに、どうやって決めろと?」と文句を言う大野に、相馬は言った。
「自分のために会社が・・・じゃなくて、会社のために自分に何が出来るかを考えてみろ。それで会社が得た利益が、自分の給料になるんだ。仮に給料がいい会社があったとして、仕事の内容も考えずに入ってみろ。それが自分に向かない仕事だったら、ずっと苦労するぞ」
そして大野は言った。
「だからあたしは考えたんだっての。あたしみたいなセクシーギャルが店に居れば、それ目当てに客が来て、店は繁盛するだろ」
周囲の面々絶句。
「あのさぁ大野さん。仮に大野さんがどこかの喫茶店のウェイトレスになったとして、このクラスの男子で大野さん目当てにその店に行く奴なんて、一人も居ないよ」と佐川がばっさり切り捨てる。
「さすがに無いわ」「俺だったらその店避けるぞ」「自己評価高すぎ」と他の男子も散々に言った。
その後、大野は製造の求人に応募し、三度目の試験でようやく合格した。
杉原は二次試験の面接練習を繰り返した。
緊張して失敗しないよう頭の中でシュミレーション。
当日を迎え、満を持して会場に向かった。結果通知は11月だ。
指定校推薦を受ける面々にとって、八月にはどの学校から何人の指定枠が来るかが決まる。
九月には出願する学校を決めて書類の準備が始まる。
指定校・一般推薦ともに十月に出願、11月に試験があり、発表は12月だ。
進学組の面接練習も始まり、必要に応じて小論文や学科試験の指導がある。
進路指導の相馬は中条の面接を危惧した。声の小ささ、自信の無さそうな態度。何より志望動機の弱さ・・・。




