第106話 鹿島英治探偵事務所-八上美園脅迫事件
受験勉強中の鹿島に探偵として依頼が来た。依頼したのは米沢だ。
生徒会室に呼び出され、行くと、米沢とともに待っていたのは八上美園だ。
八上は、いかにも不服そうな表情で鹿島を見ている。
「米沢さん、何か揉め事?」と鹿島が訊ねる。
「八上さんの所にこんなものが来たの」と米沢。
スーパーのチラシの裏に、雑誌か何かの文字を切り張りして「みそのたん おまえをころす」とある。絵にかいたような脅迫状だ。
「なるほどね、けど、米沢さんの所には矢吹が居るでしょ? 奴にやらせればいいじゃん」と鹿島。
「そうしたい所なんだけど、別件があって、手が離せないのよ」と米沢。
とりあえず鹿島は、脅迫状を預かると、それが来た状況について話を聞く。
脅迫状は自宅の郵便受けに入れてあったという。
気付いたのは朝、八上が登校する時、入っていたという。脅迫状は小さく折りたたまれている。
「八上さんって、家を出る時とか、いつも郵便受けをチェックするの?」と鹿島。
「普通、しないわよ」
「脅迫状は郵便受けからはみ出していた?」と鹿島。
八上は少し考えると「はみ出していたと思う。それで気付いたから」と八上。
「家族からも話を聞きたいんだが・・・」と鹿島。
「止めてよ。こんな事がばれたら、アイドル止めろって言うに決まってるもの。ただでさえ、いい顔しないんだから」と八上。
「けど、郵便受けにあったって事は、犯人は八上さんの自宅を知ってるって事だよね? それって凄く危ない事だよ」と鹿島。
「そうだけど・・・」と八上。
「とりあえず、家の前を一晩張り込んで見るよ。怪しい奴がうろうろしていないかチェックしたい」と鹿島。
八上は鹿島を自宅に案内する。道すがら、八上は鹿島に愚痴をこぼした。
「米沢さんって冷たいと思わない? 友達の命が狙われてるっていうのに、別件があるからって・・・」
八上の家は郊外の一戸建てで、少し離れた所に五階建てのコンクリ建物がある。あそこならこの家の前あたりを見張れるだろう。
「それじゃ、これから俺は張り込みに入るけど、八上さんはしばらく家を出ない方がいい。自宅を知ってるって事は、行動を把握されてる可能性もあるからね。解決するまで野外ライブも控えた方がいい」と鹿島。
「いつ解決するのよ」と八上。
「そんなに時間はかけないよ。俺だって受験生なんだからね」と鹿島。
鹿島は自宅に戻って装備をまとめると、例のビルの屋上に立て籠って張り込みに入った。
怪しい人物は見かけない。そのまま日が暮れ、夜が更け、何事も無く朝が来る。
明るくなる頃、新聞配達が来る。八上の母親が玄関から出て郵便受けの新聞を収納した。
鹿島は脅迫状の解析に入った。
上坂商店街にあるスーパーのチラシの裏に貼られた切り取り文字に特殊な薬剤を染ませて剥がす。
その正体を確認すると鹿島は八上に電話。
「もしもし」
「八上さん、とりあえず解った事を報告するよ」と鹿島。
「解ったって・・・」と八上。
「あの脅迫状の文字はナインティーンの紙面から切り取られたものだ」と鹿島。
「それって・・・」と八上。
ナインティーンは若い女性向けの雑誌だ。
「つまり、あれを作ったのは、若い女性って事になるね」と鹿島。
「そうなんだ」
鹿島は八上ファンクラブの大塚を訪ね、学校のパソコン教室へ行く。
学校のパソコンで八上のブログの書き換えをやっている大塚と田畑に、例の脅迫状のコピーを見せると、二人は「脅迫状キター」と歓声を上げて小躍りした。
「おいおい、喜ぶ事かよ」と鹿島。
「だって脅迫状だよ。精神病むくらい嵌ってるファンが居るって事じゃん」と大塚。
(こいつらって・・・)と鹿島はあきれて呟く。
「それで、みそのたん・・・って?」と鹿島。
「俺ら、彼女をそう呼んでるけど」と大塚。
「つまり、八上ファンの呼び方って事だよな。実際にそう呼んでるファンって居るのか?」と鹿島。
「まあ、居なくはないな。ブログに書き込むファンも、まだそれほど多くはないからね。書き込むのがファンとも限らないし」と大塚。
「ちなみにファンって大体男?」と鹿島。
「まあね。野外ライブでも女はめったに居ないよ。ブログに書き込む人もね」と田畑。
「そのブログの書き込み、見せてくれるかな」と鹿島。
「いいよ」
鹿島は米沢に連絡し、現状で解った事を伝える。
「ところで、矢吹が抱えてる別件って何だ? もしかしてこの件とも関係してるんじゃ・・・」と鹿島。
「それについては本人から話すわ」と米沢。
声が矢吹に代わり、二人の高校生探偵は情報を交換した。
「なるほど、そういう事か。また何かあったら連絡するよ」と言って鹿島は電話を切った。
翌日、鹿島に八上から連絡が来た。二度目の脅迫状が来たという。
会おうという事になり、迎えに行く時間を決める。
鹿島は矢吹に連絡し、二度目の脅迫状があった事を伝えた。
鹿島は八上の家の前まで迎えに行く。
玄関から出てきた八上を伴って街に向かって歩き、喫茶店に入る。
「今朝、こんなのが郵便受けに入ってたの」と八上。
今度は新聞の文字の切り取りだ。文字の印刷を見るに、朝売新聞のものだろう。「みその ゆるせない ころす」と読める。
「預かるよ」と言って鹿島はそれを受け取る。
「で、これも八上さんが見つけたの?」と鹿島。
「そうよ」と八上。
「何時頃?」と鹿島。
「八時だったかしら。外の空気を吸おうとして、玄関の戸を開けたら、郵便受けに突っ込んであるのを見つけたの」と八上。
「なるほどね」と鹿島。
「それとね、鹿島君。これから映画に付き合ってくれない? 外出禁止でストレスが溜まっているの」と八上。
「いいよ」
二人で映画館に入った。
見た作品は「身辺警護」だった。組織に狙われた女性と、雇われて彼女を守る男性との恋愛物だ。
八上はかなり映画に感情移入しているように見えた。自分の状況をヒロインと重ねているのか・・・。しかし・・・
見終わって映画館を出る。歩きながら八上はぽつりと言った。「米沢さん、私の事、嫌いなんだよね、きっと」
そして鹿島の左腕を掴んで呟く。
「米沢さんが怖い」
八上を家まで送ると、鹿島は矢吹に連絡した。
「どうだった?」
「見付けたよ」と矢吹。
「やはりか。決まりだな」と鹿島。
翌日、鹿島は八上に電話で「事件は解決した」と伝えた。
「君はもう安全だ。報告したいんだが、出てこれる?」
「・・・」
そして鹿島は「ちなみに矢吹が抱えている別件も片付いたそうで、奴も来るんだが・・・」と鹿島。
八上は一言「行く」
喫茶店で鹿島・八上・米沢・矢吹が向かい合う。
鹿島が言った。
「この脅迫状作ったの、八上さんだね?」
「証拠はあるの?」と八上。
「昨日、君が鹿島と合ってる時、君の部屋で見つけたんだ」と矢吹が、切り取られた新聞紙を出した。
二度目の脅迫状の文字を切り抜いたものだ。
「いつ、解ったの?」と八上に問われ、鹿島が答えた。
「おかしいと思ったのは、一度目の脅迫状が郵便受けからはみ出していたって言った時さ。あれは小さく畳まれていた。つまり何かに収まるようにって事だよ。直接郵便受けに入っていたなら、郵便受けに収まるように畳んだ筈だ。しかも、それを八上さんが出かける時に見つけたって言った。だけど、朝まで張り込んで解ったけど、君のお母さん、毎朝郵便受けから新聞を取り込むよね? 不審者があれを入れたなら真夜中の筈で、お母さんが見つける筈だ」
「・・・・」
そして鹿島は続けた。
「一度目の脅迫状が女性雑誌から切り抜いたもの・・・って解った時、女性ファンか、もしくはファン以外の誰か・・・って可能性もあった。けど野外ライブでもブログでも女性ファンは殆ど居ない。そして、みそのたん・・・ってのはファン特有の呼び方だから、ファン以外って可能性も無い。つまりファンの仕業に見せかけた狂言・・・って事になるのさ」
八上は目を伏せ、涙目で言う。
「あれで失敗したってのは気付いてた。だから挽回しようとして二度目を作って、墓穴を掘っちゃったのね。私って駄目だね」
「どうして、こんな事をしたの?」と米沢は聞いた。
「米沢さんの気を引きたかったの」と八上。
米沢は溜息をつき、突き放すように言う。
「あなたが気を引きたいのは矢吹君でしょ? だから代わりに鹿島君に任せたのが不満だったのよね」
図星を突かれた・・・とばかりに八上は泣いて、そして言った。
「そうよ。私、一度くらい矢吹君に守って欲しかった。矢吹君が抱えてる別件って、何だったの?」
「これだよ。これを月代さんの所に送ってたの、八上さんだよね?」
そう言って矢吹が出した、剃刀の刃の入った封筒。
月代はツインピンクスのもう一人のメンバーだ。今は一年生のメンバーとコンビを組んでいる。
鹿島は言った。
「大塚から聞いたよ。ファンクラブのブログに今でも八上さんを月代さんと比較する書き込みがあるんだよね? ああいうの読んで腹が立つのは解るよ。けど、アイドルになるっていうのは、そういう事なんじゃないの?」
八上は「解ってる。私、入学した時から矢吹君の事が好きだったの。けど矢吹君の隣には米沢さんが居て、ずっと上に居て、スクールアイドルになれば手が届くと思って、ツインピンクスに入ったの。だけど矢吹君は米沢さんと一緒に転校して、アイドルとしても月代さんの陰になっちゃって・・・。矢吹君、こんな私、軽蔑するよね?」
言葉はどんどん涙に押し流され、ただ号泣するばかりの八上。
その時、背後の座席から「いい加減にしなさい」と、聞き覚えのある声が聞こえた。
岸本だった。大谷と内山も居る。
「聞き覚えのある声だと思って、面白そうだから黙って聞いていれば、上に居る? 手が届く? そんな階級思考、恋愛に何の意味があるの? 好きならそれを言葉にする以外に何が必要だって言うの? 軽蔑? 女は男の性欲を本能で軽蔑する悲しい生き物よ。だけど私を求めてくれた男はみんな、男は軽蔑されてナンボって覚悟で私を求めたの。だから私は彼等を愛したの。八上さんだってそうでしょ? 自分のファンに対してすら、軽蔑する気持ちって無かった? なのに自分が軽蔑されるのは怖いの?」
「まあ、最近の女は、その軽蔑がレベル上げして憎悪に進化するからね」と鹿島は言った。
「そういう残念な女はいいのよ」と不満顔の岸本。
「それより矢吹はどうなんだよ。確か、目の前で泣く女の子を見て心が痛むのが男・・・って言ってたよな?」と鹿島は矢吹に矛先を向ける。
「そうよね。私が渡辺君を想って泣いたから、征太郎は私を守ってくれる気になったのよね」と米沢もからかうように言う。
「弥生さん、勘弁してよ」と矢吹。
そう言うと、矢吹は縋るような目を向ける八上に向かって、言った。
「八上さんの好意には応えられないけど、すごく嬉しい。だから泣かないで欲しい」
「矢吹君は米沢さんが好きなの?」と八上。
「俺は弥生さんが好きだ。確かに弥生さんは渡辺に一途だから、選んでもらえないのは解ってる。だけど人との繋がりはそれだけじゃないから」と矢吹。
「だったら、私も矢吹君と、それ以外の形で繋がる事って出来る?」と八上。
「それが具体的に何か・・・って事にもよるけどね」と矢吹。
そんなやり取りを聞いて、岸本は笑顔を見せた。
「八上さんは、矢吹君と同じ学校に居られる時間が終わるのが怖かったのよね。そんな事で怯えるくらいなら、とにかく今、甘えてみたらどうかしら」
「岸本さん、またそんな無責任な事を・・・」と矢吹は困り顔で言った。
事件は解決し、八上は鹿島に送られて帰宅した。
歩きながら、八上は鹿島に言う。
「ねえ鹿島君、ハードボイルドのヒーローとアイドルって釣り合うと思わない?」
「釣り合いとかで恋愛する気は俺には無いし、そもそも特定の相手を愛する・・・ってのはハードボイルドのヒーローのスタイルじゃないよ」と鹿島。
米沢と矢吹も帰宅すべく迎えの車を待つ。
米沢は言った。
「ねえ、征太郎。さっき言ってた事なんだけど・・・」
「弥生さん、あれはですね」と矢吹。
「まさか、私を好きだって言ったのは八上さんを諦めさせる方便だ・・・なんて言わないわよね」と米沢。
「いや・・・その・・・」と矢吹。
「今夜、私の部屋でゆっくり聞くわ」と米沢。




