第105話 最後の夏祭り
夏祭りの日が来た。高校時代最後の年の祭りだ。
杉原は受験のため来ないとの事で、村上達は四人で行く事にした。
村上達も一応は受験生である。
午前中は村上の部屋で勉強。午後四時ころ、四人で浴衣姿で連れ立って神社に向かう。
クラスの奴等も受験だから来ない人も多いのでは・・・と最初思ったが、どうやらそうでもない。
小島・山本・水沢と何故か大野が居た。全員浴衣姿だ。
「大野さんがお前等と一緒とか珍しいんじゃね?」と芝田が小島たちに・・・。
「彼氏に振られたでござる」と小島。
「うっせーな。あたしが振ったんだっつーの!」と大野。
「就職先探しで忙しいんじゃないの?」と秋葉が聞く。
「あたしがそんなのでイベント中止する訳無いじゃん」と大野。
「山本の職探しは?」と芝田。
「楽勝だよ。電気工事屋に決めてある」と山本。
水沢は「山本君、小依のために就職するんだもんね」
山本は「だから違うって」
「それより履歴書は書いたのか?」と村上が突っ込む。
「それは言わない約束だ」と山本。
「いや、書かなきゃ駄目だろ。中村先生、泣いてるぞ」と芝田が笑った。
彼等と別れて、公園の池の方に行く。
清水と吉江が居る。清水が「あーん」を要求されている。
さすがに恥ずかしいらしく、清水は周囲を見回すと、たこ焼きを吉江の口に、おそるおそる運ぶ。
秋葉がその背後に忍び寄って、清水の肩をポンと叩く。
「うわーっ」と清水は、公園中に響く叫び声を上げて振り向いた。
「秋葉さん、勘弁してよ」と清水。
「清水君、写真は撮らないの?」と秋葉。
「お祭りデートで二次元嫁漁りとか、ありえないでしょ」と吉江が得意顔で、没収したカメラを出して見せた。
谷に造成された公園に連なる三つの池の一番奥のベンチに四人で座る。
向こうから漫研の二年、田中・鈴木・高梨が歩いて来る。
高梨を中心に三人手を繋いでいる。
村上達に気付いた田中と鈴木が慌てて手を放そうとしたが、高梨が放さない。
「手を離すと魂、持っていかれるわよ」と高梨が真顔で怖い事を言っている。
「今度は何をやってるの?」と秋葉が声をかけた。
「これから、お盆に戻って来る霊たちの集会に行くんです。中条先輩のお兄さんもきっと来ると思いますよ。先輩も行きますか?」と高梨。
中条は思わず尻込みして「遠慮する」と言った。
「どこでやってるの」と秋葉が笑って聞く。
「森林公園にある野外ステージです。このお祭りの夜に、決まった道順で行くと、集会に参加できるんです。けど、生きてる人は必ず誰かと手を繋いでなくては駄目なんです」と高梨。
手の込んだ設定だな・・・と村上は思って笑った。
神社の周囲は森林公園になっていて、いくつかの遊歩道がある。
その一画に、使われなくなった古い野外ステージがあり、幽霊が出るという噂があった。
鈴木が笑いながら言った。
「本当は漫研の一年二年の五人で来る予定だったんですが、豊橋と秋谷さんが別行動になって、高梨さんと三人になったら、こうなっちゃいました」
高梨は別れ際にそっと中条に言った。
「そこに異性を連れて行って集会で報告すると、霊界の名簿に将来の伴侶として登録されて必ず結ばれるんだそうです。先輩も村上先輩の事を報告したらどうですか?」
谷の斜面の遊歩道を登る三人を見送りながら、中条は思った。
(高梨さん、どちらを報告するつもりなんだろうか)
石段を登って社殿のある所に行く。
舞殿で大滝が巫女姿で舞っている。岩井と一年生らしき男子四人が浴衣姿で彼女の舞を見ている。
村上が岩井に話しかける。
「お前の彼女は薙沢さんの後継者って訳?」
「それが大滝さん、巫女舞にぴったりな人が居ますよ・・・って、神主さんに俺の女装の写真見せたんだとさ。神主さんもその気になったらしいが、男だって解って神事にそれは駄目だって、結局大滝さんがやる事になったらしい」と岩井。
「で、そっちが演劇部の新入生?」と秋葉。
「俺も引退した身なんだけどさ、大滝さんに連れて来られて」と言って岩井は笑った。
拝殿で四人並んで柏手を打ち、全員の合格を祈る。中条は更に祈った。
(それから清水君と内海君と吉江さんと高橋さんと松本さんと水沢さんと山本君と小島君と・・・)
お参りを済ませてその場を離れる時、中条は少しだけ心配になった。(クラス全員の分、お祈り出来たかな?・・・)
くじ引きに行くと、受付に町田と洲本が居た。
「森林公園、歩いてみようよ」と秋葉が言い出す。
森の木々の間を遊歩道が続き、巨大な杉があちこちに威容を見せている。
谷を通る道を歩くと、谷の斜面に多くのもみじが幹を伸ばし枝を張り、視界を覆う。
「秋に来ると紅葉がきれいだよ」と村上。
「その時期になったら来ようよ。11月には推薦の試験も終わってるだろうからね」と秋葉。
向こうから浴衣姿の四人組が来る。高橋・武藤・内海・松本だ。
「この上にある城跡まで行くんだ」と内海。
「かなり登るけど」と村上。
「どんな時でも俺達四人は体を鍛える事を忘れない」と武藤。
「いや、それは武藤と高橋さんだけだから」と内海。
「城跡に展望台があって、あそこから花火を見ると綺麗なんだよ」と高橋。
「まだ花火には早いと思うが」と芝田が突っ込む。
「その頃はもう暗くなって、山道は危ないから」と松本。
一応、安全性の事は考えてるんだ、と、ほっとする村上達。
森林公園を一巡りし、小腹が空いた彼等は公園に戻って露店で食べ歩き。
焼きそばにお好み焼き、ポテトにかき氷。
「そろそろ御神輿の時間だよ」と秋葉が言い、通りに出る。
神輿を担いでいる中に大谷・武藤・鹿島の他、牧村と矢吹が居た。
それを見ている浴衣姿の岸本。
「御神輿を担ぐ男子って、絵になると思わない?」と岸本。
「岸本さん、今年はお囃子はやらないの?」と村上。
岸本は「今年は、ほら」と通りの向こうを指さす。
向こうから来る山車の上で、横笛を吹く水上と三味線を弾く米沢の浴衣姿があった。
「商店街に北東銀行の支店があるでしょ。あそこの伝手で米沢さんがね」と岸本。
「あの人のああいう姿も絵になるなぁ」と芝田。
花火が始まる。
橋の上で夜空を見上げる村上達。
同じころ、二階の自室で勉強中に花火の音を聞いた杉原は、電灯を消して窓から花火を眺めた。
傍らには津川が居る。
杉原の保護者である姉は祭りに駆り出され、夜遅くまで戻らない。
花火を眺めながら杉原は津川の腰にそっと手を廻し、彼の唇を求めた




