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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第101話 雪山は呼んでいる

 五月、バスケ部が県大会に向けて練習を始めた頃。

「県大会が終わったら雪山登山がしたいな」と高橋が言った。 

「それはいいな」と武藤が賛同。

 尻込みする松本と内海。

「いや、もう六月になるよ」と内海。

「まだ雪が残ってる所、あるみたいだよ」と高橋。

「普通の登山よりきついんじゃ」と内海。

「それがいいんじゃん」と高橋が言う。

 武藤も「それに、藪が雪に埋まった上を歩くからな。場面によっては快適だぞ」


 高橋は昨年夏以来、登山に嵌って仲間達を巻き込み、何度か秋山を登った。

 その度に筋肉痛に苦しむ内海と松本の迷惑をよそに・・・。

 そして雪山を登ろうと計画を練る中、年を越した所でバスケ部が県大会進出の目標を掲げ、練習優先の生活の中で登山は先送りになっていた。


 雪山は危険が多いとして、色々な装備が必要になる。

 防寒や足回りの防雪、そして滑落を防ぐピッケルなど。


 県大会が終わる直後を目指して計画を立て、登る山を選ぶ。

 そしていよいよ当日。


 重装備で登山口を出発した四人。

 山頂で一泊するため、テントや食料や水、その他の機材の入った大きなリュックを担いでいる。

 針葉樹林の中の尾根道を登る。しばしば岩場になり、ロープが貼られている。

 登っても更に道は続き、果てしなく上があるような感覚にとらわれる。


「なあ、この登山靴って歩きにくくないか」と内海が言う。

「足首が疲れないよう固定されてるからな」と武藤が答える。

「それ以前にこの靴に付けたアイゼンって奴がさ」と内海。

「雪で滑らないよう爪がついてるからな」と武藤。

「それより暑くないか」と内海。

「雪山の装備って事で防寒着とかアンダーウェアを着てるからな」と武藤。

「けどさ、その肝心の雪が無いんだが・・・」と内海。

「雪山って言っても残雪登山だからな。もっと登ると雪があるんだよ」と武藤。

「だったら出発時点からこんな暑い恰好する必要無いんじゃないのか?」と内海。


 何故、自分達はこんな格好をしているのか・・・とばかりに、彼等は防寒着を脱ぎ、アイゼンを外す。

 登るにつれて、運動効果でどんどん暑さが増し、さらに脱いでいく。

「博子ちゃん、それ脱いだらスポーツブラ一枚になっちゃうよ」と松本。

「だって暑いんだもん」と高橋。

「武藤君だって居るんだから、自重してよ」と松本。

 その武藤は既に上半身裸だ。

「おい武藤、さすがにそれだと風邪をひくぞ」と内海。

「いや、大丈夫。よく言われるんだよ。なんとかは風邪ひかないって」

「お前、その何とかって何だか知ってるのか?」と内海。

「だから、何とかだろ?」



 やがて雪が目立ち始め、森林限界を超えて高山植物帯になる頃には、周囲は完全に雪に覆われた世界となった。

 少し休憩すると急速に寒さを感じる。

 さっき脱いだ装備を着込み、靴にアイゼンを取り付ける。

 内海と松本はそろそろ体力が限界だ。こんな所で力尽きたら命の危険が危ない・・・と感じ始めた頃、武藤が言った。


「そろそろ昼食にしよう」

「どうりで力が出ないと思った」と内海と松本はへたり込む。

「そうか、もうお昼か」と高橋が言うと、武藤は「いや、まだお昼だ。これから午後の行程を歩くんだからな」

「勘弁してくれよ」と内海は泣き言を言う。


 昼食のパンを食べながら景色を眺める。

 雪に覆われた尾根は見通しが違う。周囲は純白の峰が連なり、所々に岩峰が露出している。

「景色が綺麗だね」と高橋は晴々とした表情で言う。

「眺めている分には最高なんだけど、これで登る苦労が無ければなぁ」と松本。

「いや、苦労して登るのがいいんじゃないか」

 そんな武藤の言葉に内海は(この筋肉脳は)・・・。


 昼食を食べ終わると、さらに登る。

 足がどんどん重くなり、棒のようになった足を必死に動かす松本と内海。杖代わりに縋るピッケルさえ、邪魔な荷物と感じる。

 先を登る高橋・武藤との距離が次第に開く。

 もう駄目だ・・・と思った頃、ようやく山頂が見えた。

 山頂少し手前のキャンプ予定地に着くと、目の前に山小屋が建っていた。

「テント要らなかったんじゃ?」と内海

「何言ってる。重いテントを担いで登ってこその登山だろ」と武藤が言った。

「この筋肉脳は・・・」と内海は溜息をつく。



 山小屋のコンクリ床にテントを張った。

 飯盒で米を炊き、野菜とソーセージを刻んでカレーを作る。

 そして食後にコーヒーを沸かし、テントの中で談笑を楽しんだ。


「今更だけど、普通、テントは男子用と女子用の二つ要るんじゃないの?」と、松本がふと、そんな疑問をこぼす。

「今でさえ大変なのに、もっと荷物が増えるわよ」と高橋が言った

 だが、武藤が「いや、それでこそ登山だ」と、その気になる

「そういうガンバリズムは要らないから」と松本と内海が声を揃えた。



 六月とはいえ標高が高く、何しろ周囲は雪。日が暮れると冷え込みが厳しい。

 そして彼等は初心者だ。山小屋の中のテントで防寒着を着込んで寝袋に入るが、まだ寒い。


「寒いね」と松本。

「これで寝るのはきついな」と内海。

「寝袋を二重にして、二人一緒に入るっていうのは、どうかな」と松本が言い出した。

「それはいいかも」と高橋。

「それじゃ博子ちゃん」と松本が言いかけると、高橋は「内海君、一緒に寝よ」

 松本唖然。

「博子ちゃん、こういう時は女どうしで・・・」と松本。

「内海君は私の彼氏よ」と高橋。


 松本の意図を察しておろおろする内海をよそに、高橋は寝袋を二重にして、内海を引っ張り込む。

 松本と武藤は顔を見合わせると、武藤は寝袋から出て「松本はこれを使えよ」と笑顔で言った。

松本は驚いて「武藤君は?」

「俺は平気だ。鍛えてるからな」と武藤。

「風邪ひくよ」と松本。

「さっき言ったろ。何とかは風邪ひかないって」

 そう言ってテントの隅に横たわる武藤。



 二重にした寝袋の中に入った。やはり寒い。松本は隣にいる武藤の寝顔を見て、胸が痛んだ。

「武藤君も入ってよ」と松本。

「だから俺は平気だって」と武藤。

「じゃなくて、私が寒いの」と松本。

「そうか」


 寝袋の中で、防寒着ごしに武藤の体温と、筋肉の厚みを感じながら、松本は仰向けに横たわる彼にそっと右手を添える。

 守られている・・・そんな感覚が心地よい。

 ずっとこの人と居られたらいいな・・・と、そんな気持ちが形となって、松本の口から零れた。


「武藤君・・・」と松本。

「何・・・だ・・・?」と、武藤の口から言葉が零れる。

「私達も付き合わない?」と松本。

「いい・・・ぞ・・・」



 翌朝、まだ暗い中を松本が目を覚ました時、テントの中は彼女一人だった。

 昨日、武藤に言った事を思い出し、頬が熱くなる。

 彼女がテントから出ると、山小屋の戸が開いて内海が顔をのぞかせた。

「松本さん、頂上においでよ。日が登るよ」


 日の出とともに朝焼けが雪を抱いた山々を赤く染める。そんな景色を眺める武藤の隣に立ち、そっと彼の耳元にささやく。

「武藤君、昨日、寝袋の中で・・・」

「ああ。よく眠れたよ」と武藤。

「それで、私が言った事なんだけど・・・」と松本。

武藤は「松本、何か言ってたか?」


 苛立ちとも羞恥ともつかない感情が、松本の顔を赤く染め、表情の不機嫌さを増した。

「どうした? 松本」と怪訝そうな武藤に向けて松本はそっぽを向いて怒鳴った。

「武藤君なんか知らない!」



 その後彼等は朝食を食べ、テントを畳んで下山したが、麓に降りるまで松本の不機嫌は続いた。

 そして普段の日常に戻る。

 だが松本は、寝袋の中で感じた武藤の体温と筋肉の厚みの感触が脳裏に焼き付いたままだった。


 体育祭の後、武藤は周囲にせっつかれて、松本に告白した。

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