第100話 優勝を目指して
体育祭当日。
各軍の応援席に移動した椅子が並び、背後に組まれた鉄パイプの足場にバックボードが取り付けられた。
C軍のシンプルだが印象的な作品と、B軍のカラフルなオタク絵が人目を引く。
開会式。各軍の入場行進。
B軍の番だ。先頭で旗を持つ坂井。そして大谷団長と岸本。クラスの面々。
村上や芝田・中条達も列の中に居るが、米沢や水上ら生徒会幹部は既に本部に待機して列には居ない。
保護者席には芝田の兄と恋人の市川、中条の祖父、秋葉の母も居る。来賓席にはPTA会長の米沢老と執事の津村が来ていた。
行進の中で、団の紹介のアナウンスが流れる。入場が終わって各軍が整列。
校長の挨拶に続いて、米沢が生徒会長の挨拶。
辰野体育教諭による諸注意が終わると、各軍が応援席に入って競技開始だ。
最初は徒競争でA軍がリードする。それを、続く団体競技でB軍が追って差を詰める。
男女混合騎馬戦や男子棒倒しは相変わらずの敵無しだ。
そして午後の応援合戦。
順番はくじ引きで、最初はD軍。
先頭で踊る団長の八上のダンスはさすがに見応えがある。メンバー達も統率がとれている。教師たちの評価も高い。
そしてB軍の番となり、アナウンスが流れる。
「実は皆さんに隠していた事があります。私達は魔王の呪いによってこの世界に転移させられた妖精の国の民です。元の世界に戻るため、国王オータニの指揮のもとで様々なクエストをクリアしてきました。そして全ての準備が整い、これから帰還のための儀式を行います。人間世界の皆さんには多くの助けを頂き、感謝に耐えません。どうか儀式の成功を見届けて下さい」。
荒唐無稽な設定に教員たちの笑みがこぼれ、パフォーマンス開始。
太鼓の音とともに単調だが力強いダンスと呪文の斉唱。
ダンスは次第に複雑になり、BGMの音楽とともにメンバーは踊りながら配置を変える。
そして大谷が唱える呪文とともに、白い衣を纏った女神役の岸本が降臨すると中盤。
巧みに踊る岸本の前で、ビキニパンツ一枚になった大谷の腰ふりダンスを、ネタと受け取って教員たちは笑う。
メンバー達は踊りながら移動して、その配置が魔法陣を描くとパフォーマンスは終盤へ。
最後は「ゲートよ開け」の掛け声とともに魔法陣の中央でクラッカーを鳴らし、発煙筒の煙の中でフラッシュの閃光が弾け、終了。
その後、A軍とB軍のパフォーマンスは、可も無く不可も無くの評価を受けた。
午後のプログラムが進み、障害物競走へ。
二人三脚でスタート。
ライバル達が男女で歩調を合わせようと悪戦苦闘する中、片足首を繋いだ水沢を抱えて走る小島は余裕でゴール。
これに一組の選手がクレームをつけた。辰野教諭が裁定に向かう。頭を抱える辰野に村上が言った。
「先生、二人三脚だから三本の足が地面についていないと駄目って言いましたよね。つまり、地面についていればOKという事になりますよ」
辰野は反論できず、結局、違反ではない・・・という事で競技続行。
B軍の選手は次々に一着を獲得し、他のチームでも真似をする者が出たが、体格差を考えない人選のためうまくいかない。
高橋は内海を抱えて楽しそうに走り、内海はばつが悪そうな顔で高橋に抱えられた。
そして芝田・中条の番。
最初の関門でコップの飲料を飲み干すが、中条がこれに手間取った。飲み終わった時にA軍の一組選手到着。
飲み終えた中条を抱えて芝田が走ろうとした時、A軍選手が露骨にかまをかけ、芝田は転んだ。
ホイッスルが鳴り、A軍選手は失格となったが、足首を痛めた中条を見て芝田が激怒。
「この野郎。卑怯な事しやがって」と拳を振り上げる芝田。
「卑怯はどっちだ。こんなので失格にならないとか、間違ってるだろ」と一組選手。
駆け付けた村上は「工夫の問題だ」と反論しつつ、芝田を宥めた。
「止めるな村上。こいつのせいで里子が」と芝田。
村上は「まあ落ち着け。それより里子ちゃん、この後、全員リレーだよね。走れそう?」
「足を挫いたみたい。無理っぽい」と中条。
「代走が必要だな。芝田、走るか?」と村上。
「任せろ。ぶっちぎってやる」と芝田。
その時、一組の選手が慌てた。
「ちょっと待てよ。その子、足遅いだろ。その代走で早い奴出すとか、卑怯だぞ」
村上は「誰を代走に出すかは団の自由裁量だ。それに、こうなったのはお前のせいだろ」
結局、中条の代わりに大谷が走った。最終走者として大谷は四位でバトンを受け取り、牛蒡抜きでテープを切った。
「見たか、俺の瞬足を。ついにモテ期が来た」と喜ぶ大谷。
「お前、まだ高校で足が速い奴がモテると信じてるのかよ」と佐川があきれて言う。
競技の後はフォークダンスだ。
各軍ごとに大きな環を作る。
B軍は一年~三年を通じて女子が一人足りない。二年二組担任の仙田教諭が参加して穴を埋めた。
一年二組の古村は、まだフォークダンスで女子の手を握る事への躊躇が少しだけ残っていた。
だが、最初の相手として向き合ったクラスの女子、新堂が笑顔を見せた事で、躊躇は消えた。
音楽が始まり、次々に相手が代わる。
彼は前日耳にした噂を思い出した。この学校では十年ほど前にも体育祭でフォークダンスをやったという。
その頃、このダンスで最後に踊った相手と恋仲になるという・・・そんな学校伝説が語られていたという。
そんな事を思い出しながら(最後に誰が来るのだろう)と心の中で呟いた。
曲が進み、これが最後・・・と思った時、向かい合ったのは仙田教諭だった。
四十過ぎの太ったオバサンと踊りながら、古村は心の中で呟いた。
(もう、どうでもいいや)
閉会式。副会長の渡辺が挨拶。
そして結果発表。辰野教諭が各部門の一位~三位を読み上げる。
「競技の部、一位、B軍、二位、A軍、三位、C軍」
「応援の部、一位、B軍、二位、D軍、三位、A軍」
「バックボードの部、一位、B軍、二位、C軍、三位、D軍」
読み上げる度に歓声が上がる。
はしゃぐ女子達、男子達のガッツポーズ、大谷が「やったー」と叫ぶ。
そんな彼等の姿に向けて清水が何度もシャッターを押した。
閉会式が終わり、応援席に戻って、大谷が全員にねぎらいの言葉をかける。
「それじゃ、大谷団長を胴上げだ」
誰とも無く言い出した言葉で、みんなが集まって大谷を担ぎ上げ、筋肉質な体が宙を舞う。
それが終わると「次は岸本副団長だ」「衣装デザインの藤河さんだ」「バックボードの小島」「直江委員長」「衣装制作の坂井さん」
次々に誰かが功労者の名前を挙げ、胴上げが続く。
そんな様子を古村は見ながら「みんなで騒ぐって楽しいな」と笑顔で呟いた。
脳裏には、フォークダンスで男子達の手を握り、演説をぶった米沢の姿が浮かぶ。
応援の構成を考えたとして村上の胴上げが終わった時、古村は叫んだ。
「次は米沢会長」
その声に応え、みんながどっと米沢の周りに集まると、米沢は慌てて遠慮しようとした。
「私は中立の立場で全体を指揮しただけよ」
「いや、全体をまとめた人の労をねぎらうのは、優勝チームの責務だ」と大谷。
「ま、感謝には応えてあげなよ」と渡辺は他人事のように笑って言う。
すると大谷は「何言ってんだ渡辺副会長。お前もだぞ。二人胴上げだ」と言って、生徒達と一緒に二人を担ぎ上げた。
嬉しそうな黄色い悲鳴を上げて渡辺にしがみ付き、宙を舞う米沢の脳裏に、一年前の会長選挙で渡辺への想いを訴えた時の記憶が過る。
(あの時語った目標は達成出来たのだろうか)
騒ぎがおさまり、応援席の片付けが始まる。
椅子を持って教室に向かう古村の横を歩きながら彼に話しかける女子生徒が居た。
新堂だった。元々、気の弱い彼女は、入学以来、同じクラスの秋谷と友達として行動をともにするようになった。
どちらも気の弱いタイプとして性格の合う二人は、結束して孤立を回避するため、互いを不可欠な存在と思った。
だが秋谷は漫研の部活仲間として豊橋との距離が縮まり、部活に重心が移る一方で新堂と過ごす時間は減っていった。
「胴上げで米沢会長の名前言ったの、古村君だよね」と新堂。
「うん」と古村。
「米沢会長、かっこいいよね」と新堂。
「そうだね」
そして新堂は「ねえ、古村君、一緒に生徒会に入らない?」
体育祭が終われば生徒会長選挙があり、三年生の役員の多くは引退して、入れ替えが起こる。
特に評議委員は希望すれば基本、誰でも入れる。
「米沢会長は引退だよ」と古村。
だが新堂は「だからだよ。あの人の所に行って守って貰っても、意味無いと思うの。あんなふうにはなれなくても、少しでも近づきたい。きっと変れると思うの」
新堂には、古村がみんなの前で米沢と握手した後、少しだけ変わったように見えた。
そして友達だった秋谷が豊橋と近付く中で、変っていくように見えた。
自分も同じように、少しでも変れるのではないか・・・。
そんな新堂を見て、古村は言った。
「解ったよ、新堂さん。一緒に生徒会に入ろう」