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おどり場の中条さん  作者: 只野透四郎
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第10話 清水君の写真館

 清水佑太は親が雑誌のカメラマンで、子供の時から将来は写真の仕事をするのだと、カメラに親しむうちに、中学時代頃から女子生徒の写真を撮って嫌がられるようになり、「盗撮君」とあだ名された。

「かわいい」と感じる表情や仕草の瞬間を捉えて瞬時にカメラを構えてシャッターを押す。使用するのはピントや光量を瞬時に自動調節する超高性能かつ超コンパクトなカメラだ。その間ゼロコンマ秒。

 撮られた本人に気付く時間を与えない。そんなスキルを身に付けていた。


 その写真データを携帯パソコンに表示して眺めて悦に入る。周囲の女子の白眼視は全く意に介さず、撮られた本人は「気持ち悪い」と言ってデータの消去を要求する。

 だが、清水曰く「リアル本人に興味は無い。何時でも自分に微笑んでくれる写真の中の彼女を愛しているだけ。これはコピーされた別人格だから、無関係なリアル本人は気にせず放っといてくれ」と、冷たい態度で言い放つ。


 これにはさすがに周囲の男子も疑問を呈した。

 だが清水が彼等に「お前が自分の嫁だと言って愛でている好きなゲームキャラは、全国のファンの嫁でもある訳だが、彼女達を独占した気分でいるのは、それがコピーされた別人格だと思ってるからたよね? それと同じだよ」・・・と説明されると、みんな納得してしまうのであった。



 その日も清水は、ひとしきり携帯パソコンの女子画像を眺めた後、新しいシャッターチャンスは無いかと教室を見渡す。

 談笑する女子達の表情。「いまいちだな」と思いつつ、ふと村上達とじゃれ合う中条の様子が目に入った。

 村上が椅子を引き、その膝の上に座る中条の何とも言えない笑顔に、思わずカメラを向けてシャッターを押した。

 そして清水は思った。

(中条さんって、いつの間にあんな顔をするようになったんだろう・・・)



 その日の放課後、写真部の部室でデータの整理をしている清水の所に来たのは、写真部顧問の大木教諭だった。

 清水は写真部に所属し、その活動と称しての撮影だったが、女生徒達の訴えを放置出来ず、大木は清水のパソコンを取り上げてデータを削除した。


 抗議する清水に大木は言った。

「本人の許可を取らずに写真を撮るのは肖像権の侵害だぞ」

「表情とかポーズとか、一瞬のシャッターチャンスを捉えるのが自分の芸術です。いちいち許可をとってたら、チャンスは逃げますよ。顧問なら芸術を理解してください」と清水。

「グラビア写真集の写真家は、みんな契約したモデルを使って、表情やポースを言葉で注文して表現しているんだぞ。女子の写真を撮るなとは言わない。けど、きちんと頼んでモデルになってもらって、そういう表情にさせるテクニックを身に付けたらどうだ。プロの写真家になるというなら尚更だ」と大木顧問。


 更に大木は言った。

「部員が一人で活動実績も無いのでは、写真部を存続させる事自体どうかという声も出ている。何かコンクールみたいな所に作品を出して成果を上げないとまずい。適当な機会を見繕って見るが、どうだ?」

 清水は成果の場については心当たりがあるからと、大木の申し出を断った。

 そして1人部室に残って考え込む。(プロの写真家かぁ)



 翌日、教室に入った清水は、したり顔で彼を見る女子達の表情を見て悟った。

 写真データを消された事、コンクールに出す写真のモデルを探す必要がある事、全員が知っているのだ。


 真っ先に水上が声をかけた。

「清水君、私に何か用かしら?」

 そんな水上を見て清水は思った。

 (モデルならクラス一の美人である自分に先ず頼む筈・・・って思ってる訳ね)。そういう過剰な自信を持つあたりが、何より清水は嫌いだった。


「別に何も」と清水。

「写真のモデルを探してるって聞いたけど?」と水上。

「俺ってキモいんじゃなかったっけ?」と清水。

「ま、写真部としての正式な活動だし、土下座して頼むんなら、引き受けてあげない事も無いけど・・・」と水上。

 さすがにこれには清水もカチンときた。


「有難いけど水上さんって、俺の方向性とは違うんで・・・」と清水。

 実際、水上のようなキツさの先行した美人は清水のタイプではない。だが、クラスの女子の大半は水上の影響下だ。彼女を断った自分の依頼を誰が引き受けるだろうか。



 そう考えながら教室を見回す清水の視線は、自然と岸本潤子に向いた。「ビッチクィーン」の異名でイケメン彼氏をとっかえひっかえする孤高の存在である彼女なら、水上との対立も恐れない。

 そんな視線に気づいた岸本は「もしかして清水君、私にモデルになって欲しいのかしら?」

「岸本さん、やってくれるの?」と清水。

「いいわよ。このクラスで私レベルなんて居ないし、ね」と言って水上にちらりと視線を向ける岸本。

「フン」とばかりに水上はそっぽを向いた。

「で、清水君、モデル料はいくら貰えるのかしら?」と岸本。

 冗談なのは解っていたが、その「私は安くないわよ」的な感覚に、清水はさすがに引いた。



 その後、何人かの女子にモデル話を持ち掛けては、駄目になった。


 片桐智子は「モデル料は少なくていいから、何なら水着でも裸でも・・・」。(いや、裸はいらないから・・・)と清水は内心引いた。

 彼女は母親が失踪中で、バイトしながら糊口をしのぐ貧困女子だ。そんなに苦しいなら小遣いの範囲で・・・と一瞬思ってしまった清水だったが、片桐の肩の力の入りように(こりゃ駄目だ)・・・。


 藤河の「私は嫌だけどスカウトなら任せてくれてもいいよ」という申し出には一瞬期待したが、「もしかして男を撮れとか言う?」と聞くと、藤河は横を向いて「チッ」・・・。


 清水が疲れた表情で自分の席に戻ると、薙沢が話しかけた。

「清水君、写真のモデル探しで困ってるって・・・。私で良ければ・・・」

 見ると、作り笑顔がかなり強張っている。心配してくれているんだろうけど、男性恐怖症には無理だ。

「薙沢さん、無理しなくていいよ」と清水は、作り笑顔で答えた。


 すると横から水沢が「私がやってもいいよ」

 彼女なら自然な笑顔を撮れるだろう、が・・・、「ロリコン写真家」の仇名が頭をかすめ、清水はその申し出をことわった。


 頭を整理しようと教室を見回す。目についたのは七尾静留だ。

 学級委員で根が真面目な彼女は、これまで清水に最も多く苦言を言った女子だ。

 だが、正式な学校活動としてなら・・・。そう考えて申し出ると、意外と話を聞いてくれた。そして七尾は・・・。

「そうね、心を入れ替えて、まともな部の活動として、人に迷惑をかけずにやるっていうなら、考えてもいいわよ。けどね清水君、そもそもあなたが・・・・・・・・・・・・」

 結局、小一時間説教されて終わった。



 ようやく説教から解放された清水は、「クラスの女子から探すのは無理かな」と思いつつ、ふと中条の姿が目に入った。

 机の上に置いた芝田の腕に頭を乗せた中条の嬉しそうな表情を見た清水は「これだ」と叫んで、つかつかと中条の所に行き、「中条さん、コンクールの写真のモデルになってくれない?」


 思わずたじろぐ中条、身構える芝田、それを村上が制した。

「本気かよ清水」と村上。

「いや、中条さんって時々、すごくいい表情するんだよ。絶対いい写真になる」と清水。

 それを聞いて中条は、村上や芝田以外にも自分を肯定してくれる人が居る事を、嬉しいと思った。


「とりあえず時間をくれないかな」と村上が言って、三人で相談した。

「中条さん、どうしたい?」と村上。

「俺等で断ろうか?」と芝田。

 だが中条は「私、やってもいいよ」と中条。

「無理しなくていいんだよ。やりたいかどうかの問題なんだから」と村上。

 それを聞いて中条は、やってもいい・・・というのが上からな言い方だった事に気付いた。


「やっていいというより、やりたいの」と中条。

「清水のこと悪く言う女子も多いけど、だいじょうぶ?」と村上。

「気持ち悪いとか? 私、清水君のこと、そんなふうに思ってないよ」と中条。



 その日の放課後に撮影は始まった。

 自然体に肩の力を抜くことを清水は求めたが、意識するほど中条の表情は堅く、動作はぎこちないものになった。

 側で見ていた芝田は村上に「やっぱり里子に写真のモデルとか無理なんじゃねーの?」

 村上も頷くしか無かった。


 やがて休憩に入り、中条は二人の所に行く。ねぎらいの言葉とともに芝田が中条の頭を撫で、村上が肩に手を置く。

 ようやく中条に笑顔が戻る。それを見て清水は「これだ」と叫んだ。

「撮影を再開しよう」と清水。

「もう?」と芝田。

「鉄は熱いうちに打てだ。それと芝田に村上、お前等も協力してくれ」と清水。



 応募はネットで、作品データとともに、その日のうちに送られ、翌週発売の写真雑誌で発表された。読者投稿写真のコンテスト企画だ。

 そこで大賞をとったのが、ベンチに座る男性の膝に頭を乗せて、幸せそうに目を閉じる中条の写真だった。

 左膝には中条の頭が、右膝には猫が乗って仲良く眠っている。猫は野良猫を鹿島から借りた睡眠薬を嗅がせて眠らせた。


 男子達が集まって雑誌と中条を囲み、口々に褒める。

「中条さんってこんなに可愛いかったんだ」と直江。

「ちゃんとすれば違うもんだなぁ」と柿崎。

生まれて初めて大勢の異性にちやほやされる事に、中条の気持ちは高まった。


 そのうち直江が「おい牧村、来てみろよ。中条さんが載ってるぞ」

 クラスで女子の人気が高く、憧れている女子も多い牧村が、その写真を見て中条に笑顔を向けて言う。

「うん、いいね。中条さんけっこうイケてるよ」

 嬉しいとともに、まるで一生分の運を使い果たしたかのような一抹の不安を、中条は感じた。



 そんな様子を見ていた女子達は、心中穏やかではなかった。

 自分達にはろくに口もきかない空気的存在だったのに、二人の男子に面倒見てもらい、スキンシップを繰り返す中条を「二股かけている」「男に媚びている」と言う者は以前から居たが、その二人が別にモテている訳でもない村上と芝田といううちは良かった。


 だが男子全員からちやほやされ、あまつさえ「みんなの牧村君」に優しくされている。

「何あれ。うちらとは口も利かないくせに、男に媚びてお姫様気取りとか」と篠田。

「ほっといていいのかよ水上っち? なんかむかつくんですけど」と大野。

 それを受けて中条を庇うふりをしつつ彼女達を煽る水上を見て、杉原は「まずい」と思った。


 以前から中条達を見ていて「恋愛の前に同性の友人が普通だろう」という自分の認識との違い、さらに「2対1」という変則的に見える男女関係に対する違和感、それらが「中条は間違った状況にいるのではないか?」という疑問となり、「どうにかしたい」という思いとなって、やがて杉原をあらぬ方向に動かす事になる。

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