4話 こいつらが武器を持っていなければ危なかった
さて、偽テッドは片づけたし次だ。
私達を囲む、ほとんどの男がナイフを持っているが、中にはショートソードにロングソード、シールドにハルバード、そして魔法使い。
ごろつきにしてはいい装備を持っている。
冒険者か、騎士崩れか、どちらかはわからないがオラついてるだけの素人ではない奴が混じっている。
「坊ちゃん、教えたことは覚えておいでですね?」
「う……うん……」
「結構」
エルは腰から護身用のショートソードを抜いて後ろへ下がった。
一応稽古は付けているし、少しの間なら身を守る事も出来るはずだ。
エルを育てた私を信用して、一先ず前へ集中しよう。
「謝るのなら今のうちだ。お前がいくら腕っぷしに自信があったとしても、この数に勝つなんざ不可能だ」
「先手必勝」
「ほごっ!」
頬を腫らしたチンピラが、何か話しているが、その間に足を一歩踏み出し、近くにいたナイフを持った男1(仮称)の顎を蹴りぬいた。
すると、タイミングといい蹴りの完成度といい、これ以上ないくらい完璧な右のハイキックが決まり、男1は糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
擬音をつけるとするならスコーン!といったところだろうか。
「な?! 話してる途中に! くそっお前らやれ!」
「うっ!」
まだお喋りボーナスタイムが終わっていなかったので、次の男2の側頭部を蹴る。
男1の意識を飛ばしたハイキックを、そのまま地面へと弧を描きながら接地させて軸足に、もう片方の左足による後ろ回し蹴りだ。
堅い頭部を蹴ったことによる踵に帰ってくるはずの衝撃が幾分予想より柔らかい。
多分、頭蓋骨が砕けたんだな。
男2が持っていたナイフが宙を舞っている。
なんともいいタイミングだ。
とても蹴りやすい高さにある。
「死に晒せやあぁぁああああああああ!」
ハイキックからの後ろ回し蹴り、そこから更に少しジャンプして宙を舞っていたナイフの柄を蹴り飛ばす。
狙いは汚い言葉を吐いた男3、ナイフは無事に腹に突き刺さったため、語尾が非常にやかましくなった。
「調子に乗るな!」
ここで流石にボーナスタイムは終了のようで、右手に盾を左手に剣を持った男が、盾を前に突き出して体当たりしてきた。
男4の盾はいわゆるバックラーと呼ばれる物で、小型で円形の盾だ。
小型な分、身を隠す面積は少ないのだが、その分軽くて取り扱いがしやすい。
打撃武器としても優秀で、熟練の者が使えば優れた防御能力と攻撃能力を発揮する。
そしてこの男4は素人かどうかというと、盾の使い方をわかっているようで、盾を使った体当たりは正直厄介だ。
避ければエルへの攻撃を許してしまうし、カウンターで殴ったところで盾に阻まれてしまう。
となると残る選択肢は一つ、受け止める事だ。
私は男4のシールドチャージを両腕で突き出して真正面から受け止めた。
体重は私のほうが上なようで、数セント床を滑るだけで止めることができた。
男4はシールドチャージを受け止められても焦ることなく、左手に持った剣を突刺してきた。
さらには盾を受け止めるために、足の止まった私に向かって殺到してくるの他の奴らも見える。
私は盾の縁を持った手に一層力を込めると、盾が変形した。
私の手の形にひしゃげて、しっかりと盾を握りやすくしたところで、手に持った盾を中心に側転の要領で地面を蹴って体を宙に放り出す。
腕に固定されていた盾ごと私の体が突然回転したため、男4の腕は鈍い音を立ててひん曲がり、突き出していた剣も、片腕を捻られた結果、狙いが外れた。
そのまま盾を奪いたいところだが、男4の腕を折る程、取手と腕がねじれているので諦めることする。その代わり男4が痛みで取り落とした剣を足で蹴り上げて手に持つ。
素手で来られれば私も丸腰のため危なかったが、こいつらは武器を持っていたのでなんとかなりそうだ。
剣さえあればこんな奴らいくら来たところで負けることはないのだ。
剣を手に入れてすぐ、瞬きくらいの時間で次の相手が斬りかかってきた。
男5,6,7,8だ。
昨日の喧嘩の焼き直しのようだが、今回はまだまだ数が多いので気を付けよう。
こいつらは盾を持った男4と違って、ただのごろつきの様で、武器はナイフだし、動きは素人そのものである。
これならそこら辺の物を投げてこられた方が厄介なのだが、ありがたく片付けさせてもらおう。
「うおっと!」
まずは牽制、剣を横薙ぎで空振りさせる。
私が手に入れた剣は、全長70セントほどのショートソードで明らかに届かないのだが、男達はびっくりして飛びのく。
すかさず私は大きく一歩踏み込み、返す刀でもう一度横薙ぎの一撃を見舞う。
今度は牽制ではなく、斬る目的なので本気の一撃だ。
捉えたのは襲い掛かってきていた男5,6,7,8の太ももでまとめて切り裂く。股を大きく開いた踏み込みのため、低い太刀筋となった。
骨こそ斬ってはいないが、すれすれまで肉を断ったのでしばらくは歩けないだろう。
「おっとっと! あぶねぇな……あれ?」
男7が斬られたのに気付かなかったようで、尻もちをついて、なぜ立ち上がれないのか不思議がっている。
さっきの牽制の一撃をこいつらが反応できたのは、わざとゆっくり振っていたためで、私の本気の太刀筋がこんな奴らに見えるはずがない。
なので自分の足が斬られたのに気付くのが遅れるのは仕方がないことだ。
4人の男の太ももから血が噴き出すのと共に、私は後ろに下がってまた元のエルを守る位置に戻る。
今の攻防に警戒したのか、残り12人は遠巻きに私を囲むだけで、それ以上詰めてこようとはしない。
この膠着状態をどのやり方で崩そうか。
後ろの壁を斬って逃げるか、傍に転がっている机を投げつけるか、はたまたエルに魔法を使わせるか……
そんな事を考えていると、ハルバードを持った一際体の大きい男が話しかけてきた。こいつは強そうだし9から19は飛ばして男20だな。
「お前……何者だ」
「ただの落ち武者です」
「オチ……なんだ?」
床に転がった男達の叫び声で聞こえなかったのか、聞きなれない言葉で理解できなかったのかわからないが、少しは話す気になってくれたようだ。
「テッドの居場所を教えてくれる気になりました?」
「質問しているのは俺の方だ」
「答えたではないですか。落ち武者だって」
私の返しに男20はイラついたようで舌打ちをしてきた。
正直、斬る相手に親切に説明するのは面倒なので、この質問は無視しよう。
「早く止血しないと死にますよ? 医者に見せないと二度と歩けなくなりますし」
「お前相手に隙を晒すほど馬鹿じゃねえよ」
「大丈夫ですよそんな卑怯な真似はしません。ね、坊ちゃま?」
「え?! あっそっそうだ! 僕はそんな卑怯な真似はしない!」
話を振られるとは思っていなかったようで、エルは焦りながら答える。
男20の注意がエルに向いたので次の攻撃を仕掛けるとしよう。慈悲はない。
男20は奥の方にいるので後にして、まずは左のロングソードを持った男9から片付けることにする。
私はショートソードを横にして、平らな部分で男9の肩を上から殴りつけた。
鎖骨が折れる感触と共に、ロングソードを取り落としたので、私の手にあるショートソードの切っ先でロングソードをすくって私のものにする。
手に入れたのは全長が90セントほどで、軽量化のために腹の部分に溝が彫られている。
軽量化していると言っても、素人が使うにしては重いし、手入れも行き届いている。
男9は戦闘訓練を積んでいる人間だったんだろう。
新しい剣を手に入れたので、ショートソードはもういらないかな。
「あいつを燃やせ!」
男20が魔法使いらしき男10に命令を下す。
すると男の持っている杖の先から火の玉が現れ、私の方へと向けてきた。
本当に魔法使いだったか。
魔法使いは適性のあるものが、しっかりと勉強することでなる事ができる学者のような者たちだ。
そのためほとんどは生活に余裕がある貴族か、お金持ちがなる事が多く、こんなところでお目にかかれるような者達ではない。
理由はわからないが、まあいることは事実なのでいらなくなったショートソードを投げつけよう。
ショートソードは回転しながら魔法使いの男10が持った杖を切断した。
ファイアボールを作っている途中で切断された杖は、込められていたマナが制御不能に陥り、杖の先に出来ていたファイアボールの魔法が爆発した。
男10が火だるまになって床を転げまわる。
このファイアボールという魔法は、いわゆる軍用の魔法であり、一撃で相手の兵士を戦闘不能にさせる威力を秘めている。
皮膚が焼かれればショック死、息を吸っているタイミングであれば肺を焼いて呼吸困難に、目に入れば失明、実に実用的な魔法である。
男10が爆発しているのに気を取られている間に、男11と12の手首の腱をさっくり切り裂いておく。
男11と12はナイフを取り落として戦力外通告だ。
「どけ! 俺がやる!」
ようやくハルバードを持った男20がやる気になったようだ。
私が体を反らすと、ハルバードが鼻先をかすめて床板を砕く。
圧倒的にリーチは私の方が短いため、この攻撃を避けた隙に踏み込もうとしたが、既に男20はハルバードを手前に引いており、次の攻撃の準備が整っていた。
ハルバードとは、槍に斧がついた突いてよし、斬ってよしの長柄の武器である。
扱いは難しい武器のはずだが、この一瞬で床に刺さった状態を手元に引き戻すとは、中々の手練れのようだ。
私の胸に突き出してきたハルバードの一撃は中々に鋭く、攻撃を避けても弾いても、次々と連続で突きを放ってくる。
よく鍛えられている。
決めた。こいつはエルと戦ってもらうことにしよう。
きっといい経験になる。
遅れました。