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3話 衛兵長はどこにいる?

「アラキ、朝だぞ」


 体が誰かに揺すられている。


「お休みなさい坊ちゃん」

「はいはい」


 私の布団がはぎ取られ、背中とベッドの間に異物が差し込まれる感触がしたかと思うと、私の背中を持ち上げようとしてくる。

 上体が軽く持ち上がり、ベッドから頭が離れたため、頭を支えるものがなくなって非常に寝心地が悪い。


「ほら、水貰ってきたから顔洗って」


 膝に何かが乗せられた。

 結構重い。布団越しにズシッとした圧力を感じる。

 これは一体何だ?

 なにも見えないのでわからない。


「ほらちゃんと目を開けて」


 何を言ってるんだろう。私の目は開いてる。

 あれ? 目ってなんだ?

 ……これか。たしかに開いていない。


「あ、坊ちゃん」

「今日も出かけるんだから早く用意してよ」


 ん~嫌だ。


「嫌です」

「おりゃ」

「冷たい」


 エルが私の膝の上に乗せたのは水の入った桶だったようだ。私の膝の上にある桶を持って私の顔目掛けてひっくり返してきた。

 おかげで目が覚めたが、ベッドがびちょびちょになってしまった。


「坊ちゃん、ここは宿なんですが」

「お前が悪いからお前が謝ってこい」


 エルは部下の責任は上司の責任という言葉を知らないのだろうか。






 布団を濡らしたことで、朝から恰幅のいい宿の女将に怒られてしまったが、私は用心棒なので心を乱すことはない。

 この程度のピンチで焦っていては敵を作りやすい坊ちゃまの用心棒は務まらないのだ。


「じゃあ行こうか」

「はい、坊ちゃま」


 私たちは当てもなくこの町を訪れたのではない。

 この町にはエルの実家、アルドリッジ家の元衛兵の男がいるという話を聞いたのだ。


 私たちの旅の目的の一つはエルの親の仇討ちである。


 あの夜、屋敷は静かに制圧されて火を放たれた。

 貧乏貴族とはいえ、ある程度の衛兵が常駐している屋敷で騒ぎ一つ起こさずに周りを包囲し、エルの両親を殺害するなどありえないことだ。

 これがこっそりと侵入して行われた暗殺であるならば納得できるのだが、ピエロの面の男たちは堂々と戦力を揃えて包囲してきており、衛兵が気付かなかったとは考えにくい。


 おかげで私も屋敷が襲撃を受けているのに気づくのが遅れ、エルの両親を助けることができなかった。

 職務怠慢か、買収か、今となってはわからないが、衛兵が機能していなかったのは確かである。


「元衛兵がいたらどうします?」

「裏切者なら斬れ」

「御意」


 前を歩くちんまい金色のつむじは、振り向くことなくそう言った。

 エルは基本的に優しい性格で、そう物騒な事を言う事は少ないが、親の敵となれば鬼となる。

 あれから六年、彼女の復讐心は薄まることなく、むしろ情緒の発達と共に強くなっているようだ。


 屋敷を逃げ出して二年ほどは、行き倒れ男と箱入り娘6歳児という頼りない二人だったため復讐するどころではなかったが、ここ四年ほどは生活も安定し、情報を集め始めた。

 だが四年という歳月をかけて集まった情報はほとんどない。


 アルドリッジ家の領地は国に預けられ、今は別の領主が治めている事。

 エルの実家のあった町は今は廃墟となって誰も住んでいないという事。

 そして元アルドリッジ家の衛兵長を務めていた男、テッドが、この町で生きているという事だ。


 酒場で聞いた話なのでどこまで本当なのかわからないが、私たちはその情報を信じて行動に移すしかなかった。


 本当ならエルの場合、ただ生きるためなら国に保護を求めればよかったのかもしれない。

 田舎貴族の嫁とかお城のメイドとかいくらでも楽な道はあったはずだ。


 だがエルはそれを拒否した。


『私はアルドリッジの名を変えるつもりはありません。それに父上と母上を殺したあいつらを探す自由を奪われたくないのです』


 領地を失った貧乏貴族に婿に来てくれる相手などいないだろうし、保護されれば自分の足で犯人を捜すことは出来なくなってしまう。

 そうしてエルはこの困難な道を選んだ。


 この国は実力主義で、なにかしらで功績をあげれば貴族となる事ができる。

 大商人となって金で貴族の地位を買うことができるし、敵将を打ち取れば騎士として召し抱えられることもある。

 未だ貴族になる道筋は一切立っていないが、エルは男として生きる事で一からアルドリッジ家を再興しようとしているのだ。


 私はその意志を尊重することにした。

 子供らしい無謀で幼稚な考えだが、そのエルの考えを聞いた時には既に、私は彼女の用心棒となっていたからだ。


 そういうわけで、昨日お金を恵んでくれたチンピラのリーダーが、たまたま目の前を通ったので聞いてみるとしよう。


「少し聞きたいことがあるのですが」

「?!」


 私の顔を見た瞬間、チンピラは背を向けて逃げ出そうとしたが、走り出す前にシャツの首根っこを掴んで持ち上げると大人しくなった。

 どうやらこの男は猫と同じ習性を持っているようだ


「なっ……なんの用だよ……」


 昨日私に殴られて腫れた頬を震わせながら用件を聞いてくる。


「詳しいことは彼に」


 私はエルにチンピラを差し出すと、昨日の事を思い出したのかエルは一瞬怯んだ。だがエルはしっかりと目を上げてチンピラと目を合わせる。

 内心どう思っているかはわからないが、怯える姿を表に出していないし、よしとしましょう。


「テッドという男を知らないか?」

「テッドってどのテッドだよ……そんな名前の奴いくらでもいるぞ」

「昔貴族の屋敷の衛兵長をしていた男だ」

「それならっぅおおお!」


 私に持ち上げられて足が地面から浮いているが、やはり子供相手だと幾分落ち着くようだ。

 もしエルが舐められて嘘をつかれてはいけないので、チンピラを激しく揺すって力の差をわからせる事にした。

 ガックンガックン頭が揺れて、彼の着ているシャツからビリっと音がする。

 

「アラキやめろ! 今話そうとしてただろ!」

「念のためです」


「なんのだよ!」

「尋問するのは私ではなく彼にですよ」

「わかってる!」





「俺達の仲間に貴族の衛兵長だったと自慢してるやつがいる。そいつの名前がテッドだ。」

「そいつの場所まで案内しろ」

「ああ……案内してやるよ」


 あっさり情報を聞き出すことに思考した私達は男に連れられて、町のメインストリートを外れて薄暗い道をどんどん奥へと進んでいった。

 先頭にチンピラを歩かせ、その後ろにエル、そして二人を視界にとらえ続けるために私が最後尾を歩く。


 進めば進むほど血やら酒やらの匂いが濃くなっていき、建物もみすぼらしくなっていく。

 しかもエルを誘拐したそうな人が増えてきた。

 どうやら私たちはいわゆるスラム街に入っているようだ。


 誘拐されやすそうなエルは長いまつげをバサバサと瞬かせている。やはり周りの自分を見る目がよからぬものになっているのを感じ取っているのだろう。

 危機意識があることはいいことだ。

 ……と、そういえば大事なことを忘れていた。


「坊ちゃん」

「なんだ?」

「今武器がありません」

「あ……」


 剣があればそこらへんの奴らが束になったところで負けることはないが、相手も素手で束になられると負けてしまう。

 昨日なくなったばかりなのに坊ちゃんも抜けているな。


「着いたぜ」


 引き返そうかと考える暇もなく着いてしまった。

 俺たちが案内されたのは汚らしい木造のあばら家が立ち並ぶスラム街において、ひときわ異彩を放つ建物だった。

 建物自体はごく普通の大きな木造建築で恐らく酒場なのだが、隙間風が吹いてそうな建物しかないスラム街にしてはかなり立派な作りである。

 メインストリートにあっても違和感がないほど普通なのが不気味だ。


 チンピラが両開きの扉を慣れた手つきで開いて中に入ったので、俺達もそれに続く。

 中は思った通り丸テーブルとイスが配置された酒場で、はげちゃびんの男がカウンターの向こうでコップを拭いている。

 チンピラの仲間なのか只の客が集まっているのかわからないが、真昼間だというのになかなか繁盛している。


「あそこに座っている奴だ」

「坊ちゃん、どうですか?」

「う~ん」


 男が指を差したのは一番奥に座っているフードを被った人間だった。

 フードを深く被っている上、うつむいているため顔が見えない。


「とりあえず話しかけてみましょう」

「そうだな……」


 エルは喉を鳴らすとゆっくりと近づいていく。

 私も一応見たことはあるはずだが、関りがなかったため顔も覚えていない。だがエルからしてみればよく知った顔のはずだ。

 この町に来る前に聞いたのだが、たまにエルと遊んでくれていたらしい。


 自分の幼いころを共に過ごした相手は、もしかしたら裏切者なのかもしれない。

 エルの幸せな頃の思い出が本物なのか、偽物なのか。

 あの夜からずっと止まっていたエルの時間が今動き出す。


「お前……テッドか?」

「は?」


 男はエルに呼ばれ顔を上げた。

 男の顔は、頬がこけていて、大きな鷲鼻をしている。

 鷲鼻の男はきょとんとした顔で意味が分からないといった表情。これは……


「?! アラキ! こいつ違う!」

「坊ちゃん、私から離れないように」


 周りを見回すと飲んだくれていた男たちが次々と立ち上がって近づいてくる。

 ざっと20人という所か。


「奢りませんよ?」

「そういう訳にはいかねえな」


 頬を腫らした案内してくれたチンピラが笑っている。

 のこのことやってきた俺達に仕返しできることが嬉しくてたまらないのだろう。


 しかもこっちは丸腰、男たちは皆それぞれ武器を持っている。

 ナイフだけではなくショートソードにロングソード、シールドにハルバードまでいる。

 駄目押しに一番後ろには杖を持った魔法使いだ。



 私達の立ち位置は、偽テッドに話しかけるために壁際に来たため、逃げ場はない。

 裏を返せば、偽テッドにさえ気を付けていれば後ろを取られる心配がないということでもあるが。


「ほっ!」

「ぐぇ!」


 私は偽テッドへ向けて前蹴りで腹を蹴り抜くと、偽テッドは白目をむいて椅子からくずれおちた。

 こいつが奴らの仲間かどうかはわからないが、ここにいる時点でろくなやつではないだろうし問題ない。

 これで前だけに集中できる。


「まずは一人」

「そいつは俺も知らない奴だ」


 親切に男の身元を少し教えてくれた。


「アラキ……」


 エルの冷たい視線が後頭部に刺さるのを感じる。

 ごめんなさい。偽テッド。

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