ときにはリア充の幸せも祈る
狙っていた電車に乗り遅れてしまった。
線路と平行にならんでいるベンチに座り、静かに文庫本を読みながら待っていると、遠くから話し声が聞こえてきた。女がなにか話している。声が大きい。ときおり男の返答も聞こえる。どんどん近づいてくる。
カップルとおもわれる男女がうしろのベンチに座った。
会話は一秒たりとも途切れないらしい。
元気がよくてなによりだ。
「だからさぁ、北海道に遊びに行こうよ」
「あぁ? なんで?」
「マコくんとふたりで、おいしいラーメンが食べたいの」
うしろのベンチは反対車線を向いている。
うしろのカップルは、もうすぐやってくる別の電車に乗るだろう。
「北海道のラーメンがどれだけうまかろうが、家でたべるサッポ○一番塩らーめんに勝てるわけねぇだろうが」
なにかすごいことを言っているが反応してはならない。
「えぇ~」
「文句あるか?」
ないわけがないだろう。
心でつぶやきつつ、ページをもどして文字をみる。
彼氏の強引な主張にも負けず、彼女は「マコくんと遊びに行きたい」と訴えつづけている。
「もうっ、どこのラーメンならいいの!?」
そんなにラーメンが好きか。
「家でたべるチキ○ラーメンに勝てるとしたら、家でたべるカッ○ヌードルくらいのもんだろうな」
そんなにインスタントラーメンが好きかワンタ○メンはどうしたこら。
「ずっと家にいるだけだったら、お金が貯まるだけじゃない」
たしかに、いや、ちがう。
もう少し健康に気をつかってあげてくれ。
お前も少しくらい遊びに連れて行ってやれ。
「それがどうした。そんなもん、おまえが服とか宝石とかエステとかにつかって、どんどんきれいになればいいんだよ」
いきなりなにそれ惚れてまうわ!
勘違いしてたわ!
マコくんごめん!
「もう、マコくんはわたしにどうしてほしいの!」
いままでよりも張りのある声に、感情の爆発が感じられる。
姿はみえないが、絶対に怒っていないことだけはわかる。
「家にかえったら、おにぎりをつくってくれ」
「おにぎり?」
「塩昆布をいれたやつな」
「わたしの手作りでいいの?」
「ああ、どんなラーメンにも合う」
「おいしい?」
「最高だ」
「……マコくん大好き」
電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえてきた。電車がホームに入ってきて、うしろのカップルは立ち去った。
最後までカップルの姿はみなかった。
塩昆布チョイスに大和魂すら感じてしまったせいだろう。
うしろを振り向いて、勝手に抱いた幻想を壊したくはなかった。