9.
6年前、12歳になったばかりのアイシャは、義姉達に頼まれた買い物をする為、カランの町を歩いていた。
しかしこの買い物は義姉達のいじめの一環で、異国人嫌いの店主が営む店へ、わざわざ異国人のアイシャを買いに行かせるという物だ。
義姉達は第1夫人の留守を狙っては、度々こういう嫌がらせをしていたのだ。
買い物をしようにも売ってくれない事は分かっていたが、この頃のアイシャは気が弱く、逆らう事も出来ずに、義姉達の言いなりになるしかなかった。
仕方なく重い足取りで溜息を吐きながら、トボトボと路地裏を歩いていると、突然横道から勢いよく現れた人にぶつかった。
弾き飛ばされ思わず尻餅をつくと、同じく尻餅をついた相手が素早く起き上がり、アイシャに近付き顔を覗き込んだ。
「すまない!急いでいて人がいるとは思わなかった。怪我はないか?」
見上げると黒いマントに身を包み、顎までの長さに切り揃えたこげ茶色の髪に、ターコイズブルーの瞳の、整った顔立ちをした混血の女の子が心配そうに覗いている。
これ程綺麗な女の子は見た事が無かったので、アイシャは恥ずかしさの余り無言で頷き下を向くと、女の子は腕を引いて立ち上がらせてくれた。
そしてキョロキョロと辺りを見回し、近くに積んであった樽を一つ持ち上げ、その影にしゃがんで身を隠した。
女の子のやっている事が理解出来ず、ポカーンとしながら立ち尽くしていると、女の子が走って来た方向から、数人の男達が慌ただしく走って来た。
「いたか?」
「いえ、見つかりません!」
「全く困ったものだ!好奇心旺盛なのも考え物だ!」
男達はそれぞれにその様な言葉を吐き、その中の一人がアイシャに近付いて来た。
「異国人がこんな所にいるのは珍しいな。言葉は分かるかい?」
アイシャが頷くと、男は続けて問いかけた。
「この位の背丈でこげ茶色の髪の子を見なかったかい?」
あの女の子の事だ!
急いでいるって言ったのは、もしかして‥追われているから?
そう思ったアイシャは、咄嗟に自分がやって来た方向を指差した。
「ありがとう異国のお嬢ちゃん。この町は異国人に冷たいから、早く帰った方がいいよ」
追手の割には人好きのする優しい笑顔で、男はアイシャの頭を撫でると、仲間の男達と共にアイシャの指差した方向へ消えて行った。
「巻き込んで悪いな。お陰で助かったよ」
少し掠れたハスキーな声で、樽の影から顔を出し、周囲を見回すと女の子はアイシャの隣に立った。
背はアイシャより少し高く、同い年か一つ二つ年上に見える。
「どこかへ向かう途中だったんだろう?邪魔をして悪かったな」
「買い物を‥頼まれて‥有名なお菓子なんだけど‥」
「有名なお菓子?へえ。それじゃあお詫びに荷物持ちとして一緒に行くよ」
追われているのに大丈夫なのかと疑問に思ったが、女の子は有名なお菓子なら食べてみたいと言って、アイシャと一緒に目的の店まで歩き出した。
着いた所で店主に声をかけると、案の定相手にして貰えない。
困ったアイシャはもう一度声をかけてみたが、店主は全くこちらを見なかった。
「おい!商人なら商人らしく、客に物を売ったらどうだ?」
ツカツカと店主の前へ進み出て、女の子は店主を怒鳴り付けた。
「なんだこのガキ!混血のクセに生意気な!」
「混血だろうが客は客だ。そんな商売をしている様じゃ、この店も先は短いな」
「なんだと!このガキ‥つまみ出してやる!」
「つまみ出す?ふーん‥それならこれを見てから言ってくれ」
女の子はマントの下から短剣を取り出し、それを店主の前に置いた。
「何を見ろだって?こんな物‥‥こ、この紋章は!!」
「今お前が誰につまみ出すと言ったのか、分かった様だな。お前は混血だ異国人だと差別しているが、実際アルドを動かしているのは、そういう者達だ。お前達が民族を守る気持ちは分からなくもないが、差別というのは意味が違うだろう?側から見ると弱い者いじめをしているだけにしか見えないぞ。まあ、忍びで来ているからこれ以上騒ぎにしたくない。彼女にきちんと品物を売ってくれ」
「は、はい。申し訳ございません」
どういう訳か手の平を返した様に従順な態度で、店主はアイシャに義姉達からの依頼分を売り、更におまけもしてくれた。
アイシャには何故こうなったのかは分からなかったが、女の子の毅然とした態度がとても格好良く感じて、胸が高鳴った事を覚えている。
ぶつかった路地裏まで戻ってから女の子とは別れたが、別れ際に女の子はアイシャの髪と瞳を褒めてくれた。
月の光みたいに綺麗な銀色の髪と、エメラルドの様な瞳だと。
「そんなに沢山ミントを摘んで、一体何杯お茶を飲むんだい?」
後ろから声をかけられてハッとすると、シェイドが面白そうに笑っている。
慌てて見ると、入れ物代わりに引っ張って袋にしたスカートには、こんもりとミントの葉が摘まれていた。
「あ‥!考え事をしていたら、無意識に摘んでしまったみたいね」
「それだけあれば十分だよ。さ、お茶を飲もう」
陶器のポットとガラスのカップに、皿に盛られた氷砂糖をシェイドは用意してくれた。
摘んだばかりのミントをカップに入れて、2人はお茶を飲み始める。
テーブルの位置はオレンジの木陰で、日除けとしてはちょうどいい。
「少しは幸せな気分を味わえているかい?」
「ええ。この中庭はとても気に入ったわ。それにこの家は、借りるのに申し分ない環境ね」
「気に入ったなら良かったよ。ところで‥さっき言ってた考え事なんだが、それはカリムと何やら話していた事かい?」
突然その話題を振られて、アイシャは少し動揺した。
シェイドは見ていない様で、しっかり見ていたのだ。
これはもう、話してみるべきなのだろう。
あの女の子に良く似た顔立ちに、不思議な縁を感じながら、アイシャはもう一つの目的を話し始めた。
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