5.
店主はアイシャの要望通り、金の透かし模様の入った髪飾りと、銀糸の縫い取りに色とりどりの刺繍が施された帯をズラリと並べてくれた。
それらはカランで見る物より上等で、その分どれもカランより値が張る。
予算を考えると3・4種類に絞られるが、それだと義姉達が納得しそうな物は買えなかった。
「う〜ん‥どうしよう‥」
「どうですか?気に入った物はございましたか?」
「あるにはあるんだけど‥予算オーバーね。これとこれを一つずつ買うと、どの位勉強して貰えるかしら?」
「どちらもかなりいい品ですからね、勉強するといってもさほど値引きは出来ませんよ?」
「それでも‥参考までに教えて欲しいわ。いくらになるのかしら?」
店主は紙とペンを取り出し、サラサラとそれぞれの値段を書いて、合計から値引いた金額を書き出した。
「まあ、あの方のご紹介ですからね、ギリギリまで値引きしてみました。こう見えてもうちの店は王室御用達です。品物には絶対の自信がありますよ。他の店ではこの品を、この値段では到底売りません。うちは信頼も売りにしておりますからね」
アイシャは店主の書いた値段を繁々と見つめながら、
頭の中で予定金額との差を計算してみた。
確かにこの品がこの値段では買えないわね。
でも‥やはり予算オーバーになってしまうわ。
せめてあともう一声値引きしてくれたら、思い切って買うんだけど‥。
色々考えた結果、この二つは諦めるしかないと思い、これよりいくらか品が落ちる物に目線を移した。
「カリム、これも一緒に買うとしたら、いくら値引きしてくれるんだ?」
すると、店の奥にある棚を見ていたシェイドが、蔓草を模した彫金細工に大粒のターコイズが嵌め込まれた、女性用の金の腕輪を持って来た。
「おや、相変わらず目利きですねぇ。それは一点物でかなり良い品ですよ。フム、どなたかへの贈り物ですかな?」
「余計な詮索はいいから、早く計算してくれないか?」
「はいはい、分かりましたよ。まあ、これ一つでこちらの2点以上のお値段はしますからね。かなり勉強して値引き分を引くと、お嬢さんのお支払い予定金額はこちらになります」
店主がさっと書いた紙を見ると、値引いた金額は何とかアイシャの予定金額内に収まる。
しかしシェイドの持ってきた腕輪の値段を見て、あまりの高さに目を丸くした。
「私は凄く助かるけど‥シェイド、貴方‥本気なの!?」
「本気だよ。何も問題ない」
「問題ありよ!だってこれ‥高すぎるわ!」
「俺の懐具合を心配しているのか?だったら心配要らないよ。こう見えて結構蓄えはあるんだ」
「でも‥‥」
どう考えても護衛程度の稼ぎで払える金額ではない。
そこでアイシャは思い留まる事を強く勧めたのだが、店主は訳知り顔で、シェイドに変わって説明を始める。
「こう見えてこのお方は大層な資産をお持ちなんですよ。ですからお嬢さんが心配する様な事には、決してなりません。うちはいつも贔屓にして貰っていますから、よ〜く分かっています」
「えっ!?大層な資産って‥」
驚いてシェイドの方を見ると、シェイドはバツが悪そうに一言言った。
「何というか‥親から受け継いだ、ちょっとした財産があると言った所かな。だから君が心配する様な事にはならない」
それを聞いて更に驚いたアイシャは、シェイドに対してある疑問を抱いた。
一体シェイドとは何者なんだろう?
聞いてみようかと思ったが、先程のシェイドと店主のやり取りを思い出し、聞いても多分教えてくれないだろう事は予想出来た。
『訳ありの方についても同じ事』
この台詞からシェイドが何かしらの事情を抱えているであろう事と、親から受け継いだ資産を持っているという事から、それなりの身分がある立場だという事が分かる。
アルドでは先代国王の時代から、西方の文化を取り入れ、貴族制が成り立っている。
七つの部族の族長もこれに当たり、伯爵という称号を持っているのだが、スワヒールでは男爵や子爵、侯爵、元王族から別れた公爵も存在していた。
彼等貴族はそれぞれに領地を所有し、独自の交易を行う権利を持っている。
その交易で得た利益の三分の一を税金として納め、国王はこの莫大な税金を国の運営資金に当てていた。
そして貴族だけの特権として、財産を自由に分け与える権利という物がある。
商人もそれなりの富を持つ者はいるが、それらの財産は当主の代替わりの際国へ申請した上で、国王の許可が下りなければ受け継ぐ事は出来ない。
これは利益の中から収める税金が、貴族より少なく設定されている為、その分国が厳しく管理する事が出来るからだ。
その際稼業も継承する事が条件だが、護衛という仕事をしている以上、シェイドはそれに当てはまらない。
しかし貴族は沢山税金を払う代わりに、国王の許可無く自由に分け与える事が出来る。
『親から受け継いだ、ちょっとした財産』
つまりこの言葉は、シェイドが貴族であるという事を肯定する言葉だ。
先代の国王の時代に取り入れられたこの貴族制度は、アイシャの様な地方都市出身者には馴染みが薄く、こういった制度の教育を受けるのは、族長の跡継ぎに限られている。
多分シェイドもそれを知っていたから、アイシャの前で正直に自分の事を話したのだろう。
けれどアイシャは第一夫人により、あらゆる教育を受けていた。
だからこの言葉の意味を理解出来たのだが、敢えてそれは言わない事にした。
誰にだって言いたくない事の一つや二つはあるわよね。
きっと何かしらの事情があって、身分を隠しながら護衛なんて仕事をしているんだわ‥。
だったら私は余計な事を聞くのはやめよう。
昨日出会ったばかりの私が、あれこれ詮索するのもどうかと思うし、あくまでもこの関係は仕事として依頼しているのだもの。
プライベートな事まで、立ち入るべきではないわよね。
アイシャはそう考えて、さっきの言葉の意味に気付かないフリをした。
「シェイド、本当にそれを買うのなら、私は遠慮なく甘えさせて貰うけれど‥」
「ああ、俺もこれを欲しいと思ったんだ。だから遠慮なく甘えてくれ」
双方にとって損がないのであれば、受け入れるべきだろう。
お陰でアイシャは諦めかけていた、義姉達の買い物をする事が出来た。
読んで頂いてありがとうございます。