4.
翌日義姉達の昼食の世話をしてから、アイシャは昨日言われた噴水の前へ出かけて行った。
昼食を摂り損ねたので途中の屋台で薄いパンに肉と野菜を挟んだ物を買い、食べながら歩いて行くと、既にシェイドは噴水の前に立っていた。
「今頃昼食かい?まだ鐘は鳴っていないから、ゆっくり食べても良かったんだよ?」
「待たせるのは好きじゃないの。でも、貴方の方が早かったみたいね」
「俺も女性を待たせるのは主義に反する。だから君より早く来られて、ホッとしているよ」
シェイドの台詞に驚いたアイシャは、その意味について聞いてみた。
「昨日も思ったけど、随分と女性に寛容なのね。それは貴方だけ?それともスワヒールの男性は皆そうなのかしら?」
「女性は力は弱いが、子供を産み家を守ってくれる。だからスワヒールでは、女性を大切に扱うのが当然なんだよ。カランは違うのかい?」
「違うわね。カランでは女性の立場がうんと低いの。男性に従い、黙って言う事を聞くのが当然なのよ。私みたいに強気で、口答えばかりしているのは嫌われるわ」
「へえ。俺は強気の君にも魅力を感じるけどな。カランの奴等に見る目が無くて良かったよ」
昨日同様軽口を叩くシェイドに、アイシャは呆れながら言い返した。
「私なんかに魅力を感じる、貴方の方がよっぽど見る目が無いわね。でも、スワヒールの考え方は素晴らしいと思うわ。カランもそう出来たら、もっと女性が働き易くなるのに」
「王都と違って地方都市には、まだまだ昔からの考え方が色濃く残っているからな。かつて武力で奪い合いをしてきた歴史から、力を持たない女性は大人しく従う物という考え方が根付いたんだよ。代々行われて来たザワージなんていい例だな。程のいい人質だ」
「人質!?」
「ああ。族長は娘を人質として差し出し庇護を受ける代わりに、侵略しない事を約束させられる。つまり娘は道具として扱われて来たんだ。哀れな娘は人質として差し出された後、好きでもない相手の子を産み、役目を果たすとただのお飾りとなった。王妃という責任だけを押し付けられて。歴代の王達には、何人も側室がいて、王妃には見向きもしなかったからな」
「‥確かに後宮という物が存在して、多い時には100人近くの側室がいたと、歴史書には書いてあったわね。でも先代国王の時代に後宮は廃止されて、今ではそんな事も無くなったんじゃないの?」
「表向きは‥ね。先代国王には1人だけ側室がいたんだ。この側室以外には見向きもせず、不要な後宮は閉鎖された。だがザワージがある限り、部族から選ばれた娘を正室にしなければならない。その時選ばれた娘は正室に収まったが、先代国王は娘の寝所に一度も訪れる事なく、娘は清い体のまま役目を果たせなかった失望と自責の念で自ら命を落とした。表向きは病で亡くなった事になっているが‥。こういった悲劇は、第2王子や第3王子の妃となった娘にも、この300年間何度も起きている。だから俺は‥こんな制度を廃止するべきだと思っている」
「‥そんな話初めて聞いたわ。シェイド、貴方‥随分詳しいのね」
「あ、ああ、以前高官の護衛をした時に教えて貰ったんだ。余計な事を話し過ぎたな。君の用事に付き合う約束だったのに」
「ううん、貴重な話が聞けて良かったわ。ザワージの制度は私も同意見だもの。時代遅れの風習というか‥。だって王子様も部族の娘も、双方選ぶ権利が無いなんて可愛そうだわよ。ザワージが無ければ、義父様も第二夫人を娶らなくて済んだのだし。私は結婚するなら好きな人と結婚したいわ。そして二人で仲睦まじく一緒に暮らしたい」
シェイドはそんな風に語るアイシャを見て、何かを言おうとした様だが、別の話題に切り替えた。
「さて、昨日言っていた物件探しだが、希望はあるかい?立地条件とか予算とか?」
「それなんだけど、実は他に用事が出来て、先にそっちを済ませたいの。義姉達に頼まれた買い物なんだけど」
「買い物?どんな物を買うんだ?」
「宝飾品と衣料品よ。出来れば安くて、良い品を扱うお店がいいわ。だからバザールへ行こうと思うんだけど、道案内を頼めるかしら?」
「もちろん!ではカランのお嬢さん、ご案内致しましょう!」
優雅に片手を胸に当て、もう片方はアイシャの方に差し出すシェイドの姿が、余りにも堂に行った仕草で思わず笑ってしまった。
「シェイド、まるで本物の紳士みたいね。よろしく!偽物紳士さん」
そう言ってシェイドの手を取ると、シェイドは楽しそうに瞳を輝かせた。
王都のバザールはアイシャの想像以上の規模で、ありとあらゆる物が所狭しと並んでいる。
端から見て回るには今日だけでは足りなくて、数日は余裕でかかりそうだった。
しかもまるで迷路の様に入り組んでおり、一人では間違いなく道に迷ってしまった事だろう。
シェイドはこの入り組んだ道を把握しているようで、迷わずスイスイと進んで行く。
途中強引な客引きに捕まった時も、シェイドが庇ってくれたお陰で、難なく切り抜けられた。
そしてやっと目的の場所に辿り着く頃には、アイシャはシェイドを選んだ自分の判断が正しかったと感じていた。
「いらっしゃい!何をお探し‥おやまあ!誰かと思ったら、貴方ですか!」
「久しぶりだなカリム。分かっているとは思うが、いつもの通りに頼むよ。今日は連れの女性も一緒だからな」
「分かってますよ。連れというのは、そちらの美しい異国の娘さんですかね?」
「そうだ。彼女の買い物なんだが、手伝ってやってくれないか?」
シェイドがアイシャの方を見ると、店主はいそいそとアイシャへ近付いて行った。
「異国のお嬢さん、何をお探しですか?」
「確かに異国の人種だけど、一応アルドの国民よ。説明は面倒だから省いてもいいかしら?」
「もちろんですとも!仕事柄お客様の言いたく無い事は、無理に聞き出さない事にしているんです。訳ありの方についても同じ事」
そう言って店主はチラリとシェイドの方を見た。
シェイドはコホンと咳払いをし、店主の顔をギッと睨む。
店主はそれを気にした風でもなく、ニコニコと愛想を振りまいている。
アイシャはとりあえず希望の品を、店主に探して貰う事にした。
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