3.
宿に戻ったアイシャを待っていたのは、義姉達の理不尽な注文だった。
埃っぽいから湯浴みの用意をしろだの、腰が痛いからマッサージをしろだの、好き勝手な事を言っている。
アイシャはそれに逆らう事なく、従順に言われた事をこなしていった。
第二夫人はアゼル族至上主義で、その娘である義姉達もまた、アゼル族以外を認めない。
その為子供の頃からアイシャに対して、見下した態度を取って来た。
今回の旅ではアイシャの事を、使用人替わりにしか思っていないらしい。
それらを理解した上で、アイシャが身に付けた処世術は、従順な態度を貫く事だ。
『二週間後には自由が待っている』
そう思えば義姉達の仕打ちなど、いくらでも我慢出来た。
それに、2人の扱いには慣れている。
おだて方もまた心得ており、それによって自分の利益を生み出す方法も知っている。
2人の義姉が湯浴みを終えて、身支度を整える手伝いを頼まれると、アイシャは早速おだてる事にした。
「相変わらず一のお義姉様の髪は美しいですね。今日町で、透し模様が入った金細工の髪飾りを見かけました。きっとお義姉様の髪によく映えるでしょうね」
「あら、金細工ですって?どんな形の物なの?」
「楕円形で表に透し模様、裏に留め金が付いていて、髪を一つに纏められる物です。結い上げてあの髪飾りを留めたら、さぞかしお義姉様の髪は注目を浴びる事でしょう」
「まあ!アイシャ、明日早速買って来なさい!」
「よろしいのですか?私の見立てで?」
「ええ。アンタは見立てだけはいいんだから任せるわ。それに、ザワージ用にいくつか必要だもの。カランから持って来た物より、王都で売っている物の方が、品がいいに決まってるわ!」
「では、明日買って来ます」
するとアイシャと上の義姉のやり取りを見て、もう1人の義姉が不満そうに口を挟んだ。
「ちょっと、お姉様だけズルいわよ!抜け駆けしようったって、そうはいかないんですからね!アイシャ、他に私に似合いそうな物は見なかったの?」
「‥そういえば、二のお義姉様にピッタリな帯が売っていました。銀糸の縫取りに鮮やかな刺繍は、きっとお義姉様の細い腰に映えるでしょうね」
「決めたわ!私には帯を買って来て!私だってザワージ用が必要ですもの。年齢的に第二王子のお相手は、私がちょうどいいんですから。王子より二つも年上のお姉様と違って」
「何ですって!私は年齢制限の範囲内よ!25歳までなら参加可能なんですからね!」
「それでも若い方がいいに決まってるわ。だって下は15歳からですもの、お姉様とは7つも違うのよ。殿下の受け入れられる年齢は、25歳までって事でしょう?お姉様はギリギリだわ」
「25歳ならまだ3年あるじゃない。それに、15歳なんてまだ子供よ!殿下だって大人の女の方がいいに決まってるわ!」
「どうだか‥。まあ、お姉様は王太子殿下の時に選考から漏れたんだから、これが最後のチャンスだわね。せいぜい頑張って頂戴。選ばれるのは私だけど」
「今のうちに好きな事を言ってなさい。後で吠え面かいても知らないから」
フン!と2人はそっぽを向いて、火花を散らし合っている。
ザワージが近付くにつれて、2人は仲違いが多くなった。
最近では顔を合わせる度にこの調子で、アイシャもいい加減ウンザリしている。
まあ仕方ないわね、一のお義姉様にとっては、降って湧いた幸運なんだから。
元々今回のザワージには、二のお義姉様だけが参加する予定だったのだもの。
アイシャがこう思うのには理由があった。
現在のアルドには2人の王子がいて、王太子である第1王子のザワージは3年前に終了し、上の義姉はその時参加したが選ばれる事はなかった。
そこで今回は二番目の義姉だけが参加する予定だったのだが、上の義姉にも参加資格が与えられたのだ。
ザワージという制度がある為、アルドの王子には相手を選ぶ自由がない。
その為、なるべく王子の希望を取り入れるという、仕組みになっている。
今回行われる第2王子のザワージでは、25歳から15歳までの全ての娘という、年齢制限と規定が設けられていた。
お陰で20歳の二番目の義姉ばかりか、22歳の上の義姉、そしてアイシャも参加の対象となったのだ。
「あの、お義姉様方、必ずお似合いの物を仕入れて参りますので、軍資金を頂けませんか?」
「「ああ、そうだったわ!」」
2人はそれぞれ族長から持たされた、金貨の入った袋を開けた。
アイシャもいくらか用意して貰ったが、3人分は大変だろうと2人より大分少なく貰っていた。
「この位あれば足りるかしら?」
「いいえ、あと一枚必要です。やはりいい物ですからね」
「そう?カランより高いのね。それじゃあこれで」
「これでお義姉様方にお似合いの品が買えますね。明日の午後から行って参ります」
「朝から行けばいいじゃない。わざわざ午後にしなくても」
「午後の方がお店が沢山並ぶんです。今日見た物より、もっといい物があるかもしれませんから」
「そうなの?アンタと違って私達はきちんとした令嬢ですからね、そんな下々の事情なんて知らないのよ。まあいいわ、アンタに任せるから、必ずいい髪飾りを買って来なさいね」
「私の帯も必ずよ!」
「はい。ですが少々時間はかかりますよ?その間身の回りの事は、ご自分でやって下さいね。いい物を選ぶには、時間がかかりますから」
「「えー!ま、まあ仕方ないわね。その代わりきちんといい物を選びなさいよ!」」
「はい!必ず!」
自分達の物を選んで貰うなら仕方がないと、義姉達は渋々許可を出した。
アイシャは義姉達から受け取った金貨を、しっかり皮袋の中にしまって、ニンマリとほくそ笑んでいた。
上手くいったわ。
2人共おだてに弱いんだから。
追加で貰ったこの金貨は、私の蓄えに回してと!
後は残りの範囲内で買い物をしよう。
あ!値切れば余りも蓄えに回せるわね!
我ながらズル賢いとは思うわ。
昔から義姉達にいじめられる度に、どうすれば義姉達に悟られず仕返しが出来るか、考え付いたのがこのやり方だ。
“いつかカランを出て行く為に蓄えておく必要がある”
元々はそう考えたのがきっかけで、義姉達からせしめた金貨と通訳の仕事で、暫く食べていけるだけの蓄えは出来た。
差別的なアゼル族の中で、異国人のアイシャが生きていく為には、逞しくしたたかにならざるを得なかったのだ。
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