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アルドの花嫁  作者: 栗須まり
20/23

20.

それから数日後、ついにザワージ当日を迎えた。

王都のあちらこちらからは楽しげな音楽が聞こえて来て、中央広場に続く通りには食べ物を売る屋台が何軒か並んでいる。

大神殿のある中央広場の前には、今日ここで行われるザワージの為に、参加者や見物客が沢山集まっていた。

七つの部族はアゼル族の他に、スキハニ族、トラポリ族、ソチ族、ハリ族、セゴル族、サモラ族があり、水占いをする順序は事前に大神官が神託によって決めていた。

この神託については極秘となっている為、どの様に決めたのかは分からないが、アゼル族の順番は一番最後となっている。

これに喜んだのは一番上の義姉で、前回も最後の部族の娘が選ばれた事から、今回も期待出来ると考えたらしい。


まずは受付を済ませる為、広場の北側に設けられた受付所に向かうと、族長から渡された身分証明書の提示を求められた。

受付ではそれを元に金属製のプレートに参加者の名前を彫り上げて渡し、身分証明書の替わりに紐を通したプレートを、首からペンダントの様に下げなければならないと説明してくれた。

義姉達に続いてアイシャも首から下げ、広場に設けられた部族ごとの控え席に向かった。


席に着くと2人の神官が順番に参加者の席を回り、それぞれの宝飾品を集め始めた。

上の義姉はあの髪飾りを、二番目の義姉は腰に巻いた帯を見せびらかせながら、ゴテゴテと宝石を飾り付けた首飾りを、そしてアイシャは革袋を取り出し、義姉達に見られない様素早く中の腕輪を渡した。


「あらアイシャ、あんた宝飾品なんて持っていたの?」

「え、ええ、‥義母様が持たせてくれました」

「ふ〜ん。まあいいわ。どうせあんたが選ばれる訳ないんだから」

2人の義姉にはチラリとしか見えなかった為、特に気にした風でもなく、それ以上は聞いて来ない。

多分シェイドの言った通りにしなかったら、もっと色々言われていただろう。

シェイドが用意してくれた物を無事渡す事が出来て、アイシャは安堵すると共に早く終わる事を願っていた。


2人の神官が集め終わった宝飾品を盆に乗せて、神殿の前に立ち止まると、神殿の中から細長いテーブルが運ばれて来て、2人はその上に盆を置いた。

続いて神殿の中から現れたのは、直径50センチ程の水盆を持った巫女、それに続いて水差しを持った2人の巫女で、3人の巫女も持っていた物をそれぞれテーブルに置いていく。

そして最後に現れたのは、大神官の証である青色の衣を身に付けた、長い黒髪の若い男性と、茶色い髪のこれまた若い男性だった。

この2人が現れた瞬間、見物客からは盛大な拍手と歓声が沸き上がった。


「ヒュレム大神官!メフメト殿下!」

見物客達は口々にそう叫び、2人の姿を一目見ようと、お互いに押し合いちょっとした騒ぎになり始めたが、茶色い髪の男性が右手を上げると、その騒ぎもすぐに収まった。


「王太子殿下と大神官様だわ。お二人共、相変わらずなんて麗しいのかしら!」

一番上の義姉が呟くと、二番目の義姉も頷いている。

確かに義姉が言う通り、大神官は若く中性的な容姿の持ち主で、王太子殿下も素晴らしく整った顔立ちだった。

なぜか王太子殿下に関しては、初めて目にしたとは思えない程、懐かしい様な錯覚を覚えたのだが。

多分気のせいだと思い直して2人を見つめると、王太子殿下は一歩前に進み、声高らかに宣言を始めた。


「古の慣例に従って、これよりザワージを執り行う。占うのは大神官だが、最終的に決定を下すのは王太子である私とする。皆異論は無いな?」

ワーという歓声と拍手が鳴り響き、つられてアイシャも拍手を送った。

その歓声が収まると、2人の巫女が水差しから水盆に水を注ぎ、もう1人の巫女が宝飾品を一つ取って大神官に渡した。


「トラポリ族ファーティマ」


宝飾品を集めた神官が持ち主の名前を読み上げると、大神官はなにやら唱えながら水盆の中へそれを落とした。

宝飾品はチャポンという音を立て、水盆の底へ沈んでいく。

表面に浮かんだ波紋を大神官は暫く見つめ、それが消えると宝飾品を掬い上げ、王太子に向かって左右に首を振った。


「次!」


王太子がそう言うと、オオーという溜息混じりの歓声が会場には広がり、多分今読み上げられたと思しき娘が、両手で顔を覆って肩を震わせた。

おそらくこの娘は選ばれなかったのだろう。

姉らしき同じトラポリ族の娘が、顔を覆って泣き出した娘の背中を摩っている。

そうして同じ様に名前が読み上げられ、大神官が全く同じ反応を示すと、姉もまた妹と一緒に泣き出した。

これを繰り返しておよそ20人ばかりの儀式が終わった所で、未だに決まらない第二王子の伴侶に、義姉達はかなりの期待を寄せていた。


「見ていなさい、きっと私が選ばれるから」

「あら、お姉様こそ私が選ばれるのを見るがいいわ」

こんな所まで来てまだお互いに言い合ってはいたが、遂に自分達の番が回って来ると、2人は自然と口を閉じた。


ひょっとしたら、ひょっとするかもしれないわね‥


参加者総勢27人の内、残るは自分達3人となった。

きっと義姉達のどちらかが選ばれる。

アイシャはそう確信して、大神官の様子をジッと見つめた。

ところが最初に上の義姉、続いて二番目の義姉と儀式は進んだが、大神官は一向に首を縦に振らない。

会場全体がザワザワと騒がしくなって、そこら中から疑問の声が漏れ始めた。


「静粛に!私は最初に言った筈だが?決定を下すのは私だと。そして異論は無いなと尋ねたが、それについては誰も答える者はいなかった。もし、今更異論を唱える者がいるとしたならば、それは王太子である私に逆らう者とみなされる」

王太子がきっぱりと言い放つと、会場はシーンと静まり返った。


「アゼル族アイシャ」


一番最後になっていたアイシャの名前が読み上げられ、アイシャの渡した腕輪が大神官の元へ運ばれる。

そして繰り返し唱えて来た儀式の言葉を口にしながら、大神官は水盆の中へ腕輪を落とした。

と、その瞬間、水盆の中の水が突然ブクブクと湧き上がり、それからシュワシュワと音を立てて水盆の中は細かい泡で満たされた。

大神官はそれを見ると、王太子の顔を見て大きく頷いた。

それまで厳しい顔をしていた王太子は、思わず見惚れてしまうほど柔らかく美しい笑みを浮かべて、会場中に響き渡るよく通る声で宣言をした。


「第二王子シェイドの伴侶として、神はアゼル族のアイシャを選んだ!神に選ばれた娘アイシャよ、ここに来て私の手を取りなさい」


自分の名前を口にする王太子に対して、今何が起こったのか理解出来ないアイシャは、ただ呆然と前を見て固まっていた。

その様子に気付いたのか、大神官が近付いて来て、アイシャの手を引いて席を立たせ、王太子の方へ引っ張って行く。

何が何だか分からないまま、まるで人形の様に王太子の差し出した手に手を重ねると、王太子はその手を握り、握ったまま腕を上に上げた。


「アイシャを第二王子妃として迎えよう。これにより国王スレイム4世の代のザワージは、全て無事終了した事とする。皆の者ご苦労であった。故郷へ戻って休むが良い」

王太子の言葉を聞いた見物客は、ワッと歓声を上げて拍手を送った。

そこら中から聞こえて来る祝いの言葉や口笛を聞きながら、呆然とした頭の中を同じ言葉がグルグルと回っている。


どうして私が‥?

何かの間違いではないの?


既に異論を唱える事が許されないこの状況では、誰にもこの言葉を問いかける事が出来なかった。

読んで頂いてありがとうございます。

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