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アルドの花嫁  作者: 栗須まり
2/23

2.

男性はアイシャの歩幅に合わせてゆっくりと歩き、そして大通りに面した店の外のテーブルに席を取った。

ここならいつでも逃げる事が出来る。

警戒しているアイシャを気遣ってか、男性はワザとこの目立つ席を選んだ様だ。

「何か食べるかい?ここは女性に人気の甘い物が、品揃え豊富だと聞いている。せっかくだから試してみるといい。俺の奢りだ、遠慮なく食べてくれ」

男性の申し出に、アイシャは戸惑いながらもこう答えた。


「有り難いけど、あまりゆっくりもしていられないの。だから、飲み物だけ頂くわ」

「そうか‥。さっきのキツい娘達の元へ?」

「‥ええ。あれでも義姉達なんですもの。血は繋がっていないけどね」

「血の繋がりがないのは一目で分かるさ。黒髪黒目に浅黒い肌の、あれはアゼル族の娘達だろう?アゼル族は異民族との交わりを極端に嫌う。そのアゼル族と君が姉妹というのは、どういう訳なんだ?」

「義姉達は第二夫人の娘なの。私は第一夫人の養女として、アゼル族に引き取られたのよ」

「養女?それに二人以上の妻を持つ事が出来るのは、族長だけだぞ?という事は‥君は族長の娘なのか?」

「ええ‥一応ね‥‥」

「‥ああ、まだ飲み物を頼んでいなかったな。ミントティーでいいかい?」

「ええ。お任せするわ」

男性は店員を呼んで、アイシャの分だけミントティーを頼んだ。

ミントティーはアルドで一番よく飲まれる飲み物で、たっぷりの氷砂糖とミントの葉にお湯を注いで飲むという物だ。


「あら、貴方の分は頼まないの?」

「護衛なんて仕事をやっていると、蹴散らした相手から目を付けられる事がある。だから覆面を取る訳にはいかないのさ。飲んだり食ったりすれば、どうしたって顔を隠せない。特にこの席は、目立ち過ぎるだろう?」

「ああ、成る程。貴方って‥意外と紳士なのね。この目立つ席は私の警戒を解く為でしょ?」

「当然だ。初対面の男を信用する程、君は世間知らずじゃないだろう?だから安全だと知って貰う必要があった。但し、親しくなったら、紳士でいられるかは分からないが」

男性のターコイズブルーの瞳が悪戯っぽく輝いて、アイシャに向かって片目を瞑った。


「冗談にしてもタチが悪いわね。女ったらしにしか聞こえないわよ。それに、私なんか口説いたって何の得にもならないわ」

「女ったらしにしか聞こえないか。なら君限定の君たらしだ」

「そういう冗談はやめてくれる?こんな話をする為に、ここにいるんじゃないんだから。さっきも言ったけど、私はあまりゆっくりしていられないのよ」

「ああ、悪かった。飲み物が来た、飲みながら話そう。君が族長の娘という事しか聞けていないな。俺の知る限り、アゼル族は七つの部族の中で、唯一混血のいない部族だ。養女とはいえ、異民族の君を養女にするなんて、一体どういう事なんだい?」

運ばれて来たミントティーを一口飲み込み、アイシャはポツリポツリと語り始めた。


「義母はね、子供を産む事の出来ない体なの。何度か子を授かったけど、全て流れてしまってね‥。だから止む無く周囲の勧めで、義父様は第二夫人を迎えたのよ。第二夫人は期待通りに2人の娘を産んでみせたわ。でもその反面、‥傷付いた義母は塞ぎ込む事が多くなり、部屋から一歩も出なくなったと聞いているわ」

「‥普通、族長の立場だと、子を産めない妻を側に置く事は無い。大抵は実家に帰すのが慣習だが、族長は何故第一夫人を側に置いたんだ?」

「義父様は‥‥義母を深く愛しているの。それこそ見ているこっちが恥ずかしくなる位、義母にいつも寄り添っているわ。だからどんなに周りから言われても、決して義母を手放そうとはしなかったのよ。そして義母が塞ぎ込んだ時、気晴らしに何度も町へ連れ出したんですって」

「愛ね‥。羨ましい話だな、愛する人と一緒になれるなんてさ‥‥」

「あら、貴方にだっていつか愛する人が現れるわよ。その人と一緒になればいいだけなんじゃない?」

「‥まあ普通はそうなんだが‥そう簡単に言う程、上手くいく人は多くないんだよ。例えば今、君に愛を囁いても、君は受け入れないだろう?」

「それは当然だと思うわ。貴方とはさっき知り合ったばかりですもの。それに、そんな風に冗談っぽく言われても、女ったらしにしか聞こえないわよ」

「う〜ん‥俺は真剣に口説いているんだけどね。まあいい、続きを話してくれないか?」

「えーと、町へ連れ出した話までしたわね。17年前の私が産まれた日も、ちょうど町を歩いていた時だったそうよ。カランに着いたばかりの隊商で、同行していた女性が産気付いたと騒ぎになっていたんですって。通りかかった義母と義父様は、難産だと聞いて手を貸すべきだと判断したの。義母は女性に付き添って、義父様は産婆の手配や産まれてからの準備を整えてくれた。そうして子供は無事産まれたけど、産んだ女性は息を引き取ってしまったわ。哀れに思った義母は、義父様に子供を引き取りたいと強く訴えたの。それで義母の心が癒されるならと、義父様は渋々承諾してくれた。その時の子供が私よ。産みの母はどこの国から来たのか分からず、私と同じ髪と目の色をしていたそうよ」

「そうか‥こんな事を言うのはなんだが、君はかなり運が良かった。親も身寄りもない子供の行き先は、売られるのが常だからな。君程の器量良しなら、娼館に売られていただろう」

「器量良しではないけど、運が良かった事は認めるわ。義母には本当に感謝しているの。実の娘の様に育ててくれたから」

「君が族長の娘になった経緯は分かった。それじゃあこの時期に、あの娘達とスワヒールに来たという事は、ザワージに参加する為か?今回のザワージは年齢制限がある代わりに、全ての娘が参加する様義務付けられているからな」

「その通りよ。でも私の本当の目的は違うわ。ザワージに参加したって、異民族で養女の私が選ばれる訳ないもの。それにザワージには何の興味も湧かないわ。第二王子は素行が悪いと聞いたし」

アイシャの言葉に男性は、ピクリと片目を引きつらせた。

覆面で見る事は出来ないが、片方の眉を上げた様だ。


「‥素行が悪いね。そう言われているんだな‥。じゃあ君の本当の目的とは?それが護衛に関係する物なんだろ?」

「ええ。私はもうすぐ18歳になるの。普通は結婚する歳だわ。でも貴方も知っての通り、アゼル族は異民族との交わりを嫌うでしょ?だから私はカランにいても、結婚は望めないのよ。まあ、まだ結婚なんて考えた事もないけど、義母は私の将来を心配して、ザワージの後にスワヒールで暮らす事を勧めてくれたのよ。私もそれがいいと思ったの。スワヒールで仕事をしながら、自分の居場所を作りたいと思ったから」

「仕事って‥何をする気なんだ?」

「通訳をするつもりよ。一応6か国語は話せるの。カランでは小遣い稼ぎに通訳をしていた経験もあるし、スワヒールならカランより異国の隊商が沢山来るでしょう?専門的な取り引きには重宝されると思うわ。それに‥もう一つの目的の手掛かりを探れるし」

「なんだ、まだ目的があるのか?」

「雲を掴む様な話だけどね。とにかく、貴方に護衛と案内を頼んだのは、私の住む場所探しや通訳の売り込みに、1人じゃ相手にして貰えないと思ったからよ。ほら、私の見た目はこれでしょ?どんなに説明しても大抵の人は、アルドの民だと信じてくれないわ。そんな訳で貴方に頼んだのだけど、私の依頼は受けてくれるのかしら?」

「‥断ったら他の奴に頼むんだろう?だったら受けると言うしかないな。でも、決めるのはザワージが終了してからの方がいいだろう。君が参加する以上、選ばれる可能性はゼロじゃない。だから住む場所は終了してから決めるべきだ。もちろん仕事もね」

「限りなくゼロに近いと思うわよ?だったら先に決めておくべきじゃない?」

「それならいくつか物件を見て、候補を絞っておいたらどうだろう?通訳の件は俺が世話になった隊商を紹介してやるから、焦らなくてもいい」

「んー‥ここは貴方の言う事に従った方がいいのかもしれないわね。分かったわ、そうする。そのかわり物件探しを手伝ってくれる?ちゃんと仕事として依頼するから」

「いや、報酬は貰えない。物件探しという理由で、君と一緒にいられるというメリットがあるからな」

「何度も言うけど、私を口説いても何の得にもならないわよ。余計な話ばかりするから、時間が無くなっちゃったわ!えーと、とりあえず明日から付き合って貰えるかしら?」

「明日か‥午後からなら大丈夫だ。そこに見える噴水の前で、昼過ぎの鐘が鳴る頃待ち合わせよう」

「分かったわ。‥‥そういえば、まだ貴方の名前を聞いていなかったわね?」

「そうだったな、俺の名前は‥シェイドだ」

「シェイド!?随分立派な名前ね。まあ尤もスワヒールには初代国王にあやかって、シェイドという名前が多いと聞いたわ。確か第二王子もシェイドだったわね?」

「‥ああ」

「それじゃあシェイド、明日からよろしくね!私はもう戻らなくちゃ!」

「道は分かるのか?何なら送るよ?」

「大丈夫!方向音痴じゃないもの!」

アイシャは忙しそうに立ち上がると、大通りの人混みに消えていった。

シェイドと名乗った男性は、その後ろ姿を見送りながら

「‥全く覚えていないか‥。まあ、当然だな‥」

とポツリと呟いた。


読んで頂いてありがとうございます。

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