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アルドの花嫁  作者: 栗須まり
15/23

15.

義姉達は昨日買って来た本を、夢中になって読んでいる。

読み終わったらお互いの本を交換して、それぞれに読むというのがいつものパターンだ。

2人共読むのは遅い方なので、当分の間は大人しいだろう。

お陰で今日は出かけると言っても文句を言われる事なく、宿の受け付けに聞いた市場で食材を買い込み、例の家へ向かう事が出来た。

食材を買い込んだのは、シェイドに昼食を振る舞う為だ。

今日はシェイドとの約束の日。

3日前はシェイドにご馳走されてしまったので、お返しとお礼を兼ねてせめて昼食位は作りたかった。

そこでアイシャは得意料理の、キョフテと呼ばれる肉団子をトマトで煮込んだ物を作る事にした。

これは義母から教わった物で、アイシャにとってはお袋の味なのである。

先にトマトソースを作ってから肉団子を丸め、ソースの中に入れてから暫く煮込む。

時々味見をしながら、その間にダンハルク語の発音を練習した。


「いい匂いがするな。何を作っているんだい?」

前回同様、いつの間にかシェイドが台所の入り口に立っている。

驚いて一瞬ビクッとしたが、それがシェイドである事を確認すると、安堵の溜息を吐いた。


「シェイド、頼むから先に声をかけてくれる?心臓が止まるかと思ったわ」

「ハハハ、悪い悪い。つい匂いに誘われて、声をかけ忘れた。それじゃあ改めてハエダー!」

「ハエダー」

「うん、ちゃんと練習していた様だね。発音は問題ないよ」

「本当!先生にそう言われると自信がつくわ」

「やる気がある生徒は教え甲斐があるな。でも勉強より先に、それを食べさせてくれるかい?実は朝から何も食べていないんだ」

「朝から?ええ、もちろん!貴方に食べさせようと思って作ったんですもの。こんな物位じゃお礼にもならないけど、お世話になったお返しにと思って」

「十分だ。君の手料理なら大嫌いなホウレン草だって食べられそうだよ」

「あら、シェイドったらホウレン草が苦手なの?」

「ああ。昔ホウレン草のパイ包みを食べて、あの青臭さに食欲を失くした覚えがある。あれ以来ホウレン草は嫌いだ」

「確かにホウレン草は青臭くて食べにくいわね。苦手な子供も多いと聞くわ」

「西方ではもっと臭みの少なく、葉の柔らかい品種が主流になっているそうだよ。まあ、アルドでもこれから農業に力を入れていくから、その内俺も食べられる様になるかもしれないな」

「農業?こんな砂漠の土地で?そんな計画があるなんて、初めて知ったわ。どこでその話を聞いたの?」

「あ、まあ、親しくしている役人がいてね、そいつが言っていたんだ」

「ふーん‥貴方は顔が広いのね。色々な情報を持っているわ」

「これも商売柄必要な事さ。それより今俺にとっては、腹ペコの方が重要なんだが」

「あ、そうね!食事にしましょう」

また何やら言いにくそうな素振りを見せるシェイドに、少しだけ突っ込んではみたものの、やはり交わされてしまった。

アイシャは諦めて2人分の食事を用意すると、シェイドと一緒に居間で昼食を摂った。

シェイドは余程空腹だったのか、何度もおかわりをして食べてくれている。

少し多く作り過ぎたかと思ったが、鍋の中身はすっかり空になった。


昼食後はアイシャの希望で、外へ出かける事にした。

一週間には少し足りないが、イルハン商会へ行くつもりだ。

やはり昨日の様な目にはあいたくないので、シェイドがいる時に行く方がいい。

道順は覚えているので前回よりは早く辿り着いたが、今日は護衛でシェイドがいるという分安心感があった。

あんな目にあったからこそ、シェイドの有り難みが身に染みて分かる。

シェイドには商会に向かう理由を道すがら話したので、理解はしてくれたのだが、一人で動き回った事に関しては、あまりいい顔をされなかった。

といっても外出中なので、覆面の下の表情は分からないが、声の様子から少し不機嫌そうな感じが伝わって来

る。

この様子だと昨日の出来事は話さない方がいいだろう。

言い付けを守らなかった後ろめたさと、機嫌を損ねて関係を悪化させるのは避けたいという思いから、アイシャはこれ以上余計な事を言うのはやめようと思った。


「俺は外で待ってるから、君は中で確認して来るといい」

てっきり中まで着いて来るかと思ったが、外にいるとシェイドが言うので、アイシャは入口を潜ってこの前話した男性の姿を探した。

キョロキョロと中を見回すと、沢山の箱が積んである棚の近くに男性は立っており、紙を片手にペンを走らせている。

声をかけようと2・3歩進むと、アイシャに気付いた男性の方から声をかけて来た。


「おや、この前のお嬢さんだ!いいところに来ましたね。ドス・タペッテスの買い付け人なら、午前中に来ましたよ」

「ええっ!随分早かったんですね」

「なんでも連れと合流するから、予定より急いだらしいんですがね。お嬢さんにはもっと先だと言ってしまったから、連絡先も聞いていなかったし、どう知らせたものかと思っていたんですよ」

「なんだか気を遣わせてすいません。ちょうど今日は連れがいたので、出歩くなら都合がいいと思って来てみたんです」

「それはちょうど良かった!そうそう、滞在している宿の名前ですがね、アラニアっていう、イスティク通り沿いの宿だと言っていましたよ。今なら多分宿にいるんじゃないですかね」

「アラニア‥ですか。分かりました、行ってみます。色々とありがとうございました!」

「いえいえ、お国へ戻ったらイルハン商会の宣伝を頼みます」

異国人だと誤解されたままなのは、今更訂正出来ないので、なんとも後ろめたい気持ちのまま愛想笑いを返す。

それから商会で働く他の人達にもお礼を言って、外で待つシェイドの元へ戻った。


「どうだった?」

腕を組みながら待つシェイドが、微妙な表情のアイシャに話しかけて来た。

後ろめたさと聞き覚えのある宿の名前とで微妙な表情になったのだが、偶然が重なる事もたまにはあるのだなと思い、今聞いた宿に向かう事を告げた。

「イスティク通りか。あの辺りは宿が並んでいるから、行ってみればすぐ分かるな」

「さすが地元!地図より頼りになるわね。地図はあんまり頼りにならないって事を、思い知ったばかりよ」

「俺の都合であまり案内係としての役目を果たせていないんだ、少しは役に立つ所を見せないとな」

シェイドはいくらか機嫌も直った様で、いつもの悪戯っぽい瞳に戻っている。

そういう気持ちだったのかと納得しながら、アラニアを目指してシェイドの横に並んで歩いた。


読んで頂いてありがとうございます。

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