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アルドの花嫁  作者: 栗須まり
14/23

14.

次にシェイドと会うまでには時間があるので、もう少し家を整えておこうと思っていたが、暇を持て余した義姉達にあれこれと言い付けられて、昨日は外出が出来なかった。

そして今日は今日で暇つぶしに本を買って来いと言われて、案内所で貰った地図を見ながら本屋を探している。

一番近い本屋は大通りから少し入った横道の、細い路地の角にあった。

シェイドやイルハン商会の男性に”なるべく大通りを通るように’’とは言われていたが、早く用事を済ませたいアイシャは、少し迷ったがそこへ行く事にした。


大通りは相変わらず賑やかで、交易が盛んな国の王都らしく活気に溢れている。

しかし一歩裏通りに入ると人もまばらで、娼館や酒場等が多く立ち並び、歓楽街の様相を呈していた。

シェイドやイルハン商会の男性が忠告したのは、王都にはこういう一面もあるからだろう。


それほど大通りから離れていないから、急げば大丈夫よね。

さっさと用事を済ませて、家へ向かわないと!


アイシャはそう思い本屋へ急いだのだが、近いと思っていたのは間違いで、実際歩いてみると大通りから大分離れていた。

やっと本屋が見える所まで来ると、斜向かいの酒場では昼間から酒を飲む異国の男達が何人かいて、その内の3人組が通り過ぎるアイシャに口笛を吹いて来た。

アイシャは嫌な予感がして、逃げる様に本屋へ飛び込んだ。


ガラが悪い異国人って、ああいう人達の事なんだわ。

戻る時は走った方がいいわね。


何事も無くやり過ごせる事を願いながら、義姉達に言われた本を購入し、走って本屋を後にした。

すると路地の先ではさっきの3人がたむろしており、その内の一人が嫌な笑いを浮かべて近付いて来た。


「お嬢さん、俺達と遊んでくれないか?」

「‥急いでいるので通して下さい」

「そういう訳にはいかないなぁ。こんな美人は中々お目にかかれないからよぉ。お嬢さんだってこんな所を一人で歩いているんだ、襲ってくれと言ってる様なもんじゃないか」

言うが早いか男はアイシャの手首を掴んで、自分の方へ引き寄せた。

アイシャはゾッとして抵抗しながら助けを呼んだが、男達の体格の良さに、まばらな通行人は見て見ぬ振りをするだけだ。

必死にもがいてみてもビクともしない男の力に、今迄感じた事のない恐怖を覚えた。


「やめて下さい!離して!離してったら!」

「それで抵抗しているつもりかよ?可愛いねぇ」

喉の奥から搾り出す様な嫌な笑い声をあげて、男はアイシャを引っ張って行く。

「助けて!誰か助けて!!」

叫んでも誰も相手にしてくれない事は分かっているが、それでも叫ばずにはいられなかった。


「こらこらそこのお前達、美人を扱うならもっと優しくするものだぞ」

突然声が聞こえて、路地裏から茶色い髪の異国人がこちらの方へ近付いて来る。

「なんだお前?邪魔をするつもりか?」

「邪魔というかアレだな。美人がいたから追いかけて来たのだ。私は美人に目がないからな」

「何を言ってんだ?」

「そこに美人がいるから私はやって来る。そういう事だ」

「何がそういう事だ、邪魔をするならお前もタダじゃおかねぇぞ」

「いや、つまりお前達に正しい美人の扱い方を教えてやろうというのだ。感謝してくれてもいい」

「訳の分からない事を偉そうに!話の通じない男だ。おい、この男を片付けちまいな!」

「私に手を出そうというのか?痛い目を見るぞ」

「今度はハッタリか?お前みたいな弱っちいやつ、どう考えたって相手にならねぇよ」

「誰が私が相手だと言った?お〜いシモン!私はここだ!助けに来い!」

異国人の男が大声で叫ぶと、今度はこの男より背も高く、体格のいい異国人が現れた。


「突然いなくなったと思ったら、また兄上は厄介ごとに首を突っ込んで!ハア、やってられない」

「やってられなくても、やって貰わなければ困るのだ。早くこいつらをやっつけてくれ」

アイシャを掴んだ男は怒りながら声をあげた。

「仲間を呼んでもたった一人じゃねぇか!お前本当に舐めてやがるな。お前ら、やっちまいな!」

他の二人は頷くと、たった今現れた異国人に飛びかかって行った。

2対1では勝ち目がないだろうと思ったのだが、この異国人の男はヒラリヒラリと二人を交わしては、的確に急所を突いていく。

力の差は歴然で、あっという間に二人はその場にうずくまった。

二人が片付くと、この異国人の男はアイシャを掴んでいる男に近付き、腰に下げた剣を抜いて鼻先に突き付けた。


「その手を離して貰おうか。これでも私はオセアノの近衛をやった男だ。痛い目にあいたくなければ、言う事に従った方がいい」

「ヒッ!わ、分かりましたよ、ちょっとふざけただけですって。そんな物騒な物閉まって下さい」

「忠告しておくが、くれぐれも我々に報復などと考えない事だな。我々はオセアノ王家の使いでこの国へ来たのだ。何かあったら即国際問題に発展するぞ」

「お、王家!!し、失礼しました!おいお前ら、さっさと立ち上がれ。宿へ帰るぞ!」

男の声にヨロヨロと立ち上がった二人を引き連れて、男達は路地裏へ消えて行った。

アイシャは急に力が抜けて、その場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。


「大丈夫かいお嬢さん?すまない、きっとこの兄のせいで巻き込まれたのだな」

「いいえ、その方が現れなければどうなっていたか‥。私が絡まれていた所に、その方が来てくれたんです。助けて頂いて、本当にありがとうございました」

「兄上が役に立ったと?珍しい事もあるものだ。明日は雨かな?」

「おい!ここは砂漠だ、雨など滅多に降らないぞ!いや、そういう事じゃない、巻き込まれたとはなんだ!」

「どこへ行っても兄上は、何かしらのトラブルに首を突っ込むじゃないですか。さっきだってフラフラとどこかへ消えたかと思ったら、この通りだ。尻拭いをする私の身にもなって下さい」

「それは仕方がない。これ程の美人がいたら追いかけるのは当然だ。美人が花なら私は蝶だからな」

「うまい事を言ったつもりでしょうが、全く説得力がありませんよ。まあ今回は役に立った様ですけど。お嬢さんも一人歩きは避けた方がいい。この国にはああいう輩が多い様だからね」

「はい、軽率でした‥。同じ事を言われていたんですが、少しなら大丈夫だと思ってしまって‥。どうしても避けられない用事があった物で‥」

「まあ、とりあえず立ち上がれそうかな?手を貸そうか?」

「手なら私が貸すぞ。さ、お嬢さんお手をどうぞ!」

小柄な方の異国人が手を差し出したので、アイシャはその手を取って立ち上がった。


「迷惑をかけてすみません。次からは十分気を付けます」

「いやいや、大した事じゃない。そうだお嬢さん、次にそういった用事が出来たら、我々を頼るといい。我々は暫くスワヒールにいる予定だからな」

「兄上!また勝手な事を。私達は遊びに来ているんじゃありませんよ!」

「王家との謁見はまだ先だろ?それまで暇じゃないか」

「兄上が観光をしたいと言うから、仕方なく早く来たんです!ハア‥と言っても聞きませんよね、兄上は。まあ、下心はさておき、珍しく人助けの発言をしたのだ。ここは私が折れるべきだろうな」

「あ、あの、一応護衛にはアテがありますので、大丈夫です」

「遠慮しなくていい。お嬢さんの様な美人は大歓迎だ。見た所出身は‥ダンハルク辺りかな?」

「いえ、私は孤児で、カランの町で養女として育ちました。‥ダンハルク出身に見えるのですか、私の容姿は?」

「私の様な美人評論家が言うのだ、間違いないだろう。成る程、という事はお嬢さんはアルドの民になるのだな」

「ええ。あの、さっきの話ですが、本当に護衛は大丈夫です。ただ、改めてお礼をしたいので、滞在先だけ教えて貰えませんか?」

「滞在先?シモン、何処に泊まるのだ?」

「そんな事も覚えていないなら、今度から旅のしおりを作って渡しますよ。アラニアという宿です」

「だそうだ。私はミゲルでこっちが弟のシモンという。多分宿はシモンの名前でとってあるから、受付に言えば呼んでくれるだろう」

「シモンさんですね。分かりました」

「いや、私の名前も忘れない様に。そこは重要な所だ」

「シモンさんとミゲルさんですね」

「いや、出来ればミゲルを先にしてくれ」

「兄上、そこはどうでもいいです。お嬢さん、とりあえず今日は大通りまで送るが、困った事があったら遠慮なく訪ねて来たらいいよ」

「はい。何から何までありがとうございます」

異国人の兄弟に助けられて、アイシャは大通りまで無事に戻る事が出来た。

二人とはそこで別れたが、改めて自分の行動が軽率だったと反省している。

この間イルハン商会まで出かけても、特に何もなかった事から、どこか油断をしてしまったのだ。


次どうしても一人で出かけなければならない時は、遠くても出来るだけ大通りを使おう。

とにかく無事に戻れて、本当に良かった。

あの兄弟がいなかったらと思うと‥


アイシャは一つ身震いをしてから、義姉達の待つ宿へ急いだ。


読んで頂いてありがとうございます。

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