14.
次にシェイドと会うまでには時間があるので、もう少し家を整えておこうと思っていたが、暇を持て余した義姉達にあれこれと言い付けられて、昨日は外出が出来なかった。
そして今日は今日で暇つぶしに本を買って来いと言われて、案内所で貰った地図を見ながら本屋を探している。
一番近い本屋は大通りから少し入った横道の、細い路地の角にあった。
シェイドやイルハン商会の男性に”なるべく大通りを通るように’’とは言われていたが、早く用事を済ませたいアイシャは、少し迷ったがそこへ行く事にした。
大通りは相変わらず賑やかで、交易が盛んな国の王都らしく活気に溢れている。
しかし一歩裏通りに入ると人もまばらで、娼館や酒場等が多く立ち並び、歓楽街の様相を呈していた。
シェイドやイルハン商会の男性が忠告したのは、王都にはこういう一面もあるからだろう。
それほど大通りから離れていないから、急げば大丈夫よね。
さっさと用事を済ませて、家へ向かわないと!
アイシャはそう思い本屋へ急いだのだが、近いと思っていたのは間違いで、実際歩いてみると大通りから大分離れていた。
やっと本屋が見える所まで来ると、斜向かいの酒場では昼間から酒を飲む異国の男達が何人かいて、その内の3人組が通り過ぎるアイシャに口笛を吹いて来た。
アイシャは嫌な予感がして、逃げる様に本屋へ飛び込んだ。
ガラが悪い異国人って、ああいう人達の事なんだわ。
戻る時は走った方がいいわね。
何事も無くやり過ごせる事を願いながら、義姉達に言われた本を購入し、走って本屋を後にした。
すると路地の先ではさっきの3人がたむろしており、その内の一人が嫌な笑いを浮かべて近付いて来た。
「お嬢さん、俺達と遊んでくれないか?」
「‥急いでいるので通して下さい」
「そういう訳にはいかないなぁ。こんな美人は中々お目にかかれないからよぉ。お嬢さんだってこんな所を一人で歩いているんだ、襲ってくれと言ってる様なもんじゃないか」
言うが早いか男はアイシャの手首を掴んで、自分の方へ引き寄せた。
アイシャはゾッとして抵抗しながら助けを呼んだが、男達の体格の良さに、まばらな通行人は見て見ぬ振りをするだけだ。
必死にもがいてみてもビクともしない男の力に、今迄感じた事のない恐怖を覚えた。
「やめて下さい!離して!離してったら!」
「それで抵抗しているつもりかよ?可愛いねぇ」
喉の奥から搾り出す様な嫌な笑い声をあげて、男はアイシャを引っ張って行く。
「助けて!誰か助けて!!」
叫んでも誰も相手にしてくれない事は分かっているが、それでも叫ばずにはいられなかった。
「こらこらそこのお前達、美人を扱うならもっと優しくするものだぞ」
突然声が聞こえて、路地裏から茶色い髪の異国人がこちらの方へ近付いて来る。
「なんだお前?邪魔をするつもりか?」
「邪魔というかアレだな。美人がいたから追いかけて来たのだ。私は美人に目がないからな」
「何を言ってんだ?」
「そこに美人がいるから私はやって来る。そういう事だ」
「何がそういう事だ、邪魔をするならお前もタダじゃおかねぇぞ」
「いや、つまりお前達に正しい美人の扱い方を教えてやろうというのだ。感謝してくれてもいい」
「訳の分からない事を偉そうに!話の通じない男だ。おい、この男を片付けちまいな!」
「私に手を出そうというのか?痛い目を見るぞ」
「今度はハッタリか?お前みたいな弱っちいやつ、どう考えたって相手にならねぇよ」
「誰が私が相手だと言った?お〜いシモン!私はここだ!助けに来い!」
異国人の男が大声で叫ぶと、今度はこの男より背も高く、体格のいい異国人が現れた。
「突然いなくなったと思ったら、また兄上は厄介ごとに首を突っ込んで!ハア、やってられない」
「やってられなくても、やって貰わなければ困るのだ。早くこいつらをやっつけてくれ」
アイシャを掴んだ男は怒りながら声をあげた。
「仲間を呼んでもたった一人じゃねぇか!お前本当に舐めてやがるな。お前ら、やっちまいな!」
他の二人は頷くと、たった今現れた異国人に飛びかかって行った。
2対1では勝ち目がないだろうと思ったのだが、この異国人の男はヒラリヒラリと二人を交わしては、的確に急所を突いていく。
力の差は歴然で、あっという間に二人はその場にうずくまった。
二人が片付くと、この異国人の男はアイシャを掴んでいる男に近付き、腰に下げた剣を抜いて鼻先に突き付けた。
「その手を離して貰おうか。これでも私はオセアノの近衛をやった男だ。痛い目にあいたくなければ、言う事に従った方がいい」
「ヒッ!わ、分かりましたよ、ちょっとふざけただけですって。そんな物騒な物閉まって下さい」
「忠告しておくが、くれぐれも我々に報復などと考えない事だな。我々はオセアノ王家の使いでこの国へ来たのだ。何かあったら即国際問題に発展するぞ」
「お、王家!!し、失礼しました!おいお前ら、さっさと立ち上がれ。宿へ帰るぞ!」
男の声にヨロヨロと立ち上がった二人を引き連れて、男達は路地裏へ消えて行った。
アイシャは急に力が抜けて、その場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。
「大丈夫かいお嬢さん?すまない、きっとこの兄のせいで巻き込まれたのだな」
「いいえ、その方が現れなければどうなっていたか‥。私が絡まれていた所に、その方が来てくれたんです。助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「兄上が役に立ったと?珍しい事もあるものだ。明日は雨かな?」
「おい!ここは砂漠だ、雨など滅多に降らないぞ!いや、そういう事じゃない、巻き込まれたとはなんだ!」
「どこへ行っても兄上は、何かしらのトラブルに首を突っ込むじゃないですか。さっきだってフラフラとどこかへ消えたかと思ったら、この通りだ。尻拭いをする私の身にもなって下さい」
「それは仕方がない。これ程の美人がいたら追いかけるのは当然だ。美人が花なら私は蝶だからな」
「うまい事を言ったつもりでしょうが、全く説得力がありませんよ。まあ今回は役に立った様ですけど。お嬢さんも一人歩きは避けた方がいい。この国にはああいう輩が多い様だからね」
「はい、軽率でした‥。同じ事を言われていたんですが、少しなら大丈夫だと思ってしまって‥。どうしても避けられない用事があった物で‥」
「まあ、とりあえず立ち上がれそうかな?手を貸そうか?」
「手なら私が貸すぞ。さ、お嬢さんお手をどうぞ!」
小柄な方の異国人が手を差し出したので、アイシャはその手を取って立ち上がった。
「迷惑をかけてすみません。次からは十分気を付けます」
「いやいや、大した事じゃない。そうだお嬢さん、次にそういった用事が出来たら、我々を頼るといい。我々は暫くスワヒールにいる予定だからな」
「兄上!また勝手な事を。私達は遊びに来ているんじゃありませんよ!」
「王家との謁見はまだ先だろ?それまで暇じゃないか」
「兄上が観光をしたいと言うから、仕方なく早く来たんです!ハア‥と言っても聞きませんよね、兄上は。まあ、下心はさておき、珍しく人助けの発言をしたのだ。ここは私が折れるべきだろうな」
「あ、あの、一応護衛にはアテがありますので、大丈夫です」
「遠慮しなくていい。お嬢さんの様な美人は大歓迎だ。見た所出身は‥ダンハルク辺りかな?」
「いえ、私は孤児で、カランの町で養女として育ちました。‥ダンハルク出身に見えるのですか、私の容姿は?」
「私の様な美人評論家が言うのだ、間違いないだろう。成る程、という事はお嬢さんはアルドの民になるのだな」
「ええ。あの、さっきの話ですが、本当に護衛は大丈夫です。ただ、改めてお礼をしたいので、滞在先だけ教えて貰えませんか?」
「滞在先?シモン、何処に泊まるのだ?」
「そんな事も覚えていないなら、今度から旅のしおりを作って渡しますよ。アラニアという宿です」
「だそうだ。私はミゲルでこっちが弟のシモンという。多分宿はシモンの名前でとってあるから、受付に言えば呼んでくれるだろう」
「シモンさんですね。分かりました」
「いや、私の名前も忘れない様に。そこは重要な所だ」
「シモンさんとミゲルさんですね」
「いや、出来ればミゲルを先にしてくれ」
「兄上、そこはどうでもいいです。お嬢さん、とりあえず今日は大通りまで送るが、困った事があったら遠慮なく訪ねて来たらいいよ」
「はい。何から何までありがとうございます」
異国人の兄弟に助けられて、アイシャは大通りまで無事に戻る事が出来た。
二人とはそこで別れたが、改めて自分の行動が軽率だったと反省している。
この間イルハン商会まで出かけても、特に何もなかった事から、どこか油断をしてしまったのだ。
次どうしても一人で出かけなければならない時は、遠くても出来るだけ大通りを使おう。
とにかく無事に戻れて、本当に良かった。
あの兄弟がいなかったらと思うと‥
アイシャは一つ身震いをしてから、義姉達の待つ宿へ急いだ。
読んで頂いてありがとうございます。




