12.
戻って早速義姉達にそれぞれ買った物を渡すと、期待以上の品が手に入った事を喜び、これ以上ない程の上機嫌になった。
そこでアイシャはザワージが終わってからも自分は王都に残るつもりである事を告げ、義姉達が何と言ってくるかを静かに待った。
「まあ‥アンタにとってはその方がいいでしょうね。カランに戻っても居場所はないし、どこかへ嫁がせようにもそんな物好きはいないから」
「そうね。私が選ばれたら、王宮の下働きにでも雇ってあげる。混血の下働きなら物好きもいるでしょうし、アンタにも嫁ぐ機会があるかもしれないわ」
言い方には棘があるが、義姉達は反対しなかった。
そこでアイシャは丁寧にお礼を述べると、住居探しで毎日外出する事を許して貰いたいと願い出た。
そういった事情であればそれも仕方がないと、義姉達は渋々許可してくれたが、アイシャとしては最初からこの話を持ち出す意図もあって買い物をしたので、少々後ろめたい気持ちではある。
それでもこれで義姉達の許可を得られたのだから、ひとまずホッと胸を撫で下ろした。
翌日、アイシャは朝から宿を出発し、一枚の紙を握りしめて案内所へ向かっていた。
アルドの各都市では、異国からの隊商が宿泊や食事で困らない様に、町のあちこちに案内所が設置されている。
そこでは町の地図が無料で貰えて、交通手段も説明してくれるのだ。
スワヒールには特に多くの隊商が訪れる為、案内所の数も多く割とすぐに見つかった。
「あの、すみません、ここへ行きたいのですが、どう行けばいいのか教えて頂けますか?」
アイシャは窓口にいた男性の係員に声をかけると、握っていた紙を見せた。
「イルハン商会ねぇ‥えーと、どこだったかな、確かこの辺りに‥あ!あったあった、ここですよ」
係員は地図を見せながら指を滑らせ、一つの場所を指した。
そこには確かにアイシャが見せた紙と、同じ文字が書かれている。
“イルハン商会”
ここを訪ねる為に、朝早くから出かけて来たのだ。
係員は今いる場所から目的地までを、地図に書き込み丁寧に説明してくれた。
その地図を貰ってお礼を言うと、アイシャは説明の通りに歩き出した。
カランで通訳をしながら少しずつ集めてきたのは、産みの母をカランまで連れて来た隊商の情報だった。
辛うじて分かっていたのはオセアノから来た隊商である事と、責任者の名前がサンショである事。
そしてサンショの身体的特徴だ。
たったこれだけの情報で、カランを訪れる隊商達へ聞き回るのは骨が折れたが、それでも諦めずやっと集めたのがこの”イルハン商会”という手がかりだ。
この商会はオセアノの隊商専門に取り引きをしているので、行けば何かが分かるかもしれないという。
いつかスワヒールへ行く事が出来たなら、ここへ行って聞いてみよう。
そう思ってはいたがザワージのお陰で、思いのほか早くその機会が訪れた。
本当は女性の一人歩きというのは、なるべく避けた方が良い事は分かっている。
しかしシェイドに頼もうにも、後3日も待たねばならない。
アイシャの性格上、出来る事はなるべく自分一人の力でやりたいのだ。
地図を頼りに入り組んだ路地を抜けると、沢山の店が並ぶ広場が現れた。
地図上でイルハン商会は、この広場の南側にある。
アイシャは少し緊張しながら、イルハン商会の方向へ進んだ。
商会は三階建のレンガ造りで、一階と二階の間に看板がかけられ、一目でそれと分かった。
大きな入り口の扉は開け放たれており、中には数人が忙しく動き回っている。
緊張の面持ちで中に入ると、人の良さそうな中年の男性に声をかけた。
「あの、お忙しい中すみません、少し尋ねたい事があるのですが‥」
「おや、これはまた‥随分と美しいお嬢さんだ!なんでしょう?買い物でしたら申し訳ないのですが、ウチは卸しなのでね、小売は出来ないんですよ」
「いえ、あの‥こちらはオセアノの隊商を専門に取り引きしていると伺ったのですが、その隊商についてお聞きしたいのです」
「隊商についてですか?それは一体どういった事でしょう?」
「こちらではサンショという人の率いる隊商と、取り引きがありますか?特徴は中肉中背の茶色い髪に、鼻の下に髭が生えていて、年齢は‥多分50代くらいかと思うのですが‥」
「サンショ?う〜ん‥沢山の隊商と取り引きがありますんでね、それだけではなんとも‥」
ああ、やはりこれだけでは無理だった‥
アイシャが肩を落として落胆の表情を浮かべると、側にいた初老の男性がいきなり口を挟んだ。
「サンショってあれじゃないか?ほら、ドス・タペッテスって店の買い付け人の!」
「ああ!そういえばあそこの買い付け人はサンショだったな。思い出しましたよお嬢さん。オセアノでは結構大きな店の買い付け人です」
「本当ですか!ありがとうございます!その人に会いたいのですが、次はいつ頃来るのか分かりますか?」
「あそこは大体3カ月単位で買い付けに来ますね。次は‥えーと、あと一・二週間後位だと思いますよ」
「一・二週間ですか!ではその頃ここへ来れば会えるのですね」
「もし来たら宿泊先を聞いておきましょうか?」
「えっ!?いいんですか?」
「こんな美人が訪ねて来たんだ、断るなどという野暮な真似はしませんよ」
「び、美人って‥えっと、気を使わせてすみません」
「いえいえ、美人が切羽詰まった顔をしていれば、助けてあげたいと思うのは当たり前の事なんでね。お国へ帰ったらウチの商会を宣伝して下さい。それでお礼は結構です」
「あ‥はい‥。色々とありがとうございました。一週間後にまた来てみます」
「そうですね、その頃一度来てみて下さい。あ、お嬢さん、帰るならなるべく大通りを通って行った方がいいですよ。治安が悪い訳ではないが、異国人のガラの悪い連中が時々いるんでね」
「はい!気を付けます」
人の良さそうな男性は、見た目通りに親切だった。
この男性に限らず、さっきの案内所の係員や、シェイドに連れて行って貰った店の店主も、普通の客と変わらぬ態度で接してくれる。
やはりスワヒールに残る事を選択して良かった。
カランではどこに行ってもアイシャの事は知られていて、無視とまではいかなくても、皆冷ややかな態度だったのだ。
あんまり親切にしてくれるから、異国人ではないと言えなかったわ。
でも言った所で態度が急変するのは避けたいし、暫くは誤解されたままの方がいいかもしれないわね。
こんな打算的な考え方をする自分は正直好きではないが、これも目的の為なら仕方がないと割り切るしかない。
そう、全ては目的の為。
そしてもし探し出せるのであれば、自分と血の繋がった、本当の家族に会いたいのだ。
その為にはまず、スワヒールでの生活基盤を整えなければならない。
アイシャは昨日シェイドに案内された家に向かい、日常生活に必要な物を揃える事にした。
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